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夢見がち少女の物語

作者: 赤木かなめ


何だか急に思い立って執筆。

しかも短編のくせに、妙に長いww


他の連載作品の息抜きには丁度良かったです。





世界にはあらゆる王道・定番の物語が存在する。

ここでは、それらを恋愛だけで定義してみよう。


街娘が御忍びの王族と恋に落ちる。

自分の出生が実は王族で、お城から迎えが来る。

体のどこかに選ばれし者の証の痣がある。

幼馴染が大出世し、迎えに来る。


そんなありふれた物語が、この世界には多数ある。

かくいう私、ミーシャ=ハイトもそんな物語が大好きだ。

愛読者である。話題の本の発売日の確認は忘れない。


さて、物語の王道・定番について話をさせてもらったが、それを自分に当てはめてみた。

だが、見事に当てはまらなかった。


父は近所の大工の親方に雇われている、勤め人。

母は父の稼ぎだけではやりくりできないので、近くの大衆食堂に時給で働いている。


私自身、おとぎ話のようなフワフワしたお話が大好きだが、ただ、それだけだ。

正真正銘この街生まれの両親から、顔も性格も似て生まれているし、五体満足目立った特徴もない。

そしてこれまた両親同様、近所の親戚の雑貨屋で日雇いで雇われているし、幼馴染は皆女だ。


見事なまでの一般人である。

特別さの欠片もない、大勢いる一人である。


……だからこそ、物語のような恋に憧れていた。

いつか私だけの白馬の王子様(笑)が現れたらいいのにな~…ぐらいはいつも思っている。


まぁもし夢が叶って、物語のようなお姫様待遇になったとしても、それ相応の責任が後からやっては来るが、今は考えないでおこう。

夢だけ見ている分にはタダなのだ。実にお安い。


もう毎日が想像と妄想の一日だ。

十代後半にしては痛いが、二十歳を超えるまでは現実を見ない。

今ぐらいは夢を見させてほしい。切実に。







と、まぁ。

ここまで私の夢見がちな性格と、凡庸ぼんようさを語ったのにはちゃんと訳がある。

ありまくりだ。


現在の状況の、あり得なさが起こさせた現実逃避だ。

いや、自分のせいではないという言い訳かもしれない。


何にせよ、私は無罪を主張し、自由を求める。





「なので……帰して、いただけ、ませんか…?」


「だめ」





さっきからこの繰り返しである……

切実にもう帰りたい。





豪奢な部屋にて、ふっかふかな椅子に座り、緊張でまったく味のわからない美味なるはずのお茶を飲みながら、ボソボソと主張を繰り返す私と前方に座る麗しのお方。


この方こそ、我が国の大最高裁判官様であり、男のくせに美貌をほしいままにしていると言われる、サー・オーランドだ。

あまりにも優雅すぎるため、貴族男性に付けられていたと言われる古の敬称、〈サー〉を付けて呼ばれてしまうほどだ。


この方のお仕事は、罪人をばっさばっさと判決する(切り捨てる)、法の最高権力者である。

だからこそ、涙ながらに異議申し立ても控訴なるものもしたが、まったく取り合ってもらえなかった。

……権力の汚さを垣間見た。


ちなみに、大最高裁判官は各国一人しか就けない。

つまり、この国で目の前のお人ただ一人。


もはや私にとって、神の域に近い。


その方の判決である。

私に覆すことなどできはしない。






これを御覧の皆様よ、聞いてほしい。

どうやら、物語のようなことが私にも起こる…その夢が叶ったみたいだ。


ものすごく、ものすごく……左斜め前を三歩進んで右に爆走73歩進み南東に匍匐前進ほふくぜんしんした場所にて測った角度ほど違うが。


……早い話、全く違う。


何のことを言っているのか、分からない方が多いことだろう。

なので、改めてご説明しよう。




このおかしな現象は、今日一日で起こったことなのだ……






*********************






その日は、いつもと変わらない朝だった。


少し違ったのは、私がお休みの日であり、城の前で催し物があるらしいこと。

それ以外は、本当に特に変わりのない一日だと思っていたのだ。


私の悪夢の始まりは、その催し物を見に行ったことから始まる。





