2話『運命の出会い』
中に入ると、閑静な立地とは裏腹に多くの男女で賑わいを見せていた。
活気はあるが、大声を張り上げたり、ビールを煽ったり、別卓に絡みに行くような酔っ払いのサラリーマンはひとりもいない。
カウンターでひとりカクテルをたしなむ女性、身体を寄せ合いながらしっとりとお酒を酌み交わす男女、ゆったりと会話に興じる女性グループ――。
意識的にそう振舞っているのかはわからないが、みな、大人の余裕を纏っている。
店内は地下という立地ながら、意外にも広く奥行きがある。全体的に黒を基調とした内装で、照明はだいぶ明るさを落とした淡いオレンジ色。装飾品はクラシカルなアイテムが多く、空間全体に格式高い印象を与えている。
「いらっしゃいませ。1名様でしょうか?」
店内を見渡していると、店員に声をかけられた。俺は「はい」と答える。
すると、「少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」と言って、店員はカウンター席を片し始めた。
「あの……トイレをお借りしてもよろしいでしょうか?」
店に来たばかりで申し訳ない気持ちだったが、六本木の街で気軽に用を足せる場所がどこなのかがわからず、ずっと我慢していた。もう限界だった。
店員は「もちろんでございます」と言って、道順を丁寧に教えてくれた。
店奥にあるトイレに向かう途中、俺は多くの人々の視線を痛いほど感じた。
そりゃそうだ。この場の空気にあまりにもアンマッチで、みすぼらしい身なりである。
この空間において、俺は明らかに“異物”だ。物珍しげに見ているのか、見下されているのかはわからないが。どちらにせよ、俺は恐縮し、猫背気味に縮こまって歩いた。
半個室のソファ席が設置されたエリアに差し掛かった時、先ほど追いかけていた3人の男女を見つけた。相変わらず、男性を中央にして女性2人が寄り添い、談笑している。
あの男のどこがいいのだろうか。
程よく鍛え上げられた胸筋?浅黒い肌?細身の体型?それとも、性格か――?
正解がわからないことにモヤモヤしながら、隣の半個室にも目を向ける。
その瞬間――。俺は、驚愕した。1人の男性を中心に、6人もの女性たちが寄り添っていたのだ。
思わず立ち止まり、信じられないものを見るように男を凝視した。
ワックスで遊ばせた銀髪に、明るく澄んだ茶色の目。顔立ちはくっきりとしており、まるで彫刻のようである。明らかに日本人ではない。
一方で、若々しいというよりはある程度、年齢を重ねているようには見える。40代といったところか。
白いスーツに赤いYシャツという、人生で一度も街で見かけたことのない配色のド派手なファッション。だが、Yシャツのボタンをすべて留めているからか、いやらしさはない。意識的にスタイリングしているのだとしたら…自己プロデュース力が半端ではない。
ソファの中央で足を組んで座っているが、足が長すぎてテーブルとソファとの間で窮屈そうにしている。身長も相当高いのだろう。
この男に対しては、嫉妬の感情すら湧いてこない。自分と比較することすらおこがましい。尊敬と畏怖の念――男からは後光が差しているように見えた。
この男こそ、自分が学ぶべき師であると直感した。
俺はトイレを我慢していたことも忘れ、男が鎮座する半個室に入った。そして、その場に跪き、声を張り上げる。
「俺の…恋愛の師になってください!!」
勢いよく頭を下げた。だが。
「Oh…男性はノー。お断り」
間髪入れずに、カウンターパンチを食らった。
その場にいた6人の女性たちは、俺を嘲るようにクスクスと笑っている。
だが、俺はどう思われようと気にしない。この人じゃないとだめだと、俺の直観が言っている。絶対に引くものか。
「タダでとは言いません。お金なら払います。必要なら雑用係にだってなります」
男は「Oh…」と言いながら、困ったような表情を浮かべている。
だが、俺は構わず畳みかける。
「自分を変えたいんです。どうか…どうか、お願いします」
頭を下げ続けていると、ガヤガヤと周囲が騒がしさを増す。俺の声が大きかったのか、別の客が野次馬として集まってしまったようだ。
ちらっと横を見ると、先ほどの胸筋チラ見せ男が女性たちを伴い、俺をツマミにワインをたしなんでいる。その目は、明らかに俺を蔑んでいた。屈辱だった。
しばらくして、ふいに柑橘系のフレッシュな香りを強く感じ、思わず頭を上げた。
すると、男が目の前に立っていた。
「ナンデ?そこまでする?」
男は目をそらさず、大きな瞳でこちらを見つめる。
「それは……告白したい女性がいるからです」
25歳にして、俺の初恋――。恋愛になんて全く興味がなかった。2次元の世界でずっと生きていくものだと思っていた。だが、俺の初恋は、身近なところで突然訪れた。
棚橋 麗香さん――。俺の会社の人事部で働く3つ年上の先輩。六本木の街にふさわしい美貌と、内面的な優しさを兼ね備えた人だ。
つい数時間前の彼女との出会いが、俺を六本木の街へと駆り立てたのだ。
「告白ネ……」
男は、ニヤリと笑った。その表情は、悪だくみを考えついた時の少年のように見えた。
「レイナちゃん、来て」
男は一緒にいた6人の女性の中から、ひとりを呼んだ。
「この子がキミの想い人だと思って…彼女を今、本気でオトして見せて?」




