第2話『にんげんっていいな』
〜前回までのあらすじ〜
ナッシュ=アルス、ね。
こんがらがらないように!
俺の名前はアルス。誰が何と言おうとアルスだ。誰も俺の事なんて理解してくれない。
俺は世界を救った勇者様だぞ?戦う以外何も出来ないなんて・・・ビデオの録画も出来ないなんて・・・知れたら少年達の夢を壊す事になるかも知れないだろ?
だから俺は働かない。夢(俺)を守るために。
(コンコン)
誰かが・・・多分、ディアスが扉を叩く音だ。申し訳ないが、今日もこれで独り言の時間は終わりだ。
「はい?」
今日もアルスはkdrだ。
「はい?じゃないですよナッシュさん」
あからさまに不機嫌な様子で、ディアスがズケズケと家に入ってくる。
「ちょっとぉ、何よ」
「何よ、じゃないですよ!何であれから一度も来てくれなかったんですか?普通あの流れならウチの工場来るでしょ?2週間もスルーって、さすがにシビレ切らしちゃいましたよ!」
ディアスは興奮した面持ちで言う。
「まぁ、あれから真剣に考えたんだけどね。まぁ、御社とは御縁がなかったってコトで・・・」
「何も考えてないでしょ。それに立場逆だし」
「いや、何か工場勤務とか無理。イメージが崩れる」
「無職の時点でイメージ台無しですから。ていうか生活できるんですか?この2週間は大丈夫だったんですか?」
「何かあの後、俺のファンってコが、食べ物とか色々持ってきてくれて」
アルスは右手のひらを頭の後ろにやって、照れながら言った。
(それのせいで働く気にならなかったのか)
ディアスは苦い顔で下を向く。
「まぁ、という感じなんで働かなくても良いかな?って・・・」
「ダメです。とにかく一度工場に来てください。てか、今の現状をそのファンの子が知ったらどう思いますか?」
ディアスは顔を上げてアルスに詰め寄る。
「いや、『新たな悪が目覚めるかもしれないから、その日のために技を磨いてる』って言ったらスゴい感心してたぞ」
しかしアルスは事も無げにそう言った。
(バカだそのコ・・・。この目の前のアホは、そういう周りのバカ達に守られて、ますますアホになっているんだ)
ディアスは心の中でそう思ったが、表情に出ていたために、アルスから履いていたスリッパで頭を叩かれた。
(スパーン)
小気味良い音がアルスの一軒家内に響く。
さほど痛くはなかったが、ディアスは叩かれた相手が無職であるという事実があまりにもショックで、ジワりと涙が出てきた。
「お前がモンスターだったら、スリッパじゃなくて剣だぞ」
さらにアルスの空気の読めない発言で、ついにディアスは我慢の限界にきてしまう。
「お前・・・ふざけんなよ」
「え?」
(コンコン)
2人の間に気まずい空気が流れ出したその時、誰かがドアをノックした。
「はい!」
アルスはまるで戦闘時のような俊敏さで、ドアを開ける。
「ナッシュさ~ん、お久しぃ~!」
玄関の外にいたのは、金髪でやや化粧の濃い20歳前後の女性であった。
「キャサリ~ン!2週間ぶり~!」
同じトーンでアルスは答える。
「これ、パンとハム!ナッシュさん、技を磨くのにお腹減るでしょ?」
キャサリンはそう言って、右手に持っていた大きな包みをアルスに渡す。
「さすが、キャサリン気が利くな。これで新たな悪に立ち向かえるよ」
ナッシュはキャサリンの頭を撫でながら、ディアスには見せたこともないような笑顔でそう言った。
(このコか、バカなファンと言うのは)
ディアスはすぐに悟る。
「ナッシュさ~ん、そこの人ダレですかぁ?」
キャサリンはディアスに気がつくと、彼の方を指さしてアルスに尋ねる。
「あぁ、この前言ってた彼だよ。人間になりたがっるっていう、ス・ラ・イ・ム」
「えぇ~!人間になれたんですかぁ!?おめでとうございます!」
キャサリンは両手のひらを合わせて、大袈裟に驚く。
「・・・」 ディアスは言葉も出ない。
「あぁ、彼、人間になったばかりだから言葉が話せないんだ」
ディアスから見てアルスは後ろ向きだったので、表情は見えなかったが、おそらくバカみたいな顔して言ってるんだろうな、と思っていた。
「なるほどです。ナッシュさんやっぱりスゴいです!」
「あぁ、俺はスゴいんだ」
アハハハ、と耳障りな二人の笑い声が聞こえてくる。
しかし、ディアスは言葉を話せない設定である。昔から人に気を使って生きていた彼にとって、この縛りはなかなか抜け出せないものであった。
(どうやって、この不愉快な雰囲気を壊そうか)
ディアスは言葉が話せない設定を活かし、会話に参加せずにじっくりと思考することにした。
しばらく2人は相変わらずご機嫌に話していたが、ディアスが会話に参加していない事にアルスが気付いた。
「おい、なにツマンナそうな顔してんだよ」
ディアスはそんな顔をしているつもりはなかったのだが、アルスは気に入らなかったようである。
おそらく、女性の前で良いカッコをしたかったトコロもあったのだろう。
しかし、再びスリッパでディアスの頭を叩いたのは拙かった。
スパーン、という音が部屋中に響く。
(なぜ、2度も?)
ディアスの頭の中はたくさんのクエスチョンマークで埋め尽くされた。
いくら調子に乗っていたとしても、1発目で既に変な空気になった事を、さすがのアルスも気付いていたハズである。
(えっ?わからない。てか、えっ?)
そして徐々に疑問よりも怒りの割合が増えていった。
「わぁ、ホントに喋れないね。スライムさん」
ディアスの沈黙に対し、キャサリンはこのような反応だった。
「いや、『プルプル』とか喋れんじゃないの?スライムだし←(笑)よりはwがしっくりくる感じの言い方」
一方のアルスはキャサリン以上の空気の読めなさである。
「プル・・・」 ディアスは呟く。そして深呼吸をして再び口を開いた。
「ご主人様、ちゃんと仕事するプル」
「!?」