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第六話 フォレストサイド

 里を出てから早二日。木々の密度が次第に薄れてきて、やがて俺たちの目の前に広々とした草原が姿を現した。緑の草が風に波打ち、さながら海のようだ。その緑の稜線の果てにぽっかりと浮かぶ小さな島のような何か。ここからでは良くわからないが、大きな町のようだ。


「ネフィルさん、あれが町?」


「そうだ。あれがフォレストサイドだ」


「結構大きな町だな」


「二万ほど人口があるらしいからな。この辺じゃ最大の町だ。金もないし、しばらくあそこで過ごすことになるぞ」


「はーい!」


 人がいる町へ行くのは初めてだ。きっと、さぞかしいろんなものがあることだろう。ワクワクしてきた俺は、草原の道を走り出す。ネフィルさんは苦笑しつつも、そのあとを追いかけてきてくれた。こうして俺たちは草原を駆け抜けて、一気に町の近くまでたどり着く。


 近くで見ると、町は遠くで見るよりもなお一層大きかった。俺たちが来た道のほかにもいくつか太い街道があり、そこから次々に馬車やら人やらが町に向かって流れ込んでいく。どうやら交易で栄えている街らしく、広い通り沿いには旅人を相手にした宿屋や商店が立ち並んでいた。建物はいずれもレンガでできていて、三階建て以上の高い建物が目立つ。


 歩行者と馬車では道が分けられていて、その歩行者側の道の端にはひょろっと背の高い鉄の棒のようなものが立っていた。俺はすかさずそのへんちくりんな棒を指差す。


「ネフィルさん、あれは何?」


「ああ、あれは街灯ってやつだ。最近普及し始めたものでな、あれがあると夜も明るいらしい」


「へえ、じゃああれは?」


 俺の指差した先には、がっちゃんがっちゃん音を立てて走るみょうちくりんな物体があった。馬車に馬の代わりに四角い箱をくっつけたような乗り物で、前方が長く伸びている。鉄の車輪を軋ませながらゆっくりと進んでいくその姿は、周囲の風景から明らかに浮いていた。


「魔導車ってやつだ。最近金持ちの魔導師の間で流行ってるらしいぞ」


「カッコいいなあ、俺もそのうち乗りてえや!」


「そりゃ無理だな、なんでも白金貨百枚はくだらんらしい」


「うわあ……」


 俺たちの所持金は、俺が銀貨三枚にネフィルさんが銀貨二枚の計銀貨五枚。白金貨は一枚で銀貨百枚分に相当するから、それが百枚というと俺たちの所持金のだいたい二千倍ぐらいだ。ネフィルさんが言うには、宿屋は大体一日銀貨一枚が相場らしいから、そこからするとおっそろしいほどの大金だ。


 俺は少しがっかりしたような顔をすると、走り去っていく魔導車を黙って見送った。するとネフィルさんが俺の肩に手をかけ、ニッとはにかむ。


「もっと都会へ行けば、あれとは違うが鉄道というものがあるらしいぞ。運賃も安いらしいから、そっちならきっと乗れるはずだ」


「おお! じゃあ早く都会へ行かないと」


「そうだな。しかしその前に金を稼がねば」


「よーし! えっと、ハンタ協会だったっけ? 早くそこへ行って冒険者になろう!」


 俺はネフィルさんの腕を引っ張ると、通りを速足で歩き始めた。ネフィルさんは体勢を崩しそうになりながらも、やれやれとばかりについてきてくれる。そうして通り沿いに五分ほど行くと、周囲と明らかに雰囲気が異なる区画へ辿り着いた。物々しい武装をした男たちが盛んに行き交い、彼らに露店を開いた武器商人やらバカに薄着の女が盛んに声をかけている。


 その熱気の中心には、四階建てほどの大きな四角い建物があった。武装した男たちが頻繁に出入りしているそこは「ハンター協会フォレストサイド支部」と看板を掲げている。どうやら、目的地に着いたようだ。


