歪1
高校生の勉強って大分レベルが上がってくるけど、特にその上がり幅が大きいのって二年生の後半辺りからだとあたしは思う。いや、もちろん受験が近付きつつあるからそれは当然っちゃ当然だけど、あたし的には納得がいかないといいますか。まあ、何が言いたいかというと……
「期末テスト……爆死……」
「あっははは! 雪乃は相変わらずアホの子だなー!」
机に突っ伏しているあたしを声高らかに笑う皐月、でも言い返す気力もない……
―現代文―
ふむふむ、主人公の心情に最も近い選択肢を選べって……そんなの他人が分かるわけないじゃない、エスパーかっつの。しかもどれもこれも似たような選択肢だし。あー、頭痛くなってくる……
―数学―
sin、cosってなんだっけ? ……やばい、ど忘れした。グラフとかそういう仕事の人以外将来何の役にも立たないでしょ……
―英語―
読解は良くても作文は苦手なのよね。何だか、眠くなってきた……負けるな、あたし……すぅ……
振り返ってみると、やばいな。せっかく深癒に付きっ切りで勉強教えてもらったのに、全然身についてなかった。何か、深癒に申し訳ない。
「でもさ、まだ返ってきてないんだから。結果はどうか分からないよー?」
「いや、さすがに分かるわ。今回は、本当にアウト……」
分からない問題が判ってしまってるし、空欄も多かったはず。正直、平均点との闘いかな。
「まあ、雪乃がいくら頭悪くっても将来の心配はないよ、マジで」
「何でよ、何か秘策でもあるわけ?」
「皐月の家に嫁げばいいんだよ!」
「ぷっ、真面目な顔してなにを言うかと思ったら……」
あまりに突拍子もないことを言い出すから、思わず吹き出してしまった。
「えぇっ!? なんでこの流れで笑うのさっ! むしろ照れるところでしょ!」
「そうね、普通はね」
あまりのダメダメっぷりに撃沈しているあたしを元気付けようと冗談を言ってくれるのは有り難かった。皐月は面白くて、見ているだけで飽きないな。
「ありがと。皐月のおかげで元気出たわ」
「むむむ、何か釈然としない……」
「そうだ。テストも終わったことだし、打ち上げとかしてみない? 深癒とか誘ってさ」
「あー、いいねそれっ! 楽しそうっ!」
「じゃあ、今日の放課後集まりましょ」
「おっけー!」
苦しいテスト期間も終了したし、ちょっと位羽目を外したっていいよね、多分。
◇◇◇◇◇◇
そんなわけで皐月と深癒、そしてあたしの三人で集合し、近くのファストフード店でささやかな打ち上げを開始した。ちなみに志穂も一応誘ってはみたんだけど、塾があるらしくて行きたいって残念がってた。
注文したコーラを片手に、乾杯の音頭を取ってみたり。
「みんな、テストお疲れ様でしたー!」
「お疲れ様ー!」
深癒と皐月の声が綺麗に重なった。最初は少しギクシャクしてた感じだったけど、二人とも何とか仲良くなれたみたい。
「今日は頭をたくさん使った分、遊ぶぞー!」
「おー!!」
早速手に持ったコーラを一気にあおる。喉を通過していく炭酸のしゅわしゅわ感に脳が痺れる。さすがに全部飲むことはできなかったけど、二人ともあたしの豪快な飲みっぷりに「おぉ~!」と感心の声を上げた。うむ、場を温めるのに成功したようだね。
「じゃあ皐月もー! んぐんぐんぐ……ぷはぁ~! もうダメ……げぷ」
「あははは! グロッキーになるの早すぎ」
「わ、私もやるべき……なのかな?」
「無理しなくていいよ、深癒が倒れたらツッコミがいなくなっちゃうし」
「私の存在意義っ!?」
「そーそー。みゆっちはそのままでいてください」
「ナチュラルに新しい呼び方を……」
ボケて、笑って、たまにツッコんだりして、テスト期間中のぴりぴりした空気を何処かへ弾き飛ばすかのように、あたしたちは話し込んだ。途中、話しながらつまんでたポテトが底をついたから、買い足したりなんかして。結論から言うと、すっごく楽しい時間だった。やっぱり仲が良い友達と集まるのって、それだけで心が癒される。
……そう思ってたのに。
「だーかーらー。雪乃は皐月の家に永久就職しちゃえば将来安泰なんだってば~」
「え。何それ」
「そ、それは聞き捨てならないな。私の方が多く稼ぐから、きっとっ!」
「仮定の話をされてもね~。ていうかさ、嫁ぐと稼ぐって字がちょー似てない!?」
「それは確かにそうだけど……」
真面目な顔してなにを言い争っているんだろうか。あたし、段々頭痛が……
二人とも、テストで頭がおかしくなっちゃったんだろうか。いや、そうに違いない。
チラッと店内の時計に目をやると、針は十九時を少し過ぎた辺りだった。結構長いことこの場で話し続けていたらしい。そろそろお店にも悪いし、晩御飯の時間でもあるな。
「みんな、一旦ストップ。もうこんな時間になってる」
「わ、ほんとだー。皐月、そろそろ帰らなきゃお母さんに怒られちゃうよ」
「ふふ。案外子供っぽいとこもあるんだね」
「あ! みゆっち今バカにしたなー、こうしてやる!」
「ひっ! あひゃはゃひゃ……っ!?」
皐月のくすぐり攻撃に手も足も出ない深癒が悶えてる。なかなか刺激的な光景ね……
普段は見られない深癒のあられもない姿、ごくり。
「さーさ、そこまでにしときなさい皐月」
「ふっふーん! 満足っ!」
肌がやけにツヤツヤしてる。皐月を怒らせるのはかなり危険かも。
「ひー……ひー……死ぬかと思った……」
「深癒が攻められるなんて、珍しいわね」
「わ、私を攻めていいのはユキだけだよ……」
「へ? 何が?」
「そのタイミングで言っても、鈍感じゃ気付かないよー、マジで」
皐月が呆れ顔で言ってるけど、あたしにはちょっと意味が分からなかった。何か悔しい。
「それより、片付け済んだ? もう帰らないと、でしょ?」
「あっ、そうだった。今日は楽しかったよー! また誘ってね、二人ともっ!」
「うん。今度は冬休み中にでも連絡するわね」
「またね」
「ばいばいっ、それじゃっ!」
皐月は慌しく荷物をまとめて帰っていった。嵐みたいな子で、いなくなると途端に場が寂しくなる気がする。まあ、また会えるわけだし。
「深癒、あたしたちも帰ろっか」
「うん。……ところで、さ」
「なぁに?」
一瞬だけ考える素振りを見せて、深癒は言葉を続けた。
「今日も、行ってもいいかな。ユキの家……」
「! もっちろんっ、いつでも歓迎よ。幼なじみなんだから、遠慮なんてしないでいいよ」
「……うん。じゃあ、お邪魔させてもらうよ」
「おいでおいで、どんとこいよー」
何故かは知らないけど、幼なじみと言った瞬間に深癒の顔が一瞬曇ったのを、あたしは見逃さなかった。