第44話 スキル【迷宮管理者】
『──……ククッ! 二週間と少し、ですか』
まだ少し離れたところにいる仮面のバケモノが口を開く。
運命か神のいたずらか。俺がコイツの声を聞くのは今日でちょうど10年ぶりとなった。
「……当たり前のように魔物が日本語を使わないでほしいんだけど」
言語を使う魔物を初めて見たサボリニキとケンヤが、諦めたように苦笑する。
仮面のバケモノの声に共鳴するように、俺たちの前に固まっていた、ここに至るまでの道中で戦った奴らよりも数段格上であろう魔物たちが道を開ける。
まるで仮面のバケモノに招かれているような状況に、俺たちは十分に警戒しながらも一歩ずつ前に進む。
仮面のバケモノが垂れ流すように放つオーラに思わず身の毛がよだつ。
俺たちと仮面のバケモノの間が十数メートルにまで近づいたところで、俺たちは歩みを止める。
「……アンタがこの『深淵のスターリヴォア』のボスであり──日本全国スタンピードを引き起こした主犯だな」
『──……ほーお? そんなことまで分かっているとは、見直しました』
……マジかよ。
あの時立てたフラグほんとに当たってたのかよ。
……………まぢかよ。
俺はそんな焦りが顔に出ないよう気を付け、澄ました表情を浮かべる。
俺の家族を奪った相手が目の前にいるというのに、俺の心はいつも以上に平常心を保てているように感じる。
まるで凪いだ海の如く、何も感じない。
コイツを目の前にするより前の方が、怒りの感情がふつふつと煮えたぎっていたはずだ。
……いや、違う。
このバケモノを殺すという俺の気持ちは、感情ではなくただの行動なのだ。
それは絶対の理ですらある。
だからこそ、もはやコイツに対して何かを感じるということすらなくなってしまったのかもしれない。
「……お前は、俺のことは覚えていないんだな?」
『ん? 私と以前会ったことがありますか? すみません。以前人間の前に姿を見せたのは9年も前のことでして記憶に残っておらず──』
「もう10年だッ! 俺はお前のことを一度だって忘れた日はなかった!」
俺は叫びながら、首にかけた水色の水晶がついているネックレスを力強く握る。
『君が覚えていようがいまいが、私にとっては有象無象の人間の一人でしかないんですよ。まったく……そんなに言うなら──今、思い出してあげますよ』
仮面のバケモノが聞いたこともないような言葉を述べると、レイピアを持っていない左手の人差し指を自身のこめかみに突き立てて──、
ゴキュッッ!!
肉と骨がミキサーにかけられたような惨い音を出しながら、その指を脳髄に突き刺した。
そして、脳みそをかき混ぜるようにゴリゴリと指を動かす。
いや……鬼○の刃の童磨かよ。
えなに、最近映画見た?
せっかくめちゃくちゃシリアス展開だったのに、そんなことされたらスレ主としてツッコミ入れないといけないじゃん。
『──あ、見つけました見つけました。あの家族で逃がした子供でしたか』
「家族は──妹はどこにいるんだ」
『せっかく思い出してあげたんだから、もう少し私と話す時間があったっていいんじゃないですか? まぁいいです。私は人間の心が分かりますからね』
仮面のバケモノがそう言うと、地鳴りに似たゴゴゴという音が腹の底に響き始める。
すると、バケモノの背後から三本の氷の支柱が空に向かって伸び始める。
その中に──、いた。
「──……ッ!! お前──!!」
『なんですか。ちゃんと生きているでしょう? 私はちゃんと、あなたに言った「無意味な殺しはしない」という約束を守ったでしょう? ──ただ、氷の中であるというだけで』
「【迷宮ゲート】ッ!!」
仮面のバケモノが話し終えるのも待たずに、秘密兵器という言葉を付け加えるのも忘れて俺は【迷宮ゲート】を行使した。
目の前の展開した真っ黒の渦から十数匹のワイバーンを召喚し、家族を封印している氷めがけて突撃させた。
ドンッッ!! という爆発音にも聞こえる轟音がダンジョンに鳴り響く。
ワイバーンがポリゴン状の光の粒になって爆散する。
しかし、氷の柱にはひび一つ入っていなかった。
『無駄ですよ。これは氷魔法ではなく封印魔法。私を殺さない限り開放されることはありません』
「……スレ主。アイツの言うことが正しいのかは分からないけど、ここは従おう。こちらの手の内を知られる方が面倒だ。いつものスレ主のテンションで、気を落ち着かせて」
「……了解」
氷に封じられた家族を見て冷静さを失ってしまったが、サボリニキの言葉で俺は正気に返る。
それにしても──俺がバカやっている理由に気づいているとは……。
なんでコイツサボリニキなの?
