茜色の世界
深癒と付き合い始めて数週間が経ち、初々しかったあたしたちは完全に恋人同士の雰囲気を醸し出していた。今日は深癒と外でデートする約束なのだ。
「ユキー、遅いよ。減点一つ」
「うへぇ。ごめんね、どの服にしようか迷っちゃって」
あたしは頬っぺたを突き出して待ってる深癒の期待通りに、チュッと頬にキスをした。あたしたちが恋人同士になってからの取り決めで、約束とかを守れなかった時には『減点』し、埋め合わせのためにキスをするというものだ。ちなみにほとんどの場合あたしが減点される側だったりする。
深癒は手帳に細かく『減点』をメモしてて、十個ほどたまるとディープなキスを迫られる。軽いキスならもう慣れたけど、ディープなやつとなるとまだ恥ずかしいんだけどね。
「これで今月は八つ目。あと二つだね、ふふ……」
「ひぃぃっ!? 深癒さんが野獣の目をしてらっしゃる……!」
「……こほん。それはさておき、その服」
「ああ、これ?」
「うん。気に入ってくれてるみたいで嬉しいよ」
「だって深癒が買ってくれたあたしの宝物だもん。いっつも悩むんだけど、結局これに落ち着いちゃうのよねー」
「宝物かぁ。買った甲斐があるよ、ユキぃー!」
「うわ、急に引っつくにゃあ!」
飛びついてきた深癒に驚いて思わず発してしまった猫語に、あたしは赤面する。
「ん? 今なんて言ったのかにゃ?」
「や、やめてよぉ……うぅ、恥ずい……」
「もう、可愛いなぁユキは」
「だぁぁー! 減点つけるわよ!」
「いいよ。お詫びのしるし――――」
そう言って深癒はあたしの髪をかき上げておでこにチュッとする。
「あ、もう……! し、しょうがないわねー、許してあげる」
「ありがと。結構話しちゃったね、そろそろ行こうか」
「そうね。エスコートよろしく」
「任せて」
深癒に手を握られて一緒に歩き出す。あたしも離れないようにしっかりと手を握り返した。なんていうか、背筋がむずがゆくなる甘さね。でも、深癒となら悪くないかも。
◇◇◇◇◇◇
深癒に連れられて立ち寄ったのは、可愛い小物をたくさん取り扱っている雑貨屋さんだった。店内はあたしたちぐらいの年齢の女の子たちで賑わっている。その店の中で一際あたしの目に留まったのは、棚に並べられたクマのぬいぐるみだった。丸くデフォルメされていて、つぶらな瞳が何とも可愛らしい。あまり大きすぎず、片腕で抱けるサイズなのもグッドだ。
「可愛い……」
ふと気になって深癒の方を見てみると、深癒は壁に掛けられている猫耳のついたカチューシャを見つめていた。深癒ってそんなに猫好きだったかな。
家の近くにはあまり野良猫とかいないから、よく分からないや。
「ユキ、私向こうの方見てるよ」
「うん。あたしはもう少しここら辺を見てるから」
「じゃあ見終わったら、入り口で合流しよう」
「おっけー」
ふふ、これはチャンスね。深癒へのサプライズプレゼント、たまにはそういう恋人っぽいことしてみたかったんだー。さっきの猫耳カチューシャ気になってたみたいだし、買ってあげちゃおうっと。
あたしは深癒が好きそうな黒い色のカチューシャを手にとってレジへと向かっていった。
入り口では既に深癒が待っていた。あたしを見つけるなり笑顔が輝きだした気がする。
「何か買ったの?」
「へへーん。秘密ですよー」
「ふーん? まあ、いっか。それよりご飯食べに行こう? お腹ぺこぺこだ」
「あたしもー。ハンバーガーでも何でもいいから今すぐ食べたい」
「ちょうどあそこにあるよ、それでいい?」
「うん、異議なしー」
近くのファストフード店に二人で入る。お昼時だからかもの凄く混雑していて、レジの前は大行列だった。冬だってのに、人ごみで夏並みの熱気に包まれている。
「私が買うから、席取っといて」
「ほんとに? ごめんね深癒」
「いいのいいの。何にするかメールしてね」
「分かった、それじゃ頼むわね」
あたしは深癒を行列に残して店の奥へと入っていった。
たまたま空いた席を見つけて、そこに腰掛ける。人が多いからかなりざわついてて、うるさいと言えばうるさいけど、その喧騒もまた何だか嫌いじゃなかったり。静か過ぎるのも寂しくなっちゃうからね。
でも、ここではちょっと渡したくないなぁ。落ち着かないし。
「あ、メールしとかなきゃ。ふむふむ」
店内にあるメニュー表を吟味していると、いつの間にかあたしの周りを囲むように二、三人の女の子が近寄ってきていた。制服を着てるようだけど、あたしの通ってる学校、白翠女子のものではなかった。知らない学校の物のようだ。全員あたしより若干大人びて見えるから、もしかしたら上級生かもしれない。
「ねえ君、一人? よかったら私たちと一緒に遊ばない?」
「え、あたしですか?」
「あなたしかいないじゃーんっ、面白いねー」
……何これ、ナンパ? 普通は男の人が女の子にすることだよね、あれれ?
