1話『どん底の俺と港区の街』
「キミ、恋愛したことないでしょ?」
長身の外国人の男が、俺に問いかける。
高級感たっぷりの漆黒のソファに座り、足を組むその男。
背もたれの縁に両腕を広げると、呼応するように、6人もの女性たちが腕に頭をもたげてぴったりと男に寄り添う。男の表情には、圧倒的な自信と余裕がみなぎっている。
そう、目の前にいるこの男は――圧倒的恋愛強者なのだ。
俺は「はい…恋愛経験はありません」と、潔く認める。と同時に、周りにいる野次馬たちがクスクスと笑う声が聞こえた。
男は追い打ちをかけるようにはっきりと言い放つ。
「今のキミ、恋愛IQが0…。告白成功率も――0%だネ」
俺は唇を噛む。
25年間、俺は一体何をしていたのだろうか。
男子校に通っていなければ。
女友達を作っていれば。
飲みサークルに入っていれば。
1度でも彼女を作っていれば。
たられば、ばかりが頭をよぎる。
恋愛無双できる術が自分にあったなら… 俺はすがるような思いで、目の前の男の顔を見つめた。
◆
1時間前――。
ここは港区・六本木。およそ自分の人生とは無縁の街。
思い付きと勢いではじめて来たが、活気と華やかさに圧倒される。
なんというか…この街は“質”が違う。
東京住まいをスタートして4年以上が経つが、まるで異世界転生してきた気分だ。エプロン姿で歩くおばちゃんも、誰かれ構わず話しかけにいく年配のおじいちゃんもいない。俺の住む街・巣鴨とはまるで別世界だ。
高層ビルがひしめく都会的な空気に、行き交う人々は難なく溶け込んでいる。
彼、彼女らはブランドバッグを片手に、カツカツと靴音を鳴らしながら闊歩する。みな背筋をピンと伸ばし、煌びやかで、余裕に満ちている。
まるで、自分は『この街に選ばれた人間』であるかのごとく、自信たっぷりだ。
対する俺はというと、この街に全く似つかわしくない風体である。
赤いチェック柄のシャツに、ダボっとしただらしないジーパン姿。横にも前にも脂肪がつきまくっており、中に着ているタンクトップはぴちぴち、ウエストもギリギリ。
襟足と前髪が不自然に伸びっぱなしで、今朝剃り忘れた髭がだいぶ濃くなってきている。
巣鴨では何ら違和感のない身なりなのだが。恥ずかしさが募り、下を向く。
すると、スニーカーのつま先が黒く汚れているのに気付く。
このスニーカーを履き続けて10年以上。新品の時のような真っ白な輝きは失われ、左右非対称に擦り減ってしまっている。
世間的には“物を大切に使っている”ともいえる。だから、いままではまったく汚れや変形を気にすることはなかった。
しかし、今日は全く異なる心持ちだ。自分が人にどう見られているのか、気になって仕方がない。
六本木という街の雰囲気にのまれているから、ともいえる。
だが、それだけではない。
――変わりたい。
そう。俺は自分を変えるためにここに来たのだ。
下を向くのをやめ、恐る恐る歩みを進める。
だが、自分がどこに向かっているのか、正しい道を歩いているのかわからない。
なんせ、目的地があるわけではないからだ。
六本木に行く――その後のことはその時考えようと思い、衝動的にやって来た。
フラフラとあてもなく歩き続けていると、ふと目の前を歩く集団が目についた。
男性1人と女性2人。男性を中心に、両側の麗しい女性たちは男の腕に自身の腕を絡めて寄り添っている。
俺は歩く位置や角度を変えながら、男をしばらく観察してみる。
男は、俺と同じ身長170cmほど。年齢も自分とそう変わらないように見える。おそらく20代後半といったところだろう。
だが、俺とは違って細身で、ベルトを締める腰の位置が明らかに自分よりも高い。皺のない真っ白なYシャツのボタンを3つも開け、胸筋をチラ見せさせながら堂々と歩いている。
肌は浅黒く筋肉質。歯が人工的なまでに真っ白で、肌色とのコントラストが俺には不自然に思えた。不自然さといえば、髪がワックスでカッチカチに固められ、表面がテッカテカだ。
自分よりもスタイリッシュであることは、間違いないのだが。
――なぜこの男が?
目の前の状況に納得がいかずモヤモヤしていると、3人は人気のない路地裏に入った。そして、慣れた様子で螺旋階段を下り、地下へと吸い込まれていった。
そこは、看板などは出ておらず、一見すると何もないからと素通りされてしまいそうな場所。階下を覗いてみても、どんなお店があるのか全くわからない。すぐにスマホで調べてみる。
すると、地下に構えているのはBarであるということがわかった。
――ここに、自分を変えるヒントがあるかもしれない。
俺は直観的にそう感じ、3人に続いて螺旋階段に足を踏み入れた。
しばらく階段を下ったのち、目の前に木製の扉が現れた。
中央には小さく『Lv.∞』と書かれている。
お店のHPによると、無限大の可能性と出会いが広がる場所にしたいとのオーナーの想いが詰まった店名だとか。まさに、今自分が求めていることだと思った。
俺はドアノブに手をかけ、ひと息ついたのち扉を開けた。




