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麒麟の世界にとりっぷ!  作者: Tm
15/18

終末

 空を見上げた。

 山間の中核辺りまで来ると鬱蒼とひしめく霧も途切れ、晴れ間が見える。その狭間、見慣れた青のずっと彼方に旋回するような影を目に留めて、ほっと胸を撫で下ろした。

 たった数日開けただけなのに、この獣道を歩くのも随分と久しぶりな気分になる。

 妙に懐かしい気分で木々を分け入り、私はその先に降り立ったであろうその人に向けて笑顔で手を振った。


「キッコさん」

 そこに居る人に声をかける。その人は持っていた荷物を肩から下ろし広げていた銅色の翼をたたみながら、振り返った。

「やあチトセ。待ちくたびれたよ」

「さっき来たばっかでしょ。見てましたよ」

「ばれたか」

 いつもの掛け合いを交わして、二人微笑みあう。こうしてまたキッコさんに会えるようになって、本当に良かった。あれが最後なんて絶対に嫌だもんね。

 キッコさんには色々お礼やお詫びや、話したいことが沢山ある。

 それはキッコさんも同じようで、私たちはそれぞれ切り株に腰を下ろすといつもの物々交換は後にして、キッコさんが持ってきてくれたご飯を食べながら和気藹々と暫くの間語り合った。




「ふーん、そうか。それは良かった。……本当に良かったね、チトセ」

 あらかたの経緯を話し終えたところでキッコさんは我が事の様に嬉しそうに微笑んで、変わらず私の頭をそっと撫でてくれた。

 思えばこの手があったからこそ耐えてこれたっていうのもある。

 一時は信じられないとまで思いつめてしまったけれど、やっぱりキッコさんは優しい。それは偽りない心だと、その手のひらの温かさが教えてくれる。

「本当に色々とご心配おかけしました」

「全くだよ。チトセがいつまで経っても来ないからさ、何かあったんじゃないかと思ってこっちの長に頼んでまであの方に掛け合ってもらったっていうのに、『鳥には関係のないことだ』とか言うんだよ。全く、チトセの気持ちが解ったね。すっごく偉そうだ、あの人」

 キッコさんは珍しく憤然としながら腕を組んで、思い出したように語気を荒くした。

 そんなに心配してくれたんだ、とちょっとうるっと来ると同時に主様の相変わらず加減にフォローの言葉も出てこない。どうもすいません、としか言いようがない。

 ていうか私のせいじゃなくて全部主様が悪いんだけどねそこのところは。人付き合いちゃんとしようよ主様。絶対対人スキル最低値だし。あーあ先が思いやられる。

 がっくり肩を落としている傍らで不意にキッコさんが語調を改め、でもなあ、と言い直した。

「結構可愛いところもあるんだね。ていうか度を越した意地っ張りが妙に愛嬌ある、っていうか」

「はあ?」

 愛嬌?

 あの人には最高に似つかわしくない言葉だ。むしろ愛嬌の欠片もない。微塵もない。一ミクロンも見当たらない。そういう人だ。

 それが顔に表れていたのか、そんな私を見たキッコさんは苦笑を浮かべる。

「だってね、移籍の話、あっただろ?」

「はい、まあ、破談になりましたけど。その節はどうも……」

「いやいや、それはもういいんだ。そっちじゃなくて、君の主様が言ったっていう話の方」

 なんか言ったっけ。ていうか心当たりがありすぎてどれか解らない。

 首を捻ると、構わずキッコさんは話し続けた。

「僕達がさ、秘泉の水を取得する権利を手放さないって話」

「ああ、それですか」

 そんなこと言ってたなー、あの人。

 言われてああそれもそうかもひどい! とか思ったけど、考えてみれば普通のことなんだよね。利潤を追求するのはどこも一緒だ。生きる糧になるんだから当たり前。恨みっこなしだ。

 いいんですよと生暖かい微笑を浮かべる私に、キッコさんはそうじゃないと首を振る。

「あのね、あの水は確かに万能だけど、それも加減によるんだよ。もう助からないだろうってくらいの人には効かないし、切り傷なんかの外傷にも効果がない。しかもチトセがくれる一杯分、つまりそれくらいの規定量をきっちり飲まなければ治癒の効果も見られない。意外と制限のある妙薬なんだ」