「絶対楽しいよー、カラオケとか行っちゃうよー」
「そうそう。私らが奢るからさー、どう?」
「や、あの……あたし、連れがいるんで。すみません」
「えー! 女の子? ……それとも男?」
"男"という単語を言うとき、嫌そうな顔を一瞬だけ見せた。この人達、男子が苦手なのかな。
「お、女の子ですけど……」
「おー、ラッキー! だったらその子も一緒にどうよ?」
「その子、どこにいるのー?」
「今レジに並んでて……あ、しまったっ」
深癒に何を頼むかメールするの忘れてた。携帯を取り出すと、ちょうどタイミングよく深癒から電話がかかってきたところだった。
「もしもし、遅れてごめん深癒っ」
「今注文してるとこ。決まった?」
「うん、照り焼きバーガーセットでお願い。ドリンクはコーラがいいな」
「了解、もう少し待っててね」
「はーい。ありがとー深癒」
待たせちゃったのに全然怒ってなかった。深癒の優しさに申し訳ないや。
あたしもちゃんと、断らなきゃ!
「ごめんなさい。あたし今『彼女』とデート中なんで。二人っきりがいいんです」
キリッと澄ました声で言い切った。カミングアウトって結構勇気が必要だと思うけど、深癒との時間を守るためなら全く気にならなかった。
「あちゃー、そっかぁ。やっぱ可愛い子は大体恋人いるもんねぇ」
「残念よー……」
どうやら潔く諦めてくれそうだ。それまで黙って様子を見ていたもう一人が、小さい声でボソッと「百合NTRも至高……」とか何とか呟いてたけど、気にしなくていいよね。意味分からないし。
「バイバイ。しつこくしちゃってごめんね~」
「またなのー」
「ああ……妄想がはかどる……早く書き上げないと……」
まだブツブツ言っていた。あの人怖いわー。
「あはは……」
軽く手を振って去っていく姿を見送る。とんだ一波乱だった。
「はぁ……何か疲れたー……」
やっと静かになりホッと一息つく。前はあんなふうに声をかけられることはなかった。法律が変わって、それまで社会の中で本当の自分を隠して生きてきた人たちが、堂々とできる時代が間近に迫りつつあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、レジからトレーを運んでくる深癒の姿が見えた。あたしを探してキョロキョロしているみたいだ。
「おーい、こっちよー深癒ー」
「あ、いたいた。お待たせー」
「ううん、お疲れ様。行列で大変だったでしょ?」
「そうでもないよ。さ、食べよう!」
バーガーを受け取り、代金を手渡す。「奢るよ?」と言われたけど、そういうところはきっちりしたい性格だったりする。
「いっただっきまーす!」
カプリと喰らいつく。ふむ、デート中に照り焼きソースでベトベトになるのは如何なものかと、食べ始めてから思い至ったり。不覚……
◇◇◇◇◇◇
二人で街をブラブラしていると、電気屋で陳列されているテレビで映されていたニュースが目に入った。深癒と二人してテレビの前に立ち止まり、思わずじっくり見つめる。
テレビの中の女性アナウンサーが淡々とニュースを読み上げていた。
「――――最近では、同性のカップルの間でのベビーブームが起こっています。現代医療技術の発展により作り上げられたブームとも言えるでしょう。当番組では、早速女性同士で赤ちゃんをもうけたとあるカップルに密着取材しました――――」
そのあとは仲睦まじい二人の子育ての様子を延々と流していた。
二人ともすごく幸せそうで、見ているとこっちまで顔が綻んでくる。
「いいなぁ……」
「ユキも思った?」
「うん。愛し合う二人がいて、可愛い子どもがいて……最高の幸せって感じじゃない?」
「そうだね。この人達は私の理想に近いかも」
「現実に、しちゃう? あたし、深癒となら……いいよ」
「照れながら言われるとやばいかも……でも、嬉しい。ユキがそう言ってくれる日が来るなんて……夢みたいだ」
「ふふん、もっと夢見させてあげるわよ。あたしと一緒ならね」
「何さそれ、口説き文句っ?」
「まあねっ」
あたしたちだって、テレビの中のカップルに負けず劣らずのバカップルなのだ。二人で幸せになって、今度はあたしたちがあちら側に立つんだ、なんて意気込むのだった。
