第6話 ノアの新作、魔導ミトンは風に舞う 〜試作品と、やさしい失敗の時間
昼前、小屋の裏の畑で雑草を抜いていると、ノアが慌てたようにやってきた。
「レト! 試作品ができたの! 見て見て!」
そう言って見せてくれたのは、ふかふかした手袋のようなものだった。 布の表面には細かな魔術の刺繍がほどこされていて、光の加減できらきらと模様が浮かぶ。
「“魔導ミトン”って名前。中に魔力をためておけるの。しかも手袋のかたちだから、装着したまま作業もできるんだよ」
「すごい。これ、完全にノアの発明じゃん」
「えへへ、ありがと……でも、まだ試作段階だから、これからテストしなきゃ」
ポルンが、ノアの肩から“ぷるん”と降りてきて、ミトンをじいっと見つめていた。 そのもふもふな顔に、どこか不安そうな影があるのは……気のせい?
◇ ◇ ◇
ノアはその日、畑の裏に即席で組み立てた小さな作業台に魔導ミトンを置き、調整を始めた。 ぼくはそのそばで、いつものようにハーブの手入れをしていた。
風は穏やかで、空には小鳥の声。 ポルンは陽だまりでころころ転がって、のんびりしていた。
だけど。
「……あれ?」
急に、魔導ミトンがぶわっと浮かび上がったかと思うと、ぼんっ、と音を立てて風を巻き起こした。
「うわっ!? 風魔法、暴走してる!?」
「ノア、下がって!」
ぼくは咄嗟に手を伸ばして、ミトンを抑えようとした。
でもその瞬間、ばさっ、と大きく風が吹き荒れて、ミトンは空へと……舞い上がった。
「……あぁぁぁ、飛んでったぁ……」
ノアがその場にぺたんと座り込む。 ポルンが慌ててふよふよと上空へ飛んでいったけど、ミトンは森の方角に消えていってしまった。
◇ ◇ ◇
「ごめん、レト……失敗だった……」
ノアはしょんぼりと肩を落としている。 けど、ぼくは頭をふった。
「ううん、試作ってそういうものだよ。完成までに失敗するのは、職人の宿命みたいなもんだし」
「でも、素材だってたくさん使ったし……時間もかけたのに……」
「そのぶん、ノアはすごいものを作ろうとしたってことだよ」
ポルンが戻ってきた。 どうやら、ミトンの反応がある場所を見つけたらしい。
ぼくらは、昼ごはんのあとのひと休みもそこそこに、森の中へ出発することにした。
◇ ◇ ◇
木漏れ日の森の中。 鳥の声と、ポルンの“ぷるぷる”が導く方向に、ぼくらは静かに歩いていく。
「……あった!」
古い切り株の上に、ミトンがちょこんと乗っていた。 幸い、壊れてはいないみたいだった。
「よかったぁぁぁぁ……」
ノアは涙目になりながら、ミトンをそっと抱きしめた。
でもそのとき、ポルンがまた“ぷるん”と震えて、木の陰をじっと見つめていた。
小さな音。 枝の揺れる気配。
……そこにいたのは、小さな森の動物だった。
どうやら、暴走したミトンの風で巣を吹き飛ばされてしまって、困っていたらしい。
「ああ、ごめんね……」
ノアはすぐに小枝や木の葉を集めて、元の巣を作り直してあげた。
その動物は、巣に戻ると、少しだけノアに頬をすり寄せて、森の奥に帰っていった。
「……ミトン、風の出力が強すぎたのかも」
「でも、その風のおかげで、気づけたこともあったね」
ぼくらは、もう一度だけ森の中に静かに頭を下げて、それから帰ることにした。
◇ ◇ ◇
その夜、小屋の前でハーブティーを飲みながら、ノアは小さなノートにメモを書いていた。
「“風の暴走→制御術式追加”……“出力段階の調整”……よし」
「ミトン、もっと良くなるといいね」
「うん。次は、もうちょっと穏やかに飛ぶやつにする」
ポルンがうとうとしながら、ノアのひざの上にまるまっている。
今日も、やさしい一日だった。 小さな失敗も、きっと次の一歩になる。
そんなことを思いながら、ぼくたちは星空を見上げた。