表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

SCP財団 日本支部 機動部隊「削除済み」の記録

作者: koke

この世の平穏は不安定だ。気怠い朝、甘酸っぱい青春、変わり映えのしない毎日は、当たり前だが当たり前じゃない。その裏には途方もない犠牲と労力が注ぎ込まれている。

これは暗躍するSCP財団日本支部の存在しない記録である。

 当時私は知らなかった。

 この世に神がいる事を、超能力者が実在する事を、怪談や都市伝説が実在している事を。 この世界の何気ない平穏な日常は、ガラス細工なんかよりもはるかに脆く、針の先端に置かれた球体よりも不安定な平和の上に成り立っている事を。奇跡的にここまで続いた歴史と平穏を誰にも知られる事なく、文字通り命がけで確保、収容、保護を行うscp財団と言う組織。

 これは、そんな財団の戦闘員が一人の少女を救うために、数多の声に囲まれながら、最恐の神に挑み続け、何百回と悲惨な死を繰り返した、存在しない記録である。

 

 

 今回の任務は「データ削除済み」島に突如現れたscpー939 への対応だった。

 scp- 939とは、大型のトカゲの様な生物だ。人類に対して敵対的で、消化機能を持たないにも関わらず人間を捕食する。さらに人間の声を真似することも可能で、それを利用した狩りを行う知的な面もある。

 なぜ今になって、『データ削除済み』島に現れたのかは不明だが、このまま放って置けない事は確かだ。

 召集された隊員達はただちに事前訓練を行い、実任務に向けて装備を点検した。

 そして迎えた出撃の日。

 最後のミーティングで、指揮官から思いがけない命令が出る。

「危ないと思ったら迷わず終了処分を行え。今回に限っては、確保、収容、保護は二の次で構わない。」

「終了処分…」

 scp財団の理念はその名が示す通り、確保収容、保護である。

 理由については、過去、実際に破壊しようとした事でオブジェクトを進化させてしまい手がつけられレ無くなったり、友好的なオブジェクトが敵対的なった事例があったからだ。

 そのほかにも諸々の理由があり、財団は確保、収容、保護の理念を徹底しており、終了処分(オブジェクトの破壊)は最終手段としている。

 そんな財団が「迷わず終了処分しろ。」と命令を出したと言うことは、上層部の人間は今回の件をかなり深刻に捉えられているという事だろう。

 静まり返り、緊張感が漂う空間にプロレスラーの入場曲のような陽気で勇ましい音楽が鳴り響く。いち早くその音源に気づいた隊長は「あっ悪い!」とポッケットから携帯電話を取り出しながら退室して程なくして戻ってきた。

「エージェントから新たな情報が入った。『データ削除済み』島にて要注意団体の戦闘員が不審な動きをしているそうだ。」

 要注意団体とは、異常存在を生み出す、または、運用、研究している財団とは異なる団体を指す用語だ。

 そのほとんどが財団に敵対的で、いつ何をしでかすかわからないその名の通り要注意が必要な奴等だ。

「接敵事の対応は?」

「確保が望ましいが基本射殺して構わない。投降の意思がないようなら迷わず殺せ。」

 あまりにもあっさりと人殺しの許可を受けたが、戸惑うどころか安心してしまった。

 ただですら939との戦闘で精一杯だというのに「武装した人間を逮捕しろ。」なんて言われたら流石の精鋭揃いの機動部隊であってもお手上げだ。

 殺していいのであれば、それだけで戦力的にも精神的にも余裕ができる。

 それでも隊長は気難しそうな顔をしていた。

「ただ…」

「何か問題か?」

「本部から試験的に最恐部隊が投入されるそうでな。」

「最恐?」

 今回導入された部隊は日本支部から複数あり、それぞれ対獣戦闘に特化した能力と装備、林内での機動、サバイバル能力を保持した部隊だ。今回の任務に最適と言える。

 さらに今回は本部からも増援が来ており、日本支部と同じくそれぞれ林内での対獣戦闘を得意としている部隊だった。

 本部から来た隊員には、scp- 939 との実践経験のあるものが多いため、任務につくにあたっての事前訓練で知識技能を共有してくれた。

 おかげで死者は最低限に抑えられそうだ。まさに万全と言える状態だった。しかし、そこに本部の最恐部隊が試験的に投入されることになったのだ。

 その部隊の任務は、投入される事が決まった時期からして考えると『要注意団体の撃破』だと推測できるが、問題はその部隊の規模も不明で、装備も不明、大まかな動きすらわからない。まともな連携が取れるとはとてもおもえない事だ。

「機密事項が多い部隊なようで、こちらにはまともに情報が入ってきていない。幸い基本的には別行動となるそうなので頭の片隅に入れておいてくれ。」

 指揮官も納得していない様で、声がいつもより低く、イラつきを押さえている様だった。

 

 

 ミーティングを終えた後、必要な装備を身につけて、ヘリへ乗り込んだ。

 向かい側には本部の隊員が座っている様だったが、どうも落ち着かない様子で、何か噂している様だった。

「Is Omega 7 on the way?…What a joke…」

「We're all going to be killed by Abel.」

 オメガ7?アベル?聞こえて来た英単語を脳内で変換してみたが肝心の主語の意味が理解できない。

 全員殺されるとはどう言うことだ?確かに財団の機動部隊はよく一つの任務で全滅することがある。

 だが、それは相手が未知数な存在でマニアルがないためだ。今回対応する939は倒し方も収容要領も確立されている。よっぽどのヘマをしない限り全滅なんてあり得ない。

 それほどまでにオメガ7のアベルとやらが問題児なのだろうか?もしかしたら本部の最恐部隊とやらが関係しているのかもしれない。

 今回もまた、長く苦しい任務になりそうだ。

 腕時計を見る。デジタルの画面には0430の大きな数字。その右上に7/10と表示されていた。

「次シャワー浴びれるのは何日後だろうな…」

 

 

 

 ヘリは間も無くして目的地へ向けて出発した。

 エンジン音やプロペラが風を切る音がうるさくて、目的地まで数時間もかかると言うのに仮眠が取れずにいるとそれを察した本部の隊員がガムを渡してくれた。

 「thank you!」と大声でお礼を言いながら受け取り「背中は任せるぜ!相棒!」と握手を交わす。

 出会ってまだ短い期間ではあったが、彼らとは確かな絆が芽生えていた。この作戦が終わったら一杯飲もうと約束までしてある。

 絶対に生きて帰ってやるとガムを口に突っ込んで気合いを入れ直した。

 その時だった。巨大な拳に殴られたような強い衝撃がヘリを襲った。

「おいおい!どうなってるんだ!」

 いち早く異常事態を感じ取った隊長が回転して煙を出す機内をよろめきながら歩き、操縦席へ向かう。

「クソ!!パイロットが狙撃されてる!この機は墜落するぞ!総員衝撃に備えろ!」

 あまりに唐突で理不尽な状況に機動隊員達は「クソッタレが!!」「fuck!!」と声を上げて、頭を守る姿勢をとった。

 まるで安全レバーをつけずにジョットコースターに乗っているような恐怖と感覚がして過去一の鳥肌が立った。

 

 

 そこから先、俺は気を失っていたようで、目を覚したのはプロペラは折れ、煙を上げるボロボロになったヘリの機内だった。

 向かい側に座っていたガムをくれた隊員は首から上が潰れていて一目で死亡さしていることがわかった。

 その他の隊員も悲惨な姿で死んでいた。

「…じゃあな。安らかに眠れ相棒。」あまりに唐突な別れを受け入れられずじわじわと悲しみが襲って来た。いくら特殊な訓練されていて多くの実戦を経験していると言っても仲間との別れはどうもなれない。

 せめて供養してやろうと思ったが、どこから燃料が漏れているかわからない。

 もし燃料が漏れていれば爆発する危険性もある。

 慌てて仲間達のドックタグをとり、その場から離れた。

 腕時計の表示は0930。日付は変わらず7月10日だった。

 装備と身体の状態を確認して驚く。

 武器はアタッチメント含めて問題なく作動するし、体は軽傷で済んでいる。

 あれだけ派手に墜落したと言うのにここまで無事に済んでいるのは不幸中の幸いだ。

 あまりにも都合の良い状況な気もするがこの際どうでもいい。とにかくここから離れなければ結局は、死んでしまう。

 離れた位置から、タイミングよく大爆発を起こしたヘリを見て時間がないことを悟る。

 墜落した際の衝撃で奴らが寄って来ていてもおかしくない。今の爆発で多くの939集まってくることだろう。

 周囲の山を見上げて一番高そうな山に登る。

 運良く登山口を発見したため比較的容易に頂上まで登ることができた。そして周囲を見渡しながら現在地を特定した。

 無線機で仲間に送信を試みだが、どこからも反応はなかった。

 無線機の故障か?それとも自分以外全滅したのか?そんな不安に襲われながらもしばらく粘っていると雑音は多いものの返信が来た。

 安堵しながら返信を返す。

「こちらアルファ。雑多し、再送せよ。」

「_____…アルファ。こちらデルタ。無事か?無事だったら現在地を送れ。」

「こちらアルファ。自己座標を送る。…いやその前に合言葉だ。」

 なんとなく嫌な予感がしたため簡易的な確認をすることにした。しかし返答は「そんなことしている場合か!早く自己座標を送れ!」とこちらを急かすものだったためより疑わしく感じる。

 どんな時でも冷静に対処する。それが機動部隊の強みだ。

 しかしデルタを名乗る相手は冷静さに欠けている。予感は疑いへ変わった。

「合言葉。12。」

「…16」

 その瞬間疑いは確信へ変わる。

「ハズレだ間抜け野郎。」

 無線を遮断して拳銃弾で無線機を破壊した。

 無線機にはGPSが付いている。相手がそれに気づいていたとしたら、こちらの居場所が特定されているかもしれない。

 早く移動しなければ殺される。

 地図上で建物が記されている方向へ走り出す。途中ほぼ直角の急斜面もあって何度も転げそうになったし、体力もかなり消耗していて休みたいと何度も思ったが、少しずつ近づいてくる無数の足音への恐怖が俺を走らせ続けた。

 そうして到着した村の中で一番頑丈そうな校舎に逃げ込んだ。

 深呼吸で息を整えながら銃を構えて進んでいく。奴らは室内にも難なく入り込めるため、ここも安全とはいいきれない。

 しばらく校舎を警戒しながら進んでいると甲高い悲鳴が聞こえて来た。おそらく女性の物だ。

 生存者がいるのだろうか?それとも939の揺動作戦だろうか?