「ミーシャ、あなた今日お休みよね? お母さん、もう仕事に行くけど、家にいるの?」


居間にて朝食をとっていた私に、母は出かけ際に聞いてきた。


「うーん。お城の催しをちょっと見てこようかと思ってる」


先日、お城の前で催しがあると掲示されていたのを私は覚えていた。

何の催しかは公表されていないのが気になったのだ。


これは、何かいつもと違うことが起きるのではないかとも思えた。

物語の始まりの予感である。


まぁ、何もなくてもお城を見て想像を膨らませるのも良い。

そう思ったので、今日の予定は決まった。


「そう、ちゃんと戸締りはしていってね。じゃぁ、行ってきます」


「はーい。行ってらっしゃい」


時間もギリギリだったのであろう。

母は慌てて出て行った。


新築の納期が近いため、父も早朝に仕事に出ている。

こうして両親二人が汗水たらして働いてくれているからこそ、私も生活できるのだ。

実にありがたい。


自分一人になった家で、朝食の最後のひとかけらを食べながら、感慨にふけった。









催しものは、正午からだ。

そろそろ出ておかなければ、見える場所を確保できない。

せっかく行くのだ、その催し物を肉眼でお目にかかりたい。


時間にしては早いが、私は戸締りをし家を後にした。







「結構皆早いんだ…。まぁ、ここならギリギリ見えるかな?」


城の前には結構な人だかりができていた。

皆考えることは同じなのだ。


私は早々に、自分の身長でも見える場所を確保し、時間が来るまで乙女な妄想に浸りながら待った。







そうして、待ちに待った正午になった。

これから何が起こるのか……ドキドキである。


いっそのこと、ドラゴンが現れ姫様をさらい、それを騎士様が助け出せばいい。

実に私好みである。


などと願望に忠実になっていると、城のバルコニーから宰相様が出てきた。

ほんのり小太りの、ちょび髭の宰相様だ。


私の世界ロマンにあの方はいらない。

そうそうに退場いただきたい…


「皆の者、よく集まってくれた。陛下の名代として発言する。よく聞いておくように」


宰相様の後ろに王様と王妃様と王太子とお姫様が見える。

どうやら、今回の催しは王族全員参加の様だ。

ますますなんなのか気になってきた。


「城下ではまだそれほどではないが、我が国は今、水不足が深刻化している。守護の低い辺境ほど雨が降らず、湖も枯れてきておる。このままいけば、いずれ水が底をつき我が国は機能しなくなる」


それはつまり、滅亡を意味する。


何ということをいうのだ。

周りが大騒ぎだ。

そのような重大なことは、もっと根回しして落ち着かせて言ってもらいたい。


前方のご夫婦など、もう他国への経路を話し合っているぞ。

水がなくなる前に、人がいなくなって滅亡してしまう。

なんとも情けない国の最後だ。

それは避けていただきたい。



「だが、安心したまえ。既に回避する方法を神より授かっている」


だったら先に言え!

無駄に間を取るから、本気で逃げる算段をしてしまったではないか。


宰相様の発言で、ざわめいていた周りが落ち着きを取り戻した。

良かった。これで暴動に巻き込まれて怪我、ないしは死亡することはないだろう。


「神のお告げによる、回避方法は…。

『王宮に眠りし秘宝を手に入れし女性の祈りにより邪なる呪いは浄化せし』とでた。

そのお告げの女性を、今から神がお選びになられる。皆の者、そのまま動かずにとどまれ」


なんという急展開であろう。


だがこれこそ物語の始まり。

厄災を振り払う、神に選ばれし女性。


実に心躍る設定だ。


皆がざわつきながらもその場に止まっている。

はたしてこの中の誰が選ばれるのか。

そうしてどうやって神はその女性を指し示すのか。


私は興奮で若干鼻息が荒くなってしまったが、ご容赦願いたい。




先ほどまで喋っていた宰相様が数歩下がり、その代り男性が前に出た。


見たことがある。

その方は、我が国の誇る“麗しの断罪人(笑)”、サー・オーランドだった。


国でただ一人就くことができる、大最高裁判官に三十代にして選ばれた超人だ。

確か……本名は、レスター=オーランド様と仰ったか?

