際会 ― 壹 ―
この作品には鳥族(http://ncode.syosetu.com/n8876o/)のお方にも登場してもらっています。チョイ役どころかめちゃくちゃレギュラーですが、作者の愛にてどうかご容赦ください原作者様と鳥一族ファンの皆様。それではなんやかんやでスタート。
拝啓
お母様、お父様、お爺様、叔父様、我が愚弟。
小雨降りしきり吹く風も凍て付く秋もそろそろ冬将軍の到来か、ああうちに帰って寄せ鍋でも摘みつつ一杯やりたいものだなあと身にしみて感じる今日この頃、いかがお過ごしですか。
お母様、お父様に喧嘩を吹っかけてただでさえこの間の検査でも基準値上回っていた血圧を高くしてはおりませんか。
お父様、そんなお母さんの検査結果を一ミリたりとも省みずまたニコチン摂取に勤しんでお母様にどやされるなんて、そんなことにはなっておりませんよね?
叔父様、結婚できました?
お爺様、いい加減オレオレ詐欺で居もしない私の兄に現金を搾取されるのはやめてくださいね?
我が愚弟、私の部屋に一歩でも足を踏み入れあまつさえその汚い手で私のマイPC順子で汚らわしいエロ動画を検索し愚かにもブラクラを踏んでクラッシュさせようものならどうなるか、覚えておいでですよね?
ああ、貴方方が昼夜を問わず私を思いしとどに流れ落ちるであろう涙で絶えずその頬を濡らし続けている頃、私といえば、そう、見知らぬ土地で一人、己の苦境に負けじと耐え忍んでおります。
家族もいない、知り合いもいない、文化さえも違うこの異国の地で、貴方方の愛娘は、おしんも真っ青なほどのこの苦界にて、明日をも知れぬ今日を今また乗り越えているのです。
ですが心配なさらないでください。私は、大丈夫ですから。決してお嘆きにならないで。決して後を追おうなどと、お思いにならないで。
私は大丈夫です。何故なら貴方方と過ごした日々が今日を生きる私の糧となり、また私を強くたくましく、励ましてもくれるのですから。
ですからどうぞ、お悔やみにならないで。どうしてもというならば、私が万が一にも帰ったときに十分に尽くしてくださればよいのです。ええ、ええ、信じております。我が宝、我が愛よ。
遠い異世界の空の下、私はいつも、貴方方を思っております。
世紀の秘宝、貴方方の至上の宝より。
敬具
人里離れた高き高き峰の、またその奥に潜む秘境。そこはいつでも霧がたちこめ軒を連ねる竹林が視界を阻み、人どころか動物の気配さえも滅多に感じられることのない、まさに前人未到の地であった。
であるというのに、私といえば、両肩に竹の棒を乗せ、しかもその両端には清らかな水をたっぷりと湛えた桶がぶら下がっている、ときている。
道などない。あるとすれば、一本の獣道。これだとて到底か弱い乙女の私が昇りきれるものではない。
大体、か弱く繊細なこの私が両肩に一つにつき4キロの水桶携え虫の息で汗だくになりながらこの道を往復するなど、到底考えられない。ああ、そうとも。考えられるわけが、受け入れられるわけがなかろうが。
『鈍間、水はまだか。仕事はまだ残っているぞ。このうすのろの役たたずめ。後半刻で戻らなければ渓谷に放り出され白虎の餌食となると思い知れ、愚図が』
ぜえはあと息も絶え絶えにその険しい山岳の獣道を見上げたとき、それは聞こえた。脳内に直接響く美声。普通に聞いてりゃうっとりものの美声も、所詮最低限のセッティングがなければ憎憎しい雑音にしかならない。そう、まさに今とか。今この時とか。
「勝手に、直接、頭の中に、声、を送らないでくださいますか、主様。気持ち、悪いんです。えづくほど、気分悪くなるんです、それ。オェッ」
言葉が切れ切れなのは息も切れ切れだからご愛嬌。そんな私の不遇など意にも返さず、その美雑音はさも不快とばかりに答えた。
『なれば文句を垂れる前に疾く水を持ってこい鈍間』
