9話『Mission2 手持ちの服はゴミ箱へ!【前編】』
「いらっしゃいませ。ディーノ様、お待ちしておりました」
店のドア前に立つスーツ姿の年配の男性が、ディーノさんを見て深々と頭を下げる。
「お久しぶりです。店長。今日はお願いします。主役は彼です」
ディーノさんは俺の肩にポンと手を置いた。
「はじめまして。大河内 直です。今日はよろしくお願いします」
「店長の森田でございます。ご来店、誠にありがとうございます。どうぞ、お入りください」
森田さんは、金色の高級そうなドアノブを引く。
スーツ、Yシャツ、ネクタイ、バッグ、ベルト――。
そこには、ビジネスシーンで使えるアイテムがずらりと並んでいた。
見渡す限りでは、普段着として使えるパーカーやスウェット、ジーンズ、Tシャツなどは一切見当たらない。
そのまま店の奥へと案内される。
「ディーノさん、ここ、ビジネススーツ専門のお店みたいですけど…」
俺は小声でディーノさんに確認を入れた。
「うん。そうだヨ」
「デートで使える服を買うんですよね?」
「もちろん」
デートには毎回スーツを着て行け、ということなのだろうか。
俺は途端に不安になった。
会社では服装自由。スーツなんて就職活動以来、全く着ていない。
それに、いいスーツに見合うだけの恋愛スキルや経験もない。自分には着こなすことができないのではと思った。
「直」
急にディーノさんに名前を呼ばれ、ハッと前を向く。
「自分には似合わない、とか思ってる?」
言い当てられた。ディーノさんは本当によく人を見ている。
「正直………はい…」
「誰が似合わないなんて決める?僕は、キミに似合わない服なんてもの、この世に存在しないと思ってる。勝手にそう思い込んでるだけでショ?」
たしかに、誰に言われたわけでもないのに、フォーマル寄りのスーツの類は自分には似合わないと決めつけていた。
「パーソナルカラー診断で、ブルべ、イエベ判定されて、この服は似合う、似合わないとかよくいうヨネ。僕ね、全く信じてないんだ。僕なら、どっちのカラーだって着こなして見せるヨ?」
ディーノさんは自信満々といった感じだ。
そう。圧倒的な自分への自信と信頼――。これこそが、今の俺にもっとも足りていない。
他人に似合わないと言われたっていい。せめて俺自身だけは…自分の可能性を信じなくてはと思った。
「ディーノさん、お久しぶりです。お待ちしておりました」
案内された個室には、女性の店員が立っていた。
「ワコちゃん!久しぶり。髪切ったんだね。ショートヘアも、とっても似合ってるヨ!」
ディーノさんは自然に彼女の髪に触れる。天然たらしの発動だ。
彼は、対女性になると少し接し方が変わる。雰囲気が柔らかくなるというか……。
うまく言語化できないのがもどかしいが、だからこそもっとこの人から学びたくなる。
ワコという若い店員は「ありがとうございます…」と少し照れたように応じた。
そして、「ご準備整っています」と、ハンガーラックを前に押し出す。
そこには、カラー、素材、デザインが豊富なシャツとジャケットの二点のみ用意されていた。セットアップのスーツは1着もなさそうだ。
「キミさ、仕事する時、スーツとかYシャツって着る?」
「服装自由の会社なので、全然着ないです。就活では使いましたけど」
「恋愛もさ、恋が成就するまでは就活と同じだって僕は思うんだよネ」
「恋愛が、就活…」
「就活の時って、スーツをびしっと着こなして、デキる男をアピールするデショ?本命の会社に合格するために」
「たしかに、そうですね」
「それで、自分を良く見せたくて、ちょっと見栄張ったりする。これって、恋愛もそうデショ?」
……恋愛=就活という捉え方をしたことがなかった。でも、核心をついている気がする。
「会社も恋愛もそうだけど、努力が実ったあとなら多少、服を着崩してもいい。でも、実らないうちは気を抜くのNG。だって、どこにどれだけライバルがいるかわからないからネ」
就活に例えるなら、麗香さんは最大手の難関企業だ。いつライバルにかっさらわれるやらわからない。
ただ、レベルが高いほど努力のしがいはある。
なぜだか俺は、額と手に汗がにじんでいた。
「僕は、女性とのデートでは基本、セットアップのスーツを着るんだけど……。日本人の女の子には、ウケが良くなくてネ……」
「セットアップのスーツはビジネス感が強いですからね。悪徳な商品販売をする、いわゆるデート商法とでも思われて、警戒されるのかも…」
「だから、Yシャツとジャケットの2点だけ。色違いをたくさん買ったらいいんじゃないかって思うヨ」
「どうしてですか?」
「Yシャツもジャケットも、1枚でいろんな着こなしができるし、雰囲気も変えられるからネ。
例えば、シャツはボタンを上まで留めればカッチリしたイメージになるけど、ボタンをいくつか開ければ色っぽくもなる。カラーを変えれば、全体の雰囲気も変えられるし、ニットと重ね着してカジュアルダウンもできる。色違いのジャケットと合わせるのもおしゃれだネ」
「ズボンはどうすれば?」
「ズボンは基本なんでもいいと思うヨ。Yシャツ、ジャケットがあれば全体の印象が締まるからネ。あ、スウェットとか、破れたジーンズとかはもちろんNGだヨ?」
なるほど、ファッションとは奥が深い…。
着こなしのバリエーションを楽しむため、色、デザイン、素材と、それぞれ数十種類もラインナップがあるのだろう。これらを組み合わせると、数百…いや、数千パターンになるのではと思う。
だからこそ、迷った。
「俺は、どれを選べばいいですかね…」
ディーノさんはニヤリと笑った。
「僕のおすすめはネ、この赤色のYシャツと、このゼブラ柄!」




