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第五章   その二

   第五章   その二




「いや驚いた。まさか竜也さんに教わっていたとは」

 あたしもビックリ。まさか師匠とじいちゃんが知り合いだなんてさ・・・

 木刀を持ってるから『剣道でもやるんですか?』って聞いたら『神無月流をね』っていうんだもん絶句しちゃったよ。

 師匠の話では神無月流ってマイナーな流派で門下生も50人もいないんじゃないかといっていた。それが簡単に会っちゃうんだから驚けよね。

「それで竜也さんは、今どこに?」

「・・・は、半年前に病気で・・・」

 口にするとあのときの悲しみが蘇ってきた。

「・・・そうか、あの鬼が逝ったか・・・」

 鬼というわりにはとても悲しそうな顔になるじいちゃん。ちゃんと師匠のことを知ってなければこんな顔にはならないだろう。

 ・・・よかった。あたしたち以外にも死を悲しんでくれる人かいて・・・

「ふふっ。若い頃はよく竜也さんにしごかれたものさ。毎日あざだらけで何度も泣いたこともあったっけ。一度サボったときなど家まで押しかけて朝までしごかれたものさ」

「ふふ。師匠らしいです」


『───子供だろうが女だろうが関係ない。教えるからには手加減はしない。お前も手加減なしで学べ───』


 だもん、メチャクチャだよね。

 まあ、当時あたしは、恵子ねえちゃんと一緒に学べることが嬉しくて、強くなって行くのが楽しかったから辛いとか全然なかった。

 恵子ねえちゃんなんて学校に行くのも惜しんでたし、あの師匠が疲れたとぼやくくらい熱中してたっけ。

「師匠、最後まで家族のこといわなかったんですけど、奥さんとかいなかったんですか?」

 そう尋ねると、なにやら複雑な表情を見せた。

「・・・あ、ああ、いるよ。今でも元気にね・・・」

 そういえば師匠もこんな顔になってたな。奥さんはいないのかって聞いたとき。それってどーゆー意味なんだろう・・・?

「そ、それで、いつから竜也さんに習ってたんだい?」

「6歳からです」

「ほぉう! 6歳からとは驚いた。で、段はいくつ?」

「剣術が二段で柔術が初段です」

「その歳で二段とは凄い。北斗など未だに初段だよ」

 へー。北斗さんもやってたんだ。道理で動きが滑らかだと思ったよ。

「どうだろう。わたしと手合わせしてもらえないかな? これでも免許皆伝で師範の免許もあるんだよ」

「おじいちゃん凄いっ! 神無月流の免許皆伝者って3人もいないんでしょう!?」

 まあ、やってる人が少ないっていうのもあるけど、修行の辛さと試験の厳しさになかなかやり遂げる者がいないんだって。

「そんな凄いものではないよ。父親に無理やり習わされ竜也さんに無理やり取らされたからね」

 それでも凄いことには変わらない。本当に受け継がせる気があるのとツッコミたくなるくらい昇段試験って厳しいんだもん。

「嬉しいです! もう一度同じ流派の人と打ち合いができるなんて・・・ぜひ、お願いします!」

「こちらこそ。では、道場へ」

「はいっ!」



 広大な敷地の奥。竹林に囲まれた中に道場はあった。

 それほど大きい道場ではないが、なんだか歴史と威厳を感じさせるものがあった。

「素敵な道場ですね」

 外同様中も素晴らしかった。

「ふふ。ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

「そんなお世辞じゃありません。あたし、いつも青空道場だったからこういう道場って憧れだったんです!」

 畳みの匂い。味のある神棚。竹林から注ぐ陽の光り。こんな理想的な道場なんて想像の中でしか見たことがない。あたしの思いを実体化さたようなそんな道場だよ、ここは。

「さて。桃子が起きてくる前に始めようか。こんなこと知られたら雷が落ちるからね。真実子ちゃんの手ならこの辺りかな?」

 壁にかけてあった木刀の中から1本選びだしてあたしに差し出した。

 受け取り何度か振ってみる。

「どうかな?」

「すっごくいいです! いつも使っている木刀と同じです」

 さすが免許皆伝で師範の免許を持つ人。もともとあたしの木刀だったみたいだ。

「それはよかった。では、始めようか」

 さすがというべきか当然というべきか、構えるじいちゃんにまったく隙がなかった。

 ウフフ。久しぶりですに感じる気迫に緊張感。ワクワクするよ。

「───行きますっ!」

 じいちゃんの気配が一層するどくはなり、まるで道場の一部になったかのように姿が薄くなった。

 高まる高揚を抑えつけながらじいちゃんの陣地に入った───瞬間、じいちゃんの姿が陽炎のように揺らめいた。

 ───くるっ!

