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2.勇者の新しい旅立ち


「ええっ! 私が騎士団長として出陣するのですか!?」

 

 翌朝、ウォルナット城の警備室に大きな声が響き渡った。

 声の主は黒髪の少年、フォンドである。

 あまりの驚きに、フォンドは瞬きも忘れて口をぽかんと開けていた。

 

「そうじゃぞフォンド。おぬしは名誉ある王国騎士団長に任命されたのじゃ!」

 白い髭をたくわえた口元をほころばせ、レーズン老が少年に答える。

 

「わしの次に団長の座に収まる者が現れようとは、めでたいことじゃ。よくやったのう、フォンド」

 目を細めるレーズンに、フォンドも満面の笑顔を返す。

「はい。ありがとうございます、レーズン様」


(オレが……騎士団長に!? すっげーー!)

 歓喜に叫び出したいのを我慢しつつ、少年はよっしゃ、と拳を握った。


 ここウォルナット王国はとても平和な国である。

 しかし、あまりに平和すぎて騎士団は廃れてしまっていた。

 五十年前の魔神戦争時代ならともかく、現在は必要とされなくなったのだ。


 城の衛兵は王宮の官吏が兼任し、城を守る役目すら騎士の務めではない。

 騎士団は有志による活動、同好会のようなものに成り下がっていた。

 そこへうっかり入団したフォンドだったが、いつか騎士として活躍できる日が来ると信じ、一年間ひたすら耐えてきたのである――主に、レーズンの長い昔話に。


(今まで長かったけど、ついにオレの時代が来たな! 騎士団を率いて出陣とか、出世街道まっしぐらだぜ!)

 輝かしい未来を想像しながら、フォンドは感激にひたっていた。

 と、そこであることに気付く。


「ん……『出陣』? あのレーズン様、ちょっとよろしいですか」

 興奮冷めやらぬ中、フォンドはそう尋ねた。団長に任命されたのは嬉しいが、どうにも気に掛かることがある。


「今、騎士団の在籍者は私と、レーズン様の二人だけですよね」

「そうじゃよ。わしは引退して警備室長をやっておるがの」

「――では、私ひとりで出陣するのですか?」

 まさかそんなわけないだろ、と思いながらもフォンドは一応確認を取った。

 出陣しろと言われても、たったひとりで戦いなど出来るわけがない。


 だが、レーズン老は笑顔のままで沈黙している。

 フォンドの額を嫌な汗が流れた。


 少し時間をおいてから、老人はようやく口を開く。

「……うむ。おぬしひとりで出陣じゃ」

「う、ウソですよね?」

 呆然とする少年の肩に、レーズンはポンと手を置いて言った。


「これから国王陛下による任命式がある。頑張るのじゃぞ、フォンド」

「ええっ、ホントに? 本気ですかああぁーーっ!?」


 フォンドは絶叫した。せっかくの昇進だというのに、ひどい仕打ちである。


 こうして不幸な騎士見習い――もとい、騎士団長フォンド・ヴォーの波瀾万丈・暗中模索・行き当たりばったりな物語が始まったのだった。


 * * *


 そして出陣の日。

 ゴトゴトと揺れる車輪の上でフォンドは暗い顔をしていた。


 朝早くに王城を出発し、現在は街道を北に進んでいる。

 道ですれ違う人々は皆、勇者のごときフォンドに熱い視線を向けてきた。

 おつとめご苦労さまです、と温かい声をかけてくる者もいる。


 フォンドは座席の先頭で手綱をとりながら、深いため息をもらした。

「はあ。なんでこんな事になっちまったんだろ……」

「でも良かったじゃない。お兄ちゃんの夢だった騎士団長になれたのよ!」

 

