13話『麗香さん』
翌日――。
イメチェンをかましてから、はじめての出社。
髪はわかりやすく短髪になり、髪色も変わった。服は、昨日買ったばかりの黒色のYシャツと、減量後に購入した体型にフィットするズボンを着用。昨日の夜からスキンケアも始めたし、早起きしてベースメイクもしてみた。
上司や先輩たちにどんな反応をされるか、正直不安だし自信はない。
でも、俺はこのスタイルがかっこいいと思っている。
だから、堂々としていようと心に決めてきた。
「おはようございます!」
フロア全体に響く声量で、挨拶した。
すると、ひとり、ふたりと自分を見る視線の数がどんどん増え、フロアがざわざわとし始めた。
「え、あの人誰?」
容姿や身だしなみについてのコメントは一切ない。
俺が大河内 直であるということを認識できず、困惑している様子だ。
俺のデスクの場所を知ることで、みな、ようやく認識できたようだった。
「ずいぶんなイメチェンだね……。どういう心境の変化?」
同じ部署の同期・和也は、信じられないといった感じで目を丸くしている。
「うん。まあ……いろいろ…ね?」
和也は「おい、女か?女なのか!?」とふざけながら迫ってくる。
「気分変えたかっただけだよ。アハハハ…」と笑ってごまかす。
和也はノリが良いお調子者。悪い奴ではないが、とにかく口が軽い。
コイツにだけは、絶対に理由を明かせない。
始業の準備をしながら、チラッと人事部のデスクが集まる島のほうを見た。
麗香さんは――自席にはいないようだった。
なんとなくソワソワして、落ち着かない。
「コーヒー買ってくる」
俺は気持ちをクールダウンするため、階下のコンビニを目指した。
歩きながら何気なくスマホを操作し、マッチングアプリを開く。
昨日の夜から今日にかけて、自分へのいいねの数は500以上。
これがどれほどの反響なのかよくわからないが。十分ではないかと思う。
本命の恋人を探すための登録ではないので、プロフィールは必要最低限の情報しか記載していない。よろしくの挨拶と、仕事と趣味についてだけ。たった4行。
にも関わらず、いいねが止まらなかった。おそらく、写真の効果が絶大だったのだろう。
年齢も職業も趣味も、バラエティに富んだたくさんの女性たちが興味を持ってくれている。すでに何人かの女性とはメッセージのやり取りも開始した。
疑似的ではあるが、はじめてのモテ期到来といってもいいのではないだろうか。
そう思うと、顔のニタニタが抑えきれない。表情管理がまったくできていないのは明らかだった。
チン―――。
エレベーターが1階に到着した。
俺は崩れた表情のまま、前を見る。
すると、そこには麗香さんがいた。
「………!?」
「………!?」
俺は動揺してスマホを落とした。
――しまった!マチアプの画面を見られたらオワる!!!!!!
画面を見られまいと、俺は咄嗟にスマホに覆いかぶさった。
そして、アプリの画面を瞬時に消す。
「大河内くん…?だよね……?」
俺は地面にしゃがみ込んだまま彼女を見上げる格好で、「はい……」と返事をした。
何と無様な姿だろうか。
――穴があったら入りたい……!
彼女と視線を合わせながら、顔が一気に熱を帯びるのを自覚した。
「一瞬、わからなかったよ!すごいイメチェンっぷり!」
「……どうですかね?イメチェン…」
「とってもカッコいいと思う!新卒採用ページに推薦したいくらい!」
太陽のようにパッと明るい麗香さんの笑顔。その真っすぐで純粋な瞳は、直視できないほどまぶしい。
そう、俺は彼女のこの笑顔に一目惚れしたのだ。
入社1日目――。
俺は、これからはじまる社会人生活への期待よりも圧倒的に不安が大きく、様々な最悪のシナリオを考えていた。
上司がパワハラ気質だったら。
残業まみれでプライベートの時間がなくなったら。
人間関係に失敗したら。
システムエンジニアの仕事が自分に合わなかったら。
たらればを考えるほどに、どんどん気が重くなった。
そんなどんよりした気持ちを一瞬にして晴らしてくれたのが、彼女だ。
人事部を代表して話してくれた、新卒の俺たちへのメッセージ。
前向きな言葉をただ並べ立てるだけではない。明るく溌剌とした表情、俺たち一人ひとりを見つめる真摯な眼差しが、その場にいる全員を安心させた。
話し終えて壇上を降りる際、彼女は一瞬、ほっと気が抜けたような安堵の笑みを見せた。
その瞬間――。俺はトドメを刺された。
ああ。この人が好きだ。この人に認められる男になりたい。そう思った。
そして今日――。彼女から、「かっこいい」という言葉を授かった。
俺は心の中でガッツポーズを決めた。
「お~~~~い、麗香!」
後ろから麗香さんを呼ぶ声がした。
俺は一瞬で戦闘態勢に入り、その声の主をきっと睨みつける。
「智也!おはよう~~」
「おはよ。……キミ………誰?」
「大河内くんだよ。新卒の」
「え!嘘!!!!!わからなかったよ!彼女でもできたの?」
俺は「いえ、まったく違います」と即座に否定した。
エレベーターが再び到着し、ドアが開く。
「君ものる?」
智也さんの言い方に、俺は引っ掛かりを感じた。
「お前はついでだけど」
そう言われている気がした。
「いえ、こちらで失礼します」
「そっか。それじゃ!麗香、いこう」
俺はエレベーターのドアが閉まると同時に、地団太を踏んだ。
千葉智也―――。
麗香さんと同期で、同じ人事部に所属する先輩。社内でファンクラブができるほど女性人気が高い。
麗香さんとふたり並んで歩けば…文句のつけようがない美男美女カップルだ。
智也さんと麗香さんの関係は…正直わからない。交際関係にあるかもしれないし、片方が好意を抱いている状態かもしれない。
どうであれ、智也さんがライバルであることに変わりない。
外見は勝負の土俵に立てても、まだまだ恋愛IQが足りない。
俺は、再びマッチングアプリのメッセージ画面を開いた。
◆
それから1週間後――。俺は困難に直面していた。
誰ひとりとしてデートの約束までこぎつけることができないのだ。何が原因なのか、一向にわからない。
俺はディーノさんにテキストメッセージを送った。
「俺を……お助けください!」




