プロローグ
紅き髪と、紅金の瞳の少女…初めて会った時から、変わらない姿。
この少女と同じ特徴の自分に、彼女は微笑み掛ける。
それはいつも同じ、優しい微笑。
初めて会った時から変わらない、炎の神・フレィリーの姿だった。今、自分は老いて、人間としての生涯を終えようとしている。
自分の傍には、家族の姿とあの少女の姿、そして光の神と大地の神の神子…光地の神子である少年の姿。
後者の二人に関しては、魂迎えに来たと判っていても、嬉しく思う。
やっと、全ての肩の荷が下りた。
自国も安定して新しい歩みを始め、子供達も成人して新しい家族も増えた。
後は、この炎の剣のみ。
もう、この剣の担い手として、生きる事はしたくない。
来世は…平穏に暮らしたい。
そう、この老人は思った。
老人の名は、アーネべルア・ハールディア・グラン・コーネルト、マレーリア王国の、前国王に仕えていた騎士であり、生まれながらにして炎の神の祝福を受けた、炎の剣の担い手だった。
ここは神殿の敷地内の、炎の神の祝福を受けた者が住まう館。
今、その屋敷の主が家族に見守られ、89歳という長い一生を終えようとしている。
彼は家族に囲まれ、神々の迎えを受けていた。
顔に刻まれた皺は、彼の年輪を示すかの様で、紅だった髪は白くなり、その紅金の瞳の優しい光だけが、炎の神の祝福を残している。
死という別れを迎えた家族は、眠る様に寝台に横たわる老人に、泣き縋っている。その傍で、表情を失くした紅の少女と、真摯な眼差しを送る金の少年が違和感を与える。
家族とは似ていない、彼の知人として見取っている彼等が虚空を見つめ、役目を終えたとばかりに、その場を立ち去ろうとした。
彼等の姿を見つけた家族は、この行動を不思議に思い、彼の孫である紅の髪の少年が叫ぼうとして、声が出なかった。
彼等の後ろに、あの老人の姿が見えたのだ。一瞬して、老人の姿が若き青年へと変わり、孫である少年へ微笑む。
『アルベルト、皆を宜しく頼む。
私は、フレィ様とリシェア様と共に、キャナサ様の許へ旅立つ。
蘇る事は出来無いが、皆を…見守っている。』
紅の髪と紅金の青年は、この言葉を残すと、彼等と共に炎の屋敷から姿を消した。
後に残ったのは、悲しむ家族と、主を喪った炎の剣のみだった。