「へえー……」

 万病には効いても万能ではないってことか。ファンタジー設定で言うと縛り、みたいな。ちょっと違うか。

 でもそれでも色んな病に効くことには変わりないし、相当画期的だと思うけど。私の世界であってもそれを喉から手が出るほど欲する人はいるだろう。

 そんな考えに同意するように、キッコさんも頷いた。

「うん、それでも求める人はいる。むしろそれならもっと浴びるほどあれば効くかもしれない、なんて考える人も出てくる始末だったよ」

「うわあ……」

 藁をも縋る思いってやつかな。他人事には思えないけど、ちょっと問題がヘヴィだ。

「で、やっぱり市場も混乱してくる。それを求めて多くの人が競い合い、争いあい、事態は撹乱される一方だった」

「え……てことは」

「うん。もう水は要らない。人の世には過ぎたものだったんだね。元々うちの一族としてもちょっと蓄えが増えればいいなって程度のつもりだったし、これ以上は危険だから僕達は手を引くよ。麒麟との繋がりを得られただけでもお釣りが来るくらいだし」

 なんとまあ、あの水でそんな大事になっちゃうとは。

 でもいいんだろうか、そんな簡単に利権を手放してしまって。鳥族が元締めならイキナリその供給をストップさせたらそれこそもっと大きな混乱が起きてしまうんじゃあないかな。

 そんな心配を読み取ったのか、キッコさんは心配要らないとばかりににっこり微笑んだ。

「そんな厄介なもの、僕達が『鳥族から流しましたよ』なんて馬鹿正直に明かすと思う? いくつも連なる仲介と偽装を重ねて市場に流していたから、出元なんて誰にも特定できやしない。それができたところで既に鳥族は証拠隠滅すっぱり手を引いてるって寸法だ」

 うわあ、若干黒い笑顔が怖い。ていうかなんかその流れにものすごく作為的なものを感じるんですけど。想定内でしたーみたいな余裕をひしひしと感じるんですけど。

 恐る恐るそれを尋ねると、キッコさんはなんてことはないとばかりにいい笑顔で頷いてくれた。

 あちゃー、やっぱりぃ。

「だってそうでしょ。万病に効く水なんて、そりゃあ諸刃の剣だって誰でも思うね。元から取るもの取ったら自滅する前に手を引くつもりだったよ、うちの首長はね。それに多分、そっちの長様も最初から解っていたはずだけど」

 でなきゃ貴重な秘泉の水をそうそう流しはしないだろうからねえ。なんて可笑しそうに笑っている。

 しかも主様はきっとそうやって人々が撹乱されるのを見越した上でそうしたらしい。

 つまり何? あの人楽しんでたって事? 秘泉の水で右往左往する人々を見て楽しんでたって事? 

 趣味悪っ。性悪にも程がありすぎて寒気が止まないんですけどっ。最低だよあの人。何がこの世で最も清らかだよ。この世で最も性悪なんじゃん。

 こっわ~、引く~。引き潮並みの引き加減だよ。わが主ながら情けなさを通り越して逆に尊敬するわ。あんなに偉そうなのにやることなすこと悪意に満ち満ちてるよ。ボスキャラそのものだよ。

 さいってー。改めて思うけど、やっぱりあの人最低。

「だからね、そういうこと。意地っ張りっていうかひねくれ過ぎて一周してるっていうか、ほんのちょーっとそこが愛嬌なくもないってね? 解ったろチトセ、きっと苦労するよこれからも」

「ええ? そういうことって、どういうこと、ですかね?」

「あれ、まだ解らない?」

 すみません、解りません。苦労しそうなのは解るんですけどそういうことっつー繋がり方が解りません。それとこれと何がどう関係してどうなっているんでしょうか。もうちょっと解りやすく言ってください。

 困り顔でお伺いを立てると、キッコさんは何故だかにやっと笑った。

 にやっとだ。あのキッコさんが。爽やかな私の心の癒しのキッコさんが、意地悪そうににやっと! 

 そうして同じく悪戯をする前の子供のような企みめいた笑みを浮かべて教えてくれた。

「それだけあの方はチトセ、君を手放したくなかったって事。全て解っていたくせに君を撹乱させるようなことを言って移籍を取りやめさせるだなんて、全くやることが極端というか。そんなことしたところで君の心には届かなかったみたいだけどね」

 ――え。

 ええ? ちょ、ま、ええええええええ。

 ぼっと赤に染まる頬の色。暫くの間それをネタにして、キッコさんにずーっとからかわれ続けてしまった。

 ちくしょう主様。おぼえてやがれです。

 屋敷で悠々と寝そべっているであろう主を想い、一人頬を火照らせた。

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