フォトショ転生
目が覚めたら、真っ暗な場所にいた。
どうしてそんなところにいるのか、思い出せない。
確か昨日納期のDMのデータを作って、送信ボタンを押して……このままだと寝ちゃうからコンビニにでも行こうとして、アパートを出て。
……その後が、思い出せない。
何かの気配を感じて顔を上げる。
暗闇の中にぼんやり浮かび上がる、女性の姿があった。
つやつやの金髪、白くてゆったりしてる、古代ローマ人みたいな服。
頭には何かよく分からないけど、蔦を編んだみたいな冠をつけている。
頭に、「女神様」と言う言葉が浮かぶ。
何か落としたのが金の斧なのか銀の斧なのか聞いてきそうな見た目だ。
その女神様が、しょんぼりと申し訳なさそうに瞳を伏せた。
「驚かせてすみません。私は女神なのですが」
「あ、はい」
思わず気の抜けた返事をした。
女神様っぽいなとは思ったから、それは別に驚かないけど。
女神様が続ける。
「我々の方で手違いがありまして」
「はぁ」
「残念ながらあなたは亡くなりました」
「えっ」
「本来あなたは122歳まで生きて日本人女性の最高齢記録を更新するはずだったのですが」
「そうなの!!??」
そうなの!!??
死んだと言われたことに驚く間もなく畳み掛けられた情報に、素っ頓狂な声をあげてしまった。
私、122歳まで生きるはずだったの!?
今めちゃくちゃ不摂生してますけど!?
味が濃いもの好きすぎて「そのうち高血圧で倒れるんじゃないの笑」とか言われまくってましたけど!?
ひ、秘訣は!?
長生きの秘訣は何!!??
「お詫びに異世界での第二の生をご用意いたしました」
「ま、まるでコンサートのチケットみたいに」
「最近人気なんですよ〜。ここ50年くらい」
「そうだろうけども」
女神様がえへんと胸を張って自慢げに言う。
異世界転生。最近の流行りのように思えるが、ナルニ〇国物語だって言ってしまえば異世界モノだ。
人類はかれこれ70年以上異世界に焦がれていることになる。
そりゃあ人気だろう。
だろうけども、まだ私は122歳を飲み込めていないのでちょっと待ってほしい。ここまで二十数年の私の人生にご長寿要素が無さすぎる。
「そして今だけ、あなたには特別なスキルも授けます」
女神様がさらににっこりと微笑んだ。
まるで今契約すると安くなるネット回線みたいに言われましても。
スキル。
スキルかぁ。
自分で言うのも悲しいかな、正直異世界やスキルにわくわくするお年頃はとうの昔に過ぎ去っている。
もし本当にもらえるなら、巨万の富とかの方が良くない? とか思ってしまう。残念ながらもうそういうお年頃なのだ。
戸惑いながらも、そのあたりを伝えようと試みる。
「そんな急にスキルなんてもらっても、使いこなせるかどうか」
「ご安心ください。前世で使い慣れたスキルを差し上げます」
「前世で……?」
首を捻った。
今世の私、特に目立ったスキルはない。たいした資格とか持ってないし。特技はフラッシュ暗算だけどそんなものスキルでもらって何になるというのか。
「貴女に授けるスキルは……」
女神様がややもったいぶってから、ぱんぱかぱーんと楽しげに発表した。
「フォトショッ〇です!」
「フォトショ〇プ!!??」
ふぉ、フォトシ〇ップ!!??
Ad〇beの!!??
と、特定営利企業のアプリケーションが、私のスキル!!??
だ、大丈夫そ!!??
ちゃんとなんか、権利とかそういうの、大丈夫そ!!??
「馴染み深い、ですよね?」
女神様は権利関係を心配されていることなどつゆ知らず、きょとんとした顔で首を傾げた。
深いよ、深いけれども。
本当に死んだんだとすれば直前までフォトショとイラレ触ってたけども。
そういう問題じゃない。
専門学校通って、小さい事務所だけどデザイン系の仕事に就いて、趣味では同人誌描いたりとかして。
人生のかなりの時間触ってきたアプリケーションであることは間違いないけど。
異世界で手に入るスキルとしては、全然イメージが湧かなかった。
はてなという顔をしている女神様に、問いかける。
「えーと。そのスキル、具体的に何が出来るんですか?」
「たとえば画角に電線が入り込んだとします」
「画角って何のですか?」
「消せます」
「消せます!!??」
け、消せます!!??
電線を!!??
「いやだな、初歩の初歩じゃないですか」
「初歩だけども!!!!」
けらけらおかしそうに笑う女神様。笑い事じゃない。
フォトショ使い始めたときにみんなが最初に習うやつだけども!!
私も専門入ってすぐ習ったけども!!
