4話『“女性の本気のオトし方”とはなんたるや』
俺の放った一言で、男の纏う雰囲気が一転した。
前のめりになって胸の前で手を組み、不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「僕に、タダで手本を見せろってことかナ?」
本気のスイッチが入ったかのように、凄みを放つ目の前の男。
鋭くも色っぽい目つきがあまりに魅惑的で、俺ははじめて男性相手にドキッとした。その視線はいままでとは打って変わって、至って真剣だ。途端に、その場の空気が張り詰める。
ここは六本木。俺にとっての“普通”が通用しないラグジュアリーな街。タダで何かをお願いしようなんて、甘い考えなのだろう。
俺はズボンのポケットから財布を取り出す。
すると男は「No~冗談だヨ!冗談!お金いらないヨ~」と、先ほどの真剣さが嘘のように、楽しげにケラケラと笑う。
本気なのかジョークなのか――恋愛強者が考えていることは、よくわからない。本当につかめない人だ。
男は「チョットだけネ~」と言って、レイナのほうに向き直った。
その瞬間――子どものような無邪気な笑顔から一転、完全にスイッチが切り替わり、熱っぽさをはらんだ本気の眼差しへと変わった。
「ディーノです。キミの名前は?」
「レイナ」
「レイナ…可愛い名前だね」
「え、そうかな?ありがとう」
「今、何飲んでるの?」
「シャンパン」
「お酒、好き?」
「うん、お酒飲むの大好き」
「日本酒とかは飲む?ワインのほうが好き?」
「うん。そうだね。日本酒、焼酎はあんま得意じゃないかな」
「僕も同じ。ワイン、大好きなんだ。レイナちゃん、六本木に1か月前にできたばっかりの『リルリリット』ってバー、知ってる?」
「知らない…」
「実はね、ワインを200種類以上も取り揃えてるらしいんだ」
「え、そうなの?」
「食事もとっても美味しいらしくて。裏メニューのオムライスが絶品なんだって」
「オムライスとか、ギャップがすごいね!」
「まだ情報だけで、行ったことなくてさ。はじめて行くなら、レイナちゃんとふたりきりがいいな。どうかな?」
「え、もちろん行く!!」
男はパンと両手をたたいて、「はい、ここまでネ~」と一言。
すると、すぐにレイナが「ニセ情報じゃないよね?本当に連れてってほしいんだけど!」と男の腕にすり寄る。周りにいた別の女たちも「え、私も連れてってよ~!」「レイナだけずるい~」と、羨ましそうだ。
「じゃあ、今日みたいにみんなで行こうネ。みんな平等。みんな幸せ」
男は再び背もたれの縁に両腕を広げる。すると、女性たちはみなそれが当たり前のように、腕の中に引き寄せられ、ぴったりと男に寄り添った。
率直に言って、「この男はすごい」と思った。
周りには大勢の見物人がいるのに、完全にレイナとふたりきりの世界観を作り出していた。
男の会話には、一切の無駄がない。デートの約束をこんなにもたやすく取り付けられるものなのかと、素直に感心した。
一方で、正直な感想としては、100点の模範解答だったとは思っていない。
「もっと会話を楽しんだほうがいいのでは?」「お互いをもっと知るべきでは?」と、会話運びに疑問が生じた部分もある。
だが、女はみるみるうちに相手の会話に引き込まれ、笑顔で楽しんでいた。それが、何よりの成功の証だろうと俺は思った。
会話術だけではない。目線、仕草、相手との距離感――自分の実演とはまるで違っていた。この男に師事すれば、たくさんのテクニックを学ぶことができ、確実に恋愛レベルが上がると確信した。
やはり、俺の目に狂いはなかったのだ。
「……実演、ありがとうございました。とても勉強になりました」
俺は男に向かって頭を下げる。
すると、「僕は世界中の女性を幸せにするために生まれてきたからね」と、男は言った。
場の空気を盛り上げるために冗談で言ったのだろうと思ったが、男は意味ありげに、至って真剣そうだった。
「やっぱり、あなたに師事したいです。俺に恋愛のイロハを教えてください。お願いします」
男にすがるように懇願した。
「Uhm……答えはNoだネ」
「どうしてですか?」
「テクニックは教えられるけど、やるかは本人次第でショ?やるって言ったのに嘘つく人、いっぱい見てきたからネ」
そう言って、男は渋い顔をした。おそらく、過去に裏切られた経験がいくつもあるのだろうと想像した。
「俺は、あなたの教えを絶対に無駄にしません。必ず実践してやり遂げます。口約束だから、信用ならないかもしれないですが…。他の誰かではなく、あなたがいいんです」
絶対諦めるものかと食い下がる。
すると男は「そうだネ……」としばらく考え込んだ後、こう言った。
「キミが1か月のうちに10kg落とせたら、OKしてもいいヨ。本気だって、僕に証明してみせてヨ」
男は例のごとく、意地の悪い少年のような無邪気な表情を浮かべている。
このミッションは、恋愛強者の暇つぶし、戯れの類なのかもしれない。だが、それでもかまわなかった。俺はチャンスがもらえたことに安堵した。
「わかりました。絶対に痩せて、本気を証明してみせます」
「そういえば……自己紹介、してなかったネ」
男は右手を差し出す。
「僕、ディーノ。よろしくネ」
この時はじめて、この男が自分と真剣に向き合おうとしてくれている意思を感じ取った。スタートラインに立ったような気持ちになり、背筋が伸びた。
「直です。よろしくお願いします!」
俺は、ディーノさんの右手を力強く握り返した。