『──ん? あなた……以前このダンジョンを攻略したことありますか?』
「え、僕? 随分前だけど確かに一度だけあるね」
『クク、やっぱり。あなたのことはよく覚えていますよ。その辺の適当な魔物にボス権限を与えていたとはいえ、発生したその日のうちに、それもたった二人で攻略されたものだから』
「嬉しい覚えられ方してくれてるね。今日も攻略されてくれない?」
『クク、素直なのは嫌いじゃないですよ。でも、ダメです。今回のスタンピードは大いなる目的のためですから』
「そっかぁ……じゃあ、倒すね」
『……そこは、大いなる目的とは何か聞いてくるものじゃないんですか?』
なんか俺みたいなこと言ってるなコイツ。
「いいよ別に聞かなくて。今日で君は倒すし、これからもこの『大いなる目的』のために誰かが攻めてくるのなら、また僕たちで倒すだけだからね」
『……クク、クククッッ!! いいですねぇ……気に入りました。よろしいです。戦いましょう──っと、その前に名乗っておきましょうか。あなた方には名乗る価値がありそうです』
穴の開いた頭蓋が瞬時に修復する。
バケモノの纏うオーラが少し変わり、俺たちは反射的に構える。
『──改めて、初めまして。この『深淵のスターリヴォア』のボスを任せてもらっている────』
その瞬間、バケモノの姿が一瞬にして消え失せた。
どこに行ったかとあたりを見渡そうとすると、
『──……スサノオ、と申します』
俺の耳元で囁くように名前を告げられ、首にレイピアが添えられる。
「そんな欧米みたいななりして、めちゃくちゃ和風な名前なんだね」
ただ一人、バケモノ改めスサノオの姿を見逃さなかったサボリニキは、俺とレイピアの間に圧縮された空気を詰め込み、一気にバーストさせるとスサノオの手からレイピアが離れ、遠くに弾き飛ばされた。
『……やはり、あなたは少し面倒ですね』
そしてまた気が付いた時には、スサノオは勢いよく飛んでいくレイピアを空中でつかみ、静かに浮遊していた。
……まったく、見えなかった。
サボリニキがいなければ既に死んでいた。
おそらくそれはケンヤも同────
「さすが氷室。信じてたぜ」
『ッ! やりますねぇ……』
スサノオの左腕がわずかに切れ、血が流れていた。
……え、ケンヤがやったん?
いやそっか……サボリニキが強すぎて影が薄くなってたけど、現在日本最強冒険者だった……。
もしかして、俺ってかなり足手まとい?
「スレ主は周りの魔物の相手してて」
「あんたは魔物だけ食い止めててくんない?」
「あ、ハイ……」
もしかしてどころか、全然足手まといだった。
◇ ◆ ◇
過信とかではなく、僕は自分の実力にかなり自信がある。
実際、僕自身がそう思えるくらいの努力と研鑽を重ねてきたし、『深淵のスターリヴォア』のスタンピードを抑え込んだという確かな実績もある。
他称最強ということがそれを認めてくれていると思う。
ケンヤだってかなり強い。
世界で見てもほとんどいない魔導剣術の使い手であり、強力な魔物を単独で撃破したり一騎当千も簡単にこなす。
現在日本最強という名に恥じない強さを有している。
なのに。
それだというのに。
『クク。その程度じゃ私を倒すことはもちろん、この国を守ることすらできませんよ』
スサノオは余裕の笑みを張り付けたまま僕たちの攻撃をかわしていく。
「風神の息吹ッ!!」
ケンヤがスサノオの背中を追いかけているところに、僕はあたり一帯に空気のプレスを展開する。
スレ主とケンヤの魔力に反応して2人には当たらないようにし、スサノオの逃げ場を完全に封じる。
攻撃がかわされるなら、かわせられないのほど大規模の攻撃を仕掛ければいいだけだろう。
いくらスサノオのあの高速移動をもってしても、何キロにも及ぶこの風魔法は避けられまい──というか、さ。
『目には目を、歯には歯を。素晴らしい日本語ですね。私にはこの詳しい意味を知らないのですが、おそらくこれって戦闘のすゝめなんですよね? 私はそれに従いまして、風魔法には風魔法で対抗しましょうか』
長ったらしく意味の分からないことを延々と語るスサノオはめちゃくちゃに憎たらしいのに、その実力だけは本物。
僕が世界の誰よりも極めた風魔法を、飄々とした雰囲気を纏ったまま左腕を軽く振るうだけで相殺しやがる。
僕が人生をかけて大成させた風魔法を……簡単に。
「どうしたもんかねぇ……」
しかし、いちいちそんなことで心が折れるような弱い冒険者じゃない。
自分の持つ最大限の力を全力でぶつけて、それが通用しない。だったら、通用するまでか死ぬまでか、試し続けるのが冒険者だろう?
