表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/19

第3話 霧の朝と、木漏れ日の下のレシピノート

目が覚めると、小屋の外はしっとりと白かった。


 霧だ。森の朝はときどき、こうしてゆっくり目を覚ます。


 遠くの木々はぼんやり輪郭だけが見えて、音さえも少し柔らかくなる。まるで世界全体がまだ夢の中にいるみたいだ。


 ぼくはひとつ大きくのびをして、毛布を整える。


 となりのベッドでは、ノアがすぅすぅと寝息を立てていた。


 小屋に泊まるのはこれで3日目。


 最初は「べ、べつに泊まりたいとか思ってないし……!」なんて言っていたけど、いまやすっかり畑の水やりも板についてきた。


 きょうも素材拾いの予定だったけど、この霧じゃ少し遅らせたほうがいい。


 ぼくは静かに台所に立ち、乾かしておいた野草を小鍋に入れる。


 《月草》の葉、《木苺の根》、そして昨日ノアが見つけた《甘鳴き草》——これを入れると、ほんのりバニラのような香りが立つ。


 霧の朝にぴったりの、あたたかいお茶になる。


 お湯がふつふつしてきたころ、ノアがむくりと起き上がった。


「……なんか、いい匂い……」


「おはよう。甘鳴き草のティー。飲んでみる?」


「うん……」


 まだ髪がぐしゃぐしゃのまま、ノアは椅子に座ると、あたたかいマグを両手で包んだ。


「……ん。おいしい」


「でしょ。霧の朝にはこれがいちばん合うんだ」


 ふたりでお茶をすすりながら、ぼんやりと霧を眺める。


 何も話さなくても、満ちている感じがした。


◇ ◇ ◇


 朝食は、昨日残っていた“黒実パン”と、ぼくが摘んできた《金色まめ》のスプレッド。


 金色まめは、やわらかくてほんのり甘い。すりつぶしてバターと混ぜて、ちょっと塩を足すと、パンにぴったりのペーストになる。


「……これ、売れるよね……?」


「売らないけどね」


「なんでっ!?」


「食べるために作ったから」


 ノアがわなわなと震えている。ふふ、やっぱりちょっと変な子だな。


◇ ◇ ◇


 霧が晴れるまでのあいだ、ぼくらは裏庭でのんびり過ごすことにした。


 ノアは昨日から夢中になってる“レシピノート”を書いている。


 拾った素材を使って、どんな魔導具が作れそうか、どんな料理に応用できそうか、ぜんぶ記録しているらしい。


「この《霧玉の実》、乾かしたら中から音が出るの。振ると、コロコロって。これを使った音感測定器とか、どうかなって……」


「それ、面白いかも」


「でしょ! あと、乾燥しゅわ草と一緒に瓶に詰めたら、振ると“しゅわっ”て鳴るんじゃないかなって。癒しグッズ!」


 わくわくした顔で語るノアを、ぼくはハーブの剪定をしながら横目で見ていた。


 なんだか、森にひとつ、明るい火が灯ったみたいだった。


◇ ◇ ◇


 昼前になって、ようやく霧が晴れてきた。


 森の奥へ素材拾いに行く前に、ノアが突然言い出した。


「……この時間、ちょっと好きかも」


「霧の朝?」


「うん。ふつう、学校じゃこんなゆっくりしてられないし、朝ごはんもこんなに丁寧じゃないし……なんていうか、落ち着く」


「落ち着くって、いい言葉だね」


 ノアはくすっと笑った。


「レトってさ、魔法とか使わないの?」


「一応、火の魔法くらいは。でもあんまり派手なの、向いてないから」


「……わかる。わたしも、クラフトのほうが合ってる」


 ふたりで森へ歩き出す。


 光が差しこむ小道、すこし湿った葉っぱの匂い。


 ひとつひとつ拾っていく素材は、宝石みたいにキラキラして見えた。


◇ ◇ ◇



「この《ほほえみ実》、乾かしてポプリにできないかな……」


「うん、あとで試してみよう」


 何気ない会話だけど、どこか心があたたまる。


 森の時間は、いつもそうやってぼくたちに静かな贈り物をくれる。


◇ ◇ ◇


 夕暮れ、素材を並べて、ノアが試作に入る。


 ぼくはその間、ハーブの保存瓶を磨いたり、お茶の葉を整理したり。


「……できた! 見て、これ!」


 ノアが得意げに差し出したのは、小さな小瓶。  中には《しゅわ草》と乾燥《霧玉の実》が入っていて、振るとほんのり光って音が鳴る。


「癒し瓶、名づけて“しゅわころりん”!」


「……いい名前だと思う」


「なにその微妙な言い方!」


 ふたりで笑いあって、そのままぽすんと床に座りこむ。


 窓の外では、夕焼けの光が森を赤く染めていた。


「ねえ、レト。しばらく、ここにいてもいい?」


「もちろん」


 それ以上、なにも言葉はいらなかった。


 ゆっくり、あたたかく流れる時間の中で。


 静かに、静かに、ひとつの物語が育ちはじめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