第42話 夢のタッグと愉快なスレ民たち
「ここが……『深淵のスターリヴォア』……」
まるで鉄鉱石の発掘場のように露天掘りされた地形が目の前に広がっていた。
失敬。分かりやすい例えを言ってしまった。
どろっどろの液体をスプーンですくった直後の、あのなんとも言えない形が──目の前に広がっていた。
……ここスレ民いないのになんでわざわざ分かりにくい例えを出したの、俺?
まぁそれはいいとして。
日本最恐のダンジョン──『深淵のスターリヴォア』。
単調で広大なダンジョン。数段格上の魔物たち。そして、シンプルに圧倒的物量。
『魔物の強さ』等に着目してみると最難関と言うにはレベルが少し低いが、『挑戦、攻略してみたい!』と思うランキングでは何年連続1位を取っていることだろうか。
代わり映えのしない空間で、ただ無限に魔物を倒し続けるだけのダンジョン。
この『深淵のスターリヴォア』はそういう面からも、最強ではなく最恐のダンジョンだと呼ばれている。
「うひゃー、底が見えねぇ」
「ちょ……スレ主、落ちても助けないからね?」
「え、そこは『落ちないでよ?』だろ? なんで俺落ちる前提なの?」
「いやだって、『落ちないでよ?』って言ったら落ちるでしょ、スレ主」
「なんでバレてんだろ」
押すなよ押すなよ理論じゃんだって。
そりゃ落ちるだろ。
「ねぇ俺もうやだ……お前ら怖い…………」
「あ、ごめんごめん。ケンヤはまだコッチの世界に辿り着いてないんだね」
「辿り着こうともしてないんだわ」
「高みで待っておるぞ、ケンヤよ──……」
「多分そこ低み」
そうそう。
今回、『深淵のスターリヴォア』の攻略は俺とサボリニキ、そしてケンヤの3人だけで行う。
決着をつける地の攻略へ出向くにしては、些か少なすぎるのではないか?
そう思われた皆さん、いい意見ですね。
サボリニキ同様、最強の冒険者である九条さんを呼ばなくて良いのか?
そう思われた皆さん、いい意見ですね。
この2つの意見と、その他の意見をお持ちの皆さんは、今から私の言うことをしっかりとお聞きください。
馬 鹿 で す か ?
この一言に尽きます。
この世に馬鹿はバカニキだけでいいのに、ついその一言をかけてしまいます。
おう、こちとら日本全国スタンピードぞ。
・圧倒的人手不足
・『無名のダンジョン』の保護係
・緊急時専用戦力=九条さん
………………。
「ナメんなああああああッ!!!!」
「おおぉぉぉぉゎぁぁぁぁぁああああああ!!」
「グサゴルベハァあああああああッッ!!!」
無理すぎたので、八つ当たりにとりあえずサボリニキとケンヤの背中をドンッと押した。
当然、案の定、この世の原理に従って、2人は『深淵のスターリヴォア』に落ちていった。
それにしても、ケンヤは普通の叫び声だったけど、サボリニキの絶叫は気持ちがいいくらい絶叫してたな……。
さすが、エンタメを理解している俺のスレ民よ。
俺が育成したとも言える。
そうとしか言えない。
目を瞑り、腕を組み、大きく頷きながら考えていると、突如として両足首が引っ張られる感覚を覚えた。
「死ぬ時は…………」
「一緒だよ……?」
なんかの亡霊へとメガシ〇カしたサボリニキとケンヤであった。
「どわあああああああああああっっっ!!!!!」
当然抵抗できず、俺は自分でも分かるくらい情けない声を地上に残して『深淵のスターリヴォア』の攻略が始まった。
おい、ダサいって。
◇ ◆ ◇
世界の命運をかけたダンジョン攻略がめちゃくちゃダサく始まった中、『無名のダンジョン』ではそんなことを知っていても気にしていられないほど、とある不可解な事件が発生していた。
「バカニキッ! 一旦止まれ!」
「破〇殺滅式……え?」
