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8.楽しい昼食、ふたたび


 街道外れの森の奥深く。

 勇者の祠の前で、ようやくフォンドたち四人は再会を果たした。


「おーい、今帰ったぜ」

「お兄ちゃん! それにデュースさんも!」

「二人とも無事だったんですね!」


 鎧姿の少年と銀髪の青年の姿を見て、カレナとクラルスは喜びの声を上げる。

 カレナたちも辺りを捜索したがデュースは見つからず、祠へ戻ってきていた。

 フォンドがなかなか帰ってこないため、心配して探しに向かおうとした矢先の再会である。


 駆け寄る黒髪の少女と金髪の少年に、デュースは申し訳なさそうに謝罪した。

「キミたちにも不要な手間をかけさせてしまったな。遅くなって本当にすまない」


 頭を下げるデュースを、カレナは慌てて押しとどめた。

「そんな。わたしたちは全然大丈夫ですって。謝らないでください」

 隣のクラルスもうなずく。

「そうですよ。皆が無事に会えたのですから、どうかお気になさらず」


 そんな中、フォンドは何も言わずニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


「嬉しそうですね、フォンド」

「おうよ! 四人全員そろったし、これでやっとメシが食えるぜ!」

「ご飯目当てだったの!?」


 約束の時間――正午から三時間近くも経過している。

 フォンドがお腹をすかせているのも仕方のないことだ。

 

 そうして彼らは、三時のおやつならぬ昼食をとることにしたのだった。


 春の午後の陽射しは暖かく、本日も絶好のピクニック日和である。

 三日前と同じく祠の前で敷物に座り、四人は会話をしながら食事を始めた。


 今日のメニューは、フォンドの好きな揚げ物だ。

 チキンや野菜やポテトのフライが、カラッと香ばしく揚がっている。朝調理した物なので冷めてはいるが、時間が経っても充分美味しかった。


「なあ、クラルス。この辺は人里に近いから魔物が出ねえって言ってたよな?」

 フォンドが揚げたチキンを片手に話しかけると、クラルスは切り分けたパンにバターを塗りつつ返答した。


「ええ。確かにそう言いましたが」

「けどさっき、あっちの森でスライムが出たんだぜ!」


 それを聞いたカレナとクラルスは、食事の手を止めて驚く。

「え、お兄ちゃん大丈夫だったの?!」

「スライムは大きく成長すると人を飲み込むほどになると聞いています。見た目は可愛いですが、大変恐ろしい魔物ですよ!」


「だろうな。オレもあの時は、絶体絶命の危機だと思ったよ」

 フォンドは戦闘を思い返してしみじみと語った。水色のスライムの、つぶらな瞳が目に浮かぶ。あんなに可愛い生き物を斬れと言われても無理な話だ。


「すげえ手強いヤツだったが、なんとかオレひとりで倒したぜ!」

 フォンドの誇張表現はまだ続いていた。

 実際は、スライムを木の枝で叩いて退散させただけである。


 カレナは碧色の瞳を大きく見張った。

「……本当に、お兄ちゃんひとりで?」

「ま、オレの手にかかりゃ、このくるみパンをポテトフライで一刀両断するようなもんだったけどな。楽勝、楽勝~!」


 フォンドは得意げに、バスケットの中から丸くて平たいパンを取り出す。

 パンの形はスライムに似ているが、三十センチほどだ。それを小さなポテトフライで斬るという不可解な表現に、カレナとクラルスは首を傾げるしかない。

 

