第五話 救世主様
エルフの里でのイベントはあっさり目です。
いろいろやりすぎると街へなかなかつけないので。
ネフィルさんの顔が青くなり、俺の腹が一杯になった頃。店の扉がおもむろに開かれた。ギシッと音がしたのでそちらへ振り返ってみると、扉の向こうから数名の男女が入ってくる。その先頭には白いひげをたっぷりと蓄えた、いったい何歳なのかわからないほどの年寄りが立っていた。杖をつきながら近づいてくる彼に、ネフィルさんと店の親父がすぐに頭を下げる。
「これは長老様。ようこそおいでくださいました」
「お待ちしておりました。ささ、こちらへ」
ネフィルさんは一瞬にして青い顔を正常な状態へと戻した。凄い変わり身だ。彼女はすぐに立ち上がると、自分の席を老人に譲る。老人は「うむ」と深く頷くと、ゆっくりとした動きで椅子に腰かけた。丸い椅子にどっかと腰掛けた彼は、その皺だらけの顔を俺の方へと向けてくる。
「じっちゃん、誰だ?」
「じっちゃんではない、長老様だ!」
俺を挟んで老人と反対側の席へと移動していたネフィルさんが、すかさず耳打ちしてきた。俺はへえっと頷くと、老人の顔をしっかりと見る。長老様って、確か偉い人だよな。そう言われてみれば、雰囲気とかが何となく魔王のじっちゃんに似ているような気がしないでもない。
「面白い方じゃの。あなたが救世主様か?」
「ああ、そうらしいな! 俺は何の事だかよくわかんねーけど」
「お、おい!」
後ろから、ネフィルさんの心底焦ったような声が聞こえてきた。一方、長老様の方は落ち着いている。さすがに偉い人だ、ちょっとやそっとのことで動揺しない。彼は店の親父に出してもらった茶を一服すすると、フウと息をついた。
「どうやら、事情をあまりご存じではないようですなあ」
「うん、ほとんど知らねーぞ」
長老様はネフィルさんの方へとさっと視線を走らせた。その視線は剣を思わせるほど鋭く、それを受けたネフィルさんの額にはすぐにじっとりとした汗が浮かんだ。
「ネフィル、このお方は間違いなく救世主様じゃろうな?」
「も、もちろんですとも。これをご覧ください」
ネフィルさんは懐から銀色の何かを投げてよこした。チャリン、という音が二つする。見ればそれは、俺がさっき斬ったミスリル製のコインだった。これには長老様だけでなく、俺たちの周りに居た人たちまで一斉に息を呑んだ。ネフィルさんもさっきめちゃくちゃ驚いてたけど、団長さんならこれぐらい文字通り八つ裂きとかにできるんだけどなあ……。
長老様は俺に向かって頭を下げた。それに続いて、周りに居た人たちまでもが俺の方へと一礼する。なんだ、俺なんか謝られるようなことしたか?
「これは失礼を致した。間違いなく、あなた様は救世主様でござろう。どうか救世主様、我らエルフ、否この世界を救ってくだされ。森のエルフを代表してお頼みする」
「うーん、別にいいけどよう……。世界を救うって何をすればいいんだ? 俺、破壊神ってやつについて調べるって約束してるから、それもやらなきゃいけないんだけど」
「おお、すでにそのような約束をなさっておりましたか! でしたら私どもから特にお頼みすることはござらん。ただ、この娘をお供に連れて行って下され」
長老様は席を立つと、そのままネフィルさんの後ろへ回り込んだ。彼に背中をぽんぽんと叩かれたネフィルさんは戸惑ったようにしつつも、にっこりとこちらへ笑いかけてくる。心なしか張られた胸は、やっぱりちょっと薄かった。
「ネフィルさんを連れてけばいいのか? なら、こっちから頼もうかと思ってたとこだぞ。俺、一人じゃ森を出られるかも分かんないし」
「ありがたい、くれぐれもよろしく頼みますぞ!」
「改めてよろしく、救世主様」
ネフィルさんは俺に一礼すると、その細い手を差し出してきた。俺はそれを握る前に、一言言っておく。
「救世主様ってのはなんだか変な感じがする。ディーノで良いよ、ディーノで」
