萌芽4
「みーゆ、次はあの店で服見よ?」
「うん、いいよ」
あたしたちは駅に隣接するデパートまではるばるショッピングに来ていた。家からここまで少し遠いから、ちょっとした冒険気分を味わえたりする。今日は土曜日だからか、他の買い物客でとても賑わっている。中には、あたしたちみたいな学生らしき人もちらほらと目に入った。
「うわ~、これすっごく可愛い……!」
「また高そうなものを……ユキのお小遣いで買えるの?」
「うっ……現実に戻さないで~」
もう、深癒ったらお母さんじゃあるまいし。でも、可愛いけど確かにこれは高すぎるかな。一セット揃えたら半年は何も買えなくなっちゃう。
「あ、でもさー、試着するだけならタダよね。ということで、深癒が着なさい」
「えぇー!? な、なんで私が」
「いい感じだったら、お小遣いためてあたしが買うのよ」
「なら自分で着ろよー……」
「つべこべ言わないの」
渋る深癒を無理矢理試着室に放り込み、着替え終わるのを待つ。何かこういう待ち時間って妙にそわそわしてくるな。
店内の他の服を軽く見たりしながらしばらく待っていたんだけど、中々出てこない深癒にさすがに痺れを切らして声をかけてみた。
「ねえ、まだ終わらないの?」
「う……も、もうちょっと」
「ほんとは着替え終わってるんじゃないの?」
「そ、それは……まだだよ」
うーん、あやしい。これはもう、強行突入といくしかないよね。
「こらー!!」
「うひゃぁあぁっ!? か、勝手に開けるなよっ!!」
「……やっぱり着替え終わってるじゃない」
「だ、だって……その……心の準備が」
ひらひらした可愛らしいワンピースを身に纏った深癒がそこにいた。普段はスカートをはかずにズボンを愛用しているせいか、下の端を押さえながらもじもじしている。恥らう深癒さん、貴重なシチュエーションですね、ふむ。
「深癒、すっごく似合ってるよ。可愛い!」
「あ、ありがと……でも」
「ん?」
「勝手に開けたのは、ちょっと許せないかなー」
急に深癒から出ている空気が変わった。何だか背筋に悪寒が走るかのような……もしかして、怒らせちゃった?
「……え、えっとー。だって、深癒遅いんだもん! もっともっと周りたいとこたくさんあるんだから、ここで時間ロスしちゃだめでしょっ?」
「言い訳は終わり? もしまだ着替え途中だったらどうする気だったのかなー」
「う……悪かったわよ……」
「これでユキには貸し一つね」
「ちぇー、深癒のイジワルー」
ま、仕様がないか。深癒には勉強でもお世話になってるから貸し一つどころじゃないし、たまには恩返ししてあげようかな。
◇◇◇◇◇◇
「ここのクレープ、奢ってくれたら許す」
「はいはい、好きなの頼んでいいわよ、奢るから」
「いらっしゃいませー」
「ふふ、言ったね。メガ盛りアイスフルーツ……これにしようかな、これ下さい。ユキは?」
「あたしは……アイスイチゴチョコで」
「はい、1100円になります」
うわぁ、深癒さんパネェっす。一番高いの選んじゃってまあ。ていうか、アイスも入ってるのにあんなにでかいクレープ食べきれるのかしら。お腹壊しそう。
「はいどうぞ」
「どうもー、はい深癒」
「ありがと。あっちのベンチで食べようか」
「そうね、ちょうど空いてるし」
たまたま空席だったベンチに二人して腰掛ける。あたしたちの前を横切っていく人々は、友達同士っぽい子達もいれば、女の子同士なのにカップルっぽく手を繋いで歩く子達もいて、何だか見ていて飽きない。この階がレディス物しか置いてないのも、男が少ない理由かもしれない。
「ユキ、溶けちゃうよ?」
「おっと、そうだった。いただきます」
「頂きます」
二人でほぼ同じタイミングでクレープにかぶりつく。途端に口の中に広がる柔らかいクレープ生地の仄かな温かさと、それに対するように自己主張してくる冷たいアイスクリームがたまらない。その二つが口内で調和し合い、あたしは心身ともに甘ーい気持ちで満たされていった。
「おいひい~……」
「言えてないし。あのユキがこんな蕩けた顔をするなんて」
「う、うるひゃいわねっ! 深癒も食べてみなさい、ほらっ!」
「え。い、いいの?」
あたしがぐいと突き出したクレープを前に、深癒はちょっと引き腰になっていた。
「もち! むしろこの美味しさを深癒にも分かってもらいたいの。はい、あーん」
「そ、そこまで言うなら……はむ」
あたしが口をつけた場所にあえて食いつく深癒にちょっとドキッとしたけど、これくらい友達同士なら普通だよね、多分。第一、あたしが勧めたんだし。
「もぐ……おいしい」
深癒も顔が綻んでいる。やっぱり、アイスとイチゴチョコは鉄板よね。
「でしょー! って、深癒。鼻にクリームついてる」
「え、どこ?」
「今取ったげるから。じっとしてて」
「あ、ありがと」
鼻についてたクリームをハンカチで拭い取る間、何故か深癒は顔を赤らめて照れていた。子供っぽくて恥ずかしかったのかな。
「あー! 雪乃がカップルっぽいことしてるー!!」
……はい!?