「くるみパン? ポテトフライ? って何よそれ!」

「ど、どんな例え方なんですか、それは」

 訝しげにツッコむカレナと、戦闘場面が想像できずに困るクラルスであった。


 そこへデュースが助け舟を出す。

「フォンド君が魔物を倒してくれたのは事実だよ。私が保証しよう」

「デュースさんがそう言うのなら、本当にホントの話だったのね!」

「すごいですね! フォンド」

「お前ら信じてなかったんかい!」


 怒るフォンドをスルーして、カレナは納得顔で話し始める。

「そっか。だから二人とも戻って来るのが遅かったのね」

「デュースさんが待ち合わせに遅れたのも、魔物のせいなのではありませんか?」

 クラルスが気遣って尋ねると、銀髪の青年はうなずいた。


「ああ。そうなのだ。実はスライムと遭遇したせいで、私は気を……」

 詳しく状況を話そうとする青年を、フォンドは片手で制してやめさせた。

 デュースは驚いた表情で口をつぐむ。


「もうその話はいいだろ、無事だったんだし。けど、何で急に魔物が出たんだろうな。ひょっとして魔神の封印が狙われてるのと関係があるんじゃねえか? 封印を解こうとしてるヤツが、裏で何かやってるとか」


 それを聞き、フォンド以外の三人は言葉を失った。

「…………!」


「ん? 何でビックリしてるんだ、みんな」

「すごい、お兄ちゃんがご飯以外で真面目なこと言ってる!」

「熱でもあるんじゃないですかフォンド」


「てめぇら、オレを何だと思ってんだよ!」

 憤慨するフォンドに対し、カレナたちは慌てて謝る。

「ゴメン、冗談だってば。でも確かに、こんな場所で魔物が出るのは変よね」

「すみません、驚いたもので。フォンドの指摘はもっともです。封印の件も心配ですが、魔物についても調べる必要がありそうですね。そういえば、デュースさんにお願いしたい事があるのですが……」


