第1話「運命の出会い」
これは、生まれたときから孤児院で育ち、ただひたすら舞台を夢見た一人の少年の物語。
血の繋がりも後ろ盾もない彼が、歌舞伎という華やかで厳しい世界へ足を踏み入れ、一流の役者になるまでの道を描く百幕の物語です。
第1話は、その夢が芽吹く瞬間の話です。
孤児院の中庭で、古びた木刀を振る少年がいた。
名を蒼真。八歳。
彼は誰に教わったわけでもなく、見よう見まねで歌舞伎の型を真似ていた。
孤児院に流れてくる風が、町のざわめきを運ぶ。
その向こうから聞こえる太鼓と笛の音。
町内の祭りにやって来た旅芸人の歌舞伎一座の音だ。
去年、その芝居を偶然見た。
色とりどりの衣装、誇張された動き、観客を飲み込む声。
胸が熱くなった。あれが「歌舞伎」というものだと知ったのは後になってからだ。
以来、蒼真は隙を見つけては木刀を振り、足を踏み鳴らし、声を張る。
もちろん孤児院の子供たちは笑った。「変な動きだ」と。
それでもやめなかった。
理由はただ一つ——あの舞台に立ちたいから。
ある日、孤児院に寄付を持って訪れた一人の男がいた。
市村鷹之助。渋い声と背筋の通った立ち姿。
彼は玄関先で蒼真が遊んでいるのを横目に、中庭の方へ歩いて行った。
そして見た。
蒼真が誰に見せるでもなく、空に向かって型を切っている姿を。
動きは拙いが、何か芯のようなものがあった。
「坊や、その足の運びは誰に習った?」
蒼真は驚いて木刀を下ろした。
「……誰にも。見て覚えました」
鷹之助はふっと笑い、「面白い」と呟いた。
それが、蒼真の運命を変える最初の一言だった。
蒼真の物語は、この一瞬から動き出しました。
孤児院の小さな中庭と、偶然の出会い。
次回は、この出会いがどのように蒼真の未来を揺り動かすのかを描きます。
歌舞伎の花道への第一歩は、まだ静かに始まったばかりです。