監禁
「ね、ねえ深癒……何もしないの?」
「されたいの?」
「そんな聞き方されても困る……」
「私としては見つめてるだけでも飽きないけど」
「あたしは暇なのよ……」
「そう」
あたしの返答には大して興味なさそうだ。感情がすでにどこか麻痺してるのかもしれない。
「じゃあ……キスしてくれたら解放してあげる」
「はぃ? 縛られてるからムリなんだけど」
「それじゃ、諦めるしかないね」
「むぅ~……」
寝たままの体勢で満足に寝返りも打てないって、結構苦痛なんだよね。
深癒はじっとこっちを見てるだけだし……どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
やっぱりあたしが悪いのかな……あの時深癒を置いて逃げてなかったら、ここまで深癒が病むこともなかったのかな。それとも、もうずっと前から深癒に片思いされてて、それに気付かなかったあたしに天罰が下ったのかな、分かんないや……
深癒の気持ちも、何もかも、もう分かんない……
「ユキ、泣かないで」
「……泣いてなんか、ない」
「嘘。涙がこぼれてる」
深癒はあたしの顔に手を伸ばしてきて、頬を伝う涙をぬぐい取った。
「……触らないでっ」
「ごめん、ごめんね」
「謝るくらいなら、解放しなさいよ」
「それはダメ。ユキが取られちゃう」
「誰にも取られないわよ! 何の話をしてるの!?」
「……それは、言えない。フェアじゃない」
「あっそ。だったらあたしも、もう口きいてあげないから」
「……ごめん」
プイと顔をそらし、動ける範囲ぎりぎりまで背を向けた。顔を見続けてたら、感情を抑えられそうになかった。
「ユキ……私のこと、嫌いになった?」
「こんなことする深癒は、大っキライッ!」
「どうしたら許してもらえるの」
「これを解いてくれたら」
明らかに元気を失った声で聞いてきた深癒に、追い打ちをかける。
「……」
ここで頷いてくれたらまだ許してあげるつもりだったけど、そう上手くいくわけないか。
深癒は堅く押し黙ってしまった。
結局、そこからは何も進展せずただむやみに一日を消費するに至った。
◇◇◇◇◇◇
「……そろそろ晩御飯を用意するね」
大分外が暗くなってきたためか、部屋の隅でずっと体育座りしていた深癒が動き出した。
「あんた、一人で料理できるの?」
「カップラーメンくらいなら」
「それは料理って言わないし……この縄解いてくれたら、あたしが……」
「ダメ。ここにいて」
「いい加減身体を起こさないと背中が痛いのよ」
「……しょうがないな。だったら、これを使うから」
「あ、あんたそんな物まで」
「一応買っておいてよかった」
深癒が取り出したのは小さな手錠だった。鉄製ではない感じのちゃっちい品物だったが、人ひとりを拘束するには十分すぎるものだった。
「おもちゃだけど、簡単には取れないと思う。これを私と一緒につけて」
「ほんっとーに無駄に手際がいいわね。逆に感心してくるわ。実はあたし以外にも何人かさらってるでしょ」
「そんなわけないだろ。ユキだから、束縛したいほど好きなんだよ」
「……ふんっ」
いちいち人の心を揺さぶって……
深癒の手と一緒に手錠にかけられて、逃げられないようにされてからやっと縄を解いてもらえた。あぁ、半日振りの自由だ……! 手錠付だけど。
今は何とか、深癒を元に戻して家に帰る方法を考えないと。
「やっぱりカップ麺だったね」
「しょうがないでしょ! 手が自由に使えないんだから」
「ユキ、すっごい食べづらそうだったね」
「利き手が使えないんだから、苦戦するに決まってるじゃん。早く取ってよ、これ」
「私があーんしてあげたのに、拒否するから……」
「そんな恥ずかしいことできるかっ!」
手錠がかけられてるので、あたしたちは並んでカップ麺をすすった。普段は対面に座るから、今日は変な感じ。
今は何とか完食し、少し休んでいるところだ。手錠のせいで、深癒に引っ張られつつあるけど。
「……ねえ、一つ聞いてもいい?」
「ん、なに?」
「トイレとかって、どうする気?」
「あぁ~……」
間抜けな声を出しながら深癒が悩み始めた。
「考えてなかった」
「ちょっとぉっ!? どーいうことよソレ!?」
思わず声がひっくり返ってしまった。
だって、監禁するぐらいだからそこらへんもちゃんと考えてるのかなって普通は思うじゃない! 手錠まで用意してたんだし! ……なのに、まさかこんなところで深癒さんの天然スキルが発動してしまうなんて……
