移民船団
連合軍h方面第35旅団101工作船団所属ペルセイ4
宇宙空間において工作船の役割は多岐にわたる。
船団に随伴し、故障や破損した艦を修理する。超距離航行途中に惑星、小惑星から資源を得るため採掘を行う。他の艦にある居住空間から運ばれる廃棄物を処理する。補助要員を抱え、戦線離脱したクルーの保養と管理を行う。ワープ航法のための「空間安定装置」の設置を行う。
これらを含め戦闘艦をサポートする「動く兵站基地」が工作船である。
しかしその性格から、武装よりは工作装備や各種雑多な装備を多く搭載し、艦影も大型になるため戦闘が開始されると真っ先に狙われる。
もちろん内蔵の防御装置や搭載している工作艇を転用し展開させるシールド艇、随伴するシールド艦の存在により簡単に沈むことはないが、大出力の砲撃にさらされ続けるため戦闘中の両陣営において工作船の死守と先制破壊は戦略上の重要な課題である。
そしてこのペルセイ型工作船は連邦軍初期に建造されたもので、このペルセイ4も建造後120年が経過している。もちろん度重なる修理と改修とで未だに恒星間を航行する能力を保っているが、さすがにロートルであり、半ば練習艦として運用されていた。
ペルセイ型は50年に渡り延べ23隻が建造され、二度にわたる対戦で20隻が沈んだ。ペルセイ4は奇跡的に残ったとも言えるが、ただ単に故障などによりドックの肥やしとなっていたからであった。ちなみに他の2隻も同じような理由である。
しかし、二度目の大戦で多くの大型後衛艦が沈むと時を同じくして人口の大幅な限界超過が議会で声高に喧伝された結果、外惑星移民法は成立。120年間宇宙を旅した工作船ペルセイ4は移民船として改装され、その使命をおびて最後の航行へと旅立つのであった。
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船内は今までにないほど慌ただしく、居住区は情報統制によってなんとか混乱を抑えているーーそんなことを先ほどまで一緒に戦闘調整を受けていた同僚がつぶやいていた。
移民船団は奇襲された。多くのエネルギーを確保するためにシールド装置の出力を抑えたところで、らしい。
「だれも死なないと、いいな・・・ 」
目の前に浮かんでいる投影ディスプレイには換装中の工作艇が映し出されている。ただいま戦闘の真っ只中だというのに、自分が搭乗する機体は工作艇である。非戦闘タイプである。デフォルト状態では旧式の火薬を使った武器、データベースによると拳銃というもので容易に致命傷を与えられる可能性があるらしい。
その工作艇で戦闘行動を行う必要がある理由はただ一つである。戦闘機がほとんど残っていないのである。
移民船団には合計50機の戦闘機があった。しかし度重なる戦闘やそれの修理のためにいまや完全に動く戦闘機は10機を切っているらしい。
かという自分も元々は戦闘機乗りではあった。予備役だったが。
ロボットアームが大急ぎで装備を交換しようとした結果、装備の固定が不安定なのかアームの先で揺れているのが見え、少し不安になる。
ただでさえ紙装甲である工作艇に、追加装甲さえまともに装着されないのであれば、ちょっと大きめのデブリが当たりでもしたら一緒に宇宙の藻屑になってしまう。
いま見ている、自分が乗る予定の工作艇は旧式も旧式で初期型といってもいいような骨董品のためこんなざまになっている。
待機室内には自分のほかには誰も残っておらず、それも不安を増長させる要因となって独り言がこぼれてしまった。
しばらく手持ち無沙汰にモニターを眺めていると、いつの間にかに警報と招集が行われてから30分ほど経過していたようだった。そのあたりでようやく自分の番が回ってきて、準備を促すインフォメーションがされた。
立ち上がり、ハードポイントと固定用ジグが背中にあるジャケットを着る。多少窮屈さはあるがこれがないと船体内で散々シェイクされることになる。
