5 己の不甲斐なさ
その日、ロゼとソラリスは宮の裏庭で話をしていた。空は晴れ渡って気持ちの良い風が吹いている。ソラリスの白銀の髪が陽の光を受けて虹色に煌めいていた。
ロゼがねだってソラリスは横笛を吹いた。ロゼは目を閉じてその笛の音色に聞き入る。
不穏な唸り声が聞こえたのはその時だった。笛を吹くのに集中しているソラリスよりも先にロゼが気づく。見ると大きな茶斑の野犬が唸り声を上げてこちらを見ていた。
咄嗟にロゼはソラリスを背に庇った。遅れてソラリスがそれに気づく。
「こっちに来ないで……! あっちへ行って!」
ロゼが叫ぶが、野犬はますます唸り声を高くした。
「姉上……! どいて下さい」
ソラリスが珍しく大きな声を出す。けれどロゼはどかなかった。必死になってソラリスを抱え込む。
ソラリスの美しい横笛を奏でる手も、美しい容貌も傷つかせたくないという気持ちと、怖いと言う気持ちが綯い交ぜになって、ロゼは目をつぶる。けれど、決してソラリスから離れようとはしなかった。
唸り声が近くなる。もうダメだ、と覚悟した時だった。
「姫様! 若君様!」
ギヤワウ、と悲鳴のような犬の鳴き声が上がり、やがて静かになる。
そっと目を開けると、父の護衛が犬を切り捨てていた。血の匂いが鼻につく。ロゼは安堵と恐ろしさとその惨たらしさに、くらりとめまいを感じた。
「姉上!」
ソラリスにもたれるようにして、ロゼは初めて意識を手放した。
目を覚ますと布団に寝かされていた。ゆるゆると目を向けると、そこにはソラリスの顔があった。いつもとは違い、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「無事……?」
「……はい」
「良かった。ソラリスが傷つかなくて」
心底そう言うと、ソラリスは泣き出しそうな顔をうつむけた。
「どうしてですか。僕よりも姉上が傷つく方が、僕は嫌です」
「でも私は、ソラリスのお姉さんだから。それにソラリスの横笛を吹く手も、綺麗な容貌も傷つかなくて本当に良かった」
ソラリスは、うつむいたまま顔をあげない。ロゼは大丈夫よ、というようにソラリスの頭を撫でた。
「父様の護衛に感謝をしないとね。犬には可哀想だったけれど、 来てくれて本当に助かったわね」
「……はい」
ソラリスが膝の上で手を握りしめる。手が白くなるほど、爪を立てて握りしめた。