第8話 街で買った素材を使って新たに発明
風のない、穏やかな朝だった。
昨日の街歩きの疲れがまだ少し残っていたけど、ノアは朝から机に向かっていた。ポルンはノアの足元で丸くなって、夢の中。ぼくはキッチンでハーブティーをいれて、ほんのりと甘い香りを小屋いっぱいに広げた。
「レト〜、これ見て。やっぱりすごいよ、昨日の“星織糸”。」
「お、そんなに?」
「うん、やっぱり王都の高級素材はひと味違う! 手触りがぜんぜん違うし、魔力の通りもいい!」
ノアはきらきらとした目で、淡く光る糸を見せてくれた。それは、繊細なのにどこか力強い光をたたえていて、触ると指先がわずかにしびれるような感覚があった。
「ね、これで作ってみたいものがあるの」
「どんなの?」
「“反応式軽量キャリーバッグ”! 入れた物の重さを感知して、自動でバランスをとるんだってば!」
「なるほど、素材運びが楽になるってことか〜」
ノアは、わくわくした様子で図面を広げながら、鉛筆を走らせた。ぼくは静かにお茶を飲みながら、それを見守っていた。
いつもの光景。だけど、どこか昨日よりすこしだけ、世界が新しく感じる。
◇ ◇ ◇
午前中いっぱいかけて、ノアは試作品のパーツを組み上げていった。
使っているのは、星織糸のほかに、街で手に入れた軽合金の板や、魔導導線、反応式の小型コアなど。すべて、王都の職人工房で選び抜いてきたものだった。
ぼくはときどき声をかけながら、近くでハーブを仕分けたり、ポルンの餌皿を整えたりしていた。
「ノア、コアの反応、ちゃんと見ておいたほうがいいよ。ちょっと強めだから、調整しないと暴走するかも」
「うん、大丈夫……えっと、たぶん……いや、やっぱり見て……ああっ、ちょっと待って!」
ゴン、と軽い音がして、バッグの骨組みがごろりと転がった。
「うわ、ちょっと強く設定しすぎたかも……」
「ふふっ、ノアらしいね」
「うぅ〜〜、でも、もうちょっとで形になるんだよ〜!」
失敗も込みで楽しそうに作っている姿を見るのが、ぼくは好きだった。
その気持ちは、ここで暮らすようになってから、よりいっそう大きくなった気がする。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ、小屋の外にテーブルを出して、遅めのランチをとることにした。
焼きたてのパンに、森で採れた野草を混ぜたスープ。ポルンには、特別にハーブ入りのクッキーをを。
「ねえレト、星織糸の使い道って、他にもいろいろありそうじゃない?」
「うん、耐熱性も高いし、魔力の変換効率も良いから……たとえば、熱分散用の手袋とか?」
「わ! それいい! 魔導炉の熱制御、うまくいってないって言ってたから、それ試してみよっかな〜」
ノアは、パンをかじりながらスケッチブックを開き、何か描きはじめた。
「ねえレト、もしさ……大きな工房とか持てるようになったら、一緒にやってくれる?」
「うん、もちろん。ノアがどこに行っても、素材を拾って持っていくよ」
「ふふっ、頼りにしてる!」
風がそよぎ、ポルンの耳がふわりと揺れる。
なんでもないようで、でも確かに特別な時間。
◇ ◇ ◇
午後は、小屋の裏でテスト作業をすることにした。
キャリーバッグの骨組みに星織糸を使って、魔力の流れを整える。ノアは指先で細かく糸を引きながら、集中した表情を浮かべていた。
「……いい感じ。たぶん、これでいける」
小さなコアを起動させると、骨組み全体がふわりと浮かんだ。
「おお〜! 浮いた!」
「でしょ! これに荷物を乗せると、自動で重さを均等にしてくれるはず……えいっ」
ノアが木箱をのせると、ふわりとバランスをとるように揺れて、それから水平を保ったまま静止した。
「やった〜〜〜! 成功っ!」
ポルンがぴょんと飛び上がって、ノアの足元をくるくると回る。
「すごいね、これなら遠出のときもずっと楽になるよ」
「うんっ! これ、ギルドに持ってったら、けっこう話題になるかも……!」
ノアは目を輝かせていた。成功の瞬間は、いつもとびきりの笑顔を見せてくれる。
それを見ているだけで、ぼくは胸の奥がふわっとあたたかくなる。
◇ ◇ ◇
夕方、試作品を小屋の棚に並べて、一日の作業を終えた。
夕陽のオレンジ色が、星織糸の一部に反射して、小さな光の粒がきらきらと揺れていた。
「今日はすごく充実してたな〜」
「ね。街に行ってよかったね」
「うん、でも明日はちょっとゆっくりしよっか。頭がパンパンだよ〜〜」
「賛成」
そう言いながら、ふたりでハーブティーを淹れた。
静かな夜が、小屋にゆっくりと降りてくる。
新しい素材で、新しい発明が生まれる。 そんな日常が、きっとぼくたちの宝物なんだと思う。