このジャケットは実は二人で装着し合う装備だ。しかし最適化だか精神的なコントロールの為だかなんだかで出撃と帰還は一人でいる時間を強要される。自分はジャケットを一人で装着できるのだが、ほかの奴らはどうなのだろうか。そういえば一度も話題に上がったことはないな…。
そんな風に惚けていたら船内への入場可能を知らせるランプが点灯し、目の前のドアが開く。
弱重力環境下の狭いイントルードパイプを這って伝う。小型艇の中でも小さい方に分類されるがそれでもお一人様にはちと大きすぎる船室に侵入する。
途中で膝を置かれているコンテナにぶつけた。どうやら以前使用した地上降下用装備が撤去されず設置されたままとなっているらしい。そんな準備が完全に終わっているとは思えないような格納庫を通り過ぎ、操縦室へのドアを開けた。
この工作艇は通常3名で操作を行うようにデザインされている。しかしいまは中央の一席を除いて操縦支援システムと呼ばれる、おおよそ小型の冷蔵庫ほどのコンピューターが操縦席を占有していた。つまり、戦闘要員も足りていないのだ。
足りていない理由はいくつかあるが、一番の理由は−−−
『スパナ3、シールド装備への換装終了次第、WAVE3として展開。その後はスパナ1の指示を待て』
作戦指示がインフォメーションされる。背中を操縦室中央のジグに固定し、旧式のコントロールポッドを掴む。最新鋭の小型艇では今やニューロン拡張端末を利用した操作システムが搭載されているというのに、この旧式では脳波感知式の入力補助さえ行われない。本当に筋力のみでコントロールポッドを動かさなければならないのだ。
操作しやすいようにシート位置などに個人プロファイルを適用させる。ふと、こちらよりは少しマシ程度のアビオニクスを適用されている、目の前のスパナ2を眺める。4艇の工作艇からなるスパナチームは多種多様な装備を搭載可能な汎用艇を、機動性を犠牲にした上で更にハードポイントを増やして船外作業に特化させたEB型工作艇を採用している。
基本的には母船のトラクターフィールドによって船外作業を行うためにブースター性能は2世代前の水準にまで落とされていて、惑星間航行がせいぜいだ。ワープ航法に必須とされる空間安定器すら標準搭載されていない。もちろん、スパナ2に限らずこのスパナ3も同様だ。
そういった基本性能はスパナチーム全体でほとんど差がない。しかしチームリーダーであるスパナ1やその補佐を行うスパナ2は通信機能や情報機能に優れているなど、若干予算の掛け方が良い。特に操作系の違いなどは、目に見えるほどである。
そして武装だが、普段この工作艇には搭載可能ではあるが、されることはまず無いと言える。しかし今回に限っての特例で武装が搭載されるようだ。しかしそれが30kW超未来式火器が船体左側面に一門のみという事実は、無敵と謳われた連合軍の艦隊も存外の危機にさらされているということだろう。
豆鉄砲にも等しい武装で一体何を期待されているのかは疑問だ。超未来式火器は基本的に射程距離が出力に比例する。30kW程度ではかなり近づく必要がある。
『WAVE3は6機編成、隊長をスパナ1としてスパナチームと残存するアーク3、アーク4です。副隊長はスパナ2となります』
この工作艇が搭載された工作船ペルセイ4、今は移民船団ウルティミスの旗艦を務めるこのロートル船はワープ航法の最終段階という隙を突かれ奇襲されている。目的は…十中八九アレであろう。
超未来式惑星改造器
岩石に覆われた地面から土を、メタンと二酸化炭素の大気から酸素と水を、そして生命に必要だろうさまざまな物質を不思議物質を消費し生成し続ける連合国の秘密兵器だ。
この移民船団に随伴している戦闘艦を相手取って奪う価値があると考えられるものはそれくらいしかないはずだ。そしてそれが連合国配下にない国の画策だとすれば、敵は……であろう。
出撃態勢を促すビープ音が鳴り工作艇を固定していたアンカーボルトが解除され一瞬衝撃を感じた。そして他の工作艇と同じようにトラクターフィールドでゆっくりとデッキへ誘導される。
「一番、面倒な時に来やがって… 」