とにかくこの国で知らぬものはいないお人だ。

いや、他国もかもしれない。


彼の人は、我が国だけでなくあらゆる国の法を網羅もうらし、いくつもの矛盾ある法律を改正されてきた素晴らしい人である…らしい。

何せ雲の上のお人すぎて、世間で噂されることぐらいしか知らないのだ。


本当かどうかはわからないが、そんな物語に出てくるような人が現実にいると思うだけで、物語ももしかしたら本当になるかもしれないという希望が持てる。

そういう意味では、私にとっても大変ありがたい人である。


その方を肉眼で確認できてしまった。

眼福。今日は良い夢を見られそうだ。




「すべてに平等を掲げる法の下に、神からの選定を行う。空からの光ふり降りし場所にいた者よ、前に出よ!」




何と声まで麗しい。

ずっと聞いていたものだ。









自分には関係ないと思い、ぼぅとしていたのがいけなかった……


まさかこんなことになるとは……










わあああぁぁぁぁぁ……




そして、言っていた通り、空から光の束が何筋かのびる。


ひときわ太い光の筋が私の隣へと降り注いだ。



……もろに私も光に入っているのだが。


まぶしくて仕方ない。目も開けられない。

この発光、調整ができないものか。



「神は選ばれた! この5名より、王宮の秘宝の元へと向かい、真の神に選ばれし女性を見極める!」



わああぁぁぁぁぁ……


 

周囲が異様に盛り上がっている。


だが、私はいまだ目が見えていない。

身の危険を感じるのだが…



「さぁ、こちらです」


な、誰だ!

誰かに手を引かれて移動いている…!?


だがこの熱狂の中から助け出してくれるなら誰でもいい。

まだまだ世の中捨てたものではないな。

助かった。


導かれるまま、私はその場を後にした。






「着きました」


「ぁ、ありがとうございました……って、え?」


何だここは? 想像と違うぞ!




連れてこられたのはどこかの部屋だった。

しかしただの部屋ではない。キラッキラの装飾品があちらこちらにあるだだっ広い部屋だ。

安全な場所に連れて行ってくれるのではなかったのか? 違う危険を感じる…


…はっ!

先ほどのは、新手の客引きだったのか!?

親切心に騙された!!


か、金は払わないぞっ!

というか、この部屋の使用料を払えるほどのお金がない。



「よくぞ参った。選ばれし5名よ。歓迎しよう」



聞こえてきた声に驚いた。

豪奢な部屋にくぎ付けで気づかなかったが、なんとこの部屋には他にも数人いたのだ。


しかも、何故だがさっぱりわからないが、先ほどのロイヤルな方々だ。

どういうことだ…意味が分からない。


「早速だが、それぞれに自己紹介をしてはもらえんか?」


王様である。何と至近距離から見てしまった。

私などが見てしまっては、目が溶けてしまうのではなかろうか。


何だか王様からはキラキラとした後光がみえ…?

……いや、ただ装飾品が光っていただけだった。





バルコニーに居た方々が私の目の前にいる。

そしてその向かいに、私を含めた5名の女性が並んでたたずんでいた。



そういえば、先ほど大最高裁判官様が、5名の女性が選ばれたとかなんとか……


そして並ばされた5人の女性……





…………ふむ。






間違えられたっ!?



違う、違うぞ!

光が降り注いだのは隣の人であって、私ではない!

ただその光が太く、私まで一緒に当たっただけである。



激しく間違いを主張するっ!!



「ぁ……ぁの……」

「城下にて暮らしております、ライラ=クーと申します。家は商家を営んでおります」



………

なんと、被せられた。


勇気を出した結果がこれである。

戦意喪失だ。やる気がなくなった。



……どうやら私が考えている間に、自己紹介が始まってしまったらしい。

右から始め、一番最初がライラという人だったようだ。

私は4番目にあたる。


……もうどうでもいい。

間違えたのはあちらである。

どうせ私ではないのだから、おとなしく終わるのを待とう。

速やかなる終了を求める。




前の3人がどうでもいいことまで自己紹介をし、遂に私の番になってしまった。悪夢だ。


「ぁ、その、何と言いますか…。ミーシャ=ハイト、です……ぉ願いします……」





……何も言わないでもらいたい。



私は他人と話すのが大の苦手なのだ。

これが精一杯。最大級努力した結果である。

早く次へといってくれ……





そして最後の一人の番となった。


だがその人は黙ったままだ。

どうした? 緊張しているのだろうか? 同士だな。


「どうした? 陛下に早く名をお伝えするのだ」


宰相様が催促をした。

確かに王族の方をお待たせするのはまずい。


さぁ、勇気を出すんだ!

これを乗り切れば、明るい明日が待っている!

頑張って話すんだ!



「……はぁ、まさかこの様な事になるとは思いませんでしたわ」



…話したはいいが、見事なまでのお嬢様口調である。


ほんと、どうした? 君に何があった?


「ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません。……わたくし、エスメラルダ=ロイ=アリアーダ=ルーデフィリオンでございます」


……なんだそれは?


何と長くて仰々しい名前だ。

偽名か? 源氏名か?

