第47話 戦いの行方
『な……なぜあなたが、ここに……ッ!? それにその姿は、まさか────』
琴葉は地面にゆっくりと降り立ち、
「うん。なったよ、【創造神】」
俺たちにはよく分からないことを言い放つ。
しかし、琴葉のその言葉を聞いた瞬間、スサノオは絶望したように膝から崩れ落ちる。
琴葉はそれを一瞥した後、くるりと向き直って俺の胸に飛び込んでくる。
「お兄ちゃん! ただいま……っ!」
何が起こっているのか、俺にはさっぱりわからない。
それでも。
今は何よりも。
10年間も会うことが叶わなかった妹が、今こうして直接触れ合っているという事実に涙を流さずにはいられなかった。
「琴葉…………おかえり……っ」
「……えへ、お兄ちゃん泣かないでよ」
「俺の服を濡らしながら言うなよ」
最愛の妹との再会。
ここまで頑張ってきた俺の証とも言える。
めちゃくちゃなダンジョンを作ったら、琴葉が「ずるい!」って起きてきてくれるんじゃないか。
そんな淡い期待だって、心の何処かでいつもしていた。
それが――報われた瞬間。
『……クク。まさか、あなただけはその選択肢を取らないと思っていましたよ』
……だからこそ、うっすらと感じていた真実から目を逸らそうと思っていたのに。
先程まで憎たらしくも感じるほど特徴的な笑い声をあげていたスサノオであったのに、今は焦りを隠せていないほど取り繕ったものになっていた。
それがより、俺の推測が正しいと言っているようでものすごく嫌だった。
「何が言いたい」
『おっと、そんなに噛みついてこないでくださいよ。彼女が【創造神】となって封印を解いた今、彼女から力を奪っていた私はもはや無力に近しい存在になったんです。もう勝ち目などありませんし、戦う気もありません』
スサノオが言葉を並べていくほど、現実を突きつけられている感覚がしてやまない。
サボリニキやバカニキは無言を貫く。俺と同じ想像をしているのだろうか。
『クク、そうです。せっかくなら、あなたの考える予想とやらを教えて下さい』
戦う気がないと言っていたのは事実なのか、のそりと立ち上がったスサノオはレイピアを地面に放り捨て、話し始める。
俺が何を考えているのか分かったのだろう。醜悪の根源は、人の不幸を弄ぶだけの存在となり、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。
しかしそれでも。
俺は最後の希望にすがるように、予想を口にする。
今も俺に抱きつく琴葉から聞こえてくる嗚咽に近い泣き声が耳に入りながら。
「……お前の封印魔法は完璧に近いほど仕上げられたものだったんだと思う。お前を倒せば封印が解けるという話は本当であろうが、それには琴葉の解析が完了するまでという時間制限があった。それに加え、琴葉のコピーを生成できるようになったお前はもはや任務を遂行し終えたような状態だったんだと思う」
『いいですねぇ。正解です。そうじゃないとあなた方とわざわざ遊んであげたりしませんよ』
「だが、たった1つ予想外な出来事があった。――……琴葉の記憶は一切失われていなかったということだ」
15歳になっていない琴葉は自分のスキルのことなど一切知らなかったはずなのだ。
それなのに、先程のスキルを熟知していたようなセリフに加えて、現状の完璧なまでの把握。
すべて、意識や記憶が覚醒状態であったというのなら辻褄が合う。
「…………」
琴葉は黙ったまま。
いや、沈黙の肯定を示す。
「だから琴葉は、『俺たちを助けるためには自分がこの封印から抜け出さないといけない』と思い──スキルを覚醒させることしか手段がないことに気がついた」
ところで、魔法というのは対象を限定する『縛り』を設けることで効力を上げることができる。
攻撃魔法も『ただし、スライムにしか効果がない』といった縛りで強化できる。
しかし、その開発は困難を極め、その割に使い勝手が悪くなるので、一般的にはあまり好まれず使われていない。それを開発する時間で素直に努力したほうが現実的だからな。
「ここからはまだ憶測の域を出ない、でも確信に近い俺の推測となるが……琴葉はスキルの覚醒のため、『縛り』と似たような効力としてより強力な『代償』を準備した――己の身体という、二度とは戻らぬ代償を」
俺は視線を下げる。
そこには、やはり光ることのないネックレスが無気力にぶら下がっていた。
そして、思い出される琴葉の言葉――『うん。なったよ、【創造神】』
