願いを叶えられると知った虐げられ続けた長女が願ったのは家族たちを救うことなので周りからは救済の聖女と呼ばれる〜私は彼らを赦します。ええ、なにもかも許しますとも〜
「いやです!」
父と母からそれをあげなさいと言われたが、絶対に渡したくないと首を振る。どうしてこんな目に遭わなきゃならないのかと涙が滲む。しかし、親からの抗えない言葉にギュッと、友人とのお揃いのノートを握る。
こうなるとわかっていたから早く部屋に戻りたかった。
「えー、リミリー、それ欲しい!ねぇ、早くちょうだい」
すでにもらう気満々の妹に嫌悪で顔が歪む。欲しい欲しいとうるさい。耳を塞いでも盗られる時は盗られる。諦める前から諦めるしかないのは、積み上がった数々のやらかしが浮かぶ。
首を振ろうと隠そうと、この手から無理矢理奪われる。
「早く渡しなさい」
母が無慈悲に命令する。いやいやと首を振って髪が何度も目に当たるが、妹の手がノートを掴む。早く渡してよと聞こえる。憎い憎い憎い。彼女が憎い。三年遅く生まれただけで。
たがだか、同じ血筋で書類上定められた血縁者だったとして、己のものを奪う権利など本来はない。
「ああもう!早く離しなさいよね!グズ!」
「離すのはあなた!リミリーっ!」
ばちん!
「きゃあ!?」
手の甲に鈍い痛みが走る。ノートを掴む手が緩み、斜め後ろを見ると母が扇子を払った姿勢でこちらを見ていた。
「令嬢が妹にノートくらいあげられなくてどうするの」
いけないのはこちら、とばかり詰られる。
「私はあげたくないと言いました……」
痛みとショックで声がかすれる。クスクスと笑う妹の手には皺皺になったノート。
「もう、よれちゃった。こんなノートい〜らないっ。返すねっ!お姉様。はい」
ポイッと放たれて地面に落ちる。さらにページが折れて、白い部分が表紙面なのに見えた。くしゃくしゃ具合に、ぐっと目頭を熱くする。今の己の心のようだ。
悲しくて悔しくて。ノートを守れなかった自分を一番責めていた。ごめんね、ちゃんと使うからね。
よれてぐちゃぐちゃになったノートの紙を伸ばしていく。しかし、伸ばして直るわけもなく見たままだ。
大切に持ち帰る後ろでは、妹が父にノートをねだる声が聞こえる。初めからそうしていればよかったのに。わざと欲しがって壊すのが許せない。
姉のものを取っていらないとやり取りするのが楽しいみたいだ。どうしようもないモンスター。一緒に暮らしていると、自分だけが人間として生息している気になってくる。
「ごめんなさい」
一緒に買いに行った友人に向けて、このノートを見せられないとひっそり謝った。
勉強机の中にしまい込む。逆に思えばいい。こんなふうになったノートは盗られることはないと。そう思えば、このまま綺麗なまま残しておけると、安堵した。
それから数年後、クロエラは聖女として覚醒して任務に就くことになった。そうして何年も仕事をして任期が終わると願いを三つ叶えるという契約通り、王へ望む。
謁見の日、なぜか呼んでもいない人たちが出迎えてきたので、ここになんでいるのかと疑問を向ける。
「クロエラ!私の娘!あなたがちゃんと終わらせてくれるとわかっていたわ!夜会はお揃いの宝石を着けましょうね」
母が昔、手の甲に打ちつけたことなど忘れた仕草で、手を握ってくる。
「うむ。我が家の誇りだ。好きなだけうちにいなさい。たくさん釣書が届いているのであとで、共に選ぼう」
父が妹が目の前でぐちゃぐちゃにしたノートのことを叱らず、結局同じようなノートを買ったことも忘れた瞳がある。ぽんと肩に手を置かれた。
「お姉様……!私、紹介して欲しい人がいるの!願いを三つ叶えられるのでしょう?なら、第二王子の方との婚姻を、私を妻にするよう願ってくださいね?」
妹は何一つ変わってない。声音は昔のまま、ねだり方も奪い方も、姉の踏みつけ方も。
「……陛下」
「ああ。聖女の願いはすでに受理されている」
その一言に、どれだけの苦しみから解き放たれることか。嬉しさに頬が熟れる。嬉しくて嬉しくて、瞳から涙がポロポロと流れ落ちる。
「そうか!嬉しいか!よし、今日はコックたちにたくさんお前の好きなものを用意させよう!」
父がなにを見ているのか、存在しない長女の幻影とでも喋っているのか意気揚々と話し始めている。初めから、この男と一言も会話など交わしていない。誰と話しているのだろう?