何かになりきっているのか?


何にしても、大層な名前を名乗るものだ。

それでそのお嬢様口調なのか?





だが、そんな私の反応とは違い、周囲は凄まじい勢いで反応した。



「エスメラルダ様ですって…! あの!?」


「まぁ! ではあの、青の神殿の…」


「何故このような所に…?」


何だ? 皆知っている?

知らないのは私だけだったのか?


「失礼。あなたは、青の神殿の巫女姫様であらせられる、エスメラルダ様なのでしょうか?」


「ええ、その通りでございます」


今まで黙っていたサー・オーランドが発言した。

耳が幸せである。



…いや、それどころではない。


何ということだ。

あの名前は、本名らしい。

自己紹介が大変そうである。


そしてここまできて、やっと私にも正体がわかった。

青の神殿の巫女姫様……たいへん有名な方である。








この世界には、様々な神が存在する。

それぞれ、自身が信じる神を信仰し、神殿などに赴き崇めている。


その中でも大きな勢力を誇る、四つの神殿がある。

青の神殿はその一つだ。他には、赤の神殿・白の神殿・緑の神殿がある。

各神殿、始祖の代より存在すると言われている四匹の聖獣をそれぞれの守護聖獣、神として御祀りしている。

その聖獣たちは、赤き炎鳥・青の竜・白き虎・緑の長寿亀と言われている。

見てわかるとおり、それぞれの色が神殿の名に冠している。


そして、神殿に勤めている神官の中で、最も神力が強く聖獣に愛される者を御子と呼ぶ風習があるそうだ。

その中でも有名なのは、今私の隣にいる、この青の神殿の巫女姫様だ。

御子をわざわざ巫女と言い換え、さらに姫様まで付けられてしまうほど、凄い人…らしい。

何せ雲の上のお人すぎて(略)


まぁ、何はともあれ、とにかく凄いのだ。

その様なお人が私の隣にいる。


……私は今日死ぬのか?




「それは…知らなかったとはいえ、ご無礼をいたしました。私はこの国で大最高裁判官に就いております、レスター=オーランドと申します」


「いえ、気にしませんわ。……それにあなた様の事は存じ上げております…(ポ)」


ん? 擬音が聞こえたぞ。


顔を赤らめてもじもじしながら、サー・オーランドと対じしている巫女姫様。


…これは、明らかに惚れている。

大変わかりやすいぞ。


だが相手方のサー・オーランドは一ミリも変わらない態度で接している。

……どうやら望み薄そうだ。


期待して損をした。

私の期待を返してくれ。



「エスメラルダ様、今日はどういったご用件でこの国に?」


世間話を一切せず、さっそく本題へと入った。

……酷い男である。頑張れ、巫女姫様。


「…一目見たいと……いえ、何でもございません。今日あの時あの場所に行くよう、聖獣様よりお告げがあったのです」



((嘘だな))



今ここにいる皆が思ったことだ。

明らかに、サー・オーランドを見るためにお忍びでやって来たに違いない。

そしてあわてて神託であるように取り繕ったのだろう。

ある意味、強かな人である。


「さようで…」


その気持ちを知っているのか知らないのか、あえて無視するのか。

サー・オーランドは対して興味もなさそうに答えた。


やはり酷い男である。

このような男は、早々に見切りをつけるよう、巫女姫様に進言いたします。心の中で。




「あの~、エスメラルダ様。申し訳ないのですが、今回あなた様も選ばれてしまいました。青の神殿の巫女姫様であらせられるとは存じておりますが…ご協力していただけないでしょうか?」


宰相様が手を揉みながら猫なで声でお伺いを立てた。


それはそうである。

もうこれは、神に選ばれし女性は間違いなくこの巫女姫様に違いない。

ここで神殿を理由に辞退されては困るだろう。


「…それは、ですがわたくしは青の神殿に勤めるもの。青の聖獣様を信仰していますのに、他の神に選ばれるわけには…」


今回選ばれてしまったのは予想外だったのだろう。

一目見たくてやって来て、まさか他の神に選ばれるとは思わない。


さて、どうするのか?


「そこをなんとか! ずっと御仕えしていただきたいのではないのです! ただ今回、ひと時祈っていただければ結構なのです!」


「ですが…」


宰相様も必死のお願いだ。

まぁ国の危機に関わっている。巫女姫様もそう簡単に断れないのだろう。

…断られても困る。国が亡びるではないか。



今、巫女姫様は美しい顔を歪めて真剣に考えている。

基本、人がいいのだろう。


「……言い忘れておりましたが、実は、今回選ばれた女性にはある義務も課せられています」


おい、どうした宰相様?

