告白
スクリーンに映し出された『Fin』の文字で、約二時間に渡る長編映画を見終わったのだと改めて実感した。主人公とヒロインの強い絆と危うい関係、新たに現れる恋のライバル、怒涛のいちゃラブシーンの数々に、あたしの胸は謎の感動でいっぱいだった。なんていうかその、目頭が熱い。
「泣いてるの?」
「深癒だって、泣いた跡あるじゃんか」
「う……他人事に思えなくてさ」
「あたしも。主人公の女の子が鈍感すぎて、最後までどうなるかハラハラしてたよ」
「分かる。それでもヒロインの子が一途だったところがすごく良かった」
「でも、ちょっと病んでたよね。あれ絶対浮気とかしたら刺されるわ……」
「はは……確かに」
映画の主人公の子はかなりの鈍感で、ヒロインの子のアプローチをことごとくスルーしちゃったりして。そのせいでヒロインの子が悲しい思いを溜め込む羽目になったんだけど、最後にはちゃんと思いが通じて、そりゃもう恋人同士の甘いイチャイチャを見せつけてくれたわ。正直言うと途中から、顔から火が出そうだったくらい。
「ほんとに、鈍いってのはもう罪だよね」
「……何故そこであたしを見るのかな?」
「特に深い意味はないよ」
「むむむ……まあいいや」
深癒の言う事は、時々よく分からない時がある。
「それじゃ、出ようか」
「うん。……あんなにお菓子食べたのに、お腹すいちゃった」
「もうお昼だからね。何食べようか」
「ファミレスでいいよー、深癒は?」
「私もそれでいいや」
二人でのんびり話しながら映画館を立ち去る。上映中の暗い状態に慣れた瞳では、外に出た瞬間に光が眩しいと感じた。空は冬らしくどんよりと灰色に曇っているのに。もしかしたら、もうそろそろ初雪が拝めるチャンスかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
お昼ごはんを食べた後は、深癒と一緒に街をぶらぶら見て歩いた。普段は入らない雑貨屋とか服屋によって、普段は手に取らないような物を眺めた。深癒と一緒なら、そんな初めての場所でも楽しく周ることができる。あたし一人だったら、きっとこんなに楽しくはない。
楽しい時間はあっという間に過ぎるっていうけど、あれは本当だ。現にお昼から街でウィンドウショッピングしてたのに、もう夕方になりかけてるし。辺りは元々薄暗かったのがさらに暗くなり、いよいよ冬真っ盛りの夜に変化していった。夜が近付くと必然的に気温が低くなって、どうしようもないほど寒くなる。かじかんで震える手を擦り合わせていると、急に頬っぺたに熱い何かが当てられて思わずビクッとする。
「ひゃぅっ! ……み、みゆー、怒るよ?」
近くの自販機に飲み物を買いに行ってくれていた深癒が戻ってきたみたい。ほっぺに当てられたのは温かいココアだった。あたしたちは今、家の近くの公園まで戻ってきていて、そこにあるベンチで休憩中だった。
「ごめんごめん、これユキのね」
「ん、許す。ありがと」
隣に座った深癒からココアを受け取り、早速飲み始める。ミルクのたっぷり入った贅沢な甘さだ。芯まで冷え切っている身体にはとても優しくて、とても温かい。
深癒はコーヒーを開けている。缶の表面には『砂糖控えめ』と文字が書いてあった。
「深癒さんは大人ですねぇ。ブラックとかも飲めるの?」
「ちょっと苦手。苦いだけだし、大人になってからでいいかなって」
「分かるわー。無理して飲む必要ないしね。それだったら美味しいの飲むわ」
「うん、だから今はこういうので慣らしとこうと思ってさ」
「なるほど。やるねー深癒。……ところでさ、それどんな味するの? 一口だけちょーだい」
「えっ。……まあいいけど」
「サンキュ、あたしのもあげる」
「うん」
あんまりコーヒーって飲まないから味が気になるんだよね。だから深癒とあたしの飲み物を一口だけ交換して貰っちゃった。
「……うげ。コレめっちゃ苦いし。控えめっていうか、ほぼ無糖じゃない」
