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第一話 遥かなる旅立ち

 城の最上階に位置する玉座の間。

 ドラゴンさんが翼を広げられるほど広いその奥に、黄金の玉座がある。じっちゃんはそれに深く腰をおろし、肘かけに寄りかかるようにして頬杖をついていた。眼を細めて少し離れた水晶球を見るその様子は、物静かで凄く眠たそうだ。眠たそうに見えるだけで、じっちゃんが居眠りをしているところを俺は見たことがないけど。


「来たか」


「おう! じっちゃん、何の用だ?」


「そう離れていては話しづらい。もっと余の近くへ参れ」


 じっちゃんは左手を上げると、その指をゆっくりと上げ下げした。俺は分厚い紫檀の扉をゆっくりと閉めると、ふかふかする赤絨毯の上を歩いていく。そして、じっちゃんの座っている玉座のすぐ前まで移動した。


「実はそなたを呼んだのは他でもない。少しばかり旅をしてもらおうと思ってな」


「旅? なんじゃそりゃ」


 いきなりすぎる言葉に、口を半開きにしてじいちゃんの顔を覗き込む。一体何の事だかさっぱりわからんぞ。


「最近、中央大陸に不穏な噂が広がっておってな。なんでも、伝説の破壊神が復活するとかどうとか……。それについて調べてきて欲しいのだ」


「そんなことなら、影の人に調べさせればいいんじゃないか?」


 影というのは、じっちゃん直属の諜報部隊という奴だ。ゴーストとかシャドウとか存在感の薄い人たちの集団で、いろんな場所に忍び込んでは相手のことを探ってくるのが仕事だ。俺みたいな子どもが行くより、この人たちが出かけた方が数十倍は上手く働いてくれるに違いない。


 じっちゃんは額の皺を深めると、珍しく困ったような顔をした。じっちゃんのこんな顔を見るのは久しぶりだ。たぶん、年に数回しか見られない表情である。


「それがのう、噂の発生源がかの忌々しき光の国らしくての。かの国には我々魔族はおろか、魔物ですら近づけぬ」


「だから俺に行ってほしいのか?」


「そうじゃ。そなた、まだ中央大陸には行ったことがなかったであろう?」


「中央大陸というか、城の外にはほとんど行ったことないよ」


 俺の人生はこの城の中で完結してる。城はでかくて何でもあるし、逆に外に行っても城の周囲はひたすら荒野が広がってるだけだから。さすがに遠くまで行けば、この北方大陸にもルキーナ姉ちゃんたちの住んでる街とかいろいろあるらしいけど、そこまで行く機会なんて今までなかったし。


「ならば余計にだ。中央大陸を旅して見聞を広げてくるが良い。広い世界を見ることはそなたのためになるであろう」


「うーん、けどなあ……俺、修行したいし」


「修行なら旅の途中でもできるであろう。それに、中央大陸には余を超えるような者も住んでおるぞ」


「なんだって!?」


 俺は思わず声を張り上げた。

 じっちゃんより強い奴なんてこの世に居たのかよ! 戦いてえ、めっちゃくちゃ戦いたいぞこれ!

 俺の心臓がドーンと跳ねて、脈拍が一気に上がった。胸どころか身体全体がドキドキしてくる。俺の心はもうすでに爆発寸前だ。


「じっちゃん、それほんとか? 嘘じゃないよな?」


「余は嘘などつかぬ。天頂山脈の古き龍族や地底宮に潜む大悪魔などは、おそらく余を凌ぐほどの力を持っているであろう」


「うおお、すげえ! 凄すぎるぞ! わかった、俺行くよ。行って、そいつら全員ぶっとばしてくる!」


「好きにするが良い。しかし、最近のそなたは本当にあやつに似て……」


 何やらぼそっと小さな声で呟いたじっちゃん。その声は小さすぎて、俺の耳ではいまいちよく聞き取れなかった。


「ん、俺が誰に似てるって?」


「なんでもない。それより早く食堂へ向かうがよかろう。飯の時間だ」


「ああッ、忘れてた! ありがとなじっちゃん、それじゃ!」


 俺はじっちゃんに手を振ると、急いで玉座の間を出て行った。中央大陸か、考えただけで楽しそうだぞ――!