 現場へ向かうか一瞬迷ったが、少しでも生きた人間である可能性があるなら向かうべきだと決断して走り出す。

 生存者が、いるであろう現場は一目でわかった。数ある教室の中一室だけバリケードとして使われていたであろう椅子や机が散乱していたのだ。

 教室の中を覗くとそこには赤い皮膚をした巨大なワニのような怪物とそれに攻撃されたであろう片腕から血を流すセーラー服を着た女子生徒の姿があった。

「伏せろ!」と叫び射撃しながら突入する。化け物が怯んだ隙にうずくまって震えている女子生徒を連れて廊下へ退避する事に成功した。

 獲物を奪われて激情した939が大きな顎を開いて突進さしてくる。

「そのまま伏せとけ!」

 グレネードランチャーを化け物の口内目掛けて撃ち込んだ。

 かなり距離が近かったため、危険を感じてうずくまった女子生徒に被さる様に抱きついて防御大勢を整えた瞬間背中に凄まじい衝撃が襲ってきた。

「無事か?」

「…はい。」

 幸い女子生徒も自身も怪我はなかった。

 939に関しては、動きは止まり、顎が砕けていた。それでもまだピクピクと痙攣している。殺しきれてはいないようだ。本来オブジェクトは生け捕りにするのが望ましいがどう考えても俺一人で収容することなんて不可能だ。それなら確実に殺しておくべきだろう。

 赤い花のように顔面が裂けて開いている化け物の首に五発撃ち込んで完全に静止したのを確認したのち女子生徒を連れてその場を離れた。

「他の生存者は?」

 今にも泣き出してしまいそうな震えた声で少女は答えた。

「わかりません。ただ妹が実家に取り残されてて…」

「生きている可能性は?」

「生きてるって信じたいです。」

「そうか。了解した。再会するためにもまずは生き残らなきゃ話にならない。だから頑張れ。」

「はい…。」

 それから少女の案内で保健室へ向った。

 救急品ポーチは持っているが、衛生兵じゃないため自分用しか持ち合わせていない。

 少女の傷を治療するにはもっと多くの品が必要だった。

 幸い道中怪物と出くわすことなく保健室に到着することができた。ほっと一息つきたいところだが、まずは少女の治療が優先だ。

 ハンカチをマウスピースがわりに噛ませて傷口に消毒液をかけだ。

「んんんっ!?!」と小さく呻いたが女子生徒は大量の汗をかきながらもなんとか耐え抜いた。

 保健室にあった包帯やガーゼを使って止血してひとまず応急処置は完了した。

「よく耐えたな。」

 ハンカチで額の汗を拭いてやると女子生徒は引き攣った笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。」

 傷は塞いだが、栄養がなければ治るものも治らないだろう。

 少女が長い間何も口にしていないのは容易に想像できる。どれだけ治療しても栄養不足では傷口は塞がらないだろう。

 バックパックから経路保水液とレーションを取り出して少女に渡した。

「悪いな。不味いかもしれないがこれしかない。我慢してくれ。」

 軍人でさえボロクソにレビューするレーションをミルクティーやパンケーキとかを好むであろう年頃の少女に食べさせることに罪悪感はあったが、緊急時のため仕方がない。

 本人もそれはよく理解しているようで、素直に受け取りバクバクと食べ始めた。相当腹が減っていたようで、涙を流しながらプラスチックのスプーンを口へ運ぶ姿を見てさらに罪悪感を感じた。

「あの!ありがとうございます!あなたが来なかったら今頃私は…」

 震えながら負傷した腕を摩っている。痛み止めを飲ませてはいるが、それでも痛むのだろう。

「俺は芽島 仁という物だ。見た目通り軍人だ。君の名前は?」

「三間坂 瑛奈です!」

「了解。三間坂。奴らは目が見えない代わりにその他の五感が鋭い。そしてもうすぐ日が落ちる。何がいいたいかわかるか?」

「夜出歩くのは危険って事ですか?」

「その通りだ。だから今のうちに休んでおけ。」

「でも!芽島さんもポロポロじゃないですか!休むべきですよ!」

「大丈夫だ。君に比べれば全然軽傷だよ。ほら!せっかくベットがあるんだから今のうちに早く寝るんだ!」

「…はい。」

 三間坂は渋々傷病者用のベットへ向う。

 長い間、たった一人で939相手に怯え続けていたはずだ。

 まともな睡眠なんて取れていないだろう。

 明日からはいつ休めるかわからないのだ。

 寝れる時に寝かすべきだろう。

 

 

 それから何事もなく朝を迎えた。

 日が出たところで荷物をまとめて三間坂の実家へ向かって前進を開始する。

 道中は不気味なほど平和で939とは一度も遭遇しなかった。

 そのまま順調にに進んで一時間後、三間坂の実家に到着した。

 二階建ての一軒家。庭が広いのは田舎の特権だろう。

 室内をクリアリングしながら妹の待つ部屋に前進、その間も何事もなく順調だった。

 _____ここまでは理想的に事が進んでいた。

「ただいま!美稲!大丈夫!」

 三間坂が妹の部屋の扉を開けて驚愕した。

 部屋の中は荒れに荒れて変わり果てていた。

 電球も窓ガラスも割れていて、クローゼットには穴が空き、棚や机は傷だらけで衣類は引きちぎられて床にぶちまけられていた。

 三間坂の妹、美稲はそんな荒れに荒れた部屋の隅でうずくまり、息を荒げていた。明らかに様子がおかしい。

「え?何をやって…」

 妹は自ら肌を掻きむしり、皮膚を剥ぎ始めた。咄嗟に辞めさせようとしたが、8歳の少女のものとはおもえない異常な怪力に歯が立たず振り払われてしまう。赤くなっていく痛々しいその姿はまるで…

「今すぐソイツから離れろ!その子は元から人間じゃない!お前のクラスメイトを殺した怪物と同じ存在だ!」

 こちらに銃口を向けて怒鳴ったが、三間坂はそれでも妹を諦めなかった。

 銃口の前に立ちはだかって涙を流し、震えながらも抵抗してくる。

「お願いです!…大切な妹なんです!」

 一歩も動く気はない様だ。

 無理もない。

 大切な姉妹をこんな狂った失い方するなんて誰にも予測はできなかっただろう。

 特殊な訓練を受けていない上、つい最近まで異常存在なんて実在しない世界で過ごしてきていたのなら尚更だ。

 それでも俺は冷徹にならなければならない。

「どけっ!」

 肩を掴まれ引き倒そうとすると必死に抵抗してきたが、容赦無く数秒でねじ伏せてしまう。

 当然の結果だ。高校を卒業したばかりの小娘が大の男、それも軍事訓練を受けた人間に敵うはずがないのだ。

「やめて!殺さないで!」

「妹を人殺しにする気か?このまま放っとけばお前の妹は多勢殺ちまうぞ!それでいいのか?」

 三間坂は、何もいい返せず黙り込んで悔しそうにこちらを睨みつけてくる。

 妹を生かせば大勢の犠牲者が出る。それはここ数日で変わり果てた村を見渡せばわかる。

 それでも三間坂は妹に生きていてほしいと考えてしまうのだろう。普通で健全な思考回路だ。それでいい。狂った選択で手を汚すのは俺一人でいい。

「俺の事を恨め。」

 その日俺は初めて子供を殺した。

 

 三間坂の妹を終了処分して半日たった。

 三間坂は指示通りには動いてくれるものの、口数は減り、常に放心状態だった。

 無理もない。唯一生き残っていた家族を失ったのだ。それも目の前であんな姿になってその直後に銃殺された。平然を装えなんて無理な話だ。

 今はただ守りながら脱出を目指す。それしかない。

 広い浜辺を目指して長い峠道を歩いていると、一本の橋にたどり着いた。

 特質することのない錆の目立つ古い橋。その中央に立ち塞がる人影があった。

 高身長で、筋肉質、黒い紋章が身体中に刻まれていて、明らかに異質な雰囲気をした青年だった。

「要注意団体も赤いトカゲも弱すぎて話にならない。やはり財団の戦士が一番歯応えがある。なぁ?そうだろ?」

 この青年が人類なんかよりも圧倒的に上位に君臨する存在だと直感した。このままじゃまずいと本能の警報が鳴り響き、悪寒がして、汗が滲み出る。

 そしてある事に気づいた。コイツが本部の隊員が噂していたオメガ7の「アベル」か!

「まて!俺は財団の機動部隊員だ!あんたも本部の機動部隊に所属してるんだろ?だったら協力してこの島から脱出をッ!?」

 アベルの姿が視界から消えて、それと同時に耳元で声がした。

「期待外れだ。」

「え?」

 首元から血飛沫が飛び散り、視界が足元へ落ちていった。

 糸の切れた人形のように倒れていく自分の体を見上げながら、首を切り落とされた事を理解した。

 痛みなんて感じる暇もなく意識が途きれる。

 ああ、これが死か…せめて三間坂だけでも守り抜いてやりたかった。

 

 

 

 

 

 気がつくと、墜落したヘリの機内に戻っていた。

 おかしい。確かに俺は頭を切り落とされて死んだはずだ。夢なんかじゃない。確かに俺はこの島からの脱出を試みてアベルに殺されたはずだ。

 考え込みたいとこだが、記憶が正しければヘリが爆発するまで時間がない。

 どちらにせよこのままではまた死んでしまう。

 機内の仲間からドックタグをかき集めて機外へ脱出する。

 腕時計は墜落後目を覚ましたあの日と同じ、7月10日の0930を表示している。

「嘘だろ?…」

 人生史上、初めて電波時計を疑った。

 他に何かないかと、地図を開く。

 山の標高、建物の配置、ヘリが墜落した位置、寸分狂わず全てアベルに殺されたあの記憶と同じだった。

 この存在しないはずの記憶がただしければ、今頃三間坂は教室で一人震えていることだろう。

 困惑しながらも校舎へ向けて歩き出す。そして頭の中である仮説を立ててため息をついた。

「やたら分厚い英雄譚を開いちまった気分だぜ全く…。」

 

 

 もう見飽きるほど見て来た黒板、友達の鞄が入れられたロッカー、尻が痛くなるほど座り続けた木製の椅子、寝落ちして何度も額を打ちつけた机、どれも飽きるほど見て来た物だ。

 親や教師から「将来のために勉強しなさい。」そう言われ続けて、仕方なくこの変わり映えのしない窮屈で退屈な場所に私は通い続けた。

 皮肉な事に今の私を守っているのはその教室だった。もっと皮肉なのは未来のために通い続けたここが終点になってしまいそうな事だ。

 机やロッカーで作られたバリケードの向こうでは、大の大人が束になっても敵わない怪物が徘徊している。当然私なんかが立ち向かっても勝ち目はない。

 私にできるのはせいぜい物音を立てずただひっそりと神頼みするだけだった。

 化け物の足音や唸り声が聞こえるたびに、家族がくれたお守りを握りしめて「死にたくない。」と願い続けた。

 元々神なんて信じていなかった私が信仰によって精神を保っているのだ。滑稽で我ながら笑ってしまう。

 私が祈る神が本当に全治全能ならそもそもこんな事にはなっていないはずだ。

 今頃私は、友達と笑い合あって青春を謳歌していたはずなのだ。

 今じゃその友達どころか嫌味な担任も暑苦しい体育教師もいない。みんな怪物に殺された。突然現れた赤い爬虫類のような化物は立ち向かう教師の頭を噛み砕き、逃げ惑う生徒を踏み潰した。そこには慈悲なんてなく、ただ一方的な殺戮だった。