 後ろからひょこっと顔を出した黒髪の少女は、妹のカレナだ。

 薄桃色の丈の短いワンピースの上にゆったりした白いローブを羽織っている。

 飾り気のないローブは魔術師見習いに与えられる制服だ。カレナは王立の魔法学校に通っており、今は春休み中である。


 兄の急な昇進にカレナは驚いたが、心からフォンドの事を祝福していた。

「お父さんもお母さんも、すごく喜んでたわ。本当におめでたい出来事だって」


 その言葉に、カレナの隣に座る人物がうなずく。

「そうですよフォンド、大変名誉なことです。その立派な剣と鎧は、国王陛下より賜ったのでしょう。よく似合っていますよ」


 丁寧な口調でそう言ったのは、短い金髪に蒼い瞳の少年だ。

 彼はフォンドの友人、クラルス・セージ。家が近所のためカレナとも顔見知りである。年齢は十六才で神官学校に在籍しており、今は新緑色の神官服を着ている。


 クラルスの賛辞のとおり、フォンドはまばゆい金色の鎧を身に着けていた。

 その座席の横には重そうな大剣が置かれている。


「ホント、すごいわよね。わたしも団長任命式、見てみたかったなー」

 王城での華やかな光景を想像し、カレナはうっとりと目を閉じた。式典は国王や重臣のみで行われ、家族や友人は出席できなかったのだ。


 国王直々に騎士団長に任命された当人は、さぞかし嬉しかったに違いないとカレナは思ったが、何故かフォンドは浮かない顔をしている。

 心配になり、カレナは尋ねた。

「なんだか元気ないわよ、お兄ちゃん。どうしたの?」


 フォンドは、すぐには答えなかった。

 石畳の上で音を立てて回っていた車輪が、ぴたりと動きを止める。

 突然の停止に彼らは押し黙った。

 沈黙の中、ただ鳥の鳴き声だけがうるさく聞こえてくる。


 やがて黒髪の少年は、重い口を開く。

「……カレナ、それにクラルス。オレを心配してついて来てくれたお前らにだけは本当のことを話すぜ」


 手綱を強く握りしめ、フォンドは遠い目をして言った。

「あのとき国王が、オレになんて言ったと思う――?」


 * * *


 昨日、玉座の間において騎士団長任命の儀が粛々と執り行われた。


 国王チェスト・ウォルナット十三世の前でフォンドは片膝をつき頭を下げる。

 王の隣には第一王女のヒッコリーも列座していた。彼女はフォンドと同い年の十五才で、亜麻色の髪に琥珀色の瞳を持つ、見目麗しい姫君だ。


 王はフォンドの前に置かれた、やたらと大きな宝箱を指してこう告げた。

「フォンドよ。そなたに騎士団長の証である、この剣と鎧を授けよう」

 

 厳かに響いてくる声に、フォンドは身を引き締めて頭を低くする。

「はっ! 身に余る光栄、ありがたき幸せに存じます」

 フォンドははきはきと感謝の意を述べた。手元のメモをこっそり見ながらだが。

 

「では、開けるがよい」

 国王に促され、フォンドは宝箱の重いフタをゆっくりと持ち上げた。

 箱の中身に、少年は思わず息を呑む。


 そこには黄金色に光り輝く鎧と、赤い羽根飾りのついた金の兜、そして金縁の美しい鞘に入った大剣が納められていた。見事なまでの黄金づくしだ。


(おおっ、なんかすっげえ高そうな代物だぜ!)

 フォンドの目は豪華絢爛な装備品に釘付けになる。

 ひとりで出陣することへの不安も吹き飛ぶぐらい、破格の贈り物であった。


 が、次の国王の言葉でフォンドは厳しい現実へと引き戻される。

「ただし、無料タダではやらぬぞ」

「――はい?」

 フォンドは耳を疑った。なんだか幻聴が聞こえたようだ。そして無情にもその幻聴はさらに続く。


「この鎧兜と剣で、しめて六万金貨じゃ。全額そなたが支払うように。特に期限は定めておらぬから出世払いにしても良いぞよ。ホッホッホ」


 国王は満面の笑みで、全く洒落にならないことを言っている。

「まあ、お父様。無期限だなんて、太っ腹ですわ!」

 ヒッコリー姫は可憐な笑みでそれを賞讃した。さすが親子、似た感性の持ち主のようである。


「…………」

 あまりの衝撃に、フォンドは金縛りにあったように固まった。

 新たな騎士団長は、心の中で特大のツッコミを虚しく叫ぶ。


(旅立ちの装備が有料でしかも高額って……なんじゃそりゃあぁー!!)