思わずしかめっ面になっちゃう。
「ユキのは甘いね。とっても、甘い……」
「そりゃコレ飲んでたらどんなものでも甘く感じるわよ、よく飲めたね」
「実はちょっと我慢してた」
「あはは、深癒もあたしと同じでまだまだ子供なのよ。無理して大人ぶらなくても、まだいいんじゃない?」
「うん、そうかもね」
それにしても、苦いなぁコレ。おいしいといえばおいしいけど、深癒はまたこれを我慢しながら飲むのか……それもちょっとねー。
「深癒、残りのココア全部飲んでいいから」
「え、なんで?」
深癒の疑問に、行動で答える。あたしは缶の中のコーヒーを一気にあおって飲み干した。胃が軽くもやもやした気分になるけど、深癒に無理してもらいたくないし。
「大丈夫? ユキ、苦いの嫌いじゃ……」
「へーきよ。深癒は甘いココアを存分に味わいなさい、ふふん」
「くすっ……なんで偉そうなのさ。でも、ありがとう」
嬉しそうに飲んでくれてるのを見ると、こっちも笑顔になる。勝手だけど、頑張った甲斐があるね。
静かな公園に、今はあたしたち二人。
冬の寒空の、しかも夜になりかけの暗くなる時間だから、当たり前といえばそうか。でも、普段は子供が遊んでたりして賑やかな場所だからなおさら、その静寂が強く感じられた。
「あ、雪」
「ん? ほんとだ」
名前を呼ばれたのかと一瞬勘違いして、すぐに目の前を舞う雪に気付いた。小さな雪の粒が一つ、また一つと空から降ってくる。手の平をかざして掬い取ってみると、雪はいとも容易く消えてしまった。
「いやぁ、風情ですねー」
「そのキャラ誰っ?」
別に誰かを真似したわけじゃないんだけど、深癒には面白かったらしい。
「誰でもないわよー。それより、もう雪降り出しちゃったね」
「うん、今年は早いな。これは明日積もるかな」
「積もったら雪だるまとか作りたいわね、久しぶりに」
「雪合戦とかもいいよ。今の私なら、ユキにも勝てるかも」
「ふふ。よくやったわねー、小っちゃい頃」
「私、一回も勝てなかったんだよ。ユキってば、すばしっこいから避けまくるし。隠れて狙い撃ちしてくるし」
「あ、あたしってそんなに狡猾な子供だったっけ?」
「勝負事になると全力だからね」
「うーん、もう覚えてないよ」
さすがに小さかった頃の記憶はぼんやりとしかないんだよね。例えば、雪合戦をしたことは覚えてても、勝ったか負けたかは覚えてないって感じ。はっきりとした記憶は、小学生の高学年辺りからしか覚えてないかも。
「ていうかさ、深癒もよく覚えてるよね。あたし完全に忘れかけてたのに」
「ユキに関する記憶なら覚えてるだけだよ。子供のときからずっと一緒だったんだし」
「何それ、どっちにしろすごいんですけど」
「……昔は、私たちもよくこの公園で遊んだよね」
「そうね。今思うと男の子っぽい遊びばっかしてたわ」
「いっつも走り回ってたよね。あの頃は、何も考えなくても楽しかったよ」
「今は楽しくないの?」
「いや、今も楽しいよ。ユキと一緒なら、私はどんなときでも幸せなんだから」
「は、恥ずかしいこと言わないでよ!」
「……お願い。今日は私に、最後まで言わせて」
「な、なに……?」
深癒は真剣な眼差しであたしを見つめてくる。その綺麗な瞳に吸い込まれそうで、あたしは少し怖くなった。
長い深呼吸を一つして、深癒はその続きを言った。
「――――私、ユキが好き。ずっと、ずうっと子供のときから、ユキだけが好き。きっと、この気持ちだけは一生変わらない。そう言えるよ」
「な、何言って……!?」
「……私と、お付き合いしてください。ユキ」
「――――――――!!」
あたしは、答えを出すのに戸惑って。考えるのに恐怖して。臆病で。意気地なしで。それでいて、嫌われたくないなんて卑怯なこと思って。
だから、あたしは――――
「……ごめん、深癒っ」
その場から、降り積もる雪の中に深癒一人だけを置き去りにして、逃げ出した。