4.永遠のライバル参上!
フォンドは激怒した。
とりあえず文句を言ってやらないと、腹が立って我慢ならない。
「おい。そこのお前っ!」
ビシッ!と音が出る勢いで、フォンドはデュースと名乗った青年に人差し指を突きつける。
背が高い相手のため目線を上げなければならず、伸びない身長を気にしているフォンドはさらに怒りを倍増させた。
一定の間合いをとりつつ、フォンドは数歩ほど青年の方に歩み寄る。
「銀髪紫眼でムダに美形な魔族の皇子とか、なんだその恵まれた肩書きは。いいとこ取りしすぎだろ。そんな横暴、天が許してもこのオレが許さねえ!」
「え。そんな私的な理由で怒っているのかい? キミは」
フォンドの話を黙って聞いていたデュースは、面食らった顔をした。
今この状況で問題にすべきなのは、なぜ魔族が勇者の祠にいるのかという事のはずである。だが少年にとっては、それはどうでもいい問題らしい。
「なぜこのような場所に魔族の方が?」
「ああ、話のわかる人もちゃんと居るようだね。安心したよ」
神官服の少年の常識的な反応に、デュースは満足そうな表情を浮かべた。
魔族の青年は、クラルスとカレナの方に体を向けて会話を始める。
「私がここに来たのは、他でもない。大地の勇者を……」
「……勇者を、倒しに来たんだな! そうだろっ!」
そう言い放ち、フォンドは両者の間に割り込んだ。
「フォンド!」
「お兄ちゃん!」
突然の行動に、金髪の少年と黒髪の少女は驚きの声を上げる。
「戦ってはなりません、フォンド。五十年前の戦争終結の折、魔族の民とは停戦条約を結んでいます。それに、まだ話の途中ですよ」
「ダメっ。きっとわたしたちの力で勝てる相手じゃないわ!」
友人と妹の説得も聞き入れず、フォンドはデュースの前に立ちふさがった。
そんな無謀な少年を、魔族の皇子は冷ややかな瞳で見つめている。
「キミは随分と好戦的な人間のようだね……キミの名前は?」
「オレはウォルナット王国騎士団長、フォンド・ヴォーだ!」
フォンドは怒りに燃えていた。青年の言動がいちいち気に障る――ではなく、ここは騎士団長として仲間を守らなければならない。
「覚悟しな。オレの剣のサビにしてくれる!」
フォンドは背負った大剣の柄に手を掛け、そう宣言する。
すかさずカレナがツッコミを入れた。
「お兄ちゃん、それ悪役のセリフよ!」
デュースは自らの剣すら抜かず、落ち着き払った態度で言った。
「やめたまえ。怪我をするのはキミの方だよ」
「うるせえ! そんなのやってみなけりゃ……あれっ?」
ガギッ、という鈍い音と共に身体に衝撃が走り、フォンドの動きが止まる。
勢いよく、背中の剣を鞘から引き抜いたつもりだったのだが――
フォンドの剣の切っ先は、見事に石造りの天井に引っ掛かっていた。
「あ。ここの天井、低かったわね。そういえば」
「やはりこうなりましたか」
碧い瞳を丸くするカレナと、この結果は予測済のクラルスであった。
騎士団長の少年は、バランスを失ってそのまま前のめりに倒れ込んだ。
着込んだ鎧が床に当たって派手な音を立てる。大剣は手を離れ、後ろに落ちた。
「いてて」
「大丈夫ですか! フォンド」
倒れたフォンドの傍に、カレナとクラルスが慌てて駆け寄る。
フォンドは自分の身体を見て絶叫した。
「うわっ。オレの『超絶スーパーゴールデン最強アーマー鎧』にキズがぁ!」
「いつのまに鎧にそんな名前を」
「でも、無事みたいでよかったわ」
「無事じゃねえよ! 貴重な鎧が犠牲に……」
フォンド自身には傷ひとつ無いようで、カレナたちは安堵した。
「言ったろう、怪我をするのはキミの方だと。次からは気を付けたまえ」
デュースは元気そうな少年に呆れた声でそう告げる。
魔族の青年はさらに続けた。
「私は大地の勇者を探し、話し合いをするために来たんだ。キミたちに危害を加えるつもりは一切ない。信じられないだろうが、話を聞いてもらえないか」
「話し合いだって?」
フォンドたち三人は顔を見合わせる。
「……わかりました。貴方の話をお聞きしましょう」
「わたしも、そうします」
クラルスとカレナは、やむなくそう返答した。
真偽を判断しようにも、現状では話を聞く以外に方法がないのだ。
「よーし。申し開きがあるなら聞いてやろうじゃねえか」
警戒する二人とは対照的に、フォンドは『コイツ、鎧の弁償してくれるのかな』などと呑気に考えているのだった。
* * *
フォンドたちと魔族の皇子デュースは、祠の外で話をすることにした。
草むらに敷物を広げ、そこに四人で座っている。
先程まで真上にあった太陽はわずかに傾き、辺りは春らしい陽気である。
「なるほど。あの悪夢の戦いが再び起きる、という予言が託されたのですか」
クラルスの言葉に、デュースはうなずく。
「ああ。我が国の誇る占星術師が、託宣を授かった。今の我々は人間と争う意思はない。五十年前のような大戦を防ぐため、勇者の力を貸してほしい」
カレナが不安そうな表情で疑問を口にした。
「でも、どうすれば戦いを防げるんですか? 勇者といっても今のわたしたちには何の力もありません。それに誰が勇者なのか、まだわからないし」
「心配せずとも勇者の力はやがて覚醒する。誰が勇者かは、自ずとわかるだろう。それまでに私たちには、やるべき事がある」
「やるべき事、ですか?」
デュースは紫の瞳をカレナたちに真っ直ぐに向け、詳しく説明する。
「先の戦争は、魔神の力を解放しようとした魔王と、それを阻止する人間の勇者が衝突して始まった。被害を拡大させた原因は、両者の力の暴走だ。強すぎる力のせいで、世界は深刻な打撃を受けてしまった。だから」
銀髪の青年はそこでいったん言葉を切った。
「――だから、勇者の力が目覚める前に、何とかして制御する方法を身に付けねばならない。それが出来るのは未覚醒の今だけだ。この世界を守るには、キミたちの協力が必要不可欠なのだ。どうか、宜しくお願いしたい」
「…………」
深々と頭を下げる青年を、カレナとクラルスは茫然と見つめた。
いきなりそのように壮大な話をされても、戸惑うことしかできない。
無言のまま、しばしの時間が流れた。
爽やかな春風が吹き抜け、彼らの髪をさらさらと揺らしていく。
その風は、なんだか美味しそうな匂いを運んでくるのだった。
「ん? やっと話が終わったのか。早く食べないと無くなるぞー」
もぐもぐとタマゴサンドを頬張りつつ、緊張感のない声でフォンドが言う。
「……実はキミたちは、ここにピクニックにでも来てたのかい?」
デュースは小さく嘆息し、黒髪の少年の方を見やる。
草むらに広げられた青い敷物の上には、フォンドの母お手製のサンドイッチが所せましと並んでいた。
先程から、フォンドはひとり楽しくランチタイムである。
今のところ、まだまだ世界は平和なのであった。