 * * *


「――というわけさ。しかもその事は、固く口止めされてるし」


 フォンドはその場で騎士団長の任を辞退したが、有無を言わさず剣と鎧と兜を押し付けられた。借金の件は他言無用、と念を押されたうえで。

 しかも翌日すぐに出立せよとの命を受け、今ここに至る。


「騎士の装備って、六万金貨もするの!?」

 小さな家が建つぐらいの値段に、カレナとクラルスは驚いた。


「しかも自己負担……。騎士団長という役割は、一体何なのでしょうか」

 騎士団が名目だけの存在だとクラルスは知っていたが、ここまで不遇な扱いには首をひねるばかりだ。


 カレナは、自分が乗っている荷車の先をしげしげと見つめた。

「お金がないから、こんなものに乗って行くのね。少し変だと思ったわ」

「僕も、旅立ちの新しい様式だと思っていました。かつてないほど斬新な」

 

「お前ら今頃気付いたのかよ。新しすぎる旅立ちにもほどがあるっつーの!」

 フォンドは呆れつつ、妹と友人にツッコミを入れる。

「城の裏口からコレに乗って出発した時点で、おかしいって気付けよな……」


 そう。三人が乗っているのは馬車ではなく、アヒルが引く荷車だった。

 アヒルと言っても巨大種のアヒルで子牛ほどのサイズをしており、力が強い。

 だが馬代わりに車を引くのには向いておらず、見栄えもよくない。


 道中、すれ違う人に物珍しげに見られたり、旅芸人だと勘違いされてご苦労さまと声をかけられもした。ある意味、こんなものに堂々と乗れる人物は勇者と言えるだろう。

 

 そして四頭立ての馬車ならぬ、四羽立てのアヒル車の操縦は大変難しい。

 手綱を持つフォンドは、城を出てからずっと悪戦苦闘していた。

 鳥たちはやかましく鳴き、てんでバラバラな方向に首を向けている。

「ぐわっぐわっ」

「クワッ!」


「うわっ。コイツら、またケンカし始めたぞ!」

 こうして時折アヒルが立ち止まって騒ぐため、なかなか前に進めないのだ。

 城を出て二時間ほど経つが、このペースだと日が暮れてしまいそうである。


 フォンドたち三人は顔を見合わせ、肩を落としてうなだれた。


 結局、彼らは荷車を降りて徒歩で目的地へと向かうことにした。

 ちなみにアヒルはおいしくいただきました――というわけにもいかず、王城へ向かう商人に事情を説明し、荷車ごと城まで送り届けてもらうように頼んだ。


「最初から歩きで出発すりゃ良かったんだよ、まったく」

 フォンドは荷物を両手に持ち、ブツブツと文句を言っている。

 カレナは去っていくアヒルと荷車を見ていたが、ふと疑問を口にした。


「ねえ、お兄ちゃん。ひょっとしてあのアヒルさんたちも有料なの?」

「旅費は後で請求って言ってたから、タダじゃねえんだろうな」

「僕たちが知らなかっただけで、実はこの国って……」


(すごく貧乏でケチな国だったんだ――!!)


 口には出さず、三人とも同じようなことを心の中で盛大に叫ぶ。


 知りたくもない真実を知り、強烈な脱力感を覚えながらも、彼らは重い足を引きずって歩き始めるのだった。


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