 運良く生き残れたが、死ぬのも時間の問題だ。ここにはまともな食料も防寒着もない。

 すでに1週間以上は飲まず食わずでいる。 空腹でどうにかなってしまいそうだ。

 ついに怪物は私の命すらも奴らは奪おうと動き始めた。

 バリケードに怪物が体当たりし始めたのである。

 何度も体当たりが繰り返されるたびにバリケードはすこじずつ確実に壊されていく。

 作るのに何時間もかけたバリケードを怪物はほんの数秒で崩してしまった。

 強引に教室へ侵入して来た赤い怪物と対面して、その威圧感に押し殺されそうになる。

 もし十分な水分を摂っていれば間違いなく漏らしてしまっていただろう。

 腰を抜かして尻餅をついた私を怪物は、容赦なく捕食しようと動き始めた。

 巨大な顎を開け、こちらに近づいてくる。

 対して私は何も抵抗手段を持たない。

 終わった。そう確信した時だった。

「伏せろ!!」

 窓の外から聞こえたその声に、咄嗟に従い頭を抱えて伏せ込んだその瞬間、破裂音と共に頭上を無数の風を切る音が通過した。

 窓ガラスを破ったその弾丸が赤い皮膚に命中し、怪物が怯んだ瞬間窓から飛び込むように突入して来た男の姿は映画でしか見たことの無い異質なものだった。

 迷彩服、ブーツ、ヘルメット、防弾チョッキ、そしてその手には大きな銃を持っている。

 男は銃を乱射しながら盾になるように私の前に立つ。

「そのまま伏せとけ!」

 化け物が口を開いて突進して来た瞬間、男はその大きな顎の中に手榴弾を投げ込み、うずくまる私を守るように抱き込んだ。

 爆発音と共に怪物の血や内臓や骨があたり一面に飛び散る。いつもの私なら正気を失って発狂していたであろう光景だが、その時の私は一つの光しか見えていなかった。

「大丈夫だ!必ずここから脱出させてやる!」

 

 

 

 自衛官だろうか?なぜ単独で行動しているのかは分からないが、武装した自衛隊がこの島に来てくれたならもう大丈夫だろう。

 私が逃げ遅れただけで、もしかしたら大勢の生存者が保護されているのかもしれない。

 その中に家族もいる。きっとそうに違いない。

「あの!」

「どうした?」

「他に生存者はいなかったんですか?もしかしたら小さい女の子とか保護されてたり…」

 妹だけでも生きていてほしい。頼むから保護されて安全な所に居てくれ。そんな藁にもすがる願いで質問したが、その答えはあまりにも無慈悲なものだった。

「『かなり長い時間』を使って村中くまなく探したが、生き残った『人間』は、君一人だった。」

「そんな…」

 家族を失った。それを受け入れるのにどれだけ時間がかかるだろう?

 悲壮感、虚無感、絶望感、それらが一度に心を蝕んで来る。私はそれに耐えられるほど強い人間じゃない。

 仲間を失いながらも、気持ちを切り替えて任務を遂行しようとする目の前の背中が、あまりにも偉大で私が小っぽけに感じる。

「なんの因果か俺達は生き残った。なぜ俺たちだったのかはわからない。なんの意味もないかもしれない。だが、この島から脱出して生きていけば必ず意味がついてくる。だから生き残るぞ。全力で着いてこい。」

 そうだ。家族も友人も皆んな失ったが、まだ私は生きている。意味のある人生を送る事こそが私の使命なのだ。

 袖で涙を拭う。そして私も覚悟を決めた。

「はい!」

 

 まず最初に向かったのは校舎内の保健室だった。

 到着するなり経路保水液とレーションを渡された。

 もう何日も飲まず食わずだった私にはこれ以上にない高級料理に見える。

 経路保水液がカラカラの喉に染み渡る。

 レーションの味は褒められる様なものじゃなかったが、この空腹を満たすには十分だった。

 自衛官は迷いなく医療品を手に取り片っ端からバックパックに突っ込んでいく。

 必要分の物資を確保すると自衛官はこちらに向き直る。

 男がフル装備でさらにその顔が見えないせいで威圧感を感じて思わず後ずさる。

「俺は芽島 仁。軍人だ。」

 手短な自己紹介に対して遅れてこちらも自己紹介で返す。

「わっ私は三間坂 瑛奈です!」

 芽島は保健室に設置されたベッドを指差した。

「三間坂。まともに寝れてないだろ?今のうちに寝てていいぞ。」

「え?でもっ!」

 確かにここ数日間はまともな睡眠が取れていない。ベッドで寝られるならどれだけ幸せだろうか?だが、それ以上に申し訳なさの方が強い。一方的に助けられといて、さらに見張を任せて寝るなんて罪悪感がすごくてできない。

「大丈夫だ。明日の朝まであの怪物は現れない。今のうちに寝とけ。俺も寝る。」

「え?」

 見張理をやってくれるわけでない様だ。

 気を遣って言ってくれたのかもしれないが、それはそれで不安で寝れないだろう_____そう思いながらも渋々ベッドで横になると一瞬で気を失ってしまった。

 あっという間に半日が過ぎて、久々の快眠で気持ちよく目を覚ます。

 いつ寝込みを襲われてもおかしくない状況下だったのによく熟睡できたなと我ながら感心する。

 

 荷物をまとめて次に向かったのは無人になった薬局だった。芽島は、薬局に入ると真っ先に医療品コーナーへ向かった。

 血と汗が滲んで異臭を放つ包帯を  は顔色ひとつ変えることなく淡々と取り外して、消毒液で汚れを拭き取り、新しい包帯に取り替えてくれた。

「痛みはどうだ??」

「だいぶ良くなりました!ありがとうございます!」

「そうか。ならこいつに食べ物と飲み物を詰めといてくれ。俺はバリケードを作る。」

 食品コーナーへ向かった。長持ちする缶詰や、効率的な水分補給ができるスポーツドリンクや経路保水液をカバンに詰め込んでいく。

「今日はここで一夜を明かす。ゆっくり休め。」

 出発直前、芽島は大量の薬を口にしていた。それだけではなく、ポーチから取り出した注射器を腕に刺して何かの薬品を体内へ注入し始めた。

「一体何をしてるんです?」

「これがないと20手先で詰んでしまうんだ。体には間違いなく悪いが、仕方がない。」

「でも!そんな量一度に投与すれば最悪死んでしまいますよ!」

 薬とは本来治せないはずの病を短期間で治せる便利な物だが、その扱いを謝れば症状が悪化してしまうし、最悪死に直結する諸刃の剣だ。芽島はそれをわかっていながら大量に使用している。精神安定剤、ドーピング剤、痛み止め。それらを一度に、それも規定の何倍もの量を摂取した。

 これでは芽島の身がもたない。

「大丈夫だ。この量までならギリギリ耐えられる。」

 何を根拠にそんな事を言っているのかはわからないが、こちらの心配を芽島は気にとめることなくそのまま出発した。

 


 

 曲がり角から五メートルほど手前で立ち止まると側溝の蓋を開けて指刺した。

「ここに入れ」と言いたいのだろう。口に出さないのは多分あの曲がり角に何かがあるからだ。なぜそれがわかったのかはわからないが、ここは大人しく従うべきだろう。

 黙って頷き側溝に入ってしゃがみ込んだ。

「助けて!殺される!」

 曲がり角から悲鳴が聞こえて来た。

 芽島が感じ取ったのは生存者の気配らしい。怪物と遭遇せずに済んだ事で、安堵するのと同時に二週間ぶりに新たな生存者と会えたと歓喜する。

「良かった!今すぐ助けッ?!」

 芽島の手には安全ピンが抜かれた手榴弾が握られており、次の瞬間にはなんの躊躇いもなく、曲がり角に投げ込んでいた。

 爆風と爆発音が鳴り響き、それに反応して、咄嗟に頭を抱え込み、うずくまる。

 爆発音がおさまると間髪入れず無数の銃声が鳴り響き、数秒後には静まり返る。

「終わった。出て来ていいぞ。」

「何を考えてるんですか!?相手は人間で…え?」

 目の前には人間ではなく赤い怪物の死体が横たわっていた。意味がわからず困惑する私に芽島は説明してくれた。

「コイツらは人間の声を真似ることができる。だから、視界に入った俺以外の声は信用するな。」

「そうだったんですね…。」

 それでも腑に落ちない。芽島は視界に入る前には怪物の存在気づいていたし、それも目で確認する前にだ。村中を捜索し終わっているとして、人である可能性をあんな一瞬で捨て切れるものなのか?その上最初から全部わかっていたかのような動きだった。どんな仕掛けがあるのだろうか?

「妙に出際がいいですね。何か仕掛けがあるんですか?」

「まぁ34回目だからな。いやでも覚えるよ。」

 34回目?覚える?ますますわけがわからない。まるでゲームを何周もクリアしたような言動だ。彼は一体何者なんだろう?

 

 島を脱出するためには村から浜辺へつながる橋を渡る必要がある。まともに整備された唯一の道がその橋だ。

 正確には他にも選択肢はあるのだが、赤い怪物がどこに潜んでいるかわからない上に資源も限られているため回り道したり、道なき道を進むわけにもいかない。そのため橋を渡る事となった。

 しかし橋に差し掛かった所でそれが姿を現した。

 橋の前に立ちはだかったのは、黒い肌に黒い何かしらの模様の刺青が彫られている筋肉質な肉体を持つ青年だった。

 その手には黒い剣が握られていて、不気味な笑みを浮かべながら鋭い視線を向けてくる。

「要注意団体も赤いトカゲも弱すぎて話にならない。やはり財団の戦士が一番歯応えがある。なぁ?そうだろ?」

 聞いたことのない言語だったが、芽島は開戦の合図だと捉えた様で、青年向けて発砲した。青年は当たり前の様に銃弾を剣で切り落とす。

「今度こそ殺してやるよ!サイコ野郎!」

 そこからは素人には理解できない凄まじい攻防だった。黒い刃をとんでもない速度で繰り出す青年とそれをすんでのところで避ける  の攻防は30秒ほど続いた。

 じわじわと傷つけられていく芽島に対して青年は無傷だ。

 何度か銃弾を受けていたと言うのにおかしな話だが、青年の肉体には傷がない様に見える。

 その攻防の決着はあまりにもあっけなく着いてしまった。

 刃に気を取られている芽島の腹部に青年の膝蹴りが炸裂した。

 勢いよく体をくの字に曲げながら飛ばされた芽島は向かい側に生えていた木に叩きつけられて口と鼻から血を吹き出した。

 明らかに重症だ。

「18手か…まぁ耐えた方だな。」

「なに?」

「ほら!さっさと殺せよ!」

 黒い刃が芽島の首を跳ね飛ばした。

 足元に転がって来た生首を見て絶望し、絶叫する。

 ありえない。あんなに強かった芽島がこんなとこで死ぬはずがない。これは何かの間違えだ。

 泣き叫ぶ私に「哀れだな」とアベルは言い放ちつ。まるで蟻の巣でも見下ろす様な冷めた視線だ。

 絶望は憎悪へと変わる。

「ふざけんな!!」

 芽島から護身用にと渡されていた拳銃を構えた時には、すでにアベルの姿は無くなっていた。

 全く気づかないうちに両腕が綺麗に切断されていて肩から下が嘘みたいに軽くなる感覚を覚えた。

 痛みなんて感じるまもなく、首を刎ねらる。 首だけになり、宙を舞いながら意識が途切れるその瞬間に見えたのはあの忌々しいサイコパスの笑顔だった。

「お前なんか…」

 

 

 何度繰り返しただろう?最初の頃はメモ帳に記していたがもはやその気力すらなく、ただひたすら完成された道筋を辿り、アベルをありとあらゆる方法で攻撃しては殺され続けていた。

 

 出会いがしらに銃器を乱射した。

 結果、数発命中するもアベルの動きは止まらず、あっという間に距離を詰められ、心臓を握りつぶされた。

 

 遠距離から狙撃した。

 結果、アベルはどうやってか狙撃の意図に気づき、撃ち込んだ弾丸は、黒い刃物で弾かれてしまう。その後距離を詰められ、上半身と下半身を一刀両断された。

 

 罠を仕掛けて誘い込んだ。

 結果、アベルは、全ての罠に引っかかりはしたものの、決定打を与えることはできず、首を刎ねられた。

 

 大きく迂回してみた。

 結果 どのルートを選んでも939と遭遇し殺された。

 

 日付けをずらした。

 結果 この選択では、どうやっても939に見つかり、どこかしら立てこもる事になるのだが、大量に集まった939の猛攻に耐えられる建物はこの島には存在せず、どこに隠れても引き摺り出されて捕食された。

 

 トラックで突っ込んだ。

 結果、アベルに殺された。

 

 銃剣突撃した。

 結果、アベルに殺された。

 

 大量の939を引き連れた状態(追われている)で突撃した。

 結果、アベルに殺された。

 

 白旗を振ってみた。

 結果、アベルに殺された。

 

 何度手足を切り落とされただろう?何度崖から蹴落とされただろう?何度内臓を引き摺り出されただろう?あと何回死ねばこの狂人に勝てるんだ?そもそも人類がこんな怪物に勝てるのか?

