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8話『Mission1 髪切ってイメチェン!【後編】』

 1時間半後――。


「お疲れさまでした!いかがでしょうか?」


 店長さんはそう言って、カットクロスを取る。


「…………」


 俺は、あまりの激変ぶりに言葉を失った。


 ヘアスタイルはショート…いや、ベリーショートに近い。ツーブロックの刈り上げスタイルだ。緩くパーマがかかっているからか、全体的にふわっとした立体感は残しつつ、スタイリング剤で少し遊ばせている。


 ヘアカラーはベージュが入っているのか、少しだけ明るさも出ている。


 そして、何よりも変わったのが前髪だ。目にかかっていた前髪はなくなり、おでこが全開になっている。肌が空気に触れる面積が広くなかったからか、顔周りがいつもよりスースーする。視界も以前より開けて、クリアになった。


 前髪を短くカットされる瞬間は、正直「待ってくれ!」と思った。太い眉毛がコンプレックスで、それを隠したくて前髪を伸ばしていたからだ。


 しかし、店長さんはそれを知ってか知らずか、眉カットも施してくれた。そのおかげで、顔の中で不自然に濃く太く主張していた眉毛が、ナチュラルに顔になじんでいる。


 他人がこのヘアスタイルをどう評価するかはわからない。

 だが、俺にとっては満点の出来栄えだった。


「……ありがとうございます。ここまで短くしたのは、はじめてです。自分じゃないみたいです」

「とってもお似合いですよ!実は…『顔立ちが中性的というより男らしいから、ミディアムな長さで中途半端にするよりもベリーショートのほうがいい』と、ディーノさんからリクエストいただいていて」

「ディーノさんが?」

「はい。彼は本当に観察力が鋭くて。人を見る目があるんですよ」

「……そうなんですね!」

「きっと彼なら、あなたの魅力をうまく引き出してくれると思いますよ」


 ディーノさんを師匠に選んだ自分の目利きも褒められている気がして、すごくいい気分になった。


「素敵に仕上げてくださり、本当にありがとうございました!」


 出口のほうへと向かと、レジ横にディーノさんが立っていた。


「Nice!とっても似合ってるヨ!」

「ありがとうございます!俺もそう思います」

「僕のオーダー通り!ナオコちゃんの腕の良さには、改めて惚れ惚れしちゃうナ!」


 そう言ってディーノさんは、店長さんの頬に軽くキスをした。


 彼にとってはごく当たり前の自然な振る舞いのようだったが、俺はその様子を「信じられない」といった気持ちで口をあんぐりとして見ていた。


 彼は女たらしなのか、それともただの人たらしなのか…。


 自分だったら絶対に取らない行動。でも、だからこそ、これはモテる男の高等テクニックなのかもしれない。


 念のため、指南書に『相手に“ありがとう”の気持ちを伝える時、場合によっては頬にキス』と書いた。

 

 レベルの高いテクニックであるのは間違いないので、今の俺にはおそらく使えないのだが。


 ディーノさんは「また来るネ!」と店長さんにウインクをして、店を出る。

 俺も深々とお辞儀をして、店を後にした。


「ディーノさん、美容院代、いくらでしたか?」

「いいヨ~~俺からデートに誘ってるし。気にしないヨ」

「いや、そういうわけには……」

「その代わり、これからキミが出会う女の子たちを、僕がおごった分のお金で幸せにしてあげてネ」


 ディーノさんの口からごく自然にさらりと出た言葉。めちゃくちゃかっこいい。前を歩くディーノさんの後ろ姿が、いつもより大きく輝いて見えた。


「そういえば、これ。キミにプレゼント」


 ディーノさんは大きな紙袋を渡してきた。中身は、化粧水、乳液、それからリップをはじめとする化粧品アイテムのようなものがごっそり入っていた。


「スキンケア商品ですか?」

「スキンケアと、化粧品。スキンケアは最低限の身だしなみ。モテる男になりたいなら、化粧も必須だヨ」

「化粧ですか…」

「“男が化粧なんて”って思った?好きな人に『かっこいい』って思われるための努力を、男だからって理由で否定されるのは違うなって、僕は思うヨ」


 正論だ。俺は、自分が恥ずかしくなった。


 俺の中には少なからず、「男とはこうあるべきだ」というある種の固定観念がある。それは、自分が見聞きした情報だったり、アニメを見て学んだことなどが元になっている。


 それが間違った教えだったとは思わない。だが、100%正しいと思い込まないほうがいいと思った。


「……その通りですね。努力が否定されるのはおかしいと、僕も思います」

「キミ、努力は得意だもんネ」

「はい!」

「さっき、メイク、スキンケア、それからヘアスタイリングの動画をLINEで送っておいたから。研究しといてネ~」

「ディーノさんが教えてくれるんじゃないんですか!?」

「う~ん……。ちょっとメンドクサイ。ごめんネ~!」


 メンドクサイ、と正直に言ってしまうところがディーノさんらしい。

 でも、動画のリンクは丁寧に10件も送ってくれている。


「わかりました。たくさん研究します。ありがとうございます!」

「化粧もしたら、顔のビジュアルはバッチリだネ」

「そうですね!俺……めちゃくちゃモテそうです!」

「甘いネ~まだまだだヨ~」

「え……そうなんですか?」

「そのヨレヨレの年季が入ったチェック柄のシャツ。キミの勝負服なノ?」

「そうですね…好きで何着も持ってますね」

「間違いなく、デートで使える戦闘服ではないヨ~」


 チェック柄のシャツは俺にとっての勝負服。当然、デートでも着用予定だった。


 ファッションに興味がないため、服は基本的に破れるまで着る。だから、10年以上は新しい服を買っていない。ファッションは完全に苦手分野だ。


「次は、デートの勝負服を買いに行くヨ!」

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