「ここがハンター協会かあ。すっげー人だな」


「大森林にほど近い場所だからな。弱いが魔物の数が多い。新米冒険者たちにはうってつけの場所なんだ」


「そうなのか。じゃ、これから冒険者になる俺たちにとってもちょうどいい場所なんだな」


 俺たちは人でごった返す玄関をくぐり抜けると、ハンター協会の中へと入った。中は広々とした板敷きのスペースとなっていて、奥にカウンターがあった。たくさんの冒険者がそのカウンターに並んでいて、十以上もある受付はすべて一杯になってしまっている。


「こりゃ、時間がかかりそうだな……ん?」


「どうしたの?」


「いや、一つだけ空いてるカウンターがあったのでな。ほら」


 他がすべて五人ぐらい並んでいるのに対して、一番右端のカウンターには一人しか並んでいなかった。白銀のやけに目立つ鎧を着た男が、受付のお姉さんに向かって話しかけているだけである。


「ラッキー! あそこに行こうぜ」


「ああ、ちょっと待て! なんか厄介そう……」


「いいじゃねえか。俺は待つのが嫌いだぞ!」


 ネフィルさんが何故か俺を止めようとしたが、俺はそれに構うことなく男の後ろへと並んだ。後ろからやれやれと疲れたような声が聞こえてくるが、気にしない。遠慮なんてしてたら損しちまうことが多いからな。この間も、遠慮したばっかりにルキーナ姉ちゃん特製のケーキを食べそびれちゃったし。


 男はカウンターに身を乗り出し、受付のお姉さんに対してやけに積極的に話しかけていた。結構早口なので何を言っているのかはよくわからないが、お食事とか買い物とか冒険者にはあんまり関係なさそうな単語ばっかり聞こえてくる。もしかしてこの男、無駄話してるのか?


「おい、早くしてくれよう! こっちは待ってんだぞ!」


「ん?」


 男がこちらを振り返った。透き通るような金髪を肩まで伸ばし、青い眼をしたなんか女みたいな顔の男だ。体の線も細くなよなよとしていて、いまいち迫力がない。冒険者といっても弱そうだな、こりゃ。


「何だい君は。お使いに来たのかい?」


「違うやい、冒険者になりに来たんだ」


「……君がか?」


 男は心底驚いたような顔をした。彼は眼を見開き、自身の肩ほどまでしかない俺の身体を上から下まで見渡す。そしてしばらくすると、どっと笑いを上げた。


「ははは! おいおい、ここは子どもがお遊びで来るところじゃないんだ。冒険者ごっこなら他でやるといい」


「俺は本気だい! 遊びなんかじゃないぞ!」


「そうかいそうかい。なら、お兄さんとちょっとやってみるかい?」


 男はくいくいと指を動かし、かかってこいよと言わんばかりの顔をした。何だかムカつく奴だな、こいつ。ぶっ飛ばしてやるか。俺は拳を握りしめると、男の顔へと狙いを定める。するとここで、受付のお姉さんが身を乗り出してきた。黒い瞳が大きく見開かれ、唇が紫になっている。


「やめてください、仮にもあなたはBランクなんですよ!? もし加減を間違えたりしたら、その子の命にかかわります!」


「大丈夫だよ、僕が手加減を間違うなんてあるわけないじゃないか。安心して見てな」


「でも――」


「安心しろ」


 まだ何か言いたそうだったお姉さんに、ネフィルさんがそういって笑いかけた。そして黙って見ていろとばかりに口に指をあてる。お姉さんは複雑そうな顔をしながらも押し黙った。俺はそんなお姉さんに親指をグッと上げて笑いかける。すると男は唇をかみしめ、何だか悔しそうな顔をした。


「生意気な餓鬼め。まあいい、どっからでもかかってきな。ハンデだ、最初はそちらからやらせてやる」


「そういうならやるけど……俺は遠慮しねーぞ。大丈夫か?」


「ふん、さっさとやれ」


「じゃ……」


 俺は姿勢を低くすると、腰のあたりに拳を構えた。そして全身の筋肉を収縮させ、それを一気に解き放つ。体中の筋肉が躍動し、拳が唸った。轟と激しい音がして、拳が男の身体へ吸い込まれていく。すると――。


「あふァ!!!!」


 俺が今まで聞いたことのないような情けない悲鳴をあげて、男の身体がぶっ飛んだ。

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