 いっそ一人で初日から逃げればこの島から脱出できてしまうのではないか?そんな考えを死ぬたびに思い描いては首を横に振って「ダメだ。」と自身に言い聞かせた。

 なんのために財団に入ったんだ?何のためにきつい訓練をこなして来たんだ?

 その答えは罪なき善良な人間を守るためだろ?だったらあのアベルとか言うサイコパスに負けたままじゃあダメだ!

 気合いを入れて再び挑むも結果は変わらなかった。

 墜落したヘリの中で、怒りを爆発させる。

 今にも爆発しそうな機内でどうせループするからとやけくそになり、重いヘルメットをぶん投げ、鬱陶しいガスマスクを地面に叩きつけた。

「クソッ!クソッ!クソッ!何で胸部に十発撃ち込んでんのに死なねぇんだよ!クソッタレが!」

 人間なら…否、この世のほとんどの生物は7.62ミリの弾丸を受ければ動けなくなるし、それを十発撃ち込まれれば絶命する。

 なのにアベルはピンピンしていて「そんなものか?」と笑いながら高速で突撃してくるのだ。あまりにも理不尽すぎる。

 昔の鬼畜ゲームでもまだ救済措置はあったぞ。何なんだこの糞ゲーは!ふざけんな!

 当初のアベルへの恐怖心はもはやなく、ループを繰り返すたびにただただ怒りと憎しみが蓄積していった。

 アベルと接敵するまでのマニュアルはすでに確立できているし、しっかりと休息も取れているが、何度も同じ事をくりかえしていると気が狂いそうになる。

 そのまま罵詈雑言を叫び散らしていると、いつも通りの時間にヘリは爆発四散した。

 当然、俺も死んでループする。

 大きくため息をついて、再び愚痴をこぼす。

「…クソッ!!ふざけんな!」

 ありとあらゆる方法を試したが結局アベルを殺すことも、脱出することもできていない。

 どうせまた殺されるだけだとやけになってガスマスクを投げようとしたその時、見落としていたある事を思い出した。

 それは、わざわざこんな息苦しいものを常時着用している理由だ。

 939が出す気体状の物質「AMN-c227」には記憶を消す作用が確認されている。その効果は、財団が記憶処理に利用しようと検討していたほどに強力なものだ。

 それを対策するために、本任務に参加した戦闘員は、この財団特製のガスマスクをつけている。

 これがなければ939と接敵する度に記憶を消されていただろう。

 逆にAMN-c227の対策ができない部外者は記憶を消されているのではないか?

 俺の記憶だけが残っているのは偶然ではなく必然。

 つまり、このループを起こしている現実改変能力者の正体は俺じゃなくて、三間坂である可能性があるのだ。

 ここまでの推理をまとめると、三間坂は死ぬ直前に、無意識に現実改変を行って時間を巻き戻し続けている。

 その度に、復活地点で待ち構える939によって記憶を消されているのだ。

 そのせいで、助けに入った時には、自身の能力は愚か時間が巻き戻っていることにすら気づいていない。

 これなら、矛盾は生じていない。

 三間坂が記憶を取り戻せばもしかしたら新たな選択肢が出てくるかもしれない。その中にこのループを抜け出すものが存在している可能性がある。それを試す価値は十分にあるだろう。

 やる事がきまれば、あとは実践するのみだ。

 今から行っても三間坂の記憶は消えているだろう。まずは死ぬ前提の下準備からだ。

 手始めに、三間坂と合流して、面識を持った。

 この段階で確認したがやはり前回の記憶はなく、初対面の反応を示した。

 それから、出来るだけ長い時間を三間坂と過ごして、信頼関係を築き上げたのちに自分が立てた仮説を説明する。

 三間坂は、自分が現実改変能力なんて言う得体の知れない力を持っていた事を最初は「そんなバカな。」と疑っていたが、全てを予言して、その全てを的中させて見せると半信半疑だが、信じてくれた。

 それから出来る限りの情報を伝えて最後の時間を迎える。

 例によってアベルと接敵して、抵抗虚しく追い詰められた。

 両手を切り落とされて、死を悟った俺は最後に残酷な命令を出す。

「時間が巻き戻ったら、出来るだけ息を止めて、屋上へ向かえ!怪物に追い詰められたら自害しろ!俺が駆けつけるまでそれを続けるんだ!」

 これから三間坂を助けるために何度ループする事になるだろう。俺の仮説が正しければ、三間坂は何度も残酷な死を遂げる事になる。

 何とも酷い作戦だ。

 俺がアベルに勝てないからと少女に何度も自殺を強要するなんて狂っている。

 自己嫌悪に苛まれながら振り返ると三間坂はただ黙って頷いた。

「必ず助けに行く!待っていてくれ!」

 胸を貫かれて死亡して、ヘリの中で目を覚ます。

 ここからは時間との戦いだ。

 939を三間坂と接触する前に排除する。

 それは何度か試みたが、失敗したルートだ。

 三間坂の救助に間に合わない度に彼女は自殺を繰り返して、精神をすり減らす事になる。

 モタモタしていれば三間坂は精神を病んでしまって最悪の場合能力を発動しなくなる危険性もある。

 そうなれば本当に何もかも終わりだ。

 自分の足では間に合わないのはループするまでもなくわかり切っている。

 そのため、まず動かせる車両を探すとこから始めた。

 最初に郵便局の小型バイクを発見した。

 局内を捜索して何と鍵を入手したものの道中939の襲撃に合い、側溝に突っ込んで死亡した。

 バイクじゃあダメだ。

 他の使える車両を捜索する。

 もっと防御力があってパワーのある939から襲撃されてもゴリ押しで前進し続けられる車両があればなんとかなるだろう。

 あちこち探し回って発見したのは引越し業者の大型トラックだった。幸いなのは鍵が差しっぱなしで、すぐに動かせる状態だった事だ。

 不幸だったのは、俺は大型の免許なんて持ち合わせてない事である。

 とりあえずエンジンをかけて学校へ向かった。意外にも上手く運転出来てるなと過信した途端にカーブを曲がりきれず、壁に突っ込んで事故死した。

 それから何度か事故死を繰り返して、コツを掴んみ、最終的にはベテランドライバーに負けず劣らずの運転技術を身に付けることができた。

 そこからはあっという間だった。

 トラックに乗り込み校舎へ向かう。そしてグラウンドを徘徊する939をめがけてフルスロットルで突っ込むのだ。

 その結果何度か死ぬ事となったが、根気よく続けた結果、どの角度からどれほどの速度で突っ込めば939を殺しつつ自身が生き残れるかがわかった。

 これで、やっと三間坂を迎えに行ける。

 939の死亡を確認したのちに目的の屋上へ向かう途中、久々に見る女子高生が胸に向かって飛び込んできた。

「…ずっと待ってたんですよ!」

 胸の中で泣く三間坂は震えていて、どれだけ怖く、辛く、不安な思いをさせてしまったのかは想像できなかった。

「ああ…長い事待たせてすまない。」

 もうこんな思いはさせたくないが、現実的に考えて、あと一回でだけアベルに勝てるとは思えない。

 お互いまだまだ死ぬ事になる。そう思うと何と声をかけてやるべきか、わからなくなって来た。

 遠い目をしていると、泣き止んだ三間坂が怪訝そうに顔を覗き込んできた。

「無茶しすぎです。」

「どうせ生き返るだろ?」

「これからは私も記憶を持ったままループする事になるんです!慎重に頼みますよ!」 

「しっかり全部覚えてる様だな。」

「当然ですよ!」

 いつも通り保健室に立て篭もり、食べ飽きたレーション胃に突っ込む。

 以前までは「美味しい!美味しい!」と言っていた  も流石に飽きたらしく、真顔でただ作業のように口へ押し込んで経路保水液で流し込んでいる。

 食べ終えてからはお互いの情報を共有した。

 何度繰り返してもアベルには勝てないし、逃げきれない事、赤い怪物「939」が出す物質が体内に入ると記憶障害を引き起こす事、安定して生き残れるルートを伝える。

 三間坂からは俺が死亡した後の流れを聞くことになった。

「前回のループの時、貴方が死んだ後の1日だけ生き残れたんです。」

「アベルが見逃してくれたのか?」

 サイコパスで戦闘狂で、快楽の為に殺人を繰り返すような奴がわざわざ獲物を逃すとは思えない。

「実はもう一人生存者がいて、その人が助けてくれたんですよ!」

「生存者?嘘だろ?何周探し回ったと思ってるんだ?」

「ただの生存者じゃなくて貴方と同じ軍人?でしたよ。山に入った辺りからずっとつけてきてたらしくて、芽島さんが殺された後続いて殺されそうになっていた私を助け出してくれたんです!」

 もし、財団の機動部隊員が俺の他に生き残っていれば、わざわざ身を隠して尾行なんてしないはずだ。

 共に行動した方が連携が取れて生存率は高くなる。

 そのメリットを捨ててまで監視に徹して付いてきていたとなると別の組織である可能性が高い。

「特徴は?なんか目立つワッペンとかつけてなかったか?」

 三間坂は、「うーん…」と目を閉じて顎を人差し指に置きながらしばらく考え込むと「あっそうだ!」と何かを思い出したように手のひらで作った皿を拳で叩いた。

「たしか肩に青い星が書かれたワッペンが貼られてました!あと!『財団の人間は話せばわかるが基本クソだ。』と言ってましたよ!」

「GOCか…なるほど納得だ。」

「オカルト連合」通称「GOC」とはSCP財団と同じく、異常存在が表に出ないように活動する秘密組織である。

 財団と違う事はその手段だ。「確保、収容、保護」によって対処する財団に対し、オカルト連合は「破壊」によって対処するのである。

 何が起きるかわからないオブジェクトをこの世から消す事でこの先ずっと続く平和を確保できる。それがGOCのやり方だ。その考え方は間違ってはいないが、あまりにもリスクがデカすぎるため、財団では特殊な例をのぞいて推奨されていない。

 物理法則の通じないscpオブジェクトはそもそも破壊できない場合が多いのだ。それに、個人の判断で未知数のオブジェクトを破壊してしまい、取り込まれた生存者を救出できなくなってしまったり、オブジェクトが凶暴化したり、さらに強力な特異性を持たせてしまったりとする前例が多く存在している。

