5話『Mission0 10kg、痩せろ!【前編】』
翌日――。
朝7:00。俺は、ノートに向かってペンを走らせていた。
今日は土曜日。いつもなら、目覚ましをかけずに思う存分、寝だめをするのだが。ダイエット計画を立てるため、早起きした。
25年の人生の中で、ダイエットをした経験は一度もない。
ソフトテニス部に所属していた中高時代は、細身で筋肉量も多く、いわゆる細マッチョだった。体重は約65kg。当時の自分はたぶん、モテたはずだ。まあ、中高一貫の男子校でなかったならば、の話だが。
太り始めたのは、高校3年の部活引退後から。大学受験で失敗し、勉強に明け暮れる日々。みるみるうちに太った。MAXで90kg近くはあっただろう。
しかし、当時の自分は全く自分の容姿を気にしなかった。太ることの代償と引き換えに、学ぶことの楽しさに目覚めたからだ。
猛烈に勉強し、そして、2度目の挑戦で東都大学の情報理工学部の合格を掴んだ。
『努力は報われる』。月並みな言葉だが、これこそが俺のモットーだ。
恋愛だってそう。正しく努力すれば、俺だってきっと、ディーノさんのようなハーレム状態を作ることができるはずだ。
俺は『1か月間のダイエット計画』と書いたノートに、現状を嘘偽りなく記す。
〈身体情報〉
身長:170cm、体重:80kg、BMI:約27.7、血圧:137/90 mmHg
〈食事習慣〉
平日:朝食×、昼食(カップ麺orコンビニの弁当)、間食(ポテチなどの菓子)、夕食(牛丼orスーパーの弁当orハンバーガーorラーメン)、夜食(カップ麺)
休日:平日とほぼ同じ。間食は平日より多め
〈運動習慣〉
在宅ワーク(週4日):0時間
出社(週1日):約1時間半(電車&徒歩)
休日:約1時間(買い物など)
〈睡眠習慣〉
平日:8時間(就寝0時~起床8時)
休日:9時間半(就寝1時~起床10時半)
――ひどい生活習慣だな…。
ダイエット経験がない俺でもわかる。これは“太るための習慣”なのだと。
目を背けたくなるほど、生活の質が悪い。睡眠時間が確保できていること以外、褒められる項目がひとつもない。
しかし、これをどう変えていけば痩せるのか。肝心の知識がない。
俺はパソコンを開いて、『ダイエット 方法』と検索する。
だが、とにかく情報が多すぎる。Google検索をはじめ、YouTube、TikTok、Instagram、Xと、SNSで個人が発信したダイエット情報も溢れており、何が正しいのかわからない。
しばらく考え込んだのち、俺はひらめいた。本屋に行けばいいではないか。
受験や資格勉強の教材だって、本屋で買うがセオリーだ。ネットからタダで情報をキャッチするより、情報を買うほうが信ぴょう性だってよっぽどある。
10冊ほど読み込めば、ダイエットの体系的な知識もつくはずだ。
俺は早速、外出の支度を始めた。
ディーノさんとの再会の約束は、ちょうど31日後。
場所は昨日と同じ、『Lv.∞』だ。
昨日の帰り際――。
一連のやり取りを見聞きしていた野次馬客たちから、好奇の眼差しを向けられた。
「10kgとか無理でしょ?」「口だけ」などと、ひそひそと俺に聞こえる声量で話のネタにされた。
居心地の悪さを感じ、足早に店を後にしようとしたその時。
入店時に対応してくれた店員が、ドア前に立っていた。
「またのご来店お待ちしております」
「騒がしくしてしまって…すみませんでした」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私はあなたの挑戦、応援しています。可能性は∞ですからね。頑張ってください」
店員はそう言って、ドアを開けた。
その言葉にどれほど救われ、勇気づけられたか――。
正直、昨日は嫌な思いばかりした。でも、最後のあの一言があったから、あの店に行ってよかったと心底思った。
はじめから可能性を信じない人に、チャンスはきっと巡ってこない。
――あの場にいた客全員を、絶対見返してやる。
改めてそう固く心に誓った俺は、本屋に向かうため、自宅の扉を力強く開けた。
◆
そして1か月後――。
俺は再び『Lv.∞』にやって来た。目の前のドアを開ければ、選ばれた大人にだけ許される空間が広がっている。
この1か月間、自分にできるだけのことはした。ダイエットの知識も十分すぎるほどつけたし、実際、外見にも変化があった。自信はある。
だが……それはあくまで、自分基準での話。港区・六本木の街に認められた人々から見たらどうだろうか。そんなに変わっていないと見えるかもしれないし、俺の努力なんて甘いと思われるかもしれない。
ドアノブに手をかけた状態で、ドアを押す勇気が出ず、しばらくフリーズする。
冷や汗でドアノブが湿り始めた時。後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
「キミ……直?」




