表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/19

第9話 小屋のまわりで、ちょっとした小さな事件

 朝から、小屋のまわりが妙にざわついていた。


 といっても、風が強いわけでもないし、森の動物たちが暴れてるわけでもない。ただ、何かが“変”なのだ。気配の向きが違う、というか、音の輪郭が少しずれているような。


「レト〜、なんか今日のポルン、そわそわしてない?」


「うん……朝からずっと落ち着きがない」


 ポルンは小屋の周囲をうろうろと歩き回って、何かを探しているようだった。草のにおいを嗅いで、耳をぴくぴくさせ、時々「ぷるっ」と尻尾をふくらませる。


「……ねえ、まさか魔物?」


「いや、そんな大きな反応じゃないけど……でも確かに、森の気配が少しだけ乱れてる」


 ノアが不安そうに眉をひそめた。スコップを手に、小屋の裏手へと歩き出す。


 ぼくも、ポルンの後を追うように森のふちまで出て、あたりの土や草を見てみた。


 そこで見つけたのは、小さな――本当に小さな――足跡だった。


◇ ◇ ◇


「レト、これ……なんか、ちっちゃい足跡?」


「うん。たぶん……“イタズラコロン”だ」


「えっ、なにそれ、かわいい名前!」


「かわいいけど……ちょっと厄介。森のいたずら精霊みたいな存在で、ほっとくと、道具を隠したり、靴ひもを勝手にほどいたり、棚の物を入れ替えたりする」


「うわぁ、なんかうちにぴったり来ちゃいそうなタイプ……!」


 ノアが肩をすくめる。その横で、ポルンがなにかをくわえて戻ってきた。


「……あれ、それ、レトの虫よけハーブの袋?」


「うわ、ほんとだ。昨日干しておいたやつだ……どこから見つけてきたのポルン?」


「ってことは、やっぱり何かが持ってった……?」


 ぼくたちは顔を見合わせて、すぐに小屋の中を点検しはじめた。


◇ ◇ ◇


 棚の上の道具がひとつ、入れ替わっている。


 ノアの道具箱の留め具が、なぜかリボン結びになっている。


 ポルンの餌皿の下に、乾燥ハーブの束が隠されている。


 そして極めつけは――


「えっ、レト、ない! ミントの苗が、一鉢まるまる消えてる!」


「……完全にやられてるね」


 ぼくはため息をつきながらも、ちょっとだけ笑ってしまった。


 こういう小さな事件は、めんどうではあるけれど、どこか微笑ましくもある。


 でも、このままでは苗も物もどんどん消えるかもしれない。イタズラコロンは一匹だとたいしたことないけど、群れになるとけっこう手強い。


「よし、今日は『追い出し作戦』しよう」


◇ ◇ ◇


 午後、ぼくとノアは、森で採った“シソの葉”と“セージ”を使って、精霊除けのスプレーを作ることにした。


「これ、香りで嫌がるんだよね?」


「うん。でもあまり強すぎるとポルンも嫌がるから、加減が必要なんだ」


 小屋の外に薄くスプレーをまいて、玄関の周りには“香りの輪”を作った。これは、葉と花を円状に並べて、魔力のゆらぎを穏やかに整える仕掛け。


「これで少しは落ち着くといいなあ」


「たぶん大丈夫。あと一応、棚の中にも軽くスプレーしておこうか」


 ノアがスプレーをひと吹きした瞬間――


「ぴょっ!!」


 小さな、聞き慣れない鳴き声が聞こえた。


 見ると、棚の裏から、手のひらサイズのもじゃもじゃの影が飛び出した。


「えっ!? いたの!?」


「うわ、ほんとにイタズラコロン!」


 ぽよん、と跳ねて、くるくる回って、次の瞬間にはポルンに追いかけられていた。


「まって〜〜っ! ポルン、転ばないで〜!」


 小屋の中は、しばらく大騒ぎになった。


◇ ◇ ◇


 最終的に、イタズラコロンは、ハーブ棚の下に用意した“空き巣箱”に自然と入り、捕獲(というより退去勧告)に成功。


 箱の中に穏やかな草の香りを詰めて、森の奥へと運んでいった。


「ねえレト、こういうのって、もっといっぱい出てきたりする?」


「たまにね。でもたぶん、小屋の居心地が良すぎたんだと思う」


「……うれしいけど複雑だな〜」


 帰り道、森の中にちいさな足跡が点々と続いていた。たぶん、あの子がまたどこかでイタズラをはじめるのだろう。


「でもまあ……たまには、こういう事件も悪くないかも」


「そうだね。退屈しないって意味では、最高のスローライフかも?」


 3人の笑い声が、森に溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