 それでもなお「破壊」しようとするオカルト連合と財団の意見が合わず、財団はオカルト連合を「要注意団体」と呼称して警戒している。

 幸いにもお互いに「話せばわかる。」程度の信用はあり、過去に何度か、異常存在や他の要注意団体を制圧するために合同作戦を行っている。

 一職員として接触するのは初めてだが…まぁ…どうせ死んでも生き返るんだし、なんとでもなるだろう。

 今回のオカルト連合側の任務が何なのかはわからないが、今回も「話せばわかる。」内に入れば強力してくれるかもしれない。

 戦力が増えれば、その分、勝機が格段に跳ね上がるだろう。

 久々にいいニュースが聞けて良かった。

 「何人いた?」

「一人です!すごく美人なお姉さんでした!」

「……。」

 当然と言えば当然だ。複数人いれば流石にどっかのタイミングで気づけてただろうし、こんな地獄のような戦場で何人も生き残ってるはずもない。

 こちらの気も知らずに三間坂は笑う。

「あれ?どうしたんですか?緊張してます?大丈夫ですよ!彼女はすごくフレンドリーな人でしたから!」

 

 

「行くぞ。GOCの残党と合流する。その美女がいる場所に心当たりはあるか?」

「たしか…あー…」

 吐き気がしたのだろうか?青ざめて口元を抑えている。今までにこんなリアクションをした事はなかったため少し不安になりながら

「どうした?」と尋ねると歯切れ悪く「いやーできればもう行きたくないっていうか…」と視線を落としながら答えた。

「彼女の隠れ家は下水道にあります。怪物がいない代わりに…その…すごく臭いんですよ。」

 

 

 三間坂の案内に従ってあるいていると足元にこじ開けられたマンホールを発見した。

 そのまま下水道へ降りてしばらく進んで行くと一つの扉に辿り着いた。

 どうやら、下水処理場の地下室へ続く扉の様だ。なるほど確かにここなら939から身を隠せるなと納得する。

 トラップが仕掛けられていないのを確認した後、ドアノブに手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間、勢いよくドアノブが回り、扉が開く。

 反射的に銃を構えて後方へ下がと中から人間が出て来て笑いかけて来た。

「ようこそ!我が城へ!歓迎するぜぇ〜!」

 部屋から出てきたのは、一人の武装した女だった。

「私はアイネス・エリンって言うんだ!GOCで戦闘員をやってる!」

 綺麗な白い肌に、整った高い鼻。

 金色の髪をわざとらしくたなびかせながらこちらに向かってウインクしてきた。銃口を向けられているというのにイカれた女だ。

「ささっ!入った!入った!早くしないと939に食われちまうぞ?」

「……。」

「そんなに怖いなら全部脱いでろうか?このスケベめ!」

 どうやら警戒する必要はないらしい。

 言われるがままに入室する。

 部屋はそこまで広くはないものの、生活するために必要な最低限の家具は揃っている。

 上の階から適当に下ろしてきた物だろう。

 部屋の中央に置かれたテーブルの上には、毛布が敷かれていて、その上にボルトアクションタイプのライフルが分解された状態で、パーツごとに順序正しく並べられていた。

「あんたスナイパーだな?」

 どおりで何度繰り返しても尾行に気づけなかったはずだ。

 GOCでスナイパーを任せられているという事は、隠密行動についても相当の練度を保持しているのだろう。

 見つけられなかったのも納得である。

「そうだよぉ〜!いいでしょう?この子は私の相棒「L96」!!君のはスカーhだよね?そのゴテゴテのアクセサリーは939を想定してるのかな?」

「…あんたの銃はやたらシンプルだな。」

 彼女の相棒であるライフルにはレーザーもライトもスコープすらついていない、強いていうならバイポットとアイアンサイトが付けられている非常にシンプルなカスタムだ。

 かつて白い死神と呼ばれた伝説のスナイパー「シモヘイヘ」は、光の反射で敵にバレるからとスコープを使わずに戦い続けたと言う。

 しかし、それは対人においての配慮だ。まともな五感を持たない939には関係がない。なぜわざわざこんな銃でこの島にきたのか?_____その答えはシンプルだ。

「対人戦を意識したカスタムだな?誰を狙ってる?」

「おっ!鋭いねぇ〜。確かに私は939を駆除するために来たわけじゃないよ〜」

 その瞬間、室内に緊張が走る。

 もし、この女の目的が俺か三間坂だったとしたら、今の俺たちはまさに胃の中の蛙だ。

 今踏んでいる床に爆弾が仕掛けられているかもしれないし、他に隠れた狙撃手がいるかもしれない。

 いつでもかかって来い。今回殺されても次はこちらが殺す。

 ただじゃ死ぬつもりはないと殺意を持って銃の安全装置に指をかけていると「待て!待て!待て!」と首と手を全力で振って女は敵意がない事を説明し始めた。

「私の狙いは939じゃない!でも!君らでもないんだ!」

 この島に残った「人間」は今のところ俺、三間坂の二人だけだ。

 そのどちらでもないとしたら、女の狙いは消去法で絞り出せる。

 GOCが財団と敵対するリスクを背負ってまで、動くほどの大物は一人しかいない。

「まさかアベルか?」

「その通りだよ!だからその銃は一旦置いてもらえないかな?こっちは見ての通り、丸腰だよ?」

 おちゃらけた態度に裏があるのではないかと考え込んで警戒して膠着状態になっているとそれを見かねた三間坂が割って入ってきた。

「そうでよ!芽島さん!彼女は信用できると言ったじゃないですか!」

「…わかった。」

 

 

「アベルの事を知っているのか?」

「逆にあんたは何も伝えられていないんだな。」

「……」

「そもそも私達がこの島に来たのは939の対応のためじゃない。財団が馬鹿げた計画を実行しようとしていたから、それを偵察する為にきたんだ。」

 馬鹿げた計画には、心当たりがある。

「アベルを主力にした機動部隊『オメガ7』の実戦投入か?」

「御名答!その通りだよ!」

「…アベルってのは一体何者なんだ?」

「アベルについては、財団からGOCにも情報が共有されている。端的に表すならば奴は『最狂のサイコパス』だ。」

 scp- 076通称『アベル』。

 076は、ある場所に建てられた破壊不可能な遺跡であり、アベルはそこに現れる人型実態である。

 戦闘能力が非常なは高く、その性格も好戦的で誰彼構わず殺そうとする。

 財団は機動部隊を展開して何度も制圧することに成功しているが、その度に多くの犠牲者を出している。本部では最強オブジェクトととしてその悪名を轟かせているそうだ。

「その情報が正しければ、財団は何度かアベルを殺せてるんだよな?どうやって殺した?何か秘密兵器でもあるのか?」

「アベルを殺していたのは財団のエージェントだ。その人物は何度も収容違反を起こすアベルの前に立ちはだかり、無力化し続けた。今までアベルが表に出てこなかったのはその人物の功績と言っても過言じゃ無い。」

「どうやって殺した?」

「銃だよ。彼は至近距離でアベルの猛攻を交わしながら銃弾を撃ち込み続けたんだ。」

「あの化け物をそんな方法で?いかれてやがるな。」

 精鋭揃いの財団機部隊にすらそんな実力者はいない。アベルは刃物で銃弾を弾く瞬発力と動体視力を持ち、無限のスタミナを持ち、重機以上のパワーを持ち、死をも恐れない精神力を持ち、弾丸を受けようが爆発に巻き込まれようが水に沈められようが関係なく戦闘を続行できる耐久力を持つ。

 はっきり言って人間ごときが挑んでいい相手ではない。

「そのエージェントは本当に人間だったのか?」

「間違いなく人間だった。あのサイコパスが認めた数少ない人類だ。」

「そいつは一体どれだけの鍛錬を詰んだんだ?…」

 人生二十六年。自衛官になり、財団職員に転職し、機動部隊員になるこれまでの道中は、まさに波乱と苦行の連続だった。

 並みの人間よりも厳しい環境で人一倍努力してきたつもりだったが、それでも人類の限界地点までたどり着けていない。

 その証拠に俺が何度挑んでも勝てないアベルに、何度も勝利を重ねだエージェントが実在するのだ。

 26年かけてもここまでしか強くなれていない。今更アベルに勝てる練度にたどり着けるのか?無理だろ?

「勝ち目なら有る。あんたの連れの嬢ちゃんだよ。とっくに気づいてんだろ?」

「なんのことだ?」

 現実改変能力者はオカルト連合の破壊対象だ。もし三間坂の異常性に気づいているならなんとしてでも殺しにくるだろう。

 財団職員として、三間坂を守る義務がある。

 それにここまで長い時間生死を共にした仲だ。奇妙な絆も生まれている。この島を出てからは異常存在や財団や要注意団体とは無縁の場所で笑って生きてほしい。

 その邪魔をするなら俺は_____全部ぶっ殺して、全部破壊して死んでもいい。

 腰のホルスターに手をかける。

 いつでも抜けるぞと言わんばかりに睨みつけると、それに気づいたエリンはニヤニヤ笑いながら弁解し始めた。

「そう警戒するな。アベルをぶっ殺せるならこちらからは手は出さないよ。もちろん島から出ても黙っといてやる。」

「あんたもループの記憶が残ってるのか?」

「十回前までは覚えてるよ。それ以上前のは覚えていない。多分939に記憶を消されちまってる。」

 どうやら三間坂の能力の影響を受けているのは自分だけではなかったようだ。

 このループが三間坂の現実改変であり、発動条件は「三間坂が死ぬ事」であるようだ。

 ループ前の記憶が持ち越せるのは現時点では三間坂、エリン、俺の三人になった。

 これを良いニュースと言ってしまってもいいのだろうか?

 ここまできていて今更だが、本当にエリンを受け入れるべきだろうか?エリンが裏切りを考えているとしたらアベル以上の脅威になり得るだろう。

 前回の記憶をつぎのループに持ち越せるという事は、今までと違って予測不可能な敵が増えることになる。

 つまり、ここまで築き上げてきたルートが全て使えなくなる可能性が有るのだ。

 腕を組んでしばらく考え込んだ。

 考えれば考えるほど悪い情報が脳内を駆け巡っていく。

 どこまで信用していいのか?アベルを殺した後、「用済みだ。」と背中を撃たれるのではないか?三間坂の安全は保証できるのだろうか?

「大丈夫ですよ!何度も言ってるじゃないですか!彼女は命がけで私を助けてくれた!数少ない信用できる人物です!」

 エリンの事は俺より、三間坂の方がよく知っているだろう。だからと言って完全に決断を委ねるのも恐ろしく感じるが、エリンの協力なしでアベルに勝てるとは到底思えない。

 ここは多少のリスクを負ってでも共闘するべきだ。

「わかった。協力しよう。」

「よし!来た!よろしくな!財団の犬!」

「黙れ!破壊しか取り柄のない脳筋!」

 早速仲違いしそうになったところに「はーいそこまでですよぉ〜!」と三間坂が割り込んで止めた。

「やっと終わりが見えてきたんです!早速作戦会議を始めましょうよ!」

「…そうだな。」

「はははっ!ごめん!ごめん!」

 女子高生に宥められる大の大人二人。

 なんとも間抜けで格好のつかない絵面だ。

「そういや、GOCにはアイアンマンみたいな戦闘用のスーツがあるんだろ?持ってきてないのか?」

「あんなものアベルの前じゃ丸腰も当然だ。」

 確かに銃弾が通用しない化け物相手じゃあ無意味なのかも刺されない。それにこの島では他の要注意団体も確認されている。(アベルに皆殺しにされているが…)GOCは死んだ隊員からパワードスーツを鹵獲されるリスクがデカいと判断した様だ。

「ところで、あんたは何回目だ?」

「96回目だ。死ぬのにもそろそろ飽きてきたよ。」

「はははっ!…そりゃ頼もしいね!」

 百回近くやり直しても勝てない俺への皮肉なのか?それともその言葉通り経験値があるから頼りになると言いたいのか?

