第43話 きゃむるぞ
「無理ッ! 無理無理無理っ!! このまま衝突して死ぬって!! まだ彼女に最後の挨拶してないのに死ねないって!!」
「お前彼女いないだろ」
「スレ主彼女いないでしょ」
「おっけ、衝突前にお前らに殺されたわ」
重力に従って自由落下する。
逆円錐型で壁に沿って螺旋状に下へと続く道があるので、本来はそこを通るのだが、誰かさんが突き飛ばしたせいでそんな道を無視して進んでいる。
でも、俺が突き飛ばした程度じゃすぐ斜面に激突するし、今絶対サボリニキが飛距離かさ増ししてるだろっ!!
やめろよ!! スリル満点どころか死にかけなんよ!! 思考までサボんな!!
逆円錐の先端を通り『深淵のスターリヴォア』の地面が目前に迫ると、突然下からふわっとした風が吹いた。
自由落下の勢いが相殺され、俺たちは一瞬宙に浮くと、すぐにその空気のクッションは無くなる。
身体能力に難ありの俺だけ顔から落ちたが、結果的に最速で辿り着くことが出来た。
「ほらスレ主、さっさと立って」
「誰のせいだおい」
「スレ主の身体能力のせい?」
「この話はなしだ。さ、攻略始めよう」
「都合が悪くなったら逃げるのダサ……」
ケンヤ、聞こえているぞ。
小声で言って聞こえてしまったら、それガチ感増しただけだから。
なんでみんな俺をバカにするんだ。こんなに真面目なのに……。
ともかく。
サボリニキの手を借りて立ち上がり、あたりを見渡した俺は想像していたよりもはるかに絶望的な状況に思わず苦笑してしまう。
巨大な正方形のコンクリートが格子状に地面と天井に敷き詰められている。
果ての見えないこの空間に見えるいくつかの黒い影。この全てがSランク程度の魔物なのだろう。
これがかの高名なム○カ大佐の見た景色か。
「んで、この奥からめっちゃ感じるものすごい気配が──」
「『深淵のスターリヴォア』のボス、日本全国スタンピードの元凶だね」
黒のシルクハットに仮面をつけたアイツの姿は、まるで写真のように鮮明に思い出せる。
一度だって忘れたことがない因縁の相手が……この先にいる。
「……ッ!」
ぶるっ、と身体が震える。
正直、めちゃくちゃ怖い。俺の家族を一瞬で奪った相手に、「絶対復讐してやる!」なんて気持ちだけでいけるほど、俺はすごい人間じゃない。
俺が心の中で少し弱音を吐いていると──、
「救い出すよ。絶対に」
「俺も氷室から話は聞いてる。まあ任せろって。こんなでも、一応現日本最強なんだぜ?」
両肩同時にポンっという衝撃と温もりを感じた。
そんな優しさの熱と心強さに俺の震えも止まる。
「──……スレ民の次に信頼してるぜ」
「じゃあ僕カンストじゃない?」
「え、俺あいつら程度に負けてるの?」
「「程度って言わないでね」」
♢ ♦ ♢
正直、魔物の強さ自体はそこまで大きな問題じゃなかった。
現在日本最強のケンヤに、桁外れの実力者のサボリニキ。ある程度の魔物程度じゃ足元にすら及ばない。
一番の問題はアイツのいるエリアまでの道が遠いことであった。
単純に魔力が持たない。この2人クラスと言えども、魔力の込めないただの斬撃で死んでくれるほどSランクの魔物もやわではない。
さらに、倒しても倒しても一向に減らないどころか増えているようにすら思える魔物の数。
「待ってもうめんどくせえ。秘策使ってよくね?」
「いやそれ僕も思った。もうここで秘策使えば道中めっちゃ楽なんだよね。ただ、まだ攻略始まったばかりなのに秘策使ったら、ラスボス戦のときの盛り上がりがちょっと……」
「うわーたしかに。でもめんどくせえのも嫌なんだよなぁ」
「……なぁ俺がおかしいのか? なんで命がけの戦いで当たり前のように盛り上がり気にしてんだ? 安全な攻略が最優先じゃないんか?」
「んなわけねーだろ」
「んなわけねーことはねーだろ」
「ケンヤ大丈夫? 頭打った?」
「頭は打ってねえけど壁打ちはしたい気分だわ。もう勝手にしてくれ……」
なんかケンヤがおかしなことをごちゃごちゃ言っていたが、2人から許可も取れたことなので早速秘策を使うとするか。
「さて、まだちゃんと使ったことはないけど……スキル【迷宮管理者】ッ!」
──場所は『深淵のスターリヴォア』。
俺のこのスキル【迷宮管理者】は他の一般的なスキル大きく異なる。
ダンジョンを作るという性質上、いつもの管理者ボードは俺の『無名のダンジョン』の中でしか展開できない──はずだった。
……スレ民の協力の下、日本全国に出入り口を設置したとき。
あのときに……その、まぁなんというか。奇跡的に裏技──というかバグ技、グリッチを見つけてしまって、今のダンジョンレベル実はめちゃくちゃあがってたりしててですね。
簡単に言うと、チュートリアルボーナスのレベル上がりやすいアレを何十回も受け取ったっていう。
ちゃう! ちゃうんや! 悪気はなかったんや!