「では、ディーノ様で」
「ディーノ! ディーノだけ!」
「わかった。ディーノ、よろしく」
ネフィルさんは二カッと満面の笑みを浮かべた。その顔はどこかほっとしているようだ。本音じゃ、あんまり様とか言いたくなかったのかもな。俺はそう思いつつも、彼女の手をしっかりと握りしめたのだった。
その日、俺とネフィルさんはネフィルさんの実家だと言う大きな屋敷に泊まることになった。精霊樹のすぐ根元にある家で、周囲の家とは明らかに異なる二階建ての建物である。その屋敷には族長だというネフィルの父ちゃんのほかに、メイドさんが住み込みで何人か働いていた。ちなみに、ネフィルさんの母ちゃんはずいぶん前に他界してしまったらしい。
屋敷で働くメイドさんたちは、みんなやけに露出の激しいエプロンドレスを着ていた。特に胸元ががっつりと開かれていて、申し訳程度の谷間があらわになっている。ネフィルさんにこのことを聞くと、恥ずかしそうに「父上の趣味だ。母上が亡くなってからこんな格好に……」と教えてくれた。ネフィルの父ちゃんはよっぽど小さい胸が好きなんだろうか。
ルキーナ姉ちゃんは大人の男は誰でも大きいのが好きだって言ってた。そこからすると、ネフィルの父ちゃんはちょっと変わった人なのかもしれない。俺は変な趣味だなあと思いつつ、メイドさんたちの胸元を凝視する。するとそんな俺の視線を察したのか、隣に立って案内してくれていたネフィルの父ちゃんがこっちへ近づいてきた。この里の人には珍しい筋骨隆々の身体がちょっと暑苦しい。
「救世主様も、大きいのがお好きですかな?」
「大きいって、胸?」
「もちろん」
「ちっちゃいよりはまあ、おっきい方が好きかなあ……」
ルキーナ姉ちゃんの胸を枕代わりにしたりすると、結構柔らかくて気持ちいいからなあ。たぶん、胸がちっちゃかったら枕とかできないような気がする。そう考えると、ちっちゃいよりは大きい方が確実に良いよな。
俺がそう答えると、ネフィルの父ちゃんはうれしそうな顔をした。彼は少し前を行くネフィルさんの胸元をちらちらと見ながら、声を弾ませる。ネフィルさんの胸はメイドさんたちの胸よりは一回りぐらい大きかった。それでもかなり小さめの気がするけれども。
「それはようございました。ネフィルのこと、よろしく頼みますぞ。救世主様の子ならば歓迎ですので」
「よくわかんねーけど、まあよろしく」
そうしているうちに、目的の部屋へと着いた。今日俺が寝ることになる部屋だ。気を効かせてくれたのか、城にあったような立派なベッドのある部屋だ。俺はそのベッドにさっそく横になると、すぐに夢の世界へといざなわれた。
翌日、俺とネフィルさんは早速村を旅立つことになった。救世主様の旅立ちということで、村人総出のお見送りだ。小さな村の一体どこに住んでいたのか、数百人もの人が村の門の周辺に集まってくれている。彼らは皆、「救世主様いってらっしゃいませ!」などと口々に声を張り上げていた。中にはお手製の横断幕のようなものまで用意している猛者までいる。
その声援に時折、「次期族長様!」などという声が混じっていた。救世主様はまだわかるけど、次期族長ってどういうことなんだろ。俺はネフィルに声をかけてみる。
「ネフィルさん、次期族長って?」
「……し、知らん! そんなことより早く行くぞ! 破壊神の脅威は迫っているんだからな!」
「あ、ちょっと!」
ネフィルさんは足早に村の門を出て行ってしまった。仕方ない。ちょっと名残惜しかったが、俺もそれに続いてすぐに村の門をくぐる。こうして、俺たちの大冒険は始まった――のだが。
「し、しまった! そういえば旅の資金の事を忘れていた……!」
出発してからたった半日ほどで、ネフィルさんの悲鳴が響いたのだった。
いよいよ次回、街へ到着します。
追伸、第一話と被っていたのでサブタイトルを変更しました。