 その答えはエリンの表情を見れば一目瞭然だった。

   

   

「次はどうする?」

「前回のは俺のミスだ。作戦はこのままでいい。」

「了解!じゃあ準備してくるよ!」

 作戦を行うにあたって必要な物資をかき集めて、机に並べた。武器、トラップ、食料、救急品等が乱雑に並べられている。

「あっ!そうだ!これ出し忘れてた!ごめんごめん!」

 エリンは、手の平で皿を作り、拳でたたいて、出し忘れていたものを机に並べた。

「頼まれてた薬だ!」

「ありがとう。助かる。」

 何度繰り返しても慣れない痛みと苦しみを誤魔化すためだけでなく、狂いそうな精神を保つためにも薬は必要な品だ。

「これでまだやれるよ。」

 ものは揃った。

 役者も揃った。

 後は俺の覚悟だけだ。

 

 

 

「少し時間もらってもいいか?」

「大丈夫ですよ。時間ならあります。」

「…そのな……。」

 いざ口にしそうとすると言葉に詰まる。

 どう伝えるべきだ?どの言葉を使えばいい?

 相手は高校を卒業したばかりの若者だ。下手な説明や慰めは返って三間坂を傷つけることになる。

 悩んでいると、三間坂の方から口を開いた。

「話って、私の妹の事ですよね。」

「…」

 モタモタしているうちに三間坂に見透かされてしまったようだ。

 返事することすらできず黙って頷く。

「実は、芽島さんがアベルに殺された後、エリンさんに守ってもらいながら実家に帰ったんです。」

「……そうか。」

 当然と言えば当然の流れだ。疑問に思うまでもない。

 俺がどんなに避けていても、死んだ後の事に干渉することなんてできないのだ。

 当然、三間坂は妹の安否を確認しに戻るに決まっている。

「すみません。芽島さんを疑ったわけじゃないんです。ただ…どうしても自分の目で確認したかったんです。それで…」

 三間坂は、肩をすくめて、床を眺めがら実家の惨状を語った。

 そこには妹の姿はなかった。

 荒れに荒らされた実家のリビングには、赤く小さなトカゲのような怪物がいて、こちらに気づいた途端に襲いかかってきた。

 咄嗟にエリンが割って入り、赤い怪物を射殺した。その後、エリンからscp- 939について教わったそうだ。

 939が人の赤子の姿で、生まれて、成長し、ある日、体調不良を起こして苦しみながら自らの体を引き裂いてあの赤い怪物へと姿を変える。そして、人を食らい続けるのだ。

 その瞬間理解した。

 妹の正体は、島の人々を食い殺した怪物と同じ存在だったのだと。怪物は死ぬ間際まで「お姉ちゃん!」と泣き続けていた。

 それは、私を騙すためだったのか?それとも助けを求めていたのか?今となってはその意図すら分からない。

「すまない。俺が…」

 俺がなんだ?もっと強ければ良かったのか?単独で、アベルをぶっ殺して、三間坂が妹の真相に気づくことなく新たな人生を歩ませられたら良かったのか?ちがうだろ。

 _____俺はただ逃げていただけだ。

 何度も逃げて逃げて逃げて逃げ続けて、結局彼女に縋って、いざ真相を話すとなると怖気付いている。なんて無力で情けないんだろう。

「この件は誰も悪くないです。生まれてきた妹も、養子に迎えた私の両親も、隠し通してきたあなただって悪くない!だから_____」

 三間坂は、涙を拭い、こちらをまっすぐ見据えて、自己嫌悪に駆られる俺に手を差し伸べてくれた。

「必ず脱出しましょう!三人で!」

 三間坂の手を握り握手を交わしながら、俺はまた、彼女に隠し事をした。

「ああ。そうだな。」

 三人で脱出する事は何度試しても無理だった。だが、二人だけなら可能だ。

 俺が死んでも、アベルさえ排除できれば後はエリンが三間坂を守ってくれる。

 俺の役目は明日で終わる。

 三間坂が明日を迎えられるならそれだけでここまでの苦労が報われる。それでいい。

 そこに俺がいる必要はないのだ。

 彼女は18と言う若さでその過酷な運命を受け入れて前へ進んでいる。

 だったら俺もそれに応えるべきだ。

 死ぬ事がわかっていながら火事場に入った消防士の様に、託された銀の弾丸を恐怖の塊に撃ち込んだDクラス職員の様に、俺も運命を受け入れよう。

 

 山の頂上から橋で立ち塞がる黒色の狂人を見下ろす。まだ、バレていない様だ。

 エリンは深呼吸をして十分な酸素を肺に入れてすぐ、息を吐き出して止めた。

 そして、放たれた一発の弾丸は見事狂人の胸に命中する。

 エリンからの狙撃は予定通り成功した。

 まさかこの距離からアイアンサイトで打ち抜ける狙撃手が存在したとは!と最初は驚いたが、今となってはもはや工場の流れ作業の様に慣れきってしまっている。

「ほら。来たぞ?ここからはあんたの出番だ。」

「了解。三間坂は任せた。」

 たった一発の被弾でこちらの位置を割り出したアベルは、こちらへ一直線に駆け出し始めた。その表情は相変わらず満遍の狂った様な笑顔だ。

 その顔に向かって7.62ミリを連射する。

 アベルは当然の様にそれを弾きながら前進を続けた。あっという間に距離が縮んできたが、問題ない。想定通りだ。

 続いてグレネードランチャーを有りったけ撃ち込む。爆発に次ぐ爆発の嵐の中を「そんなものか?」と嘲笑いながら足を進めるアベル。

「安心しろ。まだまだ小細工は残ってる。」

 弾の切れた銃をその場に置いて、バックパックに手を突っ込みながら後方へ下がる。

 木や岩や不安定な泥の足場をものともしないアベルは、あっという間にすぐそこまで来ている。

「このままじゃあ、追いついちまうぞ?」

「そうだな。最高記録だ。おめでとう。」

 あらかじめ仕掛けておいた試行性散弾がアベルの足元で爆裂した。

 無数の鉄球がアベルの肉体にめり込んだが……

 「所詮は小細工だ!」

 アベルの足は、ほぼ無傷、少し擦り傷をつけられた程度だった。

 大したダメージを与えられない事はわかっていたため、驚気もせずにすぐ走り出す。

 ほんの数秒分の猶予だが、時間を稼ぐ事はできた。

 ある程度進んでまた小細工を仕掛ける。

 足元に手榴弾を投げつけて、アベルの足元で爆発を起こした。

「無駄だ!」

 相変わらずかすり傷しか与えられていない。

 だが、本命にはまだ気ずかれていない様だ。

 開けた場所にでてからは足元に気をつけながら、慎重な走りに切り替えた。

 すかさず距離を詰めようとアベルが踏み込んだ瞬間、大きな爆発が起きた。

「ここは地雷原!足元に気をつけるんだな!」 

 本来対人地雷とは、殺すためではなく、対象を瀕死にする事を目的とした兵器だ。

 だが、俺が持って来たのは939を殺すための特別仕様。つまりこの世の大抵の生物が踏めば即死するほどの火薬が使われている。

 それでも背後の足音は止まらなかった。

 普通に考えてそこに立っているはずがない黒い影が、煙をかき分け、地雷の爆発をものともせず突き進んできている。

 これまでにないほど罠にはめたはずなのに、対してこれまでと変わらない結果だ。

 努力が水の泡になった様で憤りを感じる。

 絶望感的な状況だが、まだこちらにはとっておきの秘策が残っている。


 

「コイツがGOCが誇る秘密兵器!その名は7.62mm×51mm Immortal Killer!!」

 エリンが胸を張り、自慢する様に掲げたのは一発の弾丸だった。弾頭が血でも浴びたのかのよにどす黒い色をしているのを除けば一見ただの弾と違いはない。

「その名の通りこの弾は、通常の手段では、破壊不可能なオブジェクトを破壊する事を目的とした特殊な弾丸だ!あのscp- 682をぶっ殺すことを目標につくられたんだよ!」

「…クソトカゲが未だ健全って事は、通用しなかったって事だろ?」

 アンチをフル無視して、エリンは弾頭を指差し、説明を続けた。

「ここに特殊な毒?……煙?……なんか入ってるんだ!」

「え?何それ怖い。」

「企業秘密だよ!」

 企業秘密は本当かもしれないが、多分忘れてるだけだ。

「まぁ、その…毒でいいや!その毒には対象の耐久力を極端に低下させる効果があるんだ!コイツにかかれば大体のオブジェクトは破壊可能になる!」

「その秘密兵器とやらの実績は?」

 GOCは要注意団体の中でも、特に強大な組織である。それも破壊に特化した研究や実験を行っている組織だ。そんなGOCが作り出した兵器ならかなり期待ができる。682には通用しなかった様だが、それ以外での実績があるならかなり期待できるだろう。

「あー…◻︎◻︎◻︎とか◻︎◻︎とか◻︎◻︎◻︎とかはコイツでぶっ壊せた!」

「…そいつらとアベル、どっちのが硬い?」

 答えは即答で、無駄に元気の良いものだった。

「アベルだよ!残念っ!!」

 ため息をついて絶望する俺にエリンは、さらに追い討ちをかけて来た。

「毒が回るまで、最低でも30分はかかる。小細工で稼げるのはせいぜい15分ってとこだ。残りの15分はどうする?」

 

 

 

 秘密兵器の説明を聞いてから10ループ後。

 俺達は現時点で、本作戦の半分まで辿り着いた。

 問題は残りの半分。15分間の鬼門だ。

 939用に持ち込んだ罠でそれなりに時間は稼げるが、結局残りの時間は小細工なしで、生き延びる必要がある。

 逃げ切れるか検証したが、何度やっても毒が回るよりも先に全員殺される結果に辿り着いてしまう。

 結局最後に残るのは、難易度の選択肢。その中でも一番避けたい最善だが最悪な選択だった。

「俺が戦って15分乗り切る。」

「その豆鉄砲とマチェット一本でか?」

 結局アベルと戦って残りを稼ぐしかないのだ。小銃の弾は序盤で撃ち尽くすし、爆発物も逃げながら使い切る。最後に残るのは刃が摩耗したマチェットナイフと残り弾数の少ない拳銃のみ。

 軽装備で近接戦闘を行い残り時間を稼ぐ。それしか方法がない。

「かつて日本は竹槍と大和魂で爆撃機を落とせると考えていたんだ。それに比べればまだ現実味があるだろ?少なくとも俺には銃と大和魂がある。」

「oh…This Japanese guy is crazy.」

 

 

 道なき道をかき分けて走り続け、ようやく目的地に到着して振り返った。背後には崖があり、足元は苔の生えた巨大な岩。頭上には枝一本なく、日当たりがいい。最終決戦にはもってこいの理想的な場所だ。

 ジップロックに突っ込んでおいた薬をまとめて口に詰め込んで水筒の水で流し込む。

 これで全てが整った。

 間も無くして木々を蹴り倒し、アベルが現れる。これだけ高低差があり険しい道のりだったと言うのに息切れ一つしてない。羨ましい限りだ。

「追い詰めたぞ?次はどうするつもりだ?」

 左手にマチェットナイフ、右手に拳銃を握り締めて、アベルの方を向く。

「こいよ!アベル!伊達に100以上殺されてないって事教えてやるよ!」

 

 