そんな話、なかっただろう?

義務が課せられるとなったら、余計巫女姫様は嫌がってしまうではないか。


アホなの? バカなの?


「義務…? なら、なおのこと…」




「その義務とは、こちらにいる我が国の大最高裁判官との婚姻なのです。いや~この様な義務を言い渡す神にも困ったものです」




「まぁ!!」

「…な!?」


巫女姫様とサー・オーランドの声が重なった。



…おいおい、やるじゃないか、宰相様。


ひと時祈りをささげるだけで、恋する人と結婚できる。

これなら、巫女姫様もやってくれるだろう。


サー・オーランドにとっては迷惑極まりないかもしれないが、国のためだ、致し方ない。

従っていただこう。


大丈夫。美しい巫女姫様とご結婚できるのだから、きっと幸せになれるさ。


「……多くの民が苦しむことは、聖獣様の望みではありません。民を救えというのが聖獣様のご意志ならば、わたくしは従います。その申し出、お受けいたしましょう。……婚姻も、受け入れます」


顔を盛大に赤らめながらも、もっともらしいことを言った巫女姫様。

ある意味立派だ。




それに比べてサー・オーランドが噴き出す波動が怖い。

……黒い。漆黒が見える。


だが、私は絶対に関わらない。

さわらぬ神にたたりなし。


「あぁ、ありがとうございます! では、申し訳ございませんが、秘宝の元までおいでください! ……あぁ、ほかの四名の方もどうぞ」


……明らかにおまけ扱いである。


いや、不服はない。

これから物語の中でしかお目にかかれなかった場面を見せていただけるのだ。従おう。




王族の方々、宰相様に大最高裁判官様、そして巫女姫様、おまけで四名の女性。

ぞろぞろと秘宝とやらの所へと向かう。






**********************







宰相様が案内してくれたのは、城の地下だった。

湿気ている螺旋階段をぐるぐる降りること数分。

何とそこには、地下鍾乳洞があった。


驚きである。城の重さで崩れないのだろうか?


鍾乳洞を奥に進み、突き当りらしきところに着けば、そこには小さな泉があった。

地下水の溜りだろうか?

だが、妙に澄んでいる。




「こちらが秘宝、【水鏡の腕輪】でございます」


え、どれが?


皆わからなかったのか、きょろきょろと辺りを見る。


「こちらの泉の底でございます。…見えませんか?」


そういわれ、私たち5人は水の底を覗き見る。

その澄んだ泉の底に、確かに何かが見えた。

あれだろうか…?


「この泉は、神が水浴びをする場所と言われ、神の許可なしには誰も入ることはできないのです。そのため、こちらに入り神具の腕輪を手にできた者は、今回神に選ばれし者と認められます」


なるほど。

神聖な場所に立ち入るのは、その神に選ばれた者だけだ。

どんなに入ろうとしても、選ばれていない者には物理的に入れないのだろう。


「では、先ほどの自己紹介の順で試してみてください」


巫女姫様がいるとわかってから、やたら丁寧だな、宰相様。

別にいいがな。


ほぼ巫女姫様で決まりなのだが、一応呼んだ手前、他の女性にも試させる必要があるようだ。

……いや、もういいからさっさと巫女姫様がやってくれ。時間の無駄だ。



他の女性たちもそうは思いながらも、もしかしたらと願い、泉へと入ろうとする。

だが、やはり入れなかった。

何かに拒まれているのか、数ミリ前で壁のようなものに当たって入れないと言う。


それはそうだろう。

主役は最後に控えているのだ。

誰も入れはしまい。


さぁ、私の番だ。

とっとと拒まれて、早くお家に帰ろう。


そう思い泉に近づこうとした時だ。






「「きゃぁーーっ!!」」


王妃様とお姫様が叫んで走り出した。

その状況に王様と王子様とサー・オーランドか機敏に反応し、腰の剣の抜いて辺りを警戒する。

だが敵の存在は感じないのか、戸惑っている。


「虫ーー!! 蜘蛛が、蜘蛛が服の中にーー!!」


……どうやらこの大騒ぎは、王妃様とお姫様の服の中に虫が入ったことが原因らしい。

お騒がせな。敵襲かとびっくりしたではないか。




皆が力を抜いた瞬間、二人はなんと私たち女性の集団に激突してきた…!

あまりに急だったため、何の防御もできずぶつかりにぶつかり、何かを巻き込むような形で盛大に転んでしまった。





バッシャーーンッ!!