「お兄ちゃんは、やっぱり何時まで経っても私のお兄ちゃんだね」
そして俺の予想を肯定するように琴葉はそう言った。
琴葉は俺の胸から離れると、少し俯きながら痛々しくニコッと笑った。
『クク、お見事です。ということで、私はもう何も抵抗しません。できない、というのが正しいですかね? では、大いなる目的のための駒でしかない私はここでおさらばとさせていただきます。楽しい時間をありがとうございました』
そんな琴葉の様子を、仮面の下からでもよく分かる気味の悪い笑みを浮かべながら見てきたスサノオが、口早に言ったかと思うと突然自身の胸にレイピアを突き刺した。
血のような液体の飛沫を上げ、糸が切れたように動かなくなった。
日本全国スタンピードは、あまりにもあっけなく、切なく、そして悲しい結末を迎えてしまった――
「あのー…………」
――と、そんな空気を全く読まずに、それどころか切り裂いてきたのは、もはや当たり前のようにバカニキであった。
「ごめんバカニキ。ちょっと妹と最後は話させてくれないか? どうにも今はお前と話せる気分じゃなくて……」
バカニキなりに、何か気を使おうとしたのだと思う。
冒険者として強く、俺のスレッドで調教されたとはいえ、バカニキはまだ学生。今回のような大きな場で、琴葉のような悲しい事件が起こっているのだから、致し方ないというものだ。
それは分かっている。
だから最後まで琴葉との時間がほしいというのも許してほし――
「いや、その……その子の身体がスキルに支配されたって話なら、スキル遺伝装置を使えば解決じゃね? と思ったり、思わなかったり……ね、その………あとは2人の時間を過ごしてくださぃ……」
謎の圧にやられて語気がだんだんと弱くなっていくバカニキだったが……その言葉を受けた俺たちはお互いに顔を見合わせた。
「えっ……っとぉ……。サボリニキさん、これどーなんすか??」
「いや……確かにそれは盲点だった」
サボリニキは分かりやすく目を見開き、ハッとした様子で口に手を当てる。
深く考え込むように俯くと、隣にいる九条さんと何かブツブツと会話しだした。
まさか、そんなことがあり得るというのか?
「いや……無理だよ。私はもう、そんな次元じゃなくて、スキルに身体を渡してるんだし……」
「……そう、そこなんだよね問題は」
どうやら俺の推測は当たっていたらしく、琴葉は悲しそうに言った。
そうなると、琴葉は【創造神】に身体を受け渡し、その媒介となった琴葉は失われたということになるのか?
だが、もしそうであったら今ここにいる琴葉は一体誰なのか。
兄の俺からしても、この琴葉が【創造神】の象徴であるとは到底思えないんだが……。
となると…………
「だんだんと蝕まれていっている?」
そう言ってみれば、俺の【迷宮管理者】の特性にも納得が行く。
スキルくんのことだ。
あんだけ意思を持っていながら、俺の呼びかけがなければ絶対に出てくることはなかった。
スキルだから。そういった安直な考えがあったからこそ全く気にしていなかった。
しかし、呼び出したところで何も起きないし、本当にただの友達のようであった
ことが確かな事実として残っている。
だが、あれが「もし少しずつ蝕まれていってる」のであれば?
当然それなら俺は気づくことはないし、代償は『相談できる』ということになるのでほとんど蝕まれていないようなもの。
それはともかく。
蝕まれていっているのであれば、早期の治療で対処することができるのではないだろうか?
なんか医師みたいなセリフだなこれ。
「やってみる価値は十分にある、か……」
俺と同様、様々な可能性について考えを巡らせていた九条さんも、どうやら俺と同じ結論に至ったようであった。
「琴葉。お目覚めのところ悪いんだけどお兄ちゃんの願いを聞いてくれるか?」
「……ん」
「今度こそ琴葉を一人にしない。だから、そんな世界を【創造神】の力なしで作り上げるために、最後に協力してくれるか」
すべてに諦めていた琴葉。
自らが取った行動が誰にも好まれるものではなく、しかし皆を救える一心で行った。
あー、そうだな。
それを踏まえると、今の言葉はちょっと違うか。
「琴葉が嫌って言ってもやる。俺たちだって、お前を救う一心なんだ」
ちょっとくらい、恩返しというか仕返しというか……させてくれよな。
俺が最後にそう付け加えると、琴葉は再び涙を流しながらも、コクンと大きく頷いてくれた。




