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歪恋愛シンドローム  作者: 杞憂
5/15

萌芽5

 ある日の体育の授業中のことだった。


 ふと思い立ち、あたしに告白してきた子は大丈夫かななんて、柄にもなく彼女を探してみたんだけど、どこにもいない。彼女のクラスメイトに話を聞いてみると、どうも体調を崩して保健室で休んでいるようだ。


 それを聞いてからは何故か授業に集中できず上の空で、気付いたら授業は終わって放課後を迎えていた。


「ユキー、行こー?」

 いつもどおりに深癒があたしを呼びに来てくれたけど、今は部活の前に行っておきたい場所があった。


「ごめん、深癒。先に行ってて、すぐ行くからっ!」

「え、ちょっとっ!?」


 事情を知らない深癒を置いてあたしは教室を走り出た。よく分からないけど、あたしの直感が告げていた。――――保健室に向かわなきゃ、あの子と話をしなきゃって。


「……はぁ……はぁ……着いた……」


 今日は一日中走りっぱなしだ。体育もマラソンだったし。

 保健室の扉の前まで来てやっと、彼女が帰ってしまっている可能性もあることに気付いた。

 でも、ここまで来たんだし。いなかったらいなかったで、そのときは仕方ない。そう自分に言い聞かせ、あたしは扉に手をかけた。


「失礼しまーす」

 そろそろと中に入るも、保健の先生はどこにもいなかった。


「あれ、留守?」

「……その声、九条さん、ですか?」

「ひゃっ! びっくりしたー……」


 誰もいないと思っていた部屋から突然声が聞こえたので驚いた。きょろきょろと部屋の中を見渡すと、カーテンで仕切られたベッドに誰か寝ているようだった。


「やっぱり、九条さんですね。今、先生はちょっと出かけてるんです」

「あ……ありがと。えと、志穂さん、だよね」

「覚えててくれたんですね……嬉しいです」


 ……そりゃ忘れられないわよ。あたしの人生初に告白してきてくれた娘なんだから。

 志穂さんはあたしと分かるや否や身体を起こしてカーテンを開いた。その微妙に赤みがかった顔と目が合う。寝ていたせいか制服が少し乱れていて、やけに色っぽい雰囲気を出していた。


「あの……九条さんは、どこか具合でも?」

「あ、あたしはその……お見舞いに……」

 そう言った瞬間に、彼女の表情が輝いたように見えた。


「もしかして……私の、ですか? 心配して、来てくれたんですか?」

「う、うん。だって、調子が悪いって聞いて……」

「もう平気ですよ、いっぱい休ませてもらいましたから。それよりも、こんな私を心配してくれてありがとうございます。迷惑、かけてしまいました……」

「迷惑なんて。志穂さんは全然何も悪くないでしょ」

「いえ……そんなに優しくされたら、私……せっかく、諦め、ついて……なのに……うぅ」

「ちょっ、ちょっと! お願い、泣かないで……!」


 急に泣き出してしまった志穂さんを宥めようとするも、上手くいかない。あたしには、こういうときどうしてあげればいいかなんて分からないよ……。そもそも、彼女を振ったあたしにそんな資格、ない。


「……ひぐっ……九条さんに、ぐすっ……お願いがあるんです……」

「な、なに? あたしに出来ることなら何でも……」

「少しの間だけ、私を抱きしめてくれませんか……それで、何もかも諦めます」

「……分かった。いいよ」


 あたしは彼女の最後の希望を叶えた。彼女が泣き止むまでの間、あたしは静かに彼女の身体を優しく抱きしめた。腕の中に納まった彼女は、どうしようもないくらい弱くか細く、そして儚げな一人の女の子だった。彼女が顔を埋めていたところは、涙で濡れて少し冷たくなっていた。



「ありがとうございました。九条さんのおかげで、この恋をちゃんと終わらせることができました。正直に言うと、あれで終わってしまうのは少し寂しかったんです」

「あたしも、ちょっと心残りがあるっちゃあったんだ」

「なんでしょうか?」

「志穂さん。やっぱりあたしは、恋人にはなれない。でも、友達として側にいるのは、だめなのかな」


 これが多分、あたしの直感の真実。あたしは、志穂さんをもっと知りたかった。友達になりたかったんだ。


「友達に……なってくれるんですか? 私、九条さんのこと、変な目で見ちゃいますよ?」

「う……そ、それは追々直してもらいたい、かも……」

「くすっ……ふふ」


 今日、というか初めて志穂さんの笑顔を見た。

 口元に手を当てながら微笑む志穂さんは、先ほどの泣き顔を忘れてしまうくらいとても綺麗に見えた。


「私も、お友達になりたいです。もっともっと、九条さんと仲良くなりたい……」

「あー、そうだ。その、名字で呼ぶのナシにしない? せっかく友達になったんだし」

「ゆ、雪乃さんと呼んでもいいんですか?」

「好きに呼んでいいわよ。あたしも志穂って呼ばせてもらうし」

「じゃ、じゃあそれでお願いしますっ!」

「ふふ、変なの」

「は! て、てんしょんが上がってしまって……恥ずかしいです」


 今までそんなに話したことなかったから知らなかったけど、意外と抜けてる感じというか、見ていて可愛い人だなー。深癒とは正反対なタイプだね。


 何気なく壁に立てかけてある時計を見てみたら、既に部活が始まっている時間だった。


「もっと話していたいけど、あたしそろそろ部活に行かなきゃ」

「あっ……引き止めてしまってすみません。雪乃さんとお話できて、とっても幸せでした。できれば、その……」

「ん、なに?」

 志穂は俯いてもじもじしながら言葉を探している。少しの間、次の言葉を待った。


「……また、会ってお話してくれますか」

「もちろん! いつでも歓迎よ、今度二人で遊びにでも行きましょ」

「はい、期待してます!」

 すっごいキラキラした目で気合入りまくりな志穂の姿が、あたしのツボに入ってしまって……


「あはははっ! やっぱ、志穂って面白ーい!」

「はわわ、笑わないでくださいー」


 しばらく笑い転げていたのは、いい思い出になった。



◇◇◇◇◇◇



「段々と、ユキの魅力に気付く人が増えている……」


「私はもう何年も前から、ずっとユキだけを思ってたのに……」


「……取り戻さなきゃ」



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