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7.驚愕! 魔王の正体


 フォンドは焦りを覚えていた。

 まさか魔物を倒すのが、こんなに難しいことだったとは。


「ちくしょう、こんな可愛いスライムたんを斬れるわけないだろ!」

 

 淡い水色のスライムは体を震わせながら、つぶらな瞳で少年を見上げていた。

 それはまるでコロサナイデーと懇願しているようにも見える。

 

「……だから、峰打ちだ。許せ、スラたん!」


 フォンドはその辺に落ちている木の枝を拾い、軽く振り下ろす。

 枝が当たり、ぽよん、という間抜けな音がする。

 おそらく大したダメージは与えていないはずだ。


 スライムはびっくりしたように鳴き声を上げる。

「ぴ~」

 魔物はぷにぷにと体を揺らして少年の横をすり抜け、森の奥へと姿を消した。


「ふぅ。手強い相手だったぜ! ……ある意味」


 初めての魔物との対戦がこんなんでいいのか、と自分でツッコミを入れつつ、フォンドは辺りを見回した。探している少女の姿はどこにも見当たらない。


 フォンドは魔物が出てきた茂みへ向かった。

 ひょっとすると先ほどの悲鳴の主はスライムに驚いていたのかもしれない。

 弱い魔物だったが、普通の人間にとっては充分に脅威の対象である。


 そして茂みの向こうで、フォンドはとんでもないものを目にすることになる。


 フォンドは絶句した。


 地面の上にうつ伏せになって倒れている、長い髪の人物を見つけたからだ。

 すらりとした長身で、白銀の軽鎧と黒い外套を身に着けている。

 流れる銀色の髪の間からは、見覚えのある細長い耳が覗いていた。

 その中性的な容姿は、紛れもなく――


「ってコレ、デュースじゃねえかよーー!!」


 少年の驚愕の叫びが、静かな森にこだました。


 * * *


「なんでコイツがここで倒れて……。昼寝?なワケないよな、やっぱり」

 

 日の当たる暖かい場所ならともかく、こんな日陰の固い地面の上ではさすがのフォンドでも昼寝しようとは思わない。明らかに異常事態である。


「おい、デュース。どうしたんだよ、生きてるか?」

 話しかけたが返事はない。呼吸はしているので一安心だ。


 仕方なく、フォンドはうつ伏せに倒れているデュースの肩を軽く叩く。

 何度か呼びかけると、魔族の青年はようやく意識を取り戻した。


「う……」

「しっかりしろ。一体何があった?」

「ス、スライムが……さっきここに」

 悪夢にうなされたかのように怯えてデュースは呻いた。顔色が真っ青だ。


「ああ、水色のスライムなら、オレが華麗にズバッと倒したぜ!」

 実際は木の枝で追い払っただけだが、フォンドは誇張してそう伝える。


「そうか、よかった……」

 呟きながら、デュースは上半身をゆっくりと起こした。

 額にかかった銀髪を手で払い、小さく安堵の息を吐く。

 気弱げな表情を見せるその姿には、普段の威厳が全く感じられなかった。


 それを見たフォンドは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「お前、実は魔王のくせにスライムが怖いとか? プッ、まさかね~」


