炎光の精霊との再会
彼の言葉が終る位に、この部屋の扉が叩かれた。
承諾を得て入って来たのは噂の精霊。彼は老人達に挨拶をする。
「お久し振りですね、エニア、ファム。
…リシェア様まで…傍におられるのは炎の精霊剣士殿ですか?初めまして、私は炎光の精霊剣士の、レナフレアムと申します。」
未だ振り返らない精霊に、初めましての挨拶と名乗りの声を上げる炎光の精霊。
その様子に紅の精霊は、肩を震わし始めた。
「久し振りだね、フレアム。元気そうで、何よりだよ。」
振り返ったアーネベルアの顔をレナフレアムは、驚きと信じられない気持ちが入り混じった顔で見つめる。
「………まさか……べルア様…?夢ではないのですか???」
「夢では無いよ。私は炎の精霊として、神々から転生を許されたんだ。
だから、今の私は人間では無い。済まないね、再び君の主にはなれなくて。」
アーネベルアの言う通り、精霊では主とは成り得無い。
神々に仕える者として、若しくは神々の創ったものを管理する為に創られ、生まれる為、精霊同士では力関係の上下や尊敬の念があっても主従関係は無い。
彼等にとって主は他族の者であり、同族の精霊は本能で真の主とは認めない。
レナフレアムの落胆を見て掛ける言葉を失い、只、苦笑するアーネベルア。そんな彼へ、レナフレアムは悲しそうな声を掛ける。
「べルア様は…私をお嫌いになられたのですか?
人間に生まれ変わったら私が見つけ出し、再び仕えると思われたから精霊になられたのですか?」
意外な推測にアーネベルアは元より、リシェアオーガまで驚いていた。そして、その意見は直ぐに覆された。
「そんな事は無いよ。私が逃れたかったのは、炎の剣だ。
前も担い手だった気がしてたし、それに…戦いに疲れていたからね。だけど、いざ実現して平穏を謳歌しても、護りたい者の為に剣を捨て切る事は出来無かったよ。」
「…フレアム…そなた、そんな事を考えていたのか…。
だったら、もう少し早く教えれば良かったな。フレアム、暫くはべルアの傍にいて、今後の身の置き所を考えるが良い。」
リシェアオーガに言われ、レナフレアムは頷くが、目の前の精霊に仕えたいという想いは、やはり浮かんで来なかったようだ。
目の前にいるのはアーネベルアと同じ姿の同族としか思えず、じっと彼を見つめて溜息を吐く。
「本当に…精霊にお成りなのですね。炎の気配が以前よりお強くなっています。
私の中に半分流れる炎の精霊の血…それが貴方と共鳴しています、お判りですか?」
訊かれて頷いたアーネベルアは、微笑みながら声を掛ける。
「まだまだ新米の精霊ですが、宜しく御願いします。レナフレアム殿。」
敬語で敬称付の言葉でレナフレアムは怒った顔になり、強い否定の言葉を返した。
「べルア様…いえ、べルア殿。私に敬称と敬語は不必要です。
距離を置かれた気がしますので、以前と同じにして下さい。精霊としては、私の方が年上でも、以前仕えていた方にそう言われるのは不愉快です。」
きっぱりと自分の意見を言う彼へ、判ったと伝える。ふと、彼の視線が、己が剣に向いている事に気が付いた。今持っているのは、借り物の剣。
その剣を目にしたレナフレアムに、尋ねられた。
「べルア殿は、今、カーシェイク様にお仕えしているのですか?」
彼の剣士の服装には何も装飾が無い。
主を持たない精霊剣士の服装で、腰にあるのは見た事の無い剣…だが、そこには、精霊なら誰でも感じられる大地の強い気が存在している。
炎の精霊に大地の剣の組み合わせは異色だった。
然も大地の剣の担い手は、知の神であるカーシェイクだという事を彼は知っている。
その剣がアーネベルアの左腰に存在している為、そう考えた光と炎の精霊に彼は首を横に振り、否定をする。
「これは、カーシェイク様から御借りした物だよ。
私の剣は…今無いんだ。これから作る事になる。」
これから作るという事は、アーネベルアが精霊剣士となるか精霊騎士となるという事が判る。その為、彼の傍にいるリシェアオーガの存在を無視出来無かったらしい。
レナフレアムは、白い外套に黒い騎士服…神々が戦に出る装いのままの少年神に視線を向け、改めてアーネベルアを見る。
そして、己が推測を口にした。
「べルア殿…もしかして、リシェア様の騎士にお成りですか?」
的を得た憶測にアーネベルアは勿論、老人達も驚いていた。リシェアオーガはだけは、紅の騎士が大地の剣を借りている事で察しが付いたと判った。
彼等の反応に困惑しながら、炎光の精霊は続けた。
「…え?違うのですか?
カーシェイク様なら、リシェア様を護る為に向かう者へ剣を貸されるでしょう?
結果、リシェア様と共に戦う事になっても、そうなされるでしょう?」
「違わない。フレアムの想像通りだ。
べルアは先程の戦闘より、我が騎士となった。」
簡潔に答えを暴露するリシェアオーガに、アーネベルが慌てて口を開く。
「……リシェア様、まだ正式に誓いをしていませんし、剣も持っていませんよ。
仮の騎士に過ぎないのですが。」
「べルア様…狡いですよ。リシェア様と共に戦ったなんて…。」
「本当に、羨ましい限りですね。
私達が引退の身で無かったら、同じ様に戦えた筈でしたのに…。」
アーネべルアが一応、反論を試みるが、老人達が漏らした言葉に阻まれて苦笑した。人間である彼等は、老いという避けきれない事柄によって現役を退いた。
以前のアーネベルアと同じく、神の迎えを待つばかりの身の上になった彼等へリシェアオーガが言葉を掛ける。
「エニア、ファム、もう年なのだから、無理をするな。無理が祟って、そなた達を迎えに来る日が早まったら大変な事になるぞ。」
「御言葉を返すようですが、私達はこれしきの事で倒れませんよ。」
「……と言いながら、先日、腰を患ったのは誰でしたっけ?エニア様。」