このセリフをほんとに悪気がない時にいうことになるとは……。
まぁその関係でダンジョンレベル上昇ボーナスでいろいろ貰った中に、『このダンジョンの外でも【迷宮管理者】が使用できるようになる』ってのがあって……
ハイ、今に至ります。これが秘策です。
チートじゃないです。「ずるやろ」って一瞬でも考えた人は、明日の飲み物の温度が常温になる呪いをかけます。
俺の目の前広がる管理者ボード。
しかし、その内容はいつも見るものとは少し違う。
そりゃ、自分のダンジョン以外を作れるはずもないんで、同じ内容だったら困るんだけども。
その中の一つ、俺がずっと秘策と言い続けた目当てのスキルをポチッとタップする──
「ちょっと待って?」
「なんだよもったいぶるなよ」
「どうしたのスレ主。昨日あげたお菓子に毒混ぜてたことに気づいた?」
「サボリニキ? 嘘だよな?」
「氷室? 嘘だよな?」
「まぁ真相は後でわかるとして。ほんとにどうしたの?」
真相はあとで分かるとしてって言った?
え、それ毒が効き始めてからわかるってことだよな?
俺、全然死ぬけど?
いや、それはいったんいいとして。
いやまったくよくないんだけどな? なんなら一番気になることなんだけどな?
だーっ! もうめんどくせえな!!
「なんか……管理者ボードに『スタンピード発生中』ってステータスが追加されてるんだけどさ」
「え」
「え」
俺はひとまず中で待機しているであろう九条さんに電話をかける。
……。
…………。
………………。
ふむ。
「電波遮断されてるな」
「え」
「え」
いったん…………マズイか。
いや待て。
『無名のダンジョン』の中には九条さんとバカニキ、あと屈強なスレ民たちがいるし……
………うん、頑張ってもらおう!
大丈夫っしょ! たぶん!
スタンピードのことを記憶から削除し、お目当てのスキルをタップする。
「秘密兵器──【迷宮ゲート】ッ!!」
俺がそう唱えると、眼前に等身大の黒い渦が現れる。
そして管理者ボードに移る画面も変わり、魔物を召喚する時のような一覧表がズラッと表示される。
「あれ、そのスキルのことスレ主から聞いたとき【迷宮ゲート】って名前だけだったんだと思うけど、『秘密兵器』なんて言葉あったっけ?」
「え、いや今俺が勝手に付け加えただけだけど……」
「……イッタ……………」
「おいケンヤ?」
「……ふふ」
「おいサボリニキ?」
なんだこいつら。きゃむるぞ。
……………。
きゃむるぞ!!!!!!!!!!
──【迷宮ゲート】。
『無名のダンジョン』の外でのみ使える【迷宮管理者】のスキルで、その効果も至ってシンプル。
魔物を召喚する。以上。
たった7文字で説明できる能力なのに、あまりにも強すぎる。
そうは思わんかね。Byムス○大佐
これのおかげで俺もやっと戦えるようになった。
かの高名な野○村議員風に言うなら、やっと冒険者になったんですぅ!!
ただ、別に召喚した魔物に戦わせるわけではない。
今のダンジョンレベルではまだAランクの魔物までしか召喚できないので、何体召喚してもSランクの魔物はたぶん倒せない。
これが秘策である理由──それは、
「じゃ、これでヒールスライム無限召喚できるんで、大技連発してもらって」
「ねえやっぱりそのスキル強すぎない?」
「魔力と体力無限に回復できるってやばくねえか……」
魔物を召喚できる数には限度があるが、我らが【迷宮管理者】様は限度内であれば無限に召喚できまして。
あと、ヒールスライムさんは爆散することで魔力や体力を回復できるので個体数の限界値には一生達することがないのだ。
まあ小難しい話は俺もよくわからんので、簡単に言えば……
「あれが──『深淵のスターリヴォア』のボス……ッ!!」
「最終決戦、だな──」
「絶対勝つよ……ッ!!」
俺の因縁の相手をついに視界にとらえた。
この手で決着をつけてやるッッ!!!
ところで。
「ヒールスライム召喚するだけなら戦わないんだし、冒険者になったとは言えねえんじゃねえの?」と思ったそこのお前。
あなたには分からないでしょうねぇ!By野々○議員
きゃむるぞ。
体力が回復するという表現が今までも何度か出てきてますが、ここはゲームの世界ではなく現実なので、ここでいう「体力が回復する」は「疲れが取れる」とか「傷が治る」とかの意味です。
ところで「きゃむる」って何ですか?