 アベルがいなくなった橋を渡り、出来る限り前進する。

 芽島がアベルに負ければ、戻って来たアベルに殺される。勝てば晴れてこの島から脱出出来る…そう思っていた。

「ほら!走った走った!せっかくのアイツの死を無駄にするべきじゃなよ!」

「え?芽島さんが勝たなきゃ私達は脱出できないんじゃ?」

 まるで彼を見捨てるようなその発言に違和感を感じる。

 足を止め、憤って睨みつけると、エリンはしまったと言った表情で、頭を掻きながら舌打ちした。

「あー…shit…I slipped up.」

「どういう事ですか?説明してください!」

「アイツはアベルを道連れに死ぬつもりなんだよ。それしか方法がないんだとよ。」

 なんの訓練も受けていない自分が、あんな化け物相手にできることなんて何もない。本来なら逃げることすらままならないだろう。

 それでも芽島を囮にして逃げ続けるこの作戦はあまりにも馬鹿げている。

「そんな…三人で脱出しようって言ったのに…」

 その場に膝をつき絶望して動けなくなった。

 そんな私の隣に「やれやれ」とエリンは腰を下ろした。

「いいかい?この世界はどこまでも矛盾だらけでひねくれてるんだ。その世界を無理やり正してるのが…尺だけどSCP財団なんだよ。そのために財団は、これまでも多くの犠牲を払って来た。それも人知れずにね。そのおかげで君達一般人は、その脅威にすら気づく事なく幸せな生活を送れてるんだ。」

「芽島さんにもその犠牲の一人になれと?」

「そうだよ。本人もそれを承知の上で戦ってる。」

 私に取って芽島は地獄に手を差し伸べてくれた希望であり、何度死んでも私を見捨てず助けようとしてくれている恩人だ。

 私は、そんな彼に「ありがとう」の一言も言えていない。

 散々守ってもらっておいて最後は、身代わりにして死なせて終わりなんて私はいやだ。

 ただの一般市民で、平和ボケしてて、当然戦い方なんてわからない。そんな私にも…私にしかできる事はある。

「…だったら私は__________」

 

 

 馬鹿げていて、現実的じゃない。そんな私の作戦をエリンは腹を抱えて笑った。

「You guys are totally crazy!!」

  そうして、ひとしきり笑い終えると過呼吸で涙を拭きながら  は言った。

「……でも面白い!乗った!その果てしない旅路!最後まで見届けさせてもらうよ!」

 勢いよく立ち上がったエリンが手を差し伸べてくれた。

 迷いなくその手を握って私は立ち上がる。

「私は絶対に芽島さんを諦めない!」

 

 

 

 アベルから幾度となく繰り出される剣撃は、まるで重機のように重く、強く、精密だ。

 それを記憶を頼りに寸でで避けて、避けて、避けて、避けて、避ける。

 たまにくる想定外の攻撃には、拳銃弾を目元に撃ち込み、怯ませる事で対処した。

 最初はこそ瞬殺されていたが、今となっては慣れたものだ。

「この俺相手にここまで食い下がる人間が、まだ財団にいたとはな!」

 歓喜して笑い声を上げるアベルに対して、冷めた声を掛ける。

「無限残機は、あんただけの特権じゃない。それだけの話だ。」

 太陽を遮った雨雲。そこから降り落ちる雫。

 ポツリ、またポツリと地面をぬらして、少しずつ地面の色を変えながら、その雨粒は増えて行った。

 最初の頃は、忌々しく、邪魔でしかなかった雨が、今回は強い味方になる。

 この雨がなければこの作戦は失敗する。

 誤差だと当初は過信していたが、十回死んだ事で、雨の必要性を確信させた。

 「やっと条件が揃った。」

 鬼門の15分は乗り切れた。これでやっと次の段階へ進むことができる。

 マチェットナイフを鞘へ、弾の切れた拳銃をホルスターに納める。そして、武器を手放した俺に困惑するアベルへゆっくりと近づいて行く。

「イカれたのか?」

「そうだろうな。確かに俺は、あんたに殺されたあの日から逝かれ続けている。」

 トドメを刺そうと振り上げられた刃の軌道を俺は知っている。

 幾度となく頭部を跳ね飛ばした薙ぎ払いを首を曲げて避け、何度も上下半身を一刀両断した大振りをしゃがみ込んで交わす。

 すかさず次の斬撃を出そうとしたアベルの様子に変化が起きた。

「なんだ?!これは!?」

 狙撃によってあいた、胸の風穴から黒い影の様な煙が立ち込める。

 ようやく毒が回り始めた様だ。

「…ここだな。」

 スタンレネードのピンを引き抜き、アベルの顔面に叩きつける。

 強い光が目をつぶし、高い音が鼓膜を揺らす。目の前が真っ白になり、耳鳴りが鳴り止まない。五感の中でも特に重要な二つを失ったが、問題はない。

 この状態も飽きるほど経験している。目が見えていた時の記憶と触覚を頼りにアベルの位置を特定して、全力で体当たりした。

「お前!なんのつもりだ!」

 硬い筋肉に衝突した確かな感触と体にかかる重い重力が狙い通りに行った事を確信させた。アベルを巻き込んで崖から自由落下しているようだ。

 素の状態でどれだけ全力でぶつかってもアベルはびくともしない。そこで、俺は考えた。

 足にダメージを蓄積させればいいのではないか?

 地面が濡れて、滑りやすければふんばりずらいのではないか?

 目と耳を潰せば隙ができるのではないか?

 まさにその通りだった。

「とっておきの大和魂を見せてやるよ!」

 落下しながら、マチェットナイフを手にとる。

 このまま落下しても、死ぬのは俺だけだ。

 この程度の崖から落ちてもアベルは平気で生き残ってしまう。

 毒が回っているのは確かだが、あくまでもあの毒はアベルの肉体の耐久力を落とすものだ。

 確実に殺せる強力な一撃を与えなければ結局、殺しきれない。

 隙ができるとしたら落下中の今だけだ。

 しかし、それはお互い様である。足がつかず踏ん張れない上に、着水まで残された時間はあと数秒。アベル相手に極限状態での攻防で勝てるわけがない。現に何度も敗北している。

 そこで考えついた作戦がコレだ。

 刃先を自らの胸に向ける。そして自分ごと背後のアベル突き刺すのである。

 これならアベルの死角から奇襲できる上に強力な一撃を繰り出せる。

 すでに何十回も失敗したが、今回は、位置もタイミングも完璧だ。確実に間違いなく成功する。

「これがジャパニーズハラキリだ!」

 勢いよく腹に突き刺した刃は今までより固く深々と刺さったように感じた。

 どうやら狙い通り、背後のアベルに命中したようだ。

「お前!」

 こんな不意打ちの卑怯な方法を使ったんだ。

 狂戦士でありながら、古風な価値観を持つアベルは怒り狂ってしまうだろう。そう思っていたが、実際は違った。

 アベルは「お前!面白い!面白いぞ!」と爆笑した。どうやらお気に召した様だ。

「お褒めに預かり光栄だよ。」

 そうして、そのままの姿勢で水面に衝突した。

 薄れていく微かな視界に最後に映ったのは左腕の時計だった。

 画面の表示は7月15日の1700。

 ようやく止まっていた時間が進み始めた。 ここまで達成感のある定時は初めてだ。

 やっとだ。やっと全てが終わる。

 ああ、これが死か…真っ暗で何もない。

 やっと自由になれたのに…あまりにもここは退屈すぎる。

 

 うっすらと見えてきたぼやけた世界は、真っ白で、清潔で、殺風景で、退屈で、でもどこか見覚えがあった。

 走馬灯と言うやつか?それともあの世か?身に覚えが多くていまいち自分の置かれた状況がわからない。

 そんな時、少しずつ蘇っていく鼓膜を懐かしい声が揺らした。

「おはようございます。よく眠れた様ですね!」

「は?」

 その声の主が誰なのかを理解した途端、目が完全に冷めて勢いよく起き上がる。

「なんでお前が?!俺は死んだはずだろ?ここはどこなんだ!?」

 長い事横になっていた場所は、三途の川の岸ではなく、白いふかふかのベットだった様だ。隣には椅子に腰をかける白衣を着た三間坂の姿があった。

「ここは、SCP財団日本支部。サイト◻︎◻︎の病室です。」

「俺は、あれからどれだけ寝てた?」

「あなたは三年ほど寝込んでいたんです。その間に色々あって…」

 三間坂は誇らしそうに胸を張り、首からかけられた名札を指差した。

「私!財団の職員になったんです!まぁ、ほぼ保護対象としか扱われてないんですけどね!」

 名札には「三間坂 瑛奈」と書かれていて、その下には「SCP-No.ナシjp class Thaumiel」と書かれている。

 それが何を意味するのかは、明白だった。

「能力を隠さなかったのか?なぜだ?」

 三間坂には、財団の事を伝えておいたはずだ。異常存在の「確保、収容、保護」が財団の使命なのだと。聞こえはいいがその実態はSCPオブジェクトを狭い施設に閉じ込めて、時には非人道的な研究を行い。収容するためなら手段を選ばない。そんな組織だ。

 ナンバリングをつけられて、施設に入れられればもう、表世界での自由はなくなる。

 だからこそ、三間坂にはここへ来て欲しくなかった。家族も友人も何もかも失った彼女から自由までも奪いたくはなかったのに現実は非情だ。

「実はあの後、エリンさんに協力してもらって何度かループを続けたんです。正確にはあなたがアベルと一緒に海へ落ちた瞬間からですね。」

「お前まさか…」

「ええ!そのまさかですよ!アベルだけが死んであなたが生存できるまで何度もループして海面に浮かぶあなたを探し続けました!」

 それは果てしない旅路だっただろう。

 満身創痍で、胸にナタが突き刺さった状態で、海面とは言え、崖から落ちて生存できる確率なんて0に等しい確率だと言うことは数学が苦手な俺にもわかる。

 それこそアベルを倒すまでにくり返したループに迫る数やり直したことだろう。

 しかし、一つ謎が残る。

「なぜ俺の記憶が消えている?あの後もやり直してたなら俺も覚えているはずだ。」

 アベルとの戦闘後、939とは遭遇していないはずだ。

 もし、あの後939と遭遇していたとして、何度もやり直したとしたら、俺だけでなく生存している全員が記憶喪失状態になっているはずである。にもかかわらず現状、記憶がないのは俺だけなのはおかしな話だ。

 他に記憶を消すものが存在していて、アベルと戦う前にそれの効果を受けたとしか考えられない……ああ、そうか。それなら心当たりがある。

「……薬か?」

「はい!あの中にGOC特製の記憶処理用の薬品を混ぜておいたんです!」

 確認する余裕がなく適当に飲み込んだため、全く気づけなかった。

「どうもエリンさんは全てが終わった後に私に盛ろうとしてたみたいで…まぁ!あなたに全部使ったせいで、できなかったんですけどね!」

 異常存在そのものだけでなく、その記録や記憶すらも収容しなければならない。

 その考えは財団もGOCも同じだ。

 だが、本来破壊対象であるある三間坂を殺さず、わざわざ薬で記憶を消そうとしていたのは、多分エリンなりに三間坂を逃がそうとしていたのだろう。

 彼女も、GOC職員である前に心を持つ一人の人間だ。長い時間共に過ごした三間坂に情がわいてしまったのだろう。

 だからこそ三間坂がここにいる事が悔しくて仕方がなくなる。

「そこまでやった結果がこれかよ。」

「えぇ!そうです!財団の医療チームの力がないと貴方を蘇生できませんでしたから。こっそり助けられればよかったんですけど…」

「運良く生き残った事にすればよかっただろ?なぜループについて話した?」

「あのままだとあなたと離れ離れになるところでしたから。色々試した結果、こうでもしないとあなたとの再会は叶わなかった。」

 俺を真っ直ぐ見ているはずの三間坂の目は果てしなく遠くを見ている様だった。

「それに、記憶を無くすのはもう懲り懲りですよ。」

 939に幾度となく記憶を消され続けた三間坂が言うと重みが違って、何もいい返せない。

「…そうだな。」

「それに私はここを窮屈な場所とは思ってませんよ!衣食住タダで!ネットショッピングで欲しいものは買えるし、変わってるけど面白い人がいっぱいいる。たまに海外にも行けますしね!サイト内だけでしか行動できませんけど!」

