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第三話 祈りを捧げる者

今回は途中で主人公視点に戻りますが、別キャラ視点でスタートです。

 精霊樹の葉が紅く染まった。

 我ら森エルフの一族にとってそれは、古来より破滅の予兆だとされていた。里を訪れる数少ない旅人達からも、破壊神の復活などという不穏な単語が漏れ聞こえてくる。我らエルフは根の部分で臆病だ。長老たちが世界の破滅に震えあがり、里に古くからあった伝説にしがみついたのも仕方ない話ではあった。


 我らに危機が訪れし時は、北の都にて祈りを捧げよ。

 さすれば聖と魔を合わせる者が降り立ち、我らが勇敢なる弓姫とともに世を救わん。


 私、ネフィル・ランドルフは偉大なる族長ベルドン・ランドルフの娘だ。自分で言うのもなんだが、今のエルフ族では最も『姫』に近い位置に居る。弓の方も熟練の狩人には及ばぬが、里の若者では一番の腕だ。この血筋と弓の腕のせいで、私は伝説の『勇敢なる弓姫』なるものに選ばれてしまった。


 村の遥か北には滅んだ都の遺跡があり、その中央に聳える大神殿は我らエルフにとって古代から聖地だった。此処こそが、『北の都』で間違いないと長老たちは判断した。特別に結界避けの精霊琥珀を授けられた私は、エンタシスの柱に囲まれながらかれこれ三日に渡り祈りをささげている。


「我ら森の神の子にして、精霊の民。偉大なる精霊よ、我らに救いを授けたまえ……」


 わずかな睡眠と食事、そして不浄に向かうとき以外はひたすら神殿中央のクリスタルの前に膝を屈し、同じ文句を朗々と唱え続ける。これが我らエルフの祈りの作法だ。専門の巫女ではないので実際にこれをやるのは初めてだったが、これが想像以上にきつい。毎日を狩りで過ごしていたので体力には自信があったが、そんな自信は一日目で吹っ飛んでしまった。


 痺れて崩れそうになる足を、どうにか精神力で押さえる。

 長老たちはできれば結果が出るまで、あきらめるにしても最低五日は頑張れとおっしゃった。その言葉に対して私も「もちろん、最低でも一週間は頑張って見せます!」などと安請け合いしてしまった。いま思えば祈りの辛さを舐めていた自分を殴りたくなる。


「我ら、森の神の、子にして、精霊の民。偉大なる精霊よ、我らに、救いを、授けたまえ……」


 日が暮れて、神殿の中が暗くなってきた。あともう少し。小一時間も我慢すれば、食事の時間だ。祈る口調にも自然と力が籠り、心なしか乱暴な口調になっている気がする。けど構うものか、とにかく祈りきることが大事――そんな時だった。


「おーい、誰かいねーのかーー?」


 場の雰囲気に似つかわしくない、恐ろしく能天気な声が響いてきた。




 おかしいなあ、ちゃんと南に進んだはずなんだけどなあ……。

 何故か廃墟となってしまっている街の門をくぐりながら、俺はため息をついた。もしかして、じっちゃんの情報が古かったのかな。じっちゃんはかれこれ数百年は生きてるらしいから、ひょっとしたらそうかもしれない。


「おーい、誰かいねーのかーー?」


 一応だけど、街の家々に向かって声をかけてみる。もしかしたら、まだ誰か居るかもしれない。居たらその人から何かしら情報を得られるだろうからな。


 こうして声をかけながら街の通りを進んでいくと、他の建物よりも圧倒的に大きな建物が見えてきた。壁のないへんちくりんな建物で、太い柱が数百本も連なって巨大な三角屋根を支えている。いったい何に使う建物なんだろう。壁がないと丸見えだし寒いのになあ……。


 この変な建物に興味を惹かれた俺は、その前に広がっている幅の広い階段を上った。やがてそのだだっ入口にたどりついた俺は、身体を前のめりにして中を覗き込んでみる。すると建物の中央のあたりに青っぽい水晶のようなものが飾られていて、その前に小さな人影のようなものが見える。


「おーい、誰かいねーのかー?」


 俺が声をかけると、人影がびくっと動いた。どうやら、本当に人間だったようだ。影はこちらに向かって振り返り、ゆっくりとだが近づいてきた。だんだんとその姿がはっきりと見えるようになってくる。翡翠のような髪を長く伸ばし、凛とした印象を与える大きな瞳。耳がちょっと長いけど……たぶん人間の『お兄さん』だ。


