萌芽2
深癒と一緒に勉強した次の週の金曜日の放課後、あたしは違うクラスの女の子に告白された。体育の合同授業のときに知り合った程度の仲でそこまで面識はなかったはずだけど、その子はずっとあたしのことを好きだったと言った。
「九条さんが好きです、私とお付き合いしてください!」
「え、えと……」
正直に言うと、困惑した。だってほとんど会話すらしたことないし、あたしはこの子の事を何も知らない。告白されたということ自体が嘘のようだ。だから、なるべく傷つけないようにしつつ、あたし自身の本音を伝えることにした。
「ごめんなさい。あたし、まだ恋愛とかはいいかなって思ってて……それに、本当のこと言うと、女の子同士ってのが、分からないんだ……」
「…………そう、ですか。あ、その……あの、ごめんなさいっ」
その子はあたしの返事を聞くや否や落ち着かない様子になり、頭を振って走り去っていった。多分、涙を堪えていたんだと思う。後ろを向くときに雫が宙を舞っていた。
悪いことしちゃったかな、とは思うけど。こればっかりは、どうすることも出来ないし……
こんなあたしでも好いてくれる人がいるってのは、何かこう心に来るものがあるなー。
女の子同士、か……
「おーい、こんな所でなにしてるんだよ、ユキ?」
その場でボーっと突っ立ったままでいたら、いつの間にか深癒があたしの側に近寄ってきていた。
「あれ、深癒じゃん。どしたの」
「こっちの台詞だよ! 久々に部活休みで一緒に遊ぼうと思ったから探してたのに、何処にもいないから」
「あ、ああ~、なるほど。メールしてくれれば良かったのに」
「……その手があったか」
「ちょっ! 素で忘れてたの!? ……ふふっ、全く頭はいいのにドジなのは変わらずね」
「頭も悪いユキには言われたくない」
「ひどっ!」
深癒が来たのは予想外だったけど、確かにここはちょっと分かりづらい場所かな。告白の定番スポット、ずばり体育館裏で滅多に来ることはないし。あたしも手紙で呼び出されて今日初めて来たくらいだし。深癒も結構長いこと探してたんじゃなかろうか。
「それよりさ、ユキ。最初の質問に戻るけど……ここでなにしてたの」
一瞬、深癒の目がもの凄く不安そうにあたしを見つめた気がした。心配かけちゃったのかもしれない。でも、告白されたことを話すのも気恥ずかしいし、あたしは、「ちょっと校内を探索っていうか? あはは、実は迷っちゃって……てへ」と、下手だとは自分でも分かってるけど誤魔化した。
「……………………」
「あはは、は……」
駄目かなー、と思った次の瞬間に。
「なんだ、迷ったなんて大変だったね。一緒に帰ろ」
深癒は何とか納得してくれた。
「迷わないように手、繋いで帰る?」
「なに言ってんのバカっ。そこまで子供じゃないんですからねー!」
茶化してくる深癒を置いて、あたしは校舎へと走っていく。深癒はやれやれって感じで落ち着いてて、何だか癪にさわった。
「……ユキ……」
去り際に、深癒のかすれた声が聞こえた気がした。
◇◇◇◇◇◇
「さーさ、いらっしゃい。一名様ごあんなーい」
「お邪魔します。ユキの部屋に上がるの久しぶりだなぁ」
「そうね~、最近は深癒の家に行く方が多いし」
会話の通り、あたしたちはあたしの家に帰ってきていた。部屋はなるべく綺麗に片してるから面白いものもあんまりないんだけど。ちなみに深癒の家もここから結構近くて、歩いて十分もかからない距離だったりする。
「ちゃんと整理してるんだね、ユキのことだからもっと散らかってると思ってた」
「何それ、心外なんですけど。いつからあんたの中であたしはがさつキャラになったわけ~?」
「そりゃ、前来た時からだよ。床に雑誌やら服やら、挙句に下着まで散らばってて私一回追い出されたじゃん」
「…………あぁ~」
思い出したくなくて封印していた記憶が甦ってしまった。そういえば部屋を綺麗に維持するのを心がけ始めたのもその頃だったわ……すっごい恥ずかしくて、二度とないように自分で戒めたんだった。
「ま、まあそんな過去のことはどうでもいいじゃん! 今は綺麗なんだしさ。それより、あたし飲み物持って来るわね、何がいい?」
「寒いからホットミルクでも飲みたい」
「おっけー! 今持ってくるから、くつろいでて」
深癒を部屋に置いて一階にあるキッチンへと向かう。一先ず要望どおり蜂蜜と砂糖を入れた牛乳を温めるとしよう。……それはいいとして、あたし、ちゃんといつもどおりやれてるよね。今日は告白されたりなんだりでちょっとパニクってるから、深癒に余計な心配かけちゃったかもしれない。女の子同士の恋愛の話だから、親友の深癒にもぺらぺら喋ることじゃないと思うし。それでもしギクシャクしちゃったりしたら嫌だからね、多分絶対にそんなことないけど。と、あれこれ考え事をしていたらいつの間にか電子レンジがチンとホットミルクの完成を告げていた。あたしも冷蔵庫から適当に選んだオレンジジュースをコップに注ぎ、軽いお菓子と共にトレーで運んでいく。
「お待たせ~……って、深癒」
「ん~、ありがと」
「もぅ、あたしのベッドで寝ないでよー」
部屋では深癒がベッドの上でゴロゴロ寝返りを打っていた。何だか丸くなっちゃって、猫みたい。
「すんすん、ユキの匂いがする。落ち着く~……」
「ちょっ、こらっ! 嗅ーぐーな!」
たまにだけど、深癒はこういう恥ずかしすぎることを無意識にやってくるので、大変油断ならない。ていうか、デリカシーとか関係ないのかも。自分はされると怒るくせに。
しばらく転がってた深癒だったけど、ホットミルクが冷めちゃうよと言ったらすぐに起き上がって飲みだした。冷めたらただのミルクになっちゃうしね。
「ふう、温まるよ。何か、こうしてると帰るのがだるくなってくる」
マグカップを両手で持ちながら和んでいる。その姿を見てたら、あたしの方まで癒されてきた。
「外、寒いもんね。なんだったら、久々に泊まってく?」
「え、いいの? 嬉しいな~! いやぁ、お泊りとか懐かしいね」
「うん、小っちゃい頃以来だね」
両親はいつも仕事で帰りが遅くなるから、あたしとしては泊まってくれたら万々歳なんだよね。いや別に、一人でいるのが寂しいとかそういうわけでは……
「それじゃ、今日はめいっぱい遊んじゃいますか!」
「いや、いい機会だから私がまた勉強見てあげる。遊ぶのは終わってからね」
「えぇ~~~~……」
「文句言わないの、この前だって結局うやむやになっちゃったんだから」
「うぅ……やっぱ今すぐ帰って」
「冷たすぎないっ!?」
深癒ってば、変なところで真面目だから、そこだけはちょっと残念かな。