「まあまあ、なにをお願いしたの?お母様に聞かせて?」
打ちつけた手で、次は緩く撫でつけるように触る女が気持ち悪い。化粧と香水の香りがブレンドされて、吐き気がする。
「お姉様?もうもう、リミリーの分を残しておかないなんてっ!でも、聖女なら王族と私を繋いでくれるから許してあげる!」
リミリー、妹、いや……。
「穢らわしい」
「え」
リミリーに向けて冷えた目を向ける。
「陛下……どうぞ、お好きに」
「ああ。衛兵、手筈通りに執行せよ」
「ハッ」
鎧を着た兵士たちが父と母、妹を捕まえて縄で巻く。がちがちに。
「え、なに!?」
「やめろ!」
「貴族になにするの!」
ワーワーギャーギャー。やはり彼らはモンスターなのだ。
「ありがとうございます。陛下。私の家族は彼らに食べられてしまい、今の今まで仇たちに好きに家を荒らされてしまったこと、遺憾に思っております」
「よい。よくぞ耐えたな。余は誇りに思うぞ」
「んー!?」
「んん!んんんぐ!?」
くぐもった声音。彼らは布を口に詰められて言葉を交わせないようにしてある。今から説明が行われるのだろう。
「クロエラ」
「きていたのですか、ビシギータ」
この場におもむろに現れたのは、黄色い制服に身を包む男。アンバーの瞳にアンバーの髪色をした美男子に、妹の目がキラキラとし始める。この状況で美貌に見惚れるなんて、頭がどうかしている。
「ビシギータ、参りました」
王に挨拶する男は、こちらへ向いて家族達にも顔を向ける。
「クロエラの親ですね。私はクロエラの恋人のビシギータ。少数ではあるが、ビシギータ隊隊長をやらせてもらっている」
ビシギータの名を聞いた三人の目が変化する。ビシギータの隊は実力者だけが集められたこの国最強の部隊。国を守り街を守り、人を守る盾と剣。
その隊長なのだから国一番の強さだ。つまり、国で有名な男の一人。
「クロエラとは来年挙式をするから空から見守ってくれればいい。招待状は、まあ、墓にでも郵送すればいいかな?」
「んー!?」
三人が暴れる。言い方に気をつけないと最後まで保たないような?
「陛下、私はこれでいいです」
ビシギータが王に気安く言う。彼は不敬罪無効なのだ。それくらい信頼に厚い。
すでに決まっているのでかなり簡素に伝える。こほんと喉を鳴らす王はおざなりに告げた
「ああ。では、お前たちは人型モンスターということはすでにわかっている。なので、処分ということになった」
三人の声が消えた。何を言われたのかわからなかったのだろう。なにか説明しておいた方がいいのかもしれない。
「最後なので一応、証拠を教えておきますね」
しずしずと説明する。
幼い時から、なぜかクロエラだけを疎んじ家族専用の鬱憤を晴らす役割をさせられていたことにより、普通ではないことを知る。そうなると彼らは擬態したモンスターの可能性が浮上した。
試しに聖女として選ばれた時に彼らを診断するとやはりモンスターだった。なぜなら、聖女になった後も聖女で鬱憤を払う真似を止めない。
彼らがクロエラを聖女と知らなくても知っていてもそれは、おかしなことだった。つまり、モンスターは本能でクロエラを聖女と知りこの世から排除しようとしたのだ。
聖女を必要とする国にとって、そんなモンスターは脅威だ。いつ聖女を消されるかわかったものではない。と、新聞には書かれる予定。
「よくよく考えてください。この国の結界を張る聖女を追い詰めるなんて、この国どころか世界を好きにしようとしている外敵のようではないですか?」
まあ、別にどっちでもいいのだ。
スッとシワシワになったあのノートを取り出す。
「このノート、彼とお揃いのノートだったのです」
ビシギータとはその頃からの友人だった。ノートさえ買えないクロエラを見つけた彼が二冊買って余ったとウソをついて、可愛らしい女の子用のノートを手渡したのだ。
「聖女の私の精神をこのノートのようにボロボロにするものたちは人にあらず……そう世間も、納得してくださるでしょう」
ノートを腕で抱きしめる。
「んんんー!?」
「ん!んん!んー!」
「んう!うーう!」
なにか言っているけど聞こえない。どうやらごめんなさい、ごめんなさい、命だけは助けて、と言っているかなと音程で予想する。
彼が肩をぽんぽんと叩く。ノートを再び見て、彼らを見た。クロエラの本当の家族、本来そうでなくてはいけなかった偽家族たちを一瞥。
ふわりと風のように口元を緩ませて、過去で一番最高に幸せになれる今日を祝福する。
「いやです」
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