 フォンドが冗談半分でそう冷やかすと、

「……そうだ」

 あろうことか、魔族の皇子はあっさりと肯定したのである。


「えー! マジで!!」

 フォンドは再び絶叫を上げた。いいかげん何度も驚くのは疲れたので、なんとかしてほしいもんだ、とフォンドは切実に思うのだった。



 とりあえず、デュースが回復するまでその場で休憩をとることにした。

 デュースは木の根元に座って幹にもたれかかり、目を閉じている。

 その横に立ち、フォンドは話しかけた。


「――お前、本当は弱いんじゃねえか?」


 無神経にも聞こえるフォンドの一言に、デュースは素直にうなずく。

「そうだな。そうかもしれないな……」


「フン。そんな無力な魔族が魔王であるはずがないな。なら今ここで、このオレが引導を渡してやろう。覚悟するがいい! クックック」


 デュースを見下ろし、フォンドはおどろおどろしい口調でそう言い放つ。

 今朝フォンドが夢の中でデュースに言われた台詞に似ているが、それを知るはずもなく、銀髪の青年は眉をひそめるしかない。


「それは何かのモノマネかい?」

「ん? 悪い魔王のマネ」


「ふふ、たいした邪悪ぶりだな。いっそキミが魔王になってみてはどうだい?」

 デュースは呆れたように笑った。

 それを聞き、フォンドはぶんぶんと首を振る。


「おいおい、勇者候補に何言ってくれてんだ。オレがそんな悪の勧誘に乗るわけねえだろ! あ、世界の半分くれるってんなら考えてもいいけど」


「……充分、勧誘に乗る気満々だろう、それは」

 デュースは本気で呆れた。こんな勇者候補、あってもいいのだろうか。



「そういやデュース。この辺で可愛いお嬢さんを見なかったか?」

 言いながらフォンドは周囲を見回した。が、やはり悲鳴の主は見当たらない。


「可愛いお嬢さん?」

 その単語にデュースは怪訝な顔をして、横に立つフォンドを見上げる。


「悲鳴が聞こえたんだ。あの可憐な声からして、ありゃ相当な美少女だぜ!」

 フォンドは声だけで判断した。思い込みもここまでくれば立派なものである。


「お嬢さんを助けようと川を渡ったらスライムが出てくるし。やっと退治したら今度はお前が倒れてるし。そんでもってお嬢さんはいねーし。もう何がなんだか」

 と、そこまで言ってからフォンドはある事に気付いた。


「あれ、デュース。お前、ひょっとして……」

「えっ?」

 

「なんかさあ、オレに隠してる事があるんじゃねえか?」

「わ、わたしに隠し事などっ……あ、あるわけが」

 フォンドがじろりと睨み付けると、デュースは顔をそらして否定する。


「じゃあ、なんでオレが探してる女の子がいないんだ? 周りを探したけど他には誰もいねえし。どう考えても、ここにいるお前が一番怪しいじゃねーか」 


「う……。そ、それは、その」

 困惑した様子でデュースは口ごもった。

 その顔は少し紅く、声の調子もいつもより高い気がする。狼狽ぶりは見て取れるほどで、とてつもなく怪しかった。


 それを見たフォンドはさらに確信を深める。

「やっぱりそうだったのか。お前の正体、わかっちまったぜ!」


「…………」

 デュースは唇を噛んでうつむいた。

 覚悟を決めたのかデュースは反論もせず、じっと少年の次の言葉を待つ。


 そして、フォンドが暴いた驚愕の真実とは。


「お前って実は、女の子――」


「!」


「――をさらうのが趣味の、極悪魔王だったんだろ!」


「……はぁ?」


 デュースは整った顔に似合わぬ気の抜けた声を出し、紫の瞳を丸くした。


 そんな表情の変化を意にも介さず、フォンドは続ける。


「真面目そうなふりして、やっぱりお前も魔王だったんだな。あれ? でも魔王がヒロインをさらうってのは別に間違ってねぇよな。むしろ王道だぞ……」


 と、何を思い付いたのかフォンドは勇者候補らしからぬ行動に出た。


「なあ、うちのヒッコリー王女もさらってくれないか? そんで、オレが救出して英雄になるって筋書きでさ。けっこう可愛い姫さんだぜ、少し天然ボケだけど」


 これではどう見ても悪の勧誘である。


「ふざけないでくれたまえ!!」

 デュースはそう叫んで勢いよく立ち上がった。

 顔を紅く染め、長い銀髪を揺らしながら激怒している。


 青年の今まで見たこともない怒りっぷりに、フォンドは身を引いてたじろぐ。

「うわっ! そんなに怒るなよ」


「なんなんだその変な勘違いは! キミに本当の事がバレたのかと思って私がどれだけ覚悟をしたか……。じゃなくて、ええっと。そうだ、私には女性をさらう趣味などないし、キミの提案に乗るつもりも一切ないからな!」


 何かまずい事を言いそうになったらしく、デュースは慌てて途中で言い直す。


「なんだよ~、冗談のわかんねえヤツだな」

 黒髪の少年は全く悪びれもせず、しれっとそう言った。


 デュースは思わず怒鳴る。

「冗談でも、王女誘拐を魔王に依頼する勇者が一体どこの世界にいるんだい!」

「ここの世界」

「…………」


 怒るよりも呆れ果て、デュースは深く嘆息してその場に座り込んだのだった。


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