3.大地の勇者の伝説
春のうららかな昼下がり、ウォルナット王国の北にある街道で。
三人の少年少女は、ピクニックに行くようにのんびりと歩いていた。
だが彼らの出で立ちは、今から遊びに行くようなものには見えない。
黒髪の少年フォンドは、派手な黄金の鎧に身を包み、大剣を背負っている。
金髪の少年クラルスは、新緑色の神官服と帽子と、儀礼用の杖を装備している。
黒髪の少女カレナは、薄桃色の服に白いローブ姿で、魔法杖を手にしている。
大変わかりやすい冒険者モードな服装である。
三人の中では年長で十六才のクラルスが一番背が高い。
それより五センチほど低いフォンドとカレナは、ほぼ同じ身長だ。
「で、オレたちはどこへ向かってるんだっけ?」
フォンドがそう尋ねると、カレナはずるっと滑りこけそうになっていた。
彼女は苦笑しながら返答する。
「もう、お兄ちゃんってば。街道の北にある、勇者の祠でしょ。お城で見送ってくれたレーズン様が道順を教えてくれたじゃない」
「ああ、そうそう。そうだったな!」
フォンドはうなずいたが、よく覚えていない。借金の衝撃のせいで途中の記憶が飛んでいた。旅立ちの装備代金が自己負担など、本当にひどすぎである。
唯一の慰めは、与えられた鎧兜と剣が非常に良い品だったことだろうか。
甲冑は付け心地が良く、重さが感じられない。大剣も同様に驚きの軽さだ。なお兜は装備すると周りが見えにくいため、今は手荷物の中に入れている。
(はあ。六万金貨か……いかんいかん今は忘れよう。カレナもクラルスも出来るかぎり協力するって言ってくれたしな。今日帰ったら、もう一度王様に何とかならないかお聞きしてみよう)
悩んでも精神衛生上よくないので、フォンドは雑念を頭から締め出した。
今から騎士団長として重大な任務があるのだ。しっかりしなければならない。
フォンドが会話に意識を戻すと、クラルスが目的地について語っていた。
「五十年前の魔神戦争で活躍した『大地の勇者』が祀られている建物ですね。荒らされるのを防ぐため、秘密の場所にあると聞いています」
「クラルスさん、勇者の祠のこと知ってるんですか?」
「はい、神官学校の授業で学びました。それにフォンドだって騎士団にいるのですから、勇者については僕より詳しいはず。そうですよね、フォンド」
「お? おう。モチのロン、いや勿論だぜえ!」
急に話を振られ、慌てたフォンドは変な口調になる。
「すごーい。ねえ、わたしにも勇者さまの話を聞かせてくれない?」
「ああ、いいぜ」
カレナにせがまれ、フォンドは話をすることにした。
ふと、王宮警備室で過ごした日々を思い出す。まだ数日前のことなのにフォンドには懐かしい昔の出来事のように感じられた。
(勇者の話か。レーズン様から耳にタコが出来るくらい聞いた話だ――)
「五十年前に大地神に選ばれた勇者が出てきてズバーッと魔王をやっつけてバシッと魔神を封印したら、世界に平和が戻りましたとさ。勇者は功績を讃えられて超お金持ちになり、死後も祠にちゃっかりと祀られたのでした。めでたしめでたし」
騎士団長の少年は、そう一気に早口でまくし立てたのだった。
本当にレーズン老の話をきちんと聞いていたのか、怪しいかぎりである。
「お兄ちゃん、それちょっと違うと思う。一部は合ってるかもしれないけど」
「僕の教わった話と表現方法が違っていて、とても興味深いですね!」
すかさずツッコミを入れるカレナと、普通に評価しているクラルスであった。
そうこうしているうちに、三人は目的地である祠の前へとたどり着く。
石造りの建物は、街道から外れた森の奥にひっそりと佇んでいた。
その存在を隠すためか周囲の木よりも低く、目立たない形をしている。
建立されて何年経ったのか、外壁にはツタがからまり雑草が生い茂っていた。
「やっと着いたか。でも魔物も何も出てこないし、拍子抜けだな。せっかくオレの実力を発揮できると思ったのによ。ホント残念だぜ!」
ちっとも残念そうな顔をしていないフォンドに、カレナが口をはさむ。
「ふーん。魔物に出てきてほしいの? お兄ちゃん」
「いや。何も出てこなくていい」
フォンドはぼそりと訂正した。さすがの彼も妹には弱いようである。
そんなやり取りに思わず笑いつつ、クラルスが補足を入れる。
「この辺りは近隣の村から遠くないので、魔物が出る心配はないはずですよ」
五十年前に魔神が封印されてから、魔物は人里には現れなくなった。
ただし山奥など人気のない場所にはわずかだが棲息しているらしいので、遠出をするときには注意する必要があるのだ。
「で、オレたちはここに何しに来たんだっけ?」
「もう、お兄ちゃんってば。勇者の祠に異変が起こってないかどうか確認するんでしょ。お城で見送ってくれたレーズン様が説明してくれたじゃない」
「ああ、そうそう。そうだったな!」
カレナの説明にフォンドは慌てて肯定を返した。やはり任務内容を全く覚えていないようだ。
「異変、というのが気になりますね。出来るだけ注意して中に入りましょう」
「おう。全力で注意しようぜ!」
クラルスの意見にフォンドも同意し、三人は祠の中へ慎重に足を踏み入れた。