突然近くから大声が、しかもあたしの名前を呼んでいたので心底びっくりした。声のしたほうに振り返ると、そこには良く見知ったクラスメイトの間抜けな顔が。
「何だ、皐月じゃん。こんなとこで会うなんて偶然だね」
友達の吉永皐月。何を隠そう、あたしに同性婚の話を振ったのは、他でもない彼女だ。
「あ、うん。ちょっと新しいセーターを見に……って! そんなことより、今その子とイチャイチャしてたよねっ! 誰さっ!?」
え、なにこのテンションの高さ。ちょっと引くんですけど。
「幼なじみの深癒。言ってなかったっけ?」
「あ、ども。天羽深癒です」
「あ、こちらこそ。吉永皐月です……ってぇ、誤魔化そうったってそうはいかないよっ!」
「だから何の話よ」
「さっき、あーん、とか鼻についたクリーム拭き取ったりとか、それっぽいことやってたじゃんか。二人は付き合ってたりするの!?」
「……なんでそうなるのよ」
確かに、今考えてみるとあれは傍から見たら恋人同士のいちゃつきに見えなくもないかもしれないけど……あたしたちは幼なじみで親友なんだから、そんなわけないじゃない。
「つ、付き合ってるなんて、そんな……」
おいおい深癒さんや、なんでそこで照れるんですかね。これじゃ逆効果っぽいじゃないですか。
「! その反応、怪しい……マジで!」
「ないない、あんたの思ってるようなことはこれっぽっちも、微塵もないよ」
「……そんなに強く否定しなくても……」
ボソッと深癒が何か言った気がするけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「ていうか、友達同士で食べさせあいっことか、別に普通じゃない? なんならあんたも一口食べる?」
そう言って皐月の顔の近くへクレープを持っていくと、すぐに皐月の目の色が変わった。
明らかに食べたそうにしているし、生唾を飲み込む音も聞こえた。
「た、食べてもいいの? マジで?」
「いいってば。いらないの?」
「いや! 食べるよー!」
「むぅ……」
深癒の不満そうなうめき声が聞こえた。深癒ももっとあたしのクレープを食べてみたかったのかな、まあ後で深癒のと交換してもらおう。
「はぐはぐ……うまー!!」
「ちょっ、こらっ! どんだけ食ってるのよ、一口がでかすぎっ!」
あたしのクレープ、三分の一程食べられてしまった。……うぅ、ショック。
「あははー! 可愛い顔で怒られても怖くないよ」
「くっそぅ……! 無性に悔しい~!」
「ゆ、ユキ? 私の、半分あげるから」
「おー! 深癒ちゃん、やっさしー」
「出会って早々ちゃん付けとは、皐月も中々図々しいわね」
「ふふん、褒めても何も出ないよー!」
「わ、私は構わないけど……」
「深癒がいいってさ。良かったじゃん。てか、深癒は悪くないから、味見だけにさせてもらおっかな」
「うん、どうぞ」
深癒が差し出してくれたクレープを軽く頬張る。あたしのクレープとは違い深癒のクレープはたくさんのフルーツで味付けされ、フルーティなお味になっていた。メロン、マンゴー、イチゴ、オレンジにバナナ? 何だか混ざっちゃってカオスな味になりつつあるけど、それぞれが美味しい果物なだけあって、ぎりぎり調和を保っている感じだ。
「うん、口の中がジューシーになった」
「変な感想っ」
「美味しいよ、結構!」
「……もしよかったら、吉永さんも一口どう?」
深癒がおずおずと皐月に聞いた。
「うーん、ごめんね。皐月、オレンジ苦手なんだー」
「そっか」
ベンチに座っていた二人はいつの間にか三人になり、しばらくそこで談笑した。
「あ、ちょっとトイレ行ってくるわね」
「行ってらっしゃい」
「そこはお花を積荷ーってやつじゃないのー?」
「字が違う!」
クレープに入ってたアイスで冷えてしまった。知り合って間もない二人を置いてくのは不安が残るけど、深癒なら何とか仲良くやってくれるよね。
トイレから帰ってくると、ベンチには深癒だけが残っていた。
「あれ、皐月は帰ったの?」
「うん。買うもの買ったし、今日はもういいんだって」
「そっか。じゃあ、あたしたちはまだまだ続きと行きますか!」
「そうだね、行こうか」
「あ、そだそだ。皐月とは仲良くなれそうだった?」
なんてことのない問いかけ、にもかかわらず深癒の顔は少し険しくなった。
「……どうだろう。ライバル、だからね」
「へ? 何の?」
「ユキには秘密だよ」
「なによそれー!? 隠さないでよー!」
「ふふ、行こう」
「あっ、ちょっとっ……!」
深癒に手を引かれて、あたしたちは走り出した。
背中からでは、深癒が今どんな顔をしているか、あたしには分からなかった。