歪3
「お待たせ。さ、行きましょっか」
「うん、今日は絶対楽しんでもらうから!」
「期待してるわよ」
「もちろん。いい意味で裏切るよ」
「ふふ、言ったわね? 覚えとくわ」
朝の九時ごろ、家に迎えに来てくれた深癒と二人で出かけた。今日はクリスマスだ。街はどこか色めき立ち、そわそわした空気に包まれている。どこもかしこも、手を繋いだカップルだらけで見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
「ねえ、あたしたちも手、繋いじゃう? 何か悔しい」
「悔しいって。ユキらしい発想」
「褒められてはいないよね」
「それは分かるんだ」
「えーい! 握ってやるぅっ!」
「!」
油断してた深癒の手を掴んで、ぎゅっと力強く握りしめた。ハッと驚いた様子の深癒だったけど、すぐに落ち着いた表情に戻り、逆にあたしの手を優しく握り返してきてくれた。こういう深癒のさりげない優しさが、あたしは結構好きだ。
「じゃあ、まずは映画でも見に行こう」
「ほほう。まるでデートですなー」
「私はデートのつもりだったけど」
「ふぇっ!? ……み、深癒さん大たーん」
「冗談だよ。動揺しちゃって……くすっ」
「か、からかいおってぇっ!」
余裕綽々な深癒のわき腹を突っついて反撃するくらいしかあたしには出来ないのが癪だ。深癒みたいに口達者になれたらいいんだけどなー。
「見るのは決めてあるけど、何か別のが良かったらそっちを優先するよ」
「いや、大丈夫よ。最近何やってるかとかよく分かんないし」
「分かった。行こう」
二人で手を繋いだまま、あたしたちは映画館へと向かって歩いていった。
「へえ、今こんなのやってるのね」
ど派手なシーンを大きくポスターに映し出したアクション映画や、流行の俳優をふんだんにキャスティングした恋愛映画に、国民的アニメの劇場版などなど、多種多様な作品を上映しているようだ。
「ユキって映画好きじゃなかったっけ?」
「いや~。なにせここ数日はテスト漬けだったでしょ。だから他のこと考える余裕もなかったよ」
「そっか。じゃあ、今日は息抜きだね」
「うん。で、あたしたちはなにを見るわけ?」
「これだよ」
そう言って深癒が指差した映画のポスターは、二人の女の子が向かい合いながら手を繋いでいるシーンを写したものだった。最近話題の、百合系映画というものみたい。撮影が開始されたのはきっと結構前だと思うから、先見の明がある監督が同性婚可決の流れを読んで製作したのかもしれない。
「深癒が恋愛物に興味を持つなんて……意外」
「失礼だな。私だって興味くらいあるさ」
「でも、これ百合ものだよ。深癒ってこっちもオッケーだっけ?」
「……興味が湧いただけだよ。それだけ」
「ふーん。まあいいけど」
深癒の返答は何だか煮え切らないと言うか、喉に小骨が詰まってるような感じだ。言いたいことがあるのに言えないような……でも、それをあたしに詮索されないように拒絶してる、そんな気がする。
「とりあえず、チケットを買ってグッズでも見てよう」
「そうね、そうしましょ」
悩んでても仕方ないか、今はこの状況をめいっぱい楽しむことにしよう。
◇◇◇◇◇◇
「どのポップコーンがいい?」
「えっと、そうね……あたしはキャラメルがいい」
「うん、ドリンクは何にする?」
「もちろんコーラで」
「おっけ。すみません、キャラメルポップコーンのレギュラーと、コーラを二つずつで」
映画館内にあるショップで深癒と二人一緒に並んで注文する。やっぱり、映画を見るときはポップコーンをつままなくちゃそれっぽくないよね。
「ただいまクリスマス期間限定でカップルドリンクを販売しておりますが、そちらもいかがでしょうか?」
「か、カップルドリンク?」
「はい。お好きな飲み物のLLサイズを、カップルの方限定で半額で販売させて頂いてます」
ほ、ほう。この店員さんにはもしや、あたしたちも女の子カップルに見えているというのか。事実は違うけど、何か照れますな。
「ユキ、LLサイズの量を考えると、これはかなりお得かも」
「そ、そう? でも、カップル限定って……」
「黙ってたらばれないよ。それとも、ユキは私とカップルに誤解されるの嫌?」
「そんな風に言われたら、断りづらいじゃない。……買っちゃおうか」
「よし! じゃあ、カップルドリンクのコーラに変えてください」
「はい。ご注文は以上で――――」
会計を済ませて横のカウンターで注文した商品が来るのを待つ。目の前のガラスケースに山の様に積まれたポップコーンがとても良い匂いを発していた。あぁ~。キャラメルは大好物だけど、塩味も捨てがたいんだよねー、王道中の王道って言うか。まあ、今回はキャラメルな気分だったということで。
少し待ってから、店員さんがポップコーンとドリンクを運んできたときに、衝撃は訪れた。
「……えっと。これは」
「……確かに、カップルドリンク、だね」
あたしたちの目の前に現れたドリンクは、大きさも目立つものだったが、それを何より際立たせているのは、それに差し込まれたストローの形状だった。一本の管が途中から枝分かれしてハートを形作り、そして二つの別々の飲み口へと広がっている。簡単に言ってしまうと、二人同時にチューチュー飲みあう何ともバカップルな仕様だったのだ。これにはさすがのあたしたちも笑って誤魔化すレベルではなくなってしまった。
「……深癒、先に飲んでいいよ」
「わ、私一人に押し付ける気だな!? ダメだよ、ユキも道連れだ!」
「いやよ、そもそも何なのコレ!? どんな公開処刑よー!」
「私だってこんなのだって知ってたら頼まなかったよっ!」
「うぅ……もう買っちゃったじゃん。もったいないし、飲むしかないよ」
「ユキがいいなら、私は構わないけど……」
「あたしも……その、深癒だから特別に、ね」
ほとんど口移しみたいなこのストローで、一緒に飲もうと思えるのは多分深癒だけだね。皐月とかだと悪乗りしそうで嫌だし、志穂はきっと顔真っ赤にして倒れちゃうんじゃないかな。
「ていうか、別に二人同時に飲む必要もないんだけどね」
「あ」
結局、深癒の機転によって代わりばんこに飲むことになった。