4 姉上の好きなもの 嫌いなもの
ロゼは夕餉を取る手をぴたりと止めた。今日は父のヘリオスが出かけていて夕餉は二人きりだった。
ロゼの箸を止めた前には、茄子の煮物があった。
ああ、苦手なんだなとソラリスは思う。ロゼは食が細い方だが、好き嫌いはないかと思っていたので意外だった。
ソラリスはこそりと囁くように言う。
「姉上、もし良かったら茄子の煮物と、筍の煮物を取り替えませんか?」
「え……?」
「僕、筍よりも茄子の方が好きなんです」
ロゼは筍は好んでいたはずだ、とソラリスは思いながら提案した。
「良いの……?」
「はい。良かったら交換しましょう」
「ありがとう、ソラリス」
ロゼはふわりと微笑む。その笑みを見てソラリスは嬉しくなる。
そして今度は、ロゼは苺が好きだ、と発見する。春になって出回る苺をロゼは楽しみにしていた。
「美味しい……!」
今年は少し早く苺が出回って、ロゼは侍女が皿に盛り付けてくれた苺を摘んで食べていた。食べるペースも早い。あっという間に平らげてしまったロゼを、ソラリスは驚いて見つめた。
食の細いロゼがこんな風に食べる様子を初めて見たのだ。
自分の分の皿を見つめて、ソラリスはロゼに差し出した。
「姉上、良かったら僕のもどうぞ」
そう言うと、ロゼはううん、と首を振る。
「こんなに美味しいんだもの。ソラリスが食べて」
「実は僕、苺が苦手なんです。だから姉上に食べてもらえると嬉しいです」
「……良いの?」
「もちろんです」
ソラリスは苺の乗った皿を、ロゼに渡した。ロゼは嬉しそうにふわりと微笑んだ。
「ありがとう、ソラリス」
「いいえ、こちらの方こそありがとうございます」
ソラリスもにこりと微笑んだ。
実はソラリスは苺が苦手ではない。むしろ好きだ。けれども、美味しそうに食べて幸せそうなロゼを見ている方が幸せだった。
その日以来、苺が出ると、ソラリスはすべてロゼに譲った。茄子がでた時には、こっそりロゼの好きなおかずと交換した。
ありがとう、とふわりと微笑んでくれる笑顔が眩しかった。
ひとつひとつ、ソラリスの中に、ロゼの好きなもの、嫌いなものが目に見えて積み重なっていった。
それが、なんだかとても嬉しくて、ソラリスは今日も、ロゼの嫌いなものを引き受ける。そして、ロゼの好きなものをこっそりと交換して渡すのだった。