 三人は、デュースにこれまでの経緯を説明した。


 数日前にマホガニー地方の封印が何者かに荒らされたこと。

 国王から極秘裏に封印調査を依頼され、二日後には旅立つこと。

 自分たちだけでは心許ないので、デュースにも同行してほしいこと。


 静かに聞いていた魔族の青年は、二つ返事で了承した。

「わかった。もちろん協力させてもらうよ。いや、こちらからもお願いする。封印を守るため、ぜひキミたち勇者候補の力を貸してほしい」


 魔神の封印が解かれるという事は、すなわち世界の危機である。魔神戦争の再来を防ぐためにも、一刻も早く封印を狙っている輩を捕まえなければならない。 


 こうして、彼ら四人は、共に力を合わせて旅立つことになったのだった。


 * * *


 食事が終わり、フォンドたちが水筒に入れた紅茶を飲もうとしていると、


「今日も昼食をご馳走になってしまったな。食事のお礼といっては何だが、私の方でお茶菓子を用意させてもらったよ」


 そう言って、デュースは自分の荷物から包みを取り出す。

 赤いリボンをほどき、レース模様のついた紙包みを広げる。中には小さな焼き菓子がいっぱい入っていた。


「わあ、可愛い!」

「美味しそうなクッキーですね」

 カレナとクラルスが感嘆の声を上げる。


 だがフォンドは、胡散臭そうにお菓子をにらみつける。

「クッキー、って誰が作ったんだ? まさかお前が作ったとかじゃねーよな」

「いや、私ではない。他の者に頼んで作ってもらったのだ」


 そう聞いた途端、フォンドは目を輝かせてデュースに尋ね返す。

「他の者って誰だよ。女の子か? お姫様なのか!?」


「ま、まあ作ったのは女性だが。キミは一体何を期待しているんだ? 残念ながらラベンデイアに姫は居ない。……皇子も、私ひとりだ」

 フォンドの謎の勢いに気圧されつつも、デュースは淡々と答えた。


「ちぇ~。なんだ、お前の妹とかいねえのかよ。魔族のお姫様ってどんなのか見てみたかったのにいー」

 フォンドは心から残念がっていた。まったくもって好奇心丸出しである。


 カレナは水筒の紅茶をカップに注ぎ、フォンドに手渡しながら言った。

「お兄ちゃん、失礼なこと言っちゃダメよ。あ、でもデュースさんの妹さんがいたとしたら、きっとすごく可愛い女の子なんでしょうね」


 カレナはしみじみと思った。今でもデュースが男性だと信じられないくらいだ。

 目の前の青年は長身だが大柄なわけでもなく、細くて華奢に見える。顔立ちも綺麗で、男にしておくのがもったいないほどである。



 そして、楽しいおやつの時間が始まった。

「いっただきまーす!」

 フォンドたち三人は、一斉にデュースの差し入れのお菓子を口にする。


「う、うまい!」

「おいし~い」

 丸い形のクッキーで、ほどよい甘味とサックリした食感が後を引く美味しさだ。

 とても口当たりが良いので、何個でも食べられそうである。


「こちらの方はナッツ入りですね。上手に焼けていて、大変美味しいです」

「このドライフルーツ入りもおいしいわ! でも何の果物かしら?」

「くっ。まだオレの知らない果物があるとはな……世界は広いぜ!」


 三人が絶賛して味わっている光景を、デュースは満足そうに見つめた。

「気に入ってもらえて良かった。ヘーゼルも……いや、私の友人も喜ぶよ」

 そう呟き、デュースもクッキーをひとつ口に入れる。友人の菓子作りの腕前が外の世界でも通用することを知り、デュースは嬉しく思うのだった。


 * * *


 その後、彼らは調査旅行の段取りについて話し合った。

 マホガニーへ行くには北の街道を再び通ることになる。デュースはその途中で合流することになった。


 空が夕暮れの色に染まっていき、フォンドたちは家路につくことにした。


「では、道中気を付けて帰ってくれたまえ。また会おう」

「ええ。デュースさんもお気を付けてお帰り下さい」

「明後日は、よろしくお願いしますねっ!」


 フォンドも、歩き出すカレナたちに続いて別れの言葉を告げた。

「じゃあな、デュース。今度はもう遅れるなよ」

「待ってくれないか、フォンド君」


 急にそう呼び止められ、フォンドはひとり立ち止まった。

 怪訝な顔をするフォンドに、デュースは小さな紙片をそっと手渡してくる。

「ん? なんだよ、コレ」


「鎧の修理代が必要だと言っていただろう? すまないが金銭では払えない。代わりにこれで我慢してほしい。『護符』――護身用のお札だ」

「おふだ?」

 フォンドは長方形の護符を見つめた。表面には知らない文字で何か書いてある。


 デュースはどこか言いにくそうにしながら、小さな声でこう続ける。

「それと。ええと、あの……スライムの事を黙っていてくれて、ありがとう」

「あぁ? ああ。別にそんなこと気にすんなよ」


 一瞬フォンドは何の事かわからなかったが、スライムが苦手な事だと思い至って納得した。スライムに驚いて気絶する魔王など、前代未聞である。

 デュースも他人にそれを知られたくはないだろうに、クラルスに聞かれてあっさり話そうとしていた。それでフォンドは思わず止めたのだ。まあ、魔王の弱みを握っていても損はないか、という打算的な考えも無きにしもあらずだが。


 そうして、三人と一人は別れ、それぞれの帰途についたのだった。


 帰り道、フォンドはふと疑問を口にする。

「アイツ、どうやって自分の国に帰ってるんだろ。徒歩じゃねえだろうし」

「たぶん魔法だと思うわ。デュースさん、魔力強そうだもん」

「魔族国はかなり遠いはずですから、おそらく空間を移動する術で……」


 三人は議論に花を咲かせつつ、街道を歩いていった。


 歩きながらフォンドはこれまでを振り返る。

 今日は色々な出来事が起きた。朝から変な悪夢を見たことに始まり、生まれて初めて魔物に遭遇したり、魔王の弱点を知ったりと、フォンドにとって普段味わえないような慌ただしくも楽しい一日であった。


(……結局、あの女の子の悲鳴はオレの聞き間違いだったのか?)

 デュースに何回も確認したが、知らない見てない聞いてないの三点張りである。

 そして鳥の鳴き声を聞き間違えたのでは、という結論に落ち着いた。フォンドは未だに疑念を抱いているが。


(まあ別にいいか。そういや、あの可愛いスラたん、無事に逃げたかなー?)


 フォンドは夕焼け空を見上げつつ、青空色のスライムに思いを馳せた。


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