決して何かは分からないが、とんでもない大技を繰り出そうとしていたバカニキは、唐突に聞こえてきたスレ民Aの声を聞いて立ち止まる。
ちょうど襲いかかってきていた魔物はデコピンで吹き飛ばした。
破壊〇滅式を使おうとした相手を、デコピンで。
「どうしたんだ?」
「あれを……見てくれ……」
魔物の食い止めは人間サイドがかなり優勢だったはずなのに、恐怖で震えたような声を上げるスレ民Aにバカニキは少しの疑念を抱く。
スレ民Aが恐る恐る指差す方向をバカニキが見ると、メインストリート上に眩い光が集まっていた。
「綺麗だね……あなたと一緒に見れてよかった♡」
「いーや、ラブコメで付き合った後のカップルの女性サイドが花火を見ながらぼそっと漏らすセリフ。言ってもらいたいわけじゃなくて」
「おい俺への理解度高すぎるだろ。なんでそんなに的確なツッコミできるんだよ」
恐れで震えながらも真面目にツッコんでくれるスレ民Aにバカニキは感動しつつも、集まる光を深刻そうに見つめていた。
人為的ではなく、そしてダンジョン内で発せられる光。考えられる可能性はたったの2つしかない。
1つはテレポートである。ダンジョンの外から中、中から外へ移動する時に起こるものだ。
しかし、今回に限ってこの可能性はあり得ない。
テレポート自体は誰でも行える。しかし、一般人たちがテレポートしたところで、彼らが向かう先は死地である。喜んで地獄に行く人などいないだろう。
そして、冒険者だとしてもその可能性は限りなく低いと言える。
というのも、地上組と『無名のダンジョン』組はそれぞれ魔物の討伐にあたっていて、その戦況を見守り操作するのはスレ主とサボリニキ、そして九条の3人が担当している。
スレ主とサボリニキが『深淵のスターリヴォア』の攻略へ向かっている今、唯一テレポートする可能性がある九条は管理室で気を張っているため、外にはほとんど出てこない。
従って、この光が発生している原因は、必然的にもう一方へと決まる。
いや──決まってしまう。
「──……スタンピード、かぁ……」
『無名のダンジョン』で、スタンピードが発生したのだ。
「拡声魔法──『スレ民! 集合ッ!』」
スレ民Aは魔力を纏った右手で首を掴みながら拡声魔法を発動し、遠くにいるスレ民にも集合を呼びかける。
(スタンピードは確かにめっちゃ危険、だが全員呼んでしまったら残りの魔物たちが……って、あ?)
周囲を見渡したバカニキは、すぐに外から入ってくる魔物がいなくなっていることに気がついた。
そして──スタンピードについて冒険者専門学校で授業を受けていたバカニキは、とある最悪の可能性が頭によぎる。
スタンピードというものは、『ダンジョンの凶悪性の暴発』とも言い換えられる。
ダンジョン踏破──つまりボスの討伐が長らくされていないダンジョンでは、その力が暴走し、人間が多く住む地上に現れる。
そう、ダンジョンの外だ。
しかし、今回はイレギュラー中のイレギュラー。
ダンジョンの中に数千万人もの人が在住しているのだから、わざわざダンジョンの外に行く必要がない。
そこでバカニキが考えた可能性というのが──「人間を外へ逃さないため、出入り口をすべて封鎖した」というものだ。
つまり──外部への逃走手段・連絡手段が完全に封じ込まれた状態ということだ。
スレ主が『無名のダンジョン』をめちゃくちゃに発展させているとき、公には非公開のダンジョンとして扱われていた。
しかし、避難地として使うためにダンジョンを公開した。そうでないと複数地点で出入り口を作れなかったからだ。
それにより、スタンピード発生阻止のための『定期的な攻略』という条件を達成する必要が出てきてしまったのだ。