「第二階位魔導剣じゅ──」
『またそれですか? さすがの私もそろそろ飽きてきたのですか』
「ッ……! 言ってろ! 第二階位魔導剣術、風雷斬ッ!!」
僕が次の攻め方を考えている間に、ケンヤが風魔法と雷魔法の混合魔法を剣に込め、一度強く踏み込みスサノオとの距離を一気に詰める。
そして一息に抜刀し、雷で加速され僕には見えない速さとなってスサノオに剣先が届く。
それを──スサノオは避ける動作を一切見せることなく、正面からその斬撃を受けた。
スサノオの左腕が切断される。
『だから、飽きてきたって言ったでしょう? もう避けることすらめんどくさいですよ』
そんなことをスサノオが話したと思えば、もうすでに左腕が再生していた。
その瞬間、危険と判断したケンヤは一気にスサノオと距離を取り、僕と合流する。
僕の広範囲魔法であたりの魔物も一掃したので、食い止める必要がなくなったスレ主とも合流する。
『ありゃ。過去に「深淵のスターリヴォア」を攻略した君がいるから期待していましたので、少し、いやかなりがっかりしました』
やれやれ、とスサノオは落胆したように手を振る。
……おかしい。
なにか、違和感がある気がする。
強いのは間違いない。しかしそれ以上に何かからくりがある気がする。
なんだ。何がおかしい……?
『さて、そろそろ面白みもなくなってきましたし──殺すとしましょう』
そう述べた瞬間──余裕のある笑みを浮かべていたスサノオの表情が消えた。
冷酷で殺意に溢れたものだった。
そんなスサノオを前に僕たちはまるで金縛りにあったように身体が動かなくなった。
『クク……それじゃ、早速行かせてもらいま──』
「ちょ、タンマタンマ。お前気が短いって」
「え?」
「ん?」
『は?』
「じゃ、もうちょっと待ってな〜。【迷宮ゲート】」
なんかとち狂ったスレ主がそんな事言うと、多分召喚できる魔物のすべてを出して、僕たちとスサノオの間に肉壁を作った。
僕たちはワイバーンに乗ってスサノオから離れていく。
「いやスレ主……狂った?」
「サボリニキさん、酷い言い草ですよ」
「いやまぁ、正直ナイスか。あのままだったら殺されてたな」
「だろ。もっと褒めて」
「それで、何か策があるのか?」
ケンヤが早速本題に入る。
無限生成の肉壁とワイバーンで時間と距離が稼げるとはいえ、本題に早く入ることに損はない。
いや待て。
相手はスレ主なんだぞ?
過度な期待をしてはいけない。
それに。
相手はスレ主なんだぞ?
何か策が思いついてるとは思えない。
つまり…………
サボリニキが閃いたように顔を上げると、
「まさか……もう?」
さすがは俺のスレ民、すぐに察しがついたようだ。
俺たちだけで活路が見出せない中、とっておきの報告をするとしようじゃないか。
「『無名のダンジョン』のスタンピードが、たった今はやくも攻略が完了した」
俺はニヤリと笑いながらそう告げ、スマホの画面を二人に見せる。
『あー!! サボリニキにケンヤさんじゃねえか! こっちはもう終わったけど、お前らどう?』
『「最近どう?」みたいなテンションで聞くなお前は。氷室たちの方が難易度はアホみたいに高いんだぞ』
なんか……バカニキに感化されて九条さんもの口調も変わってね?
『俺たちも今からそっち行くな!』
『氷室、またともに戦う日が来たようだな』
最強の最年少と、最強の最年長。
2人もついに、この戦いに合流する。
それは──反撃の狼煙となってくれるのだろう。
世界最悪の災害──日本全国スタンピードが発生した今の時代に、数百年に一人と言っても過言ではない実力者たちが4人も同時に日本に集まった。
そして、そんな4人のもとに現れたのが──最も特殊で異質な新スキル【迷宮管理者】。
もはや必然だったのかと思ってしまうほどの運命が揃った。
「──……ん? これって……まさかッ!」
そんな状況が組み合わさった先にあるのが、奇跡だ。
テテテレ、テテテレ、テレテレテー♪
『スタンピード攻略ボーナスにより、ダンジョンレベルが上昇します』
『ダンジョンレベルが上限に達しました。これより、ダンジョン運用レベルを追加します』
『ダンジョン運用レベルは、公開されたダンジョンがどの程度使われたかどうかに比例してレベルが上昇していきます。上限に達しますと、スキル【迷宮管理者】が進化します』
『現在のダンジョン運用レベルを計測中……』
『計測中……挑戦人数、68729532人』
次々と驚愕な情報が公開されている中、思わず吹き出してしまった。
スキルくん……それ挑戦人数ちゃう。保護人数や。
『計測中……討伐された魔物数、378021体』
スキルくん……それ討伐された魔物数ちゃう。どちらかと言うと、マンションメイキングとかの時に消費した魔物数や。
『計測完了』
『ダンジョン運用レベルが上限に達しました。スキル【迷宮管理者】が進化します』
『……完了しました。スキル【迷宮管理者】はネームドスキル【迷宮管理者】に進化しました』
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【迷宮管理者】Lv.1
ネームドスキルに進化したことにより、スキルが大幅に強化されました。
使用上限ポイントが追加されました。
現在使用ポイント 0/10000
これにより、制限が全解除されました。
使用上限ポイントを超過しない限りであれば、自由に使用することができます。
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