……痛い。冷たい。

もう何がどうなっているのか、さっぱりわからない。

説明を要求する。



そう思い目を開けて皆のほうを仰ぎ見る。


私が一番驚いた顔をしていると思っていたが、それ以上に全員が驚いている。

……いったいどうした?


「な、なぜ…お前が…」


宰相様、お前とは失礼な。

巫女姫様との格差が激しいぞ。


もう貴様に、心の中では様など付けぬ……ん?





そこで自分の体の冷たさに気が付いた。

まるで水に浸かっている冷たさだ。




……水?



…………まさか。




恐る恐る自分を確かめる。

すると恐れていた事実が明らかとなる。


そう、私は神に選ばれしものだけが入れるという泉に入っているのだ…!

何故だ!? 解せぬ!!




慌てて巫女姫様のほうを確認した。

すると、泉の境目ぎりぎりで唖然とした顔をして座っている。


どうやら私とぶつかって一緒に転んだらしい。

そして私だけ(・・・)、転がって泉に入った。


泉は…選ばれた者しか入れないのではないのか…?




はっ! そうか!


巫女姫様と接触したまま私のほうが先に泉に入ってしまったのだ!

選ばれし者の巫女姫様と接触していたため、私も巫女姫様の一部として認識されてしまったのではないだろうか?


だから泉に入れた。


だが、勢いは私のほうにあり、巫女姫様は泉に落ちる前に失速してしまい、そこで止まったのだろう。

なんて間の悪いことだ! そのまま一緒に転がってこいよ!


これは……どうなるのだ?

私の仮説は正しいと思うのだが、今はだれも正常に判断できていない。



と、とにかく一度出て、もう一回確かめれば…!






「これはこれは…。神に選ばれし、この国の救世主にして私の伴侶はこの方で決まりですね」


なっ!?


何を言っている! サー・オーランド!!

何も決まってはいない!


それに、伴侶云々は巫女姫様のを説得するために、宰相がついた嘘だとあなたもわかっているだろう!?

なぜそのようなことを言う!?



恐ろしいものを見るように、私はサー・オーランドを見上げた。

するとそこには、やはり禍々しい…だけど美しく黒い笑顔があった。


……悪魔に取りつかれた気分である。


「さぁ、未来の奥さん。早く秘宝をとってきてください」


何を言っている。無理だ。


「ぇ…ですが……私、ではな」


「早く」


有無を言わさぬこの迫力。

神聖な泉で漏らしてしまいそうだった。

なんて恐ろしい男だ。


迫力に固まってしまった私にさらなる追い討ちがかかる。


「……奥さん?」


その声を聴いた瞬間、私は脊椎反射のごとく泉の底へと潜水した。


……あまりに恐ろしかったのだ。

あれに逆らってはならない。脳より体が先に理解した。








「と、取って……まいり、まし、た…」


もはや私は虫の息だ。

いっそ、このまま息の根を止めてくれ。

現実など見たくない。


泉から陸に上がり、ゼィゼィと息をしながら腕輪をサー・オーランドへと渡した。


「ご苦労様。私の未来の奥さんはとても優秀だね」


良い笑顔で言われた。

そして優しく抱き起された。


「さぁ、秘宝も手に入り、選ばれし女性も決まったことですし帰りましょう。このままでは未来の妻が風邪をひいてしまう」


いや、あなた一切私の心配などしていないだろう?

それはわかるぞ。






「お、お待ちください!」


巫女姫様が勇敢にも立ち上がる。


おぉ…勇者よ。

そうだ、そのままこの魔王をやってしまってくれ。


「……なにか? エスメラルダ様?」


「な、何かの間違いではなくって…? それに、まだ私は試しておりませんわ!」


その通り。

これは間違いである。


それをこの男が利用したのだ。

あなたとの結婚が嫌だったのか、はたまた私が利用しやすいと思ったのか…

あの瞬間、この男は綿密な計算をし、うやむやの間に私が選ばれし女性であるように仕立て上げた。


まったくもって恐ろしい男である。

神をも恐れないとはこのことだ。


「試す必要などありません。何故なら、あなたが試す前に決まってしまったのだから」


「で、ですが…それは!」


「それに、今さら試したところでどうなるというのです? すでに秘宝はこの人が持ってきてくださいました。もう泉はだれも入ることはできないでしょう。また、その必要性もありません」