* * *
建物の内部は濃い闇で満たされており、恐ろしく静まり返っていた。
暗くて視界が悪いため、カレナは呪文を唱えて簡易魔法を発動させる。
「えいっ!」
カレナの手にした魔法杖から光の球が出現し、ふんわりと宙に浮いた。
その暖かな光によって室内が照らし出される。
不思議なことに、足元の床にはホコリひとつ落ちていない。
荒れ果てた外観とは異なり、祠内は清潔に保たれているようだ。
「おっ、明るくなったな!」
やっと灯りがついたので、フォンドは内心ほっとしていた。
実はフォンドが「暗っ!狭っ!怖っ!」などと考えていた事は、絶対に誰にも知られてはならない機密事項である。
外観から予想はついたが祠の中は狭く、細い通路が奥へと続いている。
フォンドたちが注意深く進んでいくと、突き当たりに扉があった。
壁に囲まれたこの空間には、その石扉以外に目立った物は見当たらない。
「この扉には、結界が張られているようですね」
クラルスは数歩手前で立ち止まり、じっくりと観察した。
祠の入口にあった鉄扉は王城で借りた鍵で簡単に開いたが、この石扉には鍵穴も何もない。そして扉に貼られたお札には「封印」の文字が書いてある。
それを見たフォンドは、満足げにうなずくのだった。
「よし、全然まったく何の異変も起こってないな。よかったぜ!」
きびすを返し、フォンドは入口に向かって歩き始める。
「さあ帰るぞ。任務完了~」
「ちょっとお兄ちゃん。早すぎるわよ」
次の瞬間。
カレナが作り出した魔法光がフッとかき消えた。
周囲は真っ暗な闇に閉ざされる。不測の事態に、彼らは悲鳴を上げた。
「きゃあ!」
「うわっ。暗っ!狭っ!怖っ!」
「二人とも落ち着いて。その場を動かないで下さい」
すると突然、開かずの石扉が淡い緑色の光を放ち始める。
人影のようなものが扉に映し出され、フォンドたちは肝を冷やした。
「え、何? まさか幽霊とかじゃねえよな」
どこからか、声が響いてくる。
『ようこそ、勇者の祠へ。私は先代の、大地の勇者だ』
「――――!」
三人はその言葉に息を呑んだ。
『この祠は、後世に勇者の事を伝えるためのものだ。君がこの幻影を見ている頃には、恐らく私はもうこの世にいないだろう』
淡々とした口調で、声がそう告げる。
暗闇にぼんやりと映る姿はかなり薄く、顔や年齢は判別できない。
かろうじて、鎧と大きな剣を身に着けていることが分かるぐらいだ。
『この封印が解けた。それはつまり、君には勇者の資質があるということだ』
衝撃の事実が明かされ、少年たちはどよめいた。
「えっ。そんな」
「マジで!? ……って勇者のシシツがあったらどうなんだ?」
疑問を浮かべるフォンドに、クラルスが冷静に説明する。
「僕たちの中に、次の勇者になる者がいるということです」
それを聞き、フォンドは再び驚愕の声を上げた。
「ええーっ、マジで!!」
「さっき驚いてたのは何だったのよ!」
彼らがにぎやかに騒ぐ間も、先代勇者の幻影による話は続いていく。
『今、世界は新たな危機にさらされている。次代の勇者よ、どうかこの世界と大切な人々を守ってほしい。では、健闘を祈る――』
声がそう締めくくると共に。
幻影は消え、魔法の灯りが光を取り戻し、三人を皓々と照らしていた。
カレナは大きく息を吐いた。胸を押さえるとまだ心臓がドキドキしている。
「ふう……びっくりしたわ。いきなり次の勇者だなんて」
「この祠は、次代の勇者を選出する場所だったんですね。本当に驚きです」
クラルスも、茫然とした様子で奥の石扉を見つめるのみだった。
そして、フォンドが冷静に最大の疑問点を口にする。
「で、誰が勇者なんだよ?」
「…………え」
彼らは深くて重い沈黙に包まれる。だがその沈黙は、後ろから聞こえてきた声によってあっさりと破られた。
「――こんにちは。キミたちが新しい勇者かい?」
凛とした声が、室内に響く。
フォンドたちが振り向くと、入口を背にしてひとりの青年が立っていた。
一体いつから居たのか、三人は全く気付かないでいた。
年齢は二十歳ぐらいだろうか。
黒い外套と白銀の鎧を着て、腰には細剣を差し、大剣を背負っている。
絹糸のごとき銀髪は腰まで伸び、すらりとした身体は高貴で洗練された空気を纏っていた。
整った中性的な顔立ちに、紫の宝石のような瞳が神秘的な光をたたえている。
ただ、細長い形状の耳だけが、青年が人間ではないことを示していた。
「ひょっとして、あなたが勇者さまですか?」
カレナが恐る恐る問うと、青年はフッと微笑みを返す。
「勇者だって? 私には勇者になれる資質は無いよ――残念ながら」
もったいぶった言い回しに、フォンドは苛立って声を荒らげた。
「じゃあ、誰なんだよお前!」
フォンドの不躾な言葉にも動じず、青年は軽くお辞儀をする。
「名乗るのが遅れてしまったね、申し訳ない」
こうして、銀髪の青年はとても意外な自己紹介をしたのである。
「私の名はデュース・ラベンド。魔族国ラベンデイアの第一皇子だ」
「えええーーー!!」
フォンドたちは、本日何度目かの絶叫を上げることになるのだった。