 踏み込みは疾風のように速く、一撃は雷のように鋭い。

 そんな一撃を紙一重で交わし、じいちゃんの背後に回る───ことならず。無心で放った横一閃も軽く交わされてしまった。

 直ぐ様打ち合いに転じるが、一撃一撃が重くて鋭い。

 なんとか受け流して胴や手を狙うけど、どれもこれも阻止され、怯んだ瞬間に攻防が逆転してしまった。

 徐々に腕の筋肉が悲鳴をあげてきた。

 ・・・ここまでね・・・

 判断すると同時に後方に跳んだ。

「参りましたっ!」

 構えを解き木刀を畳みの上に置くと、じいちゃんも構えを解いた。

「・・・凄いな・・・」

 じいちゃんがぽつりと呟いた。

「凄いのはおじいさんのほうです。あたしの攻撃、全部交わされちゃいました」

「だから凄い。とても小学生、いや、女の子の攻撃ではない。まるで風を相手にしているかのようだったよ・・・」

 その鋭い例えにギクリとなったが、無理やり笑顔を作った。

「そういってもらえると嬉しいです。でも、無理しちゃったから腕がパンパンです。やっぱり素振りだけではダメですね」

 ここ半年、稽古といったら素振りくらい。誰かと打ち合うなんてなかったから筋肉が鈍ってるや・・・

 赤くなった手を見てると、じいちゃんがあたしの手を取りしげしげと見始めた。

「・・・小さな手だ・・・」

「ほんと、女の手は不便です」

 男だったらもっと厳しい修行ができて、もっと力が出るのにな~。

「・・・フフ。それは困ったものだ・・・」

 昔、剣を習い始めた頃、稽古が終わると師匠がしてくれたように、じいちゃんが優しく手を揉んでくれた。



「どうかな?」

「はい。よくなりました」

 揉みかたにコツでもあるのか、さっきまでの震えがなくなり腕が軽くなった。

「こんなに熱くなったのは久しぶりだよ」

「あたしもです。わくわくするの押さえるのに大変でした」

 柔術のほうは冬香にいちゃんが相手してくれるからいいけど、剣術をしている人なんて周りにいなかったから心が渇れかけてたのよね。

「北斗も真実子ちゃんくらい熱心ならいいんだか、桃子に似て朝が弱いときてる。無理やり起こしても使い物にならん。まったく、我が孫ながら情けないっ!」

 ふふ。それは北斗さんも大変だ。

「・・・毎朝、こんなことができればいいんだがな・・・」

 剣を持つ手が優しくあたしの頭を撫でてくれ、亜麻色の瞳があたしを温かく包んでいた。

 あたしもこの手に触れていたい。毎朝稽古したい。でも、それを口にすることは許されない。

いったら最後、あの誓いが嘘になる。またあの苦しみを味わうんだ。

「・・・あ、あの、おじい───」

 後悔する前にいおうとしたら途中でじいちゃんに抱き締められてしまった。

「いわなくていいよ。真実子ちゃんが断ることは江島くんから何度もいわれたからね」

 どこまでも見透かすにいちゃんだ。

「 真実子ちゃんは優しい子だから悲しむ人を無視して自分の幸せを押しつけたりしないって。それを一度しているだけに2度はしない。そういう願いは持たないほうがいいとね。やはり、ダメかな・・・?」

 コクンって頷く。

 あたしが真琴さんの子供でも、じいちゃんたちが望んでくれても、そこに悲しむ人がいるなら入っちゃいけない。そんなことしたら北斗さんのかあちゃんに失礼じゃないか。そこは北斗さんや北斗さんのかあちゃんが築いた世界。あたしが入っていい世界ではない。絶対に崩してはいけない世界なんだ・・・

「・・・ごめんなさい。こんなによくしてもらってるのに、あたしのわがままで・・・」

「真実子ちゃんはいけないなにも悪くはない。悪いのは真琴だ。そして、そうさせてしまったわたしたちだ・・・」

 ううん。あたしのせいだ。あたしが家族に会ってみたいなんて願うからじいちゃんたちに迷惑かけて、悲しませてるんだ。

「桃子にはわたしからいうよ。だが、今日だけは夢を見させてくれないか? 今日だけは孫として過ごして欲しい」

 またコクンと頷く。

 あたしも今日だけは夢を見よう。今日だけはわがままになろう。もうこの優しさに触れることもないのだから。

 ・・・だからこれは夢。1日だけの幻だ・・・

「さあ、そろそろ行こうか。真実子ちゃんを一人占めしていることが知られると桃子になにをいわれるかわかったもんじゃないからね」

 おどけたようにいうじいちゃんにあたしはにっこり笑った。






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