おぉ、恐ろしい。

私の膝が、寒さだけでなくガタガタと震えだす。


確かに今回この泉に入れたのは、女性の選定のために、神に一度だけ許可されたこと。

だがその選定は終わった。

秘宝は私が持って(こさせられて)きてしまったことで。


今一度、泉はだれも寄せ付けない、神だけの泉となってしまったのだ。


「もういいでしょう? 本当に風邪をひかせてしまいます。……では、王に宰相。先に失礼させていただきます」


ポカーンとしていた両名も、その言葉に正気を取り戻す。


「ま、待つのだ!」


「これは間違いであって…!」


両名の言葉をまるっと無視して、出口へと私を抱きかかえながらサー・オーランドは進む。

そして姿が見えなくなる直前に、宰相へと一言。


「あぁ、宰相どの。神が定めたもうた義務は果たしますので、ご心配なく。なに、神が祝福する婚姻ですので幸せに決まってますね、ははは」


嫌味にしか聞こえない。

よほど勝手に結婚を決められたのが腹に据えかねたのだな。


そもそも法の番人である裁判官は、ある種、国とは別の所属である。

場合によっては、国も裁かなくてはならなくなるからだ。


そのように、お互いが監視する間柄であるのだから、宰相の言いなりにはなりたくなかったのだろう。

だが、あの青の神殿の巫女姫様が承諾した案件をそう易々と破棄できない。


苛立ちと葛藤が胸に渦巻いていた時に起こったのがあの事件である。

実にいい意趣返しができたことだろう。


私にとっては死刑宣告に等しいがな……っ!






サー・オーランドの腕に抱かれながら移動しつつ、私は短かった人生の走馬灯を垣間見ていた…






**************************







「さぁ、とりあえず着替えてください」


どこかの豪華な部屋の浴室に放り込まれた。

……文字通り放り込まれた。腰を強かにうった。


「ぁ、ぁの……ですから…」


「反論は結構。とにかく温まり、これに着替えてから出てきなさい」


ずーーん…


何故私が怒られなければならない。

非常に理不尽である。


「……はい」



サー・オーランドが浴室から出ていき、仕方なしに風呂へと入る。


……こんな豪華な風呂は初めてだ。

手足が伸ばせるって素晴らしい。


その時だけは、ルンルン気分で風呂を楽しめた。




だが、やはりその後が地獄だった……













風呂から出て、サー・オーランドが残して行ったものに着替える。

寝間着だった。


サー・オーランドのものだろうか?

これなら大きさはあまり気にしなくて済みそうだ。


それはそうか。

もし女性ものの服が普通に出てきたら私は驚愕する。いや戦慄せんりつする。

……待てよ、彼女の着替えということもあり得るか?


うーん、あまり深く考えないでおこう。






「で、でました……」


細心の注意を払い、できる限り気配を消してサー・オーランドが待つであろう部屋へと入る。


「では、こちらへ」


部屋にある豪華な椅子に座り、優雅にお茶を飲んでいた。

……憎らしい。


だが、逆らうのは恐ろしいので、従う。

私は弱者なのだ。





「では、話に入りましょうか?」


ぜひ頼む。

いまだ私は混乱の中にいるだから。


「……ぉ、願い、します」


「先ほどの儀式ですが、選ばれるはずだったのは、やはりあの青の神殿の巫女エスメラルダ様だったと思われます」


そりゃそうでしょう!

あの場にいた全員がそう思っている。


「だが予想外の事が起き、最終的に選ばれたのは、君だ」


「で、ですが……本来の人でない限り、祈りは神へと届かないのでは…ないの、でしょうか…?」


詰まりながらも反論する。

よくやった私。いつもでは考えられない成果だ。


「いや、それは大丈夫。神にとって、祈るのは誰でもいいのです。ただ、あの秘宝をはめれる女性であればそれで」


「……? どう、いう意味ですか…?」


さっぱりわからん。

選ばれし女性はどうした?