そう言うと、途端に何かがぷちりと途切れたような感覚がする。例えるならトンネル抜けて詰まった耳が治ったときのようなプチ開放感。けれどそれにほっと息をつく間もなく、私は憎い親の敵を見るようにその獣道の頂上を睨みつけた。
あと半刻。あのお方はやると言ったらやるお方だ。文句を垂れる余裕もなく、わが身の危機を回避するため、私はその険しい山道を再び昇り始めた。
さて、残念なことにここまで私の名前が一文字たりとも掠らず出てこないが、決して本名が『鈍間』等という誤解はしないで欲しい。
私の名は正真正銘生まれも育ちも地球は日本、T県育ちのしがないOL、豊島千歳。T県の隅っこで細々生きる農家豊島家の長女だ。
事の起こりは、至極単純にして不可解極まりない話。
仕事帰り、街角に出来た中華材料専門店に好奇心で入ったのが運のつき。
店主も見当たらず物音一つ聞こえないその薄暗い店の中で、麒麟の角なる妙薬を疑い混じりに手に取ったその瞬間、足元にぽっかりきっかり一人分の大穴出現。その照準バッチリピンポイントの穴によって奈落のそこにわが身を落とし、昇る涙を見つめながら、手に取るその元凶たる角をしっかと抱きしめ、深い深い闇の果てへとどこまでも落ちていった。
もはやこれまでかと霞む意識の中観念しかけたその瞬間、突如どこぞにジャボンと一ついい音立てて、慌ててもがきながらも岸まで泳いだその場所こそ、この秘境の地に唯一存在する秘泉、『香泉』だった。
しかもそこにはあろうことか、彼の方がいらっしゃった。現我が主にして拾い人であり恩人でもある、最古にして稀少なる瑞獣。
――――麒麟。
丈は高さにして私の身長をゆうに超える二、三メートルほどの尺を持ち、そのしなやかな成り立ちは一見して馬のようでもあり、けれど馬とは似ても似つかぬ風貌を湛えていた。
金色に輝く一見して厳格な眦の瞳を持ち、顔は馬のようではあるが先が鋭利な二股に分かたれた双角を悠々と構え、むき出す口角には肉食獣を思わせる鋭利な八重歯が垣間見える。
蹄は馬よりも大きくしっかりとその精錬された体躯を見事に支え、鬣は五色に輝き、身を覆うその一見紅い毛並みも光の加減で燃え上がる憤怒の炎のようにも、妖しく輝く茜色の夕焼けのようにも見ることが出来た。
およそ一般常識に思い当たる動物からこれでもかと逸脱したその生き物は、泉より這い上がった濡れ鼠の私に向かって言った。
『落人か。その手にあるのは我が同胞の命魂ではないか。下賎なる者め。我が泉を斯様に穢すどころか、身の程知らずにも汚らわしい侮辱で我を貶めようとは。その罪、己が身で贖え。加護など得られると思うなよ。とくと飼い殺しにしてくれるわ無礼者めが』
なにやらひどく憤慨したらしいその生き物は苦々しくそう言い放つと、ぱっと光り輝くように霧散した。けれど夢か幻かと疑う間もなく、呆然とする私の目の前に長身の男が現れる。
中華風のひらひらとした純白の衣装に身を包み、陽光に煌く見事な紅髪を湛えるその男の瞳は金色に光り輝いている。面差しは呆気に取られるほどに美しく、研ぎ澄まされた鋭利な刃物のように妖しい魅力を放っていた。
けれどその眼差しは煮えたぎる義憤にも満ちていた。一言では言い表せないような複雑な、恨みの篭もった眼差しにも取れるその眼前に大きく腕を振りかぶると、それを私の前で斬りつけるように振り下ろす。
刹那、男以外の景色がまるで早送りのように目まぐるしく変わり、はっと我に返った頃には二人、一軒の小さな東屋の前に居た。
――そこから。
そこからだ。彼の、彼の方の仰る『飼い殺し』の意味を存分に知らしめられる日々が始まったのは。
あとはもう、なし崩しだ。私はその小さな東屋へと強制的に住まわされ、そして命を受けた。
瑞獣、麒麟の一族の長、『炎駒』に仕えよ、と。
※このお話の中で瑞獣は、神獣のようなものを指す言葉として使っています。