三十六話 目的 下
「む~~~~ーーん」
茂繁吉信は空を浮いていた。腕を組み、考えるような姿勢で眼下を見下ろす。歩く歩行者は上、すなわちこちらを見上げて驚いたり、悲鳴をあげて逃げたりしているが、それはのんびりと宙を舞う茂繁吉信ではなく、その後ろにいる者にだろう。
ゆうに建物八階分位はありそうな巨人が、跳ねる。
地震が起こり、歩行者をひっくり返す。
体全体を赤黒く四角い鱗の様な物で覆われているそれは、空中を漂う茂繁を掴む。
彼は意図的に空中にいたわけではない。
当然そういった類のヒーローでもない。この巨人により吹き飛ばされたのだ。
「…………」
そして巨人はボールのように掴んだ茂繁をハンドボールのように、
放り投げる。
「……『狼』?」
聞き覚えのない組織名にマレフィキウムは首を傾げる。
「できたばかりの組織だ。構成員は三名。全員ヒーロー。とりあえず標的を魔女と翼にしたみたい。そしてやっかいなのが……」
「『隠さない』ってとこっすね。奴ら、人目を気にしないんっすよ。今だってもしかしたら平気で突っ込んで来るかも」
「それは……」
強さはさておき、一般世間に悪影響なのは確実だ。こちらの暗黙のルールを平気で破ったのだ。
「現に今、近くの街で翼の奴と白昼堂々交戦中らしいっすよー」
「…わかった。とりあえずはここを離れよう。どこに向かう事になってる?」
「外に車があるからそれで。とりあえずは旧横須賀地区で三人と合流する」
「よし、点滴も外したし…、それじゃあ行くっすよ!」
病室を出て、非常階段の方に向かう。
隣の病室、同じく個室のドアが開いていて、中の人が見えた。
同じ年位の少女とベットにいる少年。そして二つ位年下に見える少年が一人だった。
(…彼…………)
『横濱弘星』
入口のネームプレートを見るが、その時はまだ、誰の事かわからなかった。
☆
「…そんな事が…」
渡辺と中原からとりあえずの説明を受ける。
「先輩と神崎は昨日来てくれたんだよ。さっき連絡しておいたから…あと、真琴と小鞠にも」
「、そ、れ、よ、り、!」
渡辺がベッド横のテーブルをばんばんと叩く。香さんからのフルーツ盛り合わせが落ちそうになる。
「なんであんな所にいたの! 神崎はわかるけどヒーローでもないのに! 結果こんな怪我して…」
「あ、えっとそれは……」
「………」
どうすんのあんた…、と中原の目が語るが、これ以上秘密をバラしたくはない。
(…ここは渡辺には悪いが…)
「…手伝いに行こうと思って…。その、悪かったよ」
「…………」
「………」
睨む目が明らかに疑っている。思わず目を背けたくなる。
「……ま、いいか。でも次からはちゃんとし、」
途中まで言った所で渡辺の携帯が鳴る。
「………真琴と小鞠、すぐそこまで来たってさ。ちょっと迎えて来るね」
さっきのことはもういいのかさっさと病室を出て行く渡辺。
「………」
「…ドア開けっぱで行っちゃうし」
中原が立ち上がり、病室のドアを閉める。
「しっかしそんなに隠したいか…。別に渡辺だったら信用でき」
「ねえ、」
横濱が話し掛けるが、そこにさっきまでのノリは無かった。
「…あの時、俺はお前になんて言った?」
「……なんて言ったと思う?」
「! こっちは真剣に……」
ドアの前に立ちこっちを見る中原。話し方こそいつも通りだが、その目はいつもと違った。
「…『何か大事なことを忘れている』…?」
「………」
「………」
「……ふぅ。まあ、覚えてたか」
息を吐き、ベッド横のパイプ椅子に座る。
「それ、で。」
足が床に着かず、プラプラとさせながら話す。
「……どういう事?」
「……。」
話すべきかどうか迷った。そもそもそれはいつ頃のものなのか、どうして覚えていないのか、大事なことなのか、どうでもいい事なのか、
なぜあいつはその事を知っていたのか、
なぜ言われるまで気がつかなかったのか。
「…全く、本当に何も手掛かりは無いんだ」
気がついた時には話し始めていた。
「大事なことじゃないかもしれない。でも確かに、頭の中に空白がある。…気になるんだ」
「………」
「この一ヶ月、ただ周りに振り回されてやるべき事をやっていくのが精一杯だった。でも、」
「…」
「…見つけてみせる」
どうして自分でもここまでこだわるのかわからない。解らない、判らない、分からない。
でも、
その『わからない』を、理解してみせる。
「……わかった。俺にも何か、手伝えることがあったら」
「大丈夫か!」
「心配したよ!」
中原の声は途中で真琴と小鞠によって遮られてしまった。
「「病院ではお静かに」」
「ーーーー頭いてぇ…」
瓦礫の中から茂繁吉信は起き上がる。
ボールのように投げられた先のオフィスビルを貫通して、コンクリートの地面に叩きつけられてなお、彼は無傷だった。
(正確には衝撃が結構体の中に来るんだよな…。おーいてぇ…)
凹んだコンクリートの上に立ち上がり、彼は見た。
光る六つの目を。
「『狼』…だっけ? 次は誰が相手だい?」