あれは画像の中でのことであって、psdデータの中だけでのことであって。
現実の電線消したら大事なのよ。
「あとは、背景に知らない人が映り込んじゃった時とか」
「何の背景の話してます?」
「消せます」
「消せます!!??」
け、けけ、消せます!!??
人を!!??
そんなに笑顔で胸を張って何を言っているのだろう、この人。
私がドン引きしている理由が分からないらしく、女神様はまたしても不思議そうな顔をする。
「これまで何人も消してきましたよね? お仕事で」
「消してきたけども!!!!」
消してきたけども!!
その言い方だと語弊がすごい。
画像の中。あくまで画像の中の話だから。
確かに消してきた数は完全にジェノサイド級だけども。
「うまくやらないとちょっと痕跡残っちゃいますけど」
「違う意味に聞こえる」
「あなたの腕前ならきちんと何も残さず消せますよ!」
「違う意味に聞こえる!!」
むしろ違う意味にしか聞こえない。
にっこり笑顔で私を応援する女神様が何だかヤバいやつなんじゃないかという気がしてきた。
嫌だよ。異世界に行ってまで人消したくないよ。もう今世で十分消したよ。電線だって消したくないよ。
あと電線ある異世界もちょっと嫌だよ。
「このスキルを活かせば異世界でも活躍間違いなしです!」
「暗殺方面で!!??」
にこやかにぐっと拳を握る女神様。
穏やかじゃないにもほどがある。
「何って……人を消しただけだが?」は普通に人殺しだ。逮捕だ。市中引き回しの上車裂きだ。
「さらに、モンスターと出会ったとしても」
「モンスターいる感じの異世界なんだ……」
「範囲選択して」
「範囲選択」
「切り取っちゃえば一発です!」
「切り取り」
「ショートカットですぐですよ!」
「ショトカあるんだ……」
どうやったらショートカット使えるの? 視界に浮かび上がるの? Ctrl+vが??
それとも左手デバイスとかが装備されるの??
「他にも、自分以外の人間をなんかぼやけさせてみたり」
「それ物理の話してます?」
「明るさを調整して夜を昼みたいにしたり」
「人間には過ぎた力すぎません!!??」
さっきから画像処理を現実に安易に持ち込みすぎではなかろうか。
そんなに気軽に昼夜を変更できるのは最早神の御技の領域である。何か下りそう、神罰とか。
女神的には普通なのかもしれないけども、一転生者にホイッと与えるスキルとしてはオーバースペックすぎる。
「ほら、現実も気軽にundo出来たらいいなって思うこと、あるじゃないですか」
「今女神様の深淵をのぞいてる気がするんですけど」
ここまでにこにこしていた女神様の表情に一瞬影が差した。
ど、どしたん? 話聞こか??
女神様はぱっと顔を上げると、さっきまでのにこやかな笑顔に戻って言う。
「あとは、そうですね。まずレイヤーを複製して」
「れ、レイヤー?」
「レベル補正をして」
「レベル補正?」
「ガウスぼかしをかけたあと」
「が、ガウスぼかしを!!??」
「レイヤーの設定をスクリーンにすれば」
「グロー効果かけてどうするんですか!!??」
現実を輝かせてどうする。
やっぱり女神様、何か辛いことあった?
輝かせないとやってられないの? 現実??
「女神様、もしかして昔絵とか描いてました?」
「いえ、コスROM売ってました」
「も、元レイヤー女神」
「この服も自作です!」
「本物の女神ですよね!!??」
にわかに目の前の女神様が「コスプレ趣味の女神」ではなく「女神のコスプレが趣味の人」の可能性が浮上してきた。
いやていうか流石に夢でしょ、こんなもん。
じとりとした視線を向ける私のことなどお構いなしに、女神様が両手を上に広げる。
ぶわり、と私の身体が浮き上がった。
「とにかく、使い方次第でとっても強力なスキルですから! 異世界、どうぞ楽しんで〜!」
浮き上がった身体が強い光に包まれていく。
え?
嘘、まさか、本当に?
慌てて、眩む視界の中で何とか女神様に向かって叫んだ。
「ま、待ってください、グロー効果とかいつ使えばいいんですか!!!??? ちょっと!!!!」
「ちなみに一年更新なのでお気をつけて〜〜」
「サブスク版なの!!??」
「もう買い切り版売ってないんですよ〜」
「本当にAd〇beから買ってるんかい!!!」
女神様が「グッドラックでーす」と呑気に手を振っている、
何だそのRTAみたいな掛け声。正規版なら安心だね! とはならないよ。
そう思いながら、私の身体は光に飲まれていった。
〜〜 数年後 〜〜
「その後どうですか? 異世界」
「美容整形クリニック開いてシワとかシミ消して大儲けしてます」
「そ、その手がありましたか……」