「お前、どこからやってきた!?」


「外からだよ」


「……答えになっとらん。いったいどうやってここに来たんだ!」


「歩いて。翼が生えてないんだから、飛ぶわけないじゃないか」


 お兄さんは眼を閉じると、顔をゆがめながら額に手を当てた。なんか、怒った時の宰相さんに少し似ている。


「あ、頭の悪い奴だ…………! 結界があっただろう、それをどうやって突破してきたのかと私は聞いてるんだ!」


「結界? そんなのあったっけ」


「透明な膜みたいな奴だ」


「ああ、あれのことか! あれなら邪魔だったから斬った」


 お兄さんはグッと眼を見開いた。彼は俺の身体を上から下まで見回すと、腰に下げている剣を疑わしげな眼で睨みつけてくる。


「まさか、その剣で斬ったのか?」


「うん! 一発で斬れたぞ」


「し、信じられん。古代から続く大結界だぞ……。だが、嘘をついてるようにも見えんし……」


 ぶつぶつと呟き始めるお兄さん。話しかけちゃいけなさそうな雰囲気だ。こういうときは素直に空気を読まなきゃいけない。俺はそのままじーっと黙っている。やがて、お兄さんは俺の目をまっすぐに見据えてきた。彼は懐から小さなコインを取り出すと、それを差し出してくる。


「お前、これを斬れるか?」


「もちろん!」


 ヒョイッと投げられたコイン。

 弧を描きながらこちらへ飛んでくるそれの動きを、俺は瞬時に見極めた。剣を一閃。小さな火花が散る。同時にカシンッと硬い音がして、白銀に輝くコインは二つに分かれた。硬い石の床へ落ちたそれは、チャリンという高音を二つ響かせる。


「驚いた……ミスリル硬貨を真っ二つにするとはな」


 お兄さんは落ちたコインへ走り寄ると、その断面を確認した。彼はその断面と俺の手の剣を何度か見比べると、先ほどまでとは打って変わって柔和な笑みを浮かべる。


「坊や、君はいったい何者だ?」


「詳しいことは言えないよ。言っちゃいけないって言われてるんだ」


「ふーん……そうか。でもまあいいだろう、嘘をつくような奴には見えないし。どうだ、もし良ければ私の村に来ないか? 美味いものを御馳走するぞ」


 ここで俺のお腹が盛大に鳴った。そういえば、中央大陸へ来てからあんまり物を食べてない。保存食はいっぱい持たされてるけど、全然おいしくないからなあ……。


「そりゃ御馳走は食べたいけど……俺、これから街へ行って冒険者にならなきゃいけないんだ」


「大丈夫、私と来てもすぐに冒険者になることになるさ。それに村はここから街へ行く途中にある」


「そっか! ならお兄さんと一緒に行ってもいいぞ!」


「よし、私はネフィル・ランドルフだ。よろしく頼む」


 お兄さんはそう言うと俺に手を差し出してきた。その手を握り返すと、やけに柔らかくってふにふにする。この人、あんまり鍛えてないのかな?


「俺はディーノだ。よろしくお兄さん!」


「ああ!」


 俺が笑うと、お兄さんも笑い返してくれた。いつの間にか出ていた美しい月の元、俺たちはしばらく笑いあう。中央大陸で初めての仲間だ。俺はちょっと感動的な気分になる。だが、その笑いが収まるとお兄さんがちょっと困ったような顔で俺を見た。


「……ところで、その『お兄さん』ってのはなんだ?」


「え、お兄さんだからお兄さんなんだよ」


「まさかとは思うが……私のことを男だと思ってるのか?」


 ネフィルさんの全身を改めてみる俺。そう言われてみると、手足や腰の細さは確かに女っぽい。髪も長いし、アーモンド形の大きな瞳もどちらかといえば女みたいだ。けど、女にしてはどう見ても足りてないよなあ……。たぶん、ルキーナ姉ちゃんの半分ちょっとしかない。城に居た他の女の子に比べても明らかに小さい。


「だってお兄さん、じゃなかったお姉さんって胸なさすぎるじゃないか」


「……へ?」


 ネフィルさんは一瞬、何を言ってるか良くわからないって顔をした。口が半開きになってしまって、少しだらしない。だがすぐにその顔に赤みがさしていき、やがて顔全体が真っ赤に染まった。肩もぶるぶる震え始めて、殺気が飛んでくる。


「この馬鹿ァ!!!!」


……彼女の名誉のために言っておきますと、ネフィルさんは普通にきょぬーです。美乳とかじゃなくて、ちゃんと巨乳です。

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