白雪姫をいじめるなんて無理です!
白雪姫の継母ネタ書いてみました。よろしくお願いします。
装飾も美しい大きな鏡の前に立ち、今日もわたくしは問う。
「鏡よ鏡、世界中で一番美しいのは───」
《王妃様》
こちらの問いを途中で遮ってスパッと答えるのは、小憎らしい魔法の鏡。
「いや、白雪姫でしょ!?」
《いや、アンタ》
もはや『アンタ』呼ばわりですか、そうですか……。
《アタシ、言ったよね?白雪姫が幸せになるには、まずは世界で一番の美人になること》
女性言葉だが、バリトンの心地よい低音が響く。これで男性らしい話し方をしてくれれば、女性ならうっかり惚れそうになるのではと思う。相手は鏡ですけど。
まあ、わたくしは大好きな旦那様がいるから、相手が誰だろうと絆されることはない。
「白雪姫はあんなにかわいいわ」
《かわいいのは認めるけど、アンタに比べたらねぇ。アタシの予言覚えてるわよね?》
「覚えてるから、努力しているのだけれど」
鏡の予言というのは、白雪姫の幸せについてである。白雪姫はわたくしにとっては義娘にあたる。大好きな旦那様、国王陛下と亡くなった前の王妃陛下の娘だ。
わたくしは夫である国王陛下が大好きだ。義娘の白雪姫もとてもかわいいし、守ってあげたい。それなのに嫁いできたその日にとある部屋にある魔法の鏡から聞いた予言の内容は、困惑するものだった。
①白雪姫が世界で一番美しくなること
②白雪姫を城から追い出して森に住む小人と暮らさせること
③白雪姫に毒りんごを食べさせること
まったく訳のわからない予言である。特に毒りんごは無理!となったが、そこは大丈夫なのだそうだ。そして予言のとおりにしたら、白雪姫が隣国の王子と幸せになれるらしい。わたくしは1番目もクリアできていない。
《アンタの輝くばかりの美貌は多少地味にしたところで損なわれないのよね》
「わたくしよりも白雪姫がかわいいのに」
これは本音。どう見ても白雪姫のほうが亡き王妃陛下によく似て美しいと思う。そう感じるたびに、夫はきっと前妻を今でも愛しているのだろうと胸が痛むのだけれど……わたくしとの結婚は周囲に望まれてのものだったから仕方ない。
《はぁー》
落ち込んでいると、鏡の深い溜息が聞こえてきた。
《自覚なさいよ》
「でもこれ以上は地味にできないわ。この国の王妃として、あの人の妻として」
《仕方ないわねー。じゃあ、内面的にブスになりなさいよ》
「それはどういう…?」
《白雪姫をいじめるのよ。どうせ追い出す予定なのだし?》
わたくしは言葉を失った。あんなかわいい白雪姫をいじめる…?
