第9話 小屋のまわりで、ちょっとした小さな事件
朝から、小屋のまわりが妙にざわついていた。
といっても、風が強いわけでもないし、森の動物たちが暴れてるわけでもない。ただ、何かが“変”なのだ。気配の向きが違う、というか、音の輪郭が少しずれているような。
「レト〜、なんか今日のポルン、そわそわしてない?」
「うん……朝からずっと落ち着きがない」
ポルンは小屋の周囲をうろうろと歩き回って、何かを探しているようだった。草のにおいを嗅いで、耳をぴくぴくさせ、時々「ぷるっ」と尻尾をふくらませる。
「……ねえ、まさか魔物?」
「いや、そんな大きな反応じゃないけど……でも確かに、森の気配が少しだけ乱れてる」
ノアが不安そうに眉をひそめた。スコップを手に、小屋の裏手へと歩き出す。
ぼくも、ポルンの後を追うように森のふちまで出て、あたりの土や草を見てみた。
そこで見つけたのは、小さな――本当に小さな――足跡だった。
◇ ◇ ◇
「レト、これ……なんか、ちっちゃい足跡?」
「うん。たぶん……“イタズラコロン”だ」
「えっ、なにそれ、かわいい名前!」
「かわいいけど……ちょっと厄介。森のいたずら精霊みたいな存在で、ほっとくと、道具を隠したり、靴ひもを勝手にほどいたり、棚の物を入れ替えたりする」
「うわぁ、なんかうちにぴったり来ちゃいそうなタイプ……!」
ノアが肩をすくめる。その横で、ポルンがなにかをくわえて戻ってきた。
「……あれ、それ、レトの虫よけハーブの袋?」
「うわ、ほんとだ。昨日干しておいたやつだ……どこから見つけてきたのポルン?」
「ってことは、やっぱり何かが持ってった……?」
ぼくたちは顔を見合わせて、すぐに小屋の中を点検しはじめた。
◇ ◇ ◇
棚の上の道具がひとつ、入れ替わっている。
ノアの道具箱の留め具が、なぜかリボン結びになっている。
ポルンの餌皿の下に、乾燥ハーブの束が隠されている。
そして極めつけは――
「えっ、レト、ない! ミントの苗が、一鉢まるまる消えてる!」
「……完全にやられてるね」
ぼくはため息をつきながらも、ちょっとだけ笑ってしまった。
こういう小さな事件は、めんどうではあるけれど、どこか微笑ましくもある。
でも、このままでは苗も物もどんどん消えるかもしれない。イタズラコロンは一匹だとたいしたことないけど、群れになるとけっこう手強い。
「よし、今日は『追い出し作戦』しよう」
◇ ◇ ◇
午後、ぼくとノアは、森で採った“シソの葉”と“セージ”を使って、精霊除けのスプレーを作ることにした。
「これ、香りで嫌がるんだよね?」
「うん。でもあまり強すぎるとポルンも嫌がるから、加減が必要なんだ」
小屋の外に薄くスプレーをまいて、玄関の周りには“香りの輪”を作った。これは、葉と花を円状に並べて、魔力のゆらぎを穏やかに整える仕掛け。
「これで少しは落ち着くといいなあ」
「たぶん大丈夫。あと一応、棚の中にも軽くスプレーしておこうか」
ノアがスプレーをひと吹きした瞬間――
「ぴょっ!!」
小さな、聞き慣れない鳴き声が聞こえた。
見ると、棚の裏から、手のひらサイズのもじゃもじゃの影が飛び出した。
「えっ!? いたの!?」
「うわ、ほんとにイタズラコロン!」
ぽよん、と跳ねて、くるくる回って、次の瞬間にはポルンに追いかけられていた。
「まって〜〜っ! ポルン、転ばないで〜!」
小屋の中は、しばらく大騒ぎになった。
◇ ◇ ◇
最終的に、イタズラコロンは、ハーブ棚の下に用意した“空き巣箱”に自然と入り、捕獲(というより退去勧告)に成功。
箱の中に穏やかな草の香りを詰めて、森の奥へと運んでいった。
「ねえレト、こういうのって、もっといっぱい出てきたりする?」
「たまにね。でもたぶん、小屋の居心地が良すぎたんだと思う」
「……うれしいけど複雑だな〜」
帰り道、森の中にちいさな足跡が点々と続いていた。たぶん、あの子がまたどこかでイタズラをはじめるのだろう。
「でもまあ……たまには、こういう事件も悪くないかも」
「そうだね。退屈しないって意味では、最高のスローライフかも?」
3人の笑い声が、森に溶けていった。