 そうして三日後。いよいよ俺が旅立つ朝がやって来た。

 城の中庭に大きな魔法陣が描かれていて、俺はその複雑怪奇な幾何学模様の中に居た。この魔法陣で一気に海を越え、中央大陸へと行くのだ。こうして旅立つ俺の周りを、見送りにやってきた魔族や魔物のみんなが十重二十重に囲んでいて、広いはずの中庭はすっかり満員状態になっている。


「ディーノ、忘れ物はないかの?」


 宰相さんが、本日これで三度目になる確認をしてきた。一度目と二度目はこれで忘れ物が発覚している。俺は渡されていた荷物をもう一度確認すると、今度こそ大丈夫だと言って手を上げた。


「よろしい。では、これはわしからの餞別じゃ」


「おっとと!」


 宰相さんが投げてよこしたのは、分厚い本だった。その黒い表紙には金文字で「中央大陸百科図解」などと書かれていた。


「おぬしは常識に疎いから、これで勉強するがよかろう」


「ありがと、宰相さん!」


「うむ。他に、ディーノに何か渡したい者はおるかの?」


「はいはーい!」


 手を挙げたのはルキーナ姉ちゃんだった。俺が出発するまで三日間、街に帰らずに城で待っててくれたのだ。彼女は胸の谷間から薄い封筒のようなものを取り出すと、それをカードのように投げてきた。俺はそれを上手く手でキャッチする。


「その中には私の裸を念写した紙が何枚か入ってるわ。寂しい夜には使ってね。悪い女に騙されちゃ駄目よ」


「うん、ありがと」


「馬鹿者、なんて下らん物を渡しておるのだ!」


 宰相さんが吠えた。するとルキーナ姉ちゃんも眉をひそめ、ものすごい剣幕で宰相さんを睨む。


「何よ! ディーノ君ぐらいの男の子には必須アイテムなんだから。それより百科事典の方がよっぽど重くて嵩張って扱いに困るわよ」


「なんだと!」


 にらみ合う宰相さんとルキーナ姉ちゃん。二人の間をピリピリとした険悪なムードが漂った。そのただならぬ気配を察したのか、近くに居た魔族や魔物はすっと退いて場所を開ける。するとその時、二人の間に団長さんが割って入った。


「まあまあ、二人とも喧嘩はやめてくだされ。めでたい旅立ちなのですぞ。ほれ、ディーノ君。これは私からだ」


 団長さんは腰に下げていた黒い剣を鞘ごと抜くと、俺の方へ差し出してくれた。煌びやかな装飾こそないけど、しっかりとした造りの良い剣だ。受けとった俺が試しに少しだけ刃を抜いてみると、白銀の輝きが目にまぶしい。


「いいの、これ!?」


「もちろん。大事に使ってくれ」


「うん、絶対に大事にする!」


 俺は鞘についていた紐で剣をしっかりと腰にさした。まだ少し大きいが、成長すればちょうどいいぐらいになるだろう。俺は軽く飛んだり跳ねたりして剣がずり落ちないことを確認すると、ニッと笑って見せる。宰相さんやルキーナ姉ちゃんは少し悔しそうだったが、それ以外の者はみんな嬉しそうに笑い返してくれた。


「よし、みな別れは済んだようじゃな。では、魔法陣を発動するぞ」


 タイミングを見計らって、後ろに居たじっちゃんが前に出てきた。いよいよお別れだ。最後に俺は集まってくれたみんなに向かって手を振る。


「じゃ、みんな元気でな! ばいばーい!」


「元気でねー!」


「健康には気をつけるのだぞ!」


「剣の修行も怠るな」


 みんなの声が響く中、魔法陣を一気に光が駆け抜けていき、視界が真っ白に染まった。こうして俺は生まれ育った魔王城を離れ、中央大陸へと向かったのであった――。


噂の内容について少し追加。

もう少し詳しいことについては、次回更新で明らかになります。

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