「む、無理!わたくしにはできない!だって、白雪姫を見て顔がにやけるのを抑えるのに必死なのよ?」
《どんだけ白雪姫が好きなのよ》
でも、白雪姫には幸せになってもらいたい。もう、鏡はどうしてわたくしが美しいと言うのかしら。そこは白雪姫と答えればいいのではないの?必死に考えて涙目になりながら、わたくしは結論を出した。
「分かった…頑張ってみる…」
「お義母さま、一緒にお茶しませんか?」
あああ、かわいらしい声で白雪姫がお誘いしてきた。でも、ここは心を鬼にして突き放すところだ。わたくしはツンとした顔を作って、白雪姫を見下ろした。
「あら…あなたはずいぶんと余裕なのね。あと1時間もしたらお勉強の時間でなかったかしら?」
白雪姫はハッとした顔でわたくしを見つめた。
「そうでした!お義母さま…私の予定をご存知だなんて感激です。ありがとうございます!」
ん?イヤミを言ったつもりなのだけれど通じてない?ま、まあいいわ。次で挽回しましょう。
そして2日後、再び無邪気なお誘いがきた。……本当にかわいい。頭を撫で回したい。
「お義母さま、今日はお時間ありますよね?見習ってお義母さまの予定の確認をしたのです。孤児院の訪問に行くのですが、ご一緒しませんか?きっとお義母さまが来ると皆も喜びます」
優しい白雪姫は定期的に孤児院の訪問に行っているのを知っている。わたくしが行くと子どもたちを萎縮させてしまうのではと遠慮していたのだが、白雪姫が一緒なら行っても良いのだろうか───いや、ダメだ。慌てて緩みそうになった顔を引き締めて、ツンとした顔を作った。
「あなたは少し考えが足りないわね。突然わたくしが行くことになると受け入れる孤児院側にも迷惑だし、護衛も増やさないといけないわ」
どうかしら!考えが足りないって、これはキツイ言い方だと思う。ああ、でも白雪姫が泣いてしまわないかしら。気になって反応を見ると、予想外に目をキラキラさせてこちらを見ている。
「さすがお義母さまです!今日は諦めますね。今度は予定を合わせて、孤児院側にもお伝えしましょう」
えー、そんな反応なの?次回はもっときつめに言うことにしましょう。これもかわいい義娘のためだもの。
わたくしが白雪姫に冷たく当たり出してから1ヶ月が経とうとしていた。努力は実っているはず。よし、例の問いを鏡にしてみよう。
「鏡よ鏡、」
《アンタ》
「………ちょっと!まだ呼びかけただけなんだけど!!!」
《ハイハイ、無駄な努力だったわね》
言外に『アンタに期待したアタシがバカだった』と言っているのが分かる。
《いじめるって、どういうことか分かってないでしょ。アンタの場合は白雪姫に諭してるだけじゃない。まあ、アンタも性格いい子だもんね。できるわけないか》
「そんなことない!あの子の…白雪姫の幸せがかかっているなら、わたくしは」
言いかけて、ふわりと覚えのある香りがしたと思ったら───いつのまにか背後から優しい腕に閉じこめられていた。
「ありがとう、娘の幸せを考えてくれて。そうか、あの子が懐くわけだ」
「へ、陛下!?」
わたくしを抱きしめているのは夫の国王陛下だ。どういうことかと赤面しながらも鏡に目で訴えた。
《隣国の王子と結ばれるのが白雪姫の幸せなんだけど、いま隣国とはしっくりきてないじゃない?だから特別な出会いが必要よね》
それは分かる。普通に縁談を持ち込んだところで断られるだけだろう。……恥ずかしいので、陛下の腕からそっと逃れようとしたが…さらに強く抱きしめられた。ど、どうして?彼とは形だけの夫婦だから、こんなふうに触れられるのは初めてだ。
《そのはずだったんだけど、アンタの夫が頑張ってくれたわよ》
「え?」
見上げると陛下が頷いた。
「隣国とはこれからはうまくやっていけそうだ。王子と娘のお見合いも予定している」
わたくしは思わず目を見開いて、陛下と鏡を交互に見つめる。
「では、白雪姫は幸せになれる…?」
《そういうこと!》
ほっと肩の力が抜けた。予言どおりにしなければ、かわいいあの子が不幸になるのではと…そればかり考えて不安だったのだ。
「じゃあ、これからは思いっきりあの子をかわいがってもいいのね」
《それもそうだけどぉ、自分の幸せも考えなさいよね!》
え?自分の幸せ?わたくしは十分幸せだと思う。愛する人の妻になれて、かわいい義娘までいる。これ以上を望むのは天罰が下りそう。
《欲がないわねー》
「これまでのこと謝るよ…だから、初夜のやり直しをさせてくれないか」
後半は耳元で囁くように言われ、意味を理解するのに数瞬要した。わたくしに否やはない。真っ赤になりながらもコクンとひとつ頷いたが……まさか朝に起きられない日が続くことになろうとは、この時は夢にも思わなかった。
資料喪失で書く気力を失くしていたのですが、久しぶりに楽しく書けました!