「楽しいならよかったよ。」

「はい!それにこれからは芽島さんもいます!あなたがいればどんなオブジェクトが収容違反を犯しても安心ですね!なにせ解決するまで私の能力でループさせればいいんですから!」

「……もうループは懲り懲りだよ。」

 お互い辛く長がった島での日々を思い出して、重い空気が漂い始める。そんな空気を壊したのは常に明るい彼女だった。

「久しぶりだね二人とも!でもこの空気は…Did I disturb the couple?」

「エリンさん!お久しぶりです!…どうやって入ってきたんですか?まさか不法侵入?」

 GOCの職員であるエリンが一応、敵対組織である財団施設に無断で入って来られるとは思えない。

 まぁ、エリンほどの実力があれば偽装工作して侵入してくることも難しくはないかも知れないが、俺の見舞いするためだけに財団とGOCの関係を悪くするリスクを負うとは思えない。

「待て待て!ちゃんと許可は取ってるよ!ほら!」

 エリンは三間坂の疑いを晴らすために慌てて首から下げられた名札と許可証を指差す。

「ここだけの話、もうすぐ財団日本支部とGOCの戦闘員を集めて要注意団体に殴り込みをするんだよ。その打ち合わせに来たんだ。私はスナイパーだから、直接聞けることは聞いと来たくてね。」

「俺の見舞いはついでか?」

「何?嫉妬かい?可愛いとこあるじゃん!」

「冗談だよ。……三間坂から話は聞いた。ありがとう。あんたのおかげで生き残れた。」

 感謝を伝えるとエリンは得意げに笑った。

「ふふーん!感謝しろよ!そんで今度寿司奢れ!回らない方のたっかいやつ!」

「分かったよ。退院したらな。」

「うん!約束だ!」

「It's time! Come quickly!」

 扉の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。

 エリンは「はっ!」と何かを思い出したかの様に腕時計を見ると慌てて立ち上がった。

「おっともう時間だ!また来るよ!take care!」

 エリンはウインクをして、慌ただしく退室して行った。

「それじゃあ私も行きますね。あなたが目覚めた事上に報告しなきゃ行けないので!」

「ああ。仕事頑張れよ。」

「はい!」

 手を振って扉を閉めようとしたところで「あっそうだ!」と何かを思いつくと満面の笑みで「寿司!買って来てくださいね!サイトの食堂だとなかなか生物でないんで!」

「了解した。エリンがいるうちに寿司パーティー開ける様に俺もリハビリとか頑張るよ。」

 今度こそ三間坂は退室して一人残される。

 長い間寝続けていたせいか体が重く、少し動いただけで痛みを感じる。

「検査終わったらリハビリだな…」

 窓ガラスに反射した毛むくじゃらの顔を見て訂正する。

「いや…髭剃りからだな。」

 

 

 

 外出の許可を取り…と言っても施設内なのだが…

 まず向かったのは施設内の売店横にある散髪屋だ。

 眠っている間に伸び続けていた髪や髭は素人の俺が処理するにはあまりにも手遅れだったため、素直にプロに任せることにした。

 長くなった髭を切り落として髪を刈り上げ、戦前の端正な頭髪に戻す。

 最初は「はじめめまして」と出迎えて初対面のように接客していた店長のおじさんは髭がなくなり、髪が短くなるにつれて客の正体に気づいて「お前だったのか!」と生き別れの家族と再会したかのように驚いて、笑っていた。

 さっぱりした気分で病室に戻ると思いがけない上、できれば距離をとっておきたかった人物が俺のベットに腰をかけて優雅にコーヒーを啜っていた。

「やぁ!待っていたよ!scp- No.ナシBくん!」

「は?」

「おや!まだ聞き慣れてないようだね…いやまだ聞かされてないのか…まぁいい。今後は本名で呼ばせてもらうよ。」

 そこに座っていたのは簗野博士。

 日本支部が誇る天才であり、日本国最狂の変人だ。

「なんのようです?簗野博士。」

「君がscpオブジェクトの仲間入りしたことを祝福しにきたのだよ!正確には三間坂君の付属品としてだがね!」

 自分がオブジェクトととして扱われるのはなんとなくわかっていた。

 実際、散髪屋に向かう道中も監視カメラがやたらこちらに向いて動いていたし、あちこちから視線を感じていた。

 だが、この際それらはどうでもいい…ことはないが、この件については三間坂が保護されていた時点で覚悟していた。問題はそこではない。

 嫌な予感がして青ざめているとニヤニヤしながら簗野博士が追い打ちをかけてきた。

「喜べ!君らの担当は私に決定した!今後も私の実験に付き合ってもらうぞ!」

「チェンジできます?」

「無理だ!言っただろ?これは決定したことだと。今更覆ることはない!」

 頭を抱えて項垂れる俺を見下ろす博士の満面の笑みは一生忘れられないだろう。

 あれは正に悪魔の笑顔だった。

 ひとしきり笑うと博士は突然真顔になり、先ほどとは打って変わって真剣な声色で告げた。

「とは言え君達は、基本的に実験よりも任務に従事してもらうことになるがね。」

「任務?」

 博士は防犯カメラを顎で指すと招き猫のように手を振った。

 「耳をよこせ」と言うことだろう。指示通り耳を近づけると博士は小声で告げた。

「これから君達は、機動部隊「削除済み」として運用されることになる。」

 耳元でそう呟くとアタッシュケースから一枚の紙を差し出してきた。

 受け取り見てみるとその紙はシミひとつない白紙だった。

「ほれ!これを使え!」

 そう言ってブラックライトを渡された。

 照らしながらじゃないと読めない加工が施されているのだろう。

 回りくどく面倒臭いが、逆に言えばよっぽどの極秘事項が書かれているのだろうから仕方がない。

 ライトで資料を照らすとこの様な文字が浮かび上がってきた。

 

 機動部隊 No.ナシ 通称「削除済み」

 

 任務事項 「削除済み」は、scp- No.ナシの異常性を活用し、通常の人類では解決不可能な危機的状況で投入される遊撃部隊です。その存在はscp-No.無しと同様、徹底的に隠蔽されなければなりません。

 

 とりあえず俺と三間坂が新編成された機動部隊へ配属されることはわかった。

 だが、腑に落ちないことがある。

 なぜ財団は俺達にNo.を付与しないのか?機動部隊の名前も「削除済み」と言う明らかに異質なネーミングだ。

 首を傾げていると読み終わったのを見かねた博士が、今度はライターを差し出してきた。

「炙って見ろ。」

「室内でこんなもの使っていいんですか?」

「大丈夫だ最悪二人揃ってスプリンクラーのシャワーを浴びた後すごい怒られるだけで情報は守られる。」

 それが嫌なんだよと思いながらも言われた通り資料の下の部分を炙って見ると紙は燃えるどころか焦げ跡ひとつつくことはなく、代わりに小さな文字が浮かび上がってきた。

 

 突起事項 本部隊は機動部隊「オメガ7」に対抗するために創設された部隊であり、その実態は日本支部の関係職員にのみ明かされます。また、本部隊は、本部が日本支部を見捨てた際の切り札となる部隊の一つです。

 

「あの…これ…」

「口にするな。これは機密事項だ。」

 荷が重いって!ふざけんな!てか「通常の人類では解決不可能」ってなんだよ!俺は通常の人類と変わらないだろうが!______と叫びたいのを我慢して大きく深呼吸して心を落ち着かせる。そしてまず、この場で確認できる事を第一に考えることにした。

「三間坂は?どう言う運用になるんです?」

 何よりも心配なのは三間坂の立場だ。

 現時点で、裏ではscpオブジェクト、表では研究員として従事している様だが、これがいきなり機動部隊へ配属されるとなれば、彼女の危険度が大きく変わってしまう。

 世界平和に忠誠を誓っている身ではあるが、三間坂が危険な場所で任務に就かなきゃならない事になれば俺は、財団を裏切ることになるだろう。

 三間坂が財団に囚われたのは自らの意思だ。

 本人が裏側を深く知りたいと望んだ。その結果だ。だが、財団の利益のために使い潰されるなんてことはあってはならない。

 三間坂が楽しく元気に暮らしていける世界が俺の理想だ。

 それが脅かされると言うなら俺は、なんだってやってやる。

「安心しろ。彼女が前線に出ることはない。基本的にはサイト内で待機してもらうことになるだろう。安心しろ。君らの異常性に距離は関係ないことは掌握済みだ。存分に死ぬといい!」

 三間坂が直接戦わなくていいのは良かったが、それと同時にもう一つの問題が浮き彫りになった。

 かまをかけてここまで気持ちよくかかったやつは初めてだ。

「掌握済み?まるで実際に試したことがある様ないい草ですね?ブラジルと日本で実験でもしたんですか?」

「へっへっへ!」

 目の前のこの男は一見変人だが、それを補うだけの優秀な心理学の知識を持っている。俺ごときが心理戦で勝てるわけがない。こちらの罠にわざと引っかかって遊んでいるんだ。

 とぼけた様に笑う博士を睨みつけて、さらに問い詰める。

「寝てる間にやりやがったな?」

「ハハッ⭐︎」

 その質問への答えは目の前のムカつく笑顔を見れば、一目瞭然だった。

 

 

 

 三間坂のサポートと、簗野博士の激励という名のセクハラを受けながらリハビリを続けて、半年の年月がたった。

 当時ほどはないにしろ、手足は思い通りに動くし、体力も回復した。

 ようやく現場に復帰できる。

 当時所属していた部隊はやはり全滅していて、復帰した時には顔見知りの隊員はほとんど殉職していた。

 少し寂しく感じるが、英霊達の死を無駄にしないためにも生き残った俺は戦い続けなければらない。そのためにまずは、新たな隊長に挨拶に向かった。

「本日付けで『機動部隊 削除済み』に配属を命じられました。」

「『データ削除済み』島での任務完遂。実に見事だった。あなたの様な歴戦の猛者が我が部隊に来てくれて大変心強い。ぜひ今後も平和の為に尽力してもらいたい。」

「わかりました。今後も最善を尽くせる様、努力します。」

「早速だが、新たな任務を命ぜられた。行けるか?」

「いつでも行けます。」

 

 

 新たな仲間と共に装備を身につけ、銃を持ち、作戦を立てて、ヘリへ乗り込む。

「さぁ出動だ!」

 何気ない日常を、当たり前の法則を、不安定なこの世界を守るため、財団は人知れず戦い続ける。

 確保、収容、保護、そして時に破壊を行いながら__________

 

ご視聴ありがとうございます。

なんとか書き切って投稿できたことを嬉しく思います。

作品とは書き切っても誰かに読んでもらわないと完成したとは言えないので、一人でも多くの方に読んでいただければ幸いです。

作中の矛盾点は現実改変による物であるため気にしないでください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