「どうすんのよっ、さすがに冬休み中ずっと我慢はムリよ! 死んじゃうもんっ、心がっ!」
「……分かった。トイレの時だけは、手錠を外してあげる。但し、行くときは私に言うこと。それと、私が行くときはユキを部屋のベッドにつないでおくから。これでどう?」
「解放しなさいよ……ぐすっ……」
――――もう泣かないんだから。
◇◇◇◇◇◇
「お風呂でまで手錠付けられてるし……しかもあたしだけ」
「一応ね。ユキと二人で入りたいから。前は一緒に入ってくれたじゃないか」
今は二人で深癒の家のお風呂に入ってる。なんとなく深癒を意識してしまって、あたしはずっとボーっとしていた。お湯の温もりのせいでもあるけど。
「あの時とは事情が違うでしょ、事情が。深癒があたしのことを好きだなんて知らなかったんだから」
「……ほんとに鈍感だからね、ユキは。ちょいちょい誘惑してくるもんだから、我慢するのが大変だったよ」
「あたしとしては、誘惑なんて考えは一切なかったんだけど。ただのじゃれあいといいますか……」
「そのじゃれあいが、私には大変だったの」
「……なんか、ごめん」
「もういいんだ。我慢するのはやめたから」
「ちょっとは我慢してほしいというか。てか、手錠のせいで身体洗えないのよ。外してよ」
「私が代わりに洗ってあげる」
「あ、ストップ! ……その、優しくして……ね?」
「う……!?」
顔を真っ赤にしたと思ったら突然、ツーと鼻血を垂らし出した。お風呂でのぼせたわけじゃ、ないよね。
「またそういう……ほんとユキはひどいよ」
「なんでよ! あたし何もしてないってば」
「無意識にやってるなら、もっと悪い。頼むから上目遣いでそういうこと言わないで」
「……分かったわよ。悪かったわね」
「鼻血止めてくる」
深癒はあたしを置いて風呂場を出て行った。勝手に鼻血出したのは深癒なのに。
ていうか、この何もできない状態のまま待つのか……それはそれで困った。何とか洗えないかな、こうスポンジをうまく持って……ダメだ、背中に手が回らないや。
スポンジ相手に悪戦苦闘していたら、いつの間にかガラッと浴室の扉が開き、深癒が姿を現した。
鼻にティッシュを詰めて応急処置したようだ。また出そうなものだけど、大丈夫かな。
「お待たせ。さあ、洗ってあげる」
「も、もういいわよ。早く上がりましょ? のぼせちゃうし……」
「さっきまで湯船に入ってなかったでしょ。嘘ついてもわかるんだよ」
「くっ……鋭い」
「ちゃんと身体を綺麗にしないと、気にするでしょ?」
「まあ……一応」
「安心して。ユキは今まな板の鯉だけど、同意を得るまでは変なことはしないから」
「全然安心できないんですけど。同意を得たらする気満々じゃない」
「それは……私だって欲求はあるから」
やばい。よくよく考えて、あたしを好きな深癒と一緒にお風呂なんて入っちゃいけなかった。肌をさらしてるこの状況は、深癒にとっては耐え難いほど甘美なもののはずだ。今は理性でコントロールしてるっぽいけど、もし我を忘れたりしたら……ひゃぁ~。
「――――よっと」
深癒がタオル越しにあたしの背中に触れた。身構えていなかったせいで驚いちゃって、「ひっ」と変な声が漏れる。うぅ……深癒を意識してる自分に気づいちゃったのが恥ずかしい……だって、ずっと今までただの幼馴染兼親友で、深癒が恋愛感情を抱いてるなんて知らなかったんだから。深癒のこと、そんな目で見たことなかったし。でも、よーく思い返してみると、深癒の言葉の端々に好意みたいなのがちらほら見え隠れしてた気はするんだよね……
「痛くない? もっと弱くしたほうがいい?」
「ううん、このままでいい」
「分かった」
黙々とあたしの身体を洗ってくれてる。傷つけないように丁寧に、すっごく優しく。
深癒は今、何を思ってるんだろう。
あたしを束縛して、まるで介護みたいなことまでして。
そこまで怖いんだろうか、あたしがどこかへ行ってしまうことが。
――――少し形は違ったかもしれないけど、あたしだって深癒とはずっと一緒にいるんだろうなって思ってたのに。お互いに結婚して、家族同士で交流があって、おばあちゃんになっても今みたいに仲が良くて……
そりゃ、深癒といるのは嫌じゃないよ?
でもさ、ちょっと意外だったというか……焦ったっていうか。
深癒と今みたいな関係でいられなくなるのが、怖いんだよね。
近付いているようで、離れていくみたい。
恋って、こんなにメンドウで、フクザツだったんだね。
深癒……