これは「まさか自分のダンジョンでスタンピードが起こるわけ……」というスレ主の驕りなどではなく、スレ民含め誰も気がつけなかったことだ。
この瞬間、日本全国スタンピードから国民を守る『シェルター』は、逃げることができず殺戮の限りを尽くす『デスボックス』へと成り果てた──
────……と、いうわけでもない。
「……ははーん?」
拡大していく光。
周りのスレ民の呼びかけにより逃げ始める国民。
そこから出てきた魔物たちを見たバカニキは、恐怖に溢れていたその瞳に希望の輝きが宿る。
「ったく、俺たちのスレ主はいつになっても運ゲーの勝者じゃねえか!」
出てきた魔物たち────決して【迷宮管理者】基準のAランクを超えない魔物たちを見ながらバカニキは笑いながら言った。
それだけでない。
スタンピードはダンジョンから魔物が溢れ出す現象だ。当然、スタンピードが開始した瞬間にその元凶を目の前にしたことなど、人類誰しも遭遇したことはない。
もしかしたら遭遇していたかもしれないが、その場合それなりの冒険者が偶然遭遇しただけなので、どのみち生きて帰ることなど到底不可能である。
それはさておき、元凶を目の前にして初めて分かったことがあった。
スタンピード中の大量の魔物は、ダンジョンから湧き出るのではなく、この光から出てきているということだ。
バカニキが感覚を研ぎ澄まし、周囲の敵対反応を探ってみるが、数刻前と打って変わって一切感じなくなっていた。
つまり、この光から溢れる魔物以外は湧いていない、ということ。
外から侵入してきた魔物とほぼ同程度のランクである魔物と、一箇所からしか湧かない魔物。
「あれ余裕か?」
「来なくてもよかったか?」
「うお!? あ、九条さん!」
誰もいなかった隣から聞こえてきた声にバカニキは分かりやすく驚いた。
振り向きそこにいたのはダンジョン科長の九条であった。
いち早くスタンピードという異変に適応し、対処に駆けつけてくれたのだろう。
「バカニキが敬語……?」
「呼び捨てしないの……!?」
「かわいい」
「おいこいつ偽物じゃね?」
「かわいい」
「あのバカニキが敬語使えるわけないッ!!」
「誰だお前!?」
「かわいい」
バカニキの後ろから飛んでくるスレ民たちの野次をガン無視する。
(なんでお前らスタンピード中にそんな息ぴったりになるんだよ。あとかわいいネキ誰だよ!? ドキドキしちゃうだろ!?)
「そうですね……めんどくさくあるけど、って感じですね。ここのダンジョンレベルがまだ低いおかげでSランク以上の魔物たちがいないんで、みんなを守りながら防ぎきれると思います」
「専門学校生にしては強すぎるんだが、それは心強いな。ただまぁ……出入り口が封鎖されてしまって、地上への援護に行けなくなってしまったし、私も戦うとしよう」
「そう言って……戦いたいだけでしょ?」
「まぁな」
九条はスーツを脱ぎ、ネクタイを緩めながら首を回してコキコキと骨を鳴らす。
サボリニキと共に、9年前のスタンピードを抑えた元冒険者──九条玲王はどこからか取り出したのか、2メートルはあろう大剣を正面に構える。
数多の魔物の前に立つ、2人の男──
「足、引っ張んなよ!」
「ふっ、口の聞き方がなってないぞ新人。誰に向かって言っている?」
──新時代を担う勇者と、死闘をくぐり抜けてきた英雄。
現時代最強のタッグがここに完成した。
そんなかっこいい二人の様を見ていたスレ民たちは、
「待て待て待て待て? あの2人が同時に戦闘したら余波で俺たち死ぬくね!?」
「おいマジじゃねえか!?」
「逃げよ逃げよ逃げよ!!!!」
「あのバカども2人が……っ! もうちょっと周りのこと考えろよ!」
「覚えてろよー!!」
「その捨て台詞はダサいかもよ」
ダサい逃走を図っていた。




