後編:「描く」
落書きの様だった魚はクルッと一回転を決めると人の姿になった。それはもう、「魔女」って感じの姿に。
「人と喋るのは何年ぶりになるんやろ 人に恐れられて海に逃げて…」
視線も合わせず魔女は喋り続ける。
「ウチは『ミラ』!アンタは?」
「私は…えっと…あれっ…?」
自分の名前が思い出せない。そこにあったはずの記憶に手を伸ばすと、締め付けられる様に頭痛がする。
「大丈夫!?無理したらアカンで!」
頭を抱える私に、魔女は背中をさすってくれた。
「せやな…『マナ』とかどうや!?」
「マナ…良いかも!」
「よし決まり!そんでマナ!どうやって人間に『復讐』する?」
「えっ…」
退いた頭痛が姿を変えて更に襲う。
確かに私は理不尽に殺された筈。でも明確な記憶を思い出そうにも頭痛が邪魔をする。私の背中を再びさする魔女。それは優しさの様な、狂気にも感じる様な。
「ウチな 人間嫌いやねん 折角の機会やし協力して何か悲劇でも起こせばスッキリするやろ?」
明るい表情のままとんでもない事を話す魔女。この優しさは、人間の私に対してでは無く「理不尽に殺された悲劇の少女」に向けられていると感じた。
「…今でも人間が憎いの?」
「せやな 何十年も会って無いけど」
「でも…人間も楽しいよ?」
「その心は?」
私は、頭痛の中必死に楽しかった記憶を探す。まるで暗い海の中を手探りで探す様に。
「私…人の時は『絵本』が好きだったの」
「絵本やと!可愛らしいな!」
「可愛いし楽しいしちょっぴり切ない でも最後はハッピーエンドで感動するの」
和らいできた頭痛は、好きな物を思い出す事によって消えていた。
「ハッピーエンドね…アンタはそれを望むんか?」
良い返事が思い浮かばず、首を強く縦に振った。
「面白い!ならマナの思う様にやってみよか!」
魔女は軽く私にハグをしてから、手を握りとある屋敷に連れて行って貰った。
魔女の家。想像より何もなかった。
「ミニマリストちゃうで 趣味が無いだけや」
「それは…生きてて楽しい?」
「突然おもっ!?せやからマナが教えてくれるんやろ?」
ミラは白い紙と羽の付いたペンを取り出す。
「ウチが好きなのは…こういうのはどうや!」
描かれたのは落書きのような「人魚」。人形姫という童話を思い出し、自分の姿と照らし合わせ正にタイムリーだと思い知る。
「まず私みたいな姿の少女が既に居たとして 人間に恋をしたとしたらどうなると思う?」
「なんやかんやでその相手殺してハッピーエンドや!」
「歪んでる…!大体合ってるのも怖いよ…」
ミラの話を聞きながら、慣れた手つきで絵を描いていく。
「恋に焦がれた人魚は魔女に出会うの そして声と引き換えに人間の足を貰う」
「逆やないか アンタと」
「そうなんだよね ちょっと面白いかも」
「そっちも大概歪んでるやないかい」
一枚目を描き終えて光と照らし合わせる。ミラも覗きこみ、二人で顔を見合わせる。
「完成?」
「まだ あと10枚は描く」
「時間かかるなぁ」
魔女は魔法で紙を出し、私に手渡してくれた。黙々と作業する私と暇を潰すミラ。時計は、気付けば1周していた。
「よし!完成!」
ミラの元に飛び出そうと走ろうとした。足が開かなくって転んでしまう。
夢中になっていて忘れていた。もう私は「人間」じゃない。夢を見る愚かな「人魚」なんだ。また涙が込み上げてきた。
「進捗どうですか…ってまた泣いとる!?なんで!?」
慌てて背中を摩ってくれるミラ。堪えきれず溢れた涙は、最後の絵を濡らして歪めてしまった。
「せっかくの絵が…」
泡となって消える人魚姫の絵。涙で更に悲しさを演出する様になってしまい、むしろ完成してしまった。
「泣くのか笑うのかどっちかにせんかい」
「ごめん…」
もしかしたら、私は相当の絵本ばかなのかもしれない。
「しっかしようこんなに描いたなぁ しかも絵だけでなんとなく展開が見える」
私の自信作を、まるで編集者のように眺めるミラ。
「文字が読めないウチにもピッタリや」
「そこは勉強しようよ」
「嫌や 人間嫌いやし」
「でも……楽しいよ?」
ニヤけていたミラは急に真顔になる。私は地雷を踏んだと思って不安な顔を返す。
「せやな……これからアンタには先生やってもらおかな」
「えぇ…?」
描いた人魚姫とは全然違う、魔女に文字を教える所から始まる私の「人魚姫」。
「他にもオススメの話ある?」
「後は…『不思議の国のアリス』とか『赤ずきん』とか 『お菓子の家』だったり『シンデレラ』なんてのも」
「多いな!?」
「先生になるからには一緒に楽しもうね!ミラさん!」
めでたし……とは言えないけど、今日も私は楽しく描いています!