「あの【水鏡の腕輪】は、水不足の原因である邪気を消す事が出来る唯一の秘宝です。その秘宝を着け、神と交信することによって、邪気を消すことができるのですが……あれは女性専用の装飾品。なので神への祈りを行う者が女性であることは、まず絶対となります。そして次に、あの泉に入ること。これは神が訪れるほどの神聖な泉に浸かることで、祈りの時に神との交信をしやすくするためです」


「……はぁ」


「交信をしやすくするためなのですから、あまり多くの人が泉に入ると、神でさえ混乱してしまう。そのため、秘宝を取りに入れるのは一人と神が限定されました」


なるほど……

思っていたようなものではなかったのか。


なんとも合理性を求めた結果とは…嘆かわしい。

もっとロマンを求めてほしい。


「一応神の威信にも関わってくるので、祈りをする女性を選ぶのには少々演出をさせていただきました。それがあの場所での5名の選出です。その5名にあなた方を選んだのは……あの場にいた中で比較的神と繋がりやすい女性を適当に選んだ、というだけです」


「……え? て、適当…?」


私の理想が、ガラガラと崩れていく…


間違われて来てしまったが、別に基本誰でも良かったのか。

…まぁ、女性であることは絶対だが。


「はい。あ、選んだのは一応神ですので、神に選ばれし者に間違いはないですよ。ご心配なく。まぁ神も適当だったと思いますが。……そして選ばれてしまった(・・・)5名の中から、神力が強い女性があの泉に入れる予定だったのです」


それならば、ダントツで巫女姫様で決定だ。

誰も適わない神力をお持ちなのだから。


だが……


「……何故、私は……入れて、しまったのでしょう、か?」


あの中で神力が一番強い女性だけが入れるようになっていたのなら、私が入れたのは……何故?


「あなたも予想できているとは思いますが、水に浸かるときエスメラルダ様と接触していたからですね。そのおかげで、境界線が曖昧になり入れてしまった」


予想通りだ……

ちっとも嬉しくないがな!


「予定としてはエスメラルダ様でしたのでしょうが、違う結果となってしまいました。神とて、どうしてもエスメラルダ様でなければならない、という訳ではないのでいいでしょう。あの泉に入り、腕輪を装飾できる交信しやすい女性なら誰でもいいのです。……今はあなたですね。もうあの泉には誰も入れなくなってしまいましたから」


「……ま、まって、くだ…!」


「他にも何か…?」


ありまくりだ、このやろう!


「…あの、その……私と、巫女姫様の境界が…曖昧だったときに、やり直すことって、できましたか…?」


重要である。

泉に入れるのが限定されていたとしても、あの状況ならば変更はできたのではないだろうか?


もしあの時、魔王への恐怖に打ち勝っていたならどうなったか…


「そうですね…。泉に浸かったのが一人増えたぐらいでは神も混乱はしませんでしょうから、やり直すことは可能でしたね」



おぅ……

過去の自分が恨めしい……

何故勇気を出さなかった……



「ふふ、もう後戻りはできません。神に祈れるのは貴方しかいなくなってしまったのですから」


もはやこれまで…




いや…! まだ終わっていない!

最後の一兵になろうとも戦い抜くのだ!


「わ、わかりました…! 神への、祈りは、します! で、ですが、あの、婚姻とか……何とか……は、無くなり、ますよ、ね…?」


途中で力尽きた。


だ、だが言いたいことは言えたのだ。

それで満足だ。



「………」



なぜ黙る!

貴方とて嫌だろう!?


「ふーん……あなたは嫌ですか?」


「は、はい……!」


「そうですか……。ですが、私も皆の前で幸せになると宣言してしまいましたからね。それに結婚しなければ、あの欲望に忠実で妙に政治的に厄介な女性に迫られてしまいます」


大いに迫られろ。

私には一切関係ない。


……それにしても、妙に巫女姫様を嫌がるな、この方。


「なので、取り消しはちょっと。…あ、それに宰相(いわ)く、神が定めた義務らしいので、やっぱり無理ですね。はははは」


ハハハハではない!

私の人生もかかっているのだぞ!


どうせ宰相だって、巫女姫様を自国に取り込めれたらいいな~、とか思っての発言だったに違いない!

それにムカッとくるは仕方ないが、私を巻き込まないでもらいたい……!



















その後……



私は如何に自分が凡庸かを語り、あなたとの結婚は無理だと訴えたが聞き届けてもらえることはなかった…



これは、あれだろうか…?



例にはあげなかったが、王道の一つ、『結婚から始まる恋愛』…







そんな王道いらない!!



今すぐ手放してくれるという愛なら、全力で欲しいがな!
















彼らの物語は、今、始まる……







一応短編なので、これで終わりです。

要望があったり、気がのれば続きも書くかもしれませんが。


何はともあれ、読んでくださりありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが読みたいです!
[良い点] テンポ速く、スラスラと楽しく拝読しました。 [一言] 是非続編を希望いたします!!! ミーシャにもう少し喋らせて上げてほしいです。
[一言] 二人のかけあいがおもしろかったです。続編があったら読みたい!と思える作品です。 続編希望です。
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