俺は航行工兵という連合軍の中では下っ端の一人であるが、それでも一人前の軍人であることを自負している。移民船団ウルティミス護衛2団工作航宙機隊スパナ3操縦士、クラス・デシュルツは何としてでもこの船団を守らなければならないのだ。敵は待ってくれはしない。文字通り、この戦闘に負ければ国が滅んでしまう。それはどちらも同じことであろう。
「スパナ1、こちらはスパナ3、準備はできている。いつでも飛ばしてくれ」
『こちらスパナ1、カタパルトの準備ができた。これより発射シーケンスに入る。皆の命をウルティミスへ届けてみせる。ついて来てくれ』
隊長の通信が戦術リンクから飛んでくる。それを皮切りにWAVE3のチャンネルは他のチームメンバーから発せられる怒号やら歓声やらの通信で埋め尽くされる。WAVE3の隊長は軍学校以前からの昔馴染みで、こういうオイシイ場所ばかり持っていくかっこいい奴だ。人を惹きつけ引っ張って行く能力、俺が持たないその能力に嫉妬することはあるが、昔馴染みがいい男すぎて仕方ないなんてなんとなく思っている。
この昔馴染みの背中を追って、隣に並びたいと思い始めたのはいつのことだろうか。
射出のカウントダウンが始まり、戦術リンクは静かに互いのステータスを告げるのみとなった。次の瞬間からは閃光が宙を飛び交う戦場になる。頭上のハッチが開き重力制御が母船からこちら側へ切り替わる。その瞬間に機体はトラクターフィールドによって投げ出され、黒い宙へと飛びたす。
(敵艦砲…!!)
遥か彼方に超未来式火器の先走りが瞬き、それを感知したWAVE3の隊長機がシールドの自動展開を行った。展開はWAVE3の内4機で行われおよそ200m四方をカバーする。シールド発生装置は1基では扇型の範囲のみでしか効果がなく艦砲クラスの超未来式火器だと受け流すことすら危ういが、こうして複数の発生装置を使用することにより広範囲を覆える超未来式防御となる。
閃光が左目の端で弾ける。超未来式防御によって偏向させられた光の奔流は母艦すれすれを通過していったようだ。本艇の残エネルギー量はすでに6割となっていた。
超未来式火器…それはこの時代の戦場において最も警戒しなければいけない、着弾すればどのような強固な装甲であっても貫通する一撃必殺の兵器である。もっとも大量の不思議物質を効率度外視で放つような兵器であるため、手数に限りがあり一般的に攻撃の前後に大きなエネルギー低下が生じるため連発できるようなものではない。
また超未来式防御も超未来式火器を防ぐことのできるほとんど唯一の兵器だ。こちらも真正面から受けてしまうとかなりの不思議物質を消費してしまう。
『母船に損傷なし。左舷上部居住区のシステムに軽度の異常が発生。警戒を続けろ!』
戦術リンクとは違う、母船からの狭域通信から戦況の大まかな推移がインフォメーションされる。無意識的にフィルターされてしまうこともある狭域通信だが、今回のような損害報告は強制的に意識へ割り込むことができる。
戦闘艦が放つ超未来式火器が一撃必殺の兵器と言われる所以はその貫通性能のみではなく、不思議物質を使用しているが故に空間そのものに何らかの影響を与えるという特性にもある。何らかの影響、とあるがこれはその時の状況によるとしか言えないようなもので、その原因は専門家の間でも諸説論じられている。とりあえず乱暴に言えば直撃しなくとも当たる、と表現できてしまう兵器だ。
たが、この程度の艦砲では重大な影響が生じることはほとんどない。どうやら敵の超未来式火器はそれほど出力が大きくないようだ。そのため警戒すべきは他の敵艦より飛来する質量兵器への対処とそれによる損傷であろう。
途端、次には味方の戦闘艦が超未来式火器を放つ。
『標的への超未来式火器が命中。周辺の随伴機を巻き込んで圧壊しました!』
狭域通信からインフォメーションされる。先ほどの艦砲を放った敵艦は撃沈した。頭上に表示された輝点には小さく無力化のマーカーが付いていた。
その一撃が元になったのか、敵勢力は徐々に数を減らしていった。