夕方の公園は、クリスマスの日に告白された時のように閑散とし、静まり返っていた。ここにいるとあの時のことを思い出す。深癒があたしに告白してくれた大切な思い出の場所なのだ。
そして、深癒を傷つけてしまったほろ苦い後悔の残る場所でもある。
でも過去のことを悔やんだって、それはもう取り返しがつかない、手の届かない出来事だ。だからあたしは、ここから前に進む必要がある。深癒と一緒に。
「ねえ、実は深癒にプレゼントがあるんだ」
このプレゼントは、その第一歩。
「え、ユキも?」
「ん?」
今、深癒は「も?」って言った。まるで深癒からもプレゼントがあるかのような口ぶりだ。
意表をつかれた隙に、深癒はバッグからがさごそと袋を取り出した。あの袋は、深癒と寄った雑貨屋さんの袋だ。あたしもそこで買ったからすぐに分かった。
「じゃーんっ。ぬいぐるみだよ」
袋から飛び出したのはあたしが可愛いなぁと思って眺めたクマのぬいぐるみだった。
「うっそ!? なんであたしの好みが分かったの、深癒っ?」
「じーっと眺めてるのが目に入ってさ。私からのプレゼント」
「深癒すごい! うわわ……可愛い」
手渡されたクマを早速眺める。この子、ちょっと情けない顔をしていて、それがまた何とも言えずキュートだ。深癒からプレゼントを貰うことは想定してなかったから、これは嬉しい。
「ありがとう深癒! 深癒だと思って大切にする!」
「あははは、そこまで喜んでもらえると嬉しいな」
「う~ん、すりすり~」
クマを抱きしめながら頬ずりしてて、まだあたしのプレゼントを渡してないことをハッと思い出した。
いけないいけない、あたしだって深癒を喜ばせてあげるんだから。
「深癒さん、次はあたしの番です」
「わぁ、何が貰えるのかな」
「ふっふっふ。なんと、深癒にぴったりの猫耳カチューシャでーす!」
「え、猫耳カチューシャ?」
あ、あれ? 反応がよろしくない。深癒、ずっとこれを見つめてたのに。どういうわけかキョトンとしてしまっている。
「も、もしかして、違った? これを見てたとばかり……」
「あ、違うんだよ! 気に入らないとかそういうんじゃなくって、その、予想外だったというか」
「買うほど欲しくはなかった感じ……?」
「いやぁ、私が着けるっていうより、ユキが着けたらどんな感じだろうなって思って見てたんだ」
「あたしが……これを?」
「うん。でも、嬉しいよ。ユキからのプレゼントだもん」
つまり、深癒はあたしが猫耳を着ける様を想像してたのか。てっきり猫好きをこじらせて猫になりたい願望でもあるのかと思ってた。
……しょうがない。これをそのまま渡しても深癒としては微妙だよね。
だったら深癒の願望、叶えてあげますか。
「深癒、気が変わったわ。やっぱりこれはあげない」
「ええー!? ごめんユキ、気を悪くしたなら……」
「ううん、そうじゃないの」
あたしは深癒の目の前で、猫耳カチューシャを装着した。
頭にピコンともふもふの猫耳が生える。結構可愛いアクセサリーかもしれない。
「ユ、ユキ……?」
「み、みゃぁー。あ、あたしがプレゼント、にゃ……!」
猫みたいなポーズをとって、甘えた声を出してみた。
ヤバイ、茹でだこのように顔が熱い。絶対真っ赤になってるよコレ。
死にそうなくらい恥ずかしいけど、深癒にならこんな無防備な姿も見せられる。というか、深癒にしか見せないや、絶対。
「はわわわ……! ユキがにゃんこになった……!」
深癒も赤面して顔から湯気が出ている。夕陽に照らされている公園の風景に、そのまま溶け込んでしまいそうなほどだ。
このサプライズプレゼント、大成功といっても過言ではないわね。なにせ、恋人自身がプレゼントになっちゃうんだから。
「だ、抱きしめてもいい?」
「にゃぁ……」
深癒は優しくあたしを包み込んでくれる。体の触れ合う温かさにあたしは安心して深癒の為すがままになった。
「ユキ……私、キスしたくなっちゃった……いい?」
「うん……いいよ」
ここから先は、あたしたち二人だけの絶対の秘密だ。
茜色に染まった世界だけが、その答えを知っている。
歪恋愛シンドローム-Fin-
以上で一先ず完結となります。読んで頂きありがとうございました。




