第4話「稽古場の洗礼」
一週間の雑務試練を終え、ついに鷹之助の弟子として稽古場に立つ蒼真。
しかし、そこで待っていたのは歌舞伎の華やかさとは無縁の、容赦ない“洗礼”だった。
翌朝、蒼真はこれまで以上に早く家を出た。
胸の奥がざわつき、緊張と期待が入り混じっている。
鷹之助が案内したのは、木造の古びた建物——稽古場だ。
引き戸を開けると、広い板張りの床の中央で数人の若い役者が所作の練習をしていた。
足音を吸い込む木の香り、汗と白粉が混じった独特の匂い。
蒼真は思わず息を呑んだ。
「おい、新入りか」
声をかけてきたのは、年の近い少年。整った顔立ちだが、目つきは鋭い。
「白石蓮だ。俺はもう三年ここにいる。遅れんなよ」
短い挨拶に、蒼真は背筋を伸ばした。
鷹之助の指示で、まずは立ち方から始まった。
足を外八の字に開き、膝を曲げ、腰を落とす。
簡単そうに見えるが、数分で太ももが悲鳴を上げた。
「膝が上がってる!」
師範の木槌のような声が飛び、蒼真は慌てて姿勢を直す。
だが直そうとすると今度は腰が浮く。
汗が額から滴り、呼吸が浅くなる。
次に、声出しの稽古。
腹から声を出し、「いろはにほへと」をゆっくり発声する。
初めは調子よく出せたが、何十回も繰り返すうちに喉が焼けるように痛んだ。
休憩もなく、続いて“型”の基礎が始まる。
片足を滑らせ、扇を開き、視線を客席に送る。
その一つ一つの動作に意味があると師範は説明するが、頭と体が一致しない。
「お前、舞台をなめてるのか!」
怒号が飛ぶ。
孤児院の友達に笑われるのとは違う、舞台の世界の厳しさが突き刺さった。
昼休憩、隅で水を飲む蒼真に、白石蓮が近づく。
「お前、足が遅いし声も細いな。このままじゃ三日ももたねえぞ」
挑発的な笑みを残し、蓮は去っていった。
午後の稽古が終わる頃には、蒼真の足は棒のようで、声はかすれていた。
それでも帰り道、彼の胸の奥には、不思議な熱が残っていた。
——やっぱり、この世界にいたい。
蒼真は初日の稽古で、歌舞伎の世界の厳しさを全身で味わいました。
次回は、白石蓮との関係が物語の軸に動き始めます。
舞台の上で生き残るために